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推理小説家をもてなせば ~夏至の祝祭~


 それからの三週間は、奥様業をこなしつつ、こんな感じで過ぎていった。


 羽石はもう見に行ったというフランシスに、それならと元冒険者のセルマさんの話をしたら、是非紹介してほしいと頼まれて、三人でお茶会をすることになった。


 領主館の滞在をすすめたら、では一泊とフランシスが受けてくれたので、あれこれ準備をすることになり。当日はいろいろ見せてほしいと言われたので、館から庭まで半日かけて詳しく案内することとなった。フランシスの頭の中では、どこかで、あるいは至る所で殺人事件が起こっているに違いない。

 お義父様やルーファス様も交えた晩餐はつつがなく終り、私は心からほっとした。

 

 翌日は晴れていたので、予定通りメイウッド屋敷にて温泉と石摘みとピクニック風ランチを楽しんでもらうことにした。

 すると、フランシスがここに滞在したいと言い出した。使用人のことを話せば、執事もいるし気にならないという。まあ、そうかも。ミルトンの街で一番いい宿に泊まっているそうだけど、男爵家のお嬢様の宿泊場所としては不十分。その宿で大丈夫なら、ここでも大丈夫でしょうね。

 急遽、屋敷を管理している老夫婦と打ち合わせをして、食材と料理人を届ければ何とかなりそうだということになった。老婦人が張り切っていたから、確かに大丈夫かもしれない。

 

 そこでフランシスが内緒話をするように私に寄ってきた。

「何か理由があるの、ここまでしてくれるのは?」

 私もひそひそ声で答える。

「おもてなしの練習。」

「まあ。でも、それだけ?」

 フランシスが疑うように目を細める。私は首をすくめる。

「何かお願いするわけではないわ。私、あなたの小説好きだもの。ただね、ちょっと試してみたくなっちゃって。」

 フランシスが怪訝そうな顔になる。私はそっと告げる。

「ボンボンショコラ、美味しかったわよ?」

 それでフランシスは何のことかわかったようだった。

「本当に、お願いではないのね?」

「ええ、もちろんよ。」

「なら、せっかくだもの。屋敷の滞在、楽しませてもらうわ。」

 

 フランシスは八日ほど屋敷に滞在した後、またミルトンの宿に戻っていった。その後は宿で執筆したり、丘陵に出かけて行ったりしていると手紙が届いた。時には私も誘われて街での買い物に付き合ったり、ティールームで一緒に過ごしたりもした。

 フランシスは本当にすごい。取材旅行に行っているのは知っていたけれど、こんな感じだとは思わなかった。男爵家のお嬢様にしては気軽すぎる。




 夏至の祝祭を見てから帰るというので、その前日にもう一度お茶会に誘った。メイウッド屋敷でのガーデンアフタヌーンティーを。


 サンドイッチもスコーンもケーキも食べ終える頃、フランシスが言った。

「私、こんな構想を考えていたの。」

「まあ、どんな話?」

「婚約者と嫁ぎ先に虐げられている令嬢が、完全犯罪をたくらみ、一人、また一人と殺害していく話。」

「……一人、また一人と、殺すのね?」

「ええ、一人、また一人と、ヤるわ。」

 それはまたディープな。どろどろの愛憎劇?それとも冷徹なシリアルキラー?

「気になったのだけど、そして誰もいなくなるくらい殺害すれば、ヒロインは幸せになれるかしら?」

「そこね。メリーバッドエンドも悪くはないけれど、私としてはハッピーエンドにしたい。だから協力者を登場させることにしたわ。令嬢の嫁ぎ先に恨みがあり、没落させてやろうと目論んで潜入していた執事を。二人で協力して嫁ぎ先を破滅させ、令嬢もそれに巻き込まれて死ぬ。」

「つまり、死を偽装するのね?」

「ええ、そして執事と二人、隣国に逃れて暮らすの。」

「おもしろそう。今までにない作品になるのではない?」

 ただ私は気になってしまう、令嬢が果たして庶民の生活に馴染んで幸せになれるだろうかと。ああそうだわ、執事がいたのだった。協力者になれるくらいの執事が一緒なら大丈夫。それに、恨みを晴らしたい人の相談事を密かに請け負うことにすればいい。ヒロインの令嬢ならきっとできる。そして生活費にも困らない。めでたしめでたし、と私はひとりで納得する。


 フランシスが続ける。

「でも今、別の構想も思い浮かんだの。」

「まあ、どんな話?」

「婚約者に虐げられて婚約破棄された男爵令嬢が、参加した夜会で宝石紛失の犯人にされそうになるの。令嬢は持ち前の推理力を発揮して、宝石を見つけ出し濡れ衣を晴らそうとする。そこでヒロインを尊重する頼もしい子爵令息と出会う。彼は宝石探しに協力を申し出てくれるわ。令嬢は推理力、子爵令息は行動力と人脈で捜査を行い、見事宝石を見つけ出す。二人は互いに意識するようになり、想い合うようになる。

 そこで今度は令息が、令嬢を子爵家の夜会に招待するの。残念ながら令嬢は、子爵家から歓迎されないわ。でも、そこでまた令嬢が推理力を発揮する機会が訪れる。令嬢は見事謎を解き明かし、子爵令息が新たな婚約者となってハッピーエンド。」

「気になったのだけど、婚約破棄された令嬢に、そう上手く新たな婚約者ができるかしら?」

「ええ、ヒロインが全部ひとりで解決するのは難しい。そこは子爵令息にも頑張ってもらう。彼もヒロインと結婚したいのだから。」

「確かにそうね。」

「もともと令息の子爵家には隠された指輪の謎があったの。ヒロインが推理力を発揮できるよう、令息が謎解きの場を用意するわけ。もちろんサポートもするわ。」

「なるほどね。でもヒロインが失敗する場合もあるのでは?」

「もちろん令息はその場合も考えて、事前に対策を練っている。用意周到なのよ。」

「それは頼もしい。」

「でもヒロインは結局、指輪の謎を解き、隠された指輪と、さらにはそれと対になる指輪も見つけてしまうの。」

「それはすごいわ。

 だからこそ、もう一つ気になるのだけど。ヒロインの推理力、もったいないと思うの。婚約や結婚をしたら、それを発揮する機会がなくなってしまうのではない?」

「そこはね、ヒロインが謎を解いたことを知った人たちから、ちょっとした謎から大きなものまで持ち込まれるようになるの。もしくは招待されて謎解きをすることになる。何より婚約者になった令息が、令嬢の推理力を気に入って尊敬しているし、一緒に謎解きできるのが楽しいのよ。」

「それは素敵だわ。ぜひ読んでみたい。」

 フランシスがにっこりと笑った。




 夏至の祝祭の日、私はルーファス様と共にミルトンを訪れた。新しい外出用のドレスをまとって。ええ、ヘレンの助けを借りても、このドレスを注文するのは本当に大変だった。それでも新しいドレスというのは嬉しくなる。

 出かける前、ルーファス様から“とても綺麗です”なんて言われてしまった。私はつい、こんなに褒めていたら褒め言葉が尽きてしまって大変ではと、そんな心配をしてしまったけれど。


 夕暮れの中央広場に、集まった人々のざわめきが満ちる。

 噴水からひときわ高く水柱が上がった。その周りを光が舞い踊る。

 

 この噴水はどれだけ仕掛けがあるのかしら。じっと見つめていると、陽気な音楽が奏でられ始めた。広場の人たちが、二人一組で向かい合い、噴水の周りを二重の輪になってダンスを始める。

 向こうで、フランシスと執事が一緒にいるのが見えた。フランシスの恋が叶うといい。夏至の祝祭でダンスを踊ったペアは祝福される、そう聞いたから。これから先も幸せが続くようにと。


「シェリル、僕と踊ってくれませんか?」

 ルーファス様が私に手を差し出してくれる、いつものように穏やかな笑みを浮かべて。


 私は戸惑う。だって、それは、つまり。

 ルーファス様は、これからも続く私との暮らしが幸せであるよう願っているということ?政略結婚の妻でも?


 いえ待って。それよりも当面の大問題として、ムリでしょ。

 私の知っているワルツとかそういうのと全然違うし!

 そもそもワルツだってギリギリできるかどうかだし!

 見ている分には綺麗で楽しそうだけど、どう踊っているのかさっぱりだし!

 とてもできる気がしない。


 手を差し出してくださったルーファス様には申し訳ないけれど、こう答えるしかない。

「せっかくなのですが、私、踊れなくて……。」

 ルーファス様が何てことないように言う。

「あれはそう難しくありませんよ。」

 そのセリフから分かることはつまり、残念だけど、ルーファス様はダンスが嫌いでも苦手でもないらしい。

「そうか、あらかじめ僕が練習に誘っておけばよかったですね。」

 ルーファス様が何てことないように言う。

 そのセリフから分かることはつまり、大変残念だけど、私もそれくらいできると思われているらしい。

 けれど、それはどうかしら。ムリだと思う。数回の練習ではできる気がしない。


 何と答えようか迷っていたら、ルーファス様が私の手を取った。その手を持ち上げ、身をかがめ、ゆっくりと私の手の甲に口づける。


「来年はぜひ、僕と踊ってください。それまで一緒に練習をしましょう。」

「……はい。」


 ルーファス様と約束をしてしまった。

 どうしよう。不覚にも、思わず了承してしまった、口づけに驚いて。

 

 でもルーファス様は、来年も私と一緒にいたいと願ってくれるということ。不思議な気がする。私はルーファス様と共に暮らせることを願っているけれど、ルーファス様がそれを望むかどうかはまた別だから。

 それに、練習をすることと踊れるようになることも、また別だと思うの。


「シェリル。」

と、ルーファス様の手が私の手を包み込んだ、捕らえるように。

「明日の午後の予定は空いていましたよね?」

「……はい。」

「では、お茶の時間の前に僕とダンスのレッスンをしましょう。」

「………………はい。」


 ルーファス様と約束をしてしまった。

 どうしよう。不覚にも、結局了承してしまった、逃げられない気がして。


 そうね。来年までにはね。なんとか踊れるように、なるんじゃないかしらね?





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