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侍女とドレス


 ルーファス様と一緒に朝食をとるのも、当然になってきた今日この頃。

 二人で食後の紅茶をいただいていると、ルーファス様がこう言った。

「数日後になりますが、あなたにも専属侍女の面接をお願いします。」


 私は紅茶のカップを慎重に置く。そう言えば、そんな話があった。もう見つからないものかと思っていたけれど。

「……見つかったのですか?」

「ええ、こちらの条件に合う侍女がようやく見つかりました。念のため僕が面接した後、あなたに会わせます。」

 とうとう、決まってしまうのね。

「シェリル、すみません、不便をかけたでしょう。」

 ルーファス様は本当に申し訳なさそうに言ってくれるけれど。私は別に、このままで良かったのに。だって苦手なのよ。苦手とばかり言っていられないのも、わかってはいるけれど。




 五日後、ルーファス様の面接をクリアしてしまった彼女、ヘレンと居間で会うことになった。私より年上の彼女は、華美でなくかといって地味すぎるでもなく、控え目にかつ小綺麗に外出着を着こなして姿勢よく立っている。私は椅子に座って首をかしげた。

 ……どうしたものかしら。面接なんてしたことないし。

 エーメリーが控えていてくれるけれど、この人物は良くないと思ったら咳払いするようお願いしているけれど、決めるのは私。

 経歴を読んだところで、私にはよくわからない。すでにルーファス様がOKを出しているのだから、それを信用したほうが良いと思う。

 エーメリーにやり方を聞いたけれど、短時間で人柄と能力と適性と、加えて私との相性を見極めるのは難しいと思うの。こんな経験不足の奥様では特に。


 私が考えあぐねている間、ヘレンはじっと待っていた、ぼんやりするでもなく、苛立つでもなく。

 あら、そこは優秀だわ。私はよくぼーっと考えているから、それを待ってくれる侍女のほうが助かるかも。

 身だしなみも、感じが良いと思う。専属侍女は女主人のドレスに小物、アクセサリーに化粧品まで取り扱う。好みが合わなければ、毎日大変になるものね。

 私は特にそういうのが苦手だし。次期領主の妻としてある程度キレイな感じに装った方がいいとは分かっているけれど。何を着ても落ち着いて大人っぽく美しいお姉様と、おしゃれで個性的なドレスも似合ってしまう妹を思い出す。私はやっぱり苦手ね。

 とりあえず、こう言ってみることにした。


「ヘレン、私はドレスとか化粧とか、そういうことは苦手なの。その割にわがままで、着たくないものは着たくないの。どう、こんな私のもとでやっていけそう?」


 ヘレンが答える、淡々と。

「奥様の率直なお言葉に感謝いたします。

 私といたしましては、提案させていただきたく存じます。それを受け入れられるかどうかは奥様がお決めになってくださいませ。」


 あら、すごいわ。自信があるのね。もう少し聞いてみることにする。

「例えば、どんな提案をしたいのかしら?」

 ヘレンがじっと私を見る。それは自分のスキルに誇りを持つ者の観察する視線。

「ご不興を買うことを承知で申し上げます。

 奥様が今お召しになっているものは、あまりお似合いになっていらっしゃいません。

 もう少し似合われるドレス、より着心地のよいドレスを提案できます。」


 私は笑い出しそうになった。確かに、似合うドレスは持っていないのよ。部屋着もだけど。

 ルーファス様からは有難いことに、侍女が合わなければまた探すからと言ってもらったし。ひとまず雇ってみてもいいんじゃないかしら?


 そしてヘレンは採用されることになった。

 朝の着替えや身支度はヘレン、朝食に控えるのはキャシー、その後エーメリーと共に家政のあれこれを行う。来客や外出の予定があれば、ヘレンが着替えを手伝い、外出を共にするのはヘレンかキャシー。その合間合間に、キャシーが物を持って来たり用件を伝えに来たり、エーメリーが重要な案件を話しに来たりする。


 専属侍女としてヘレンが来てくれたおかげで、まず変化があったのは化粧。エーメリーにもキャシーにもその辺はどうにもならず、自分で適当にしていたのだけど。それがヘレンのおかげで顔の印象が明るくはっきりするものに変わった、口紅の色合いを変えただけなのに。すごいスキルね。

 部屋着も、ヘレンの手直しでもたっとした雰囲気から、すっきり軽やかな印象に変わった。これもすごいわ。


 そんなヘレンは物静かな侍女だった。出身は裕福な商家で、男爵家や子爵家の専属侍女をやっていたという。それもあってか、マナーは身についているし、控えるところは控えるさじ加減が上手い。ヘレンが合わせてくれるおかげで、私にとっては共に過ごしやすい侍女で、それも助かった。

 と思っていたら。



 

 二週間後の朝、ヘレンがエーメリーを伴ってやって来た。何かしら?

 エーメリーはにこやかに、ヘレンからは静かな気迫を感じる。いったい何事!?


「奥様、今日は提案させていただきたいことがあります。お時間をいただけますか。」

 今やってくれていることで十分なのだけど。

「もちろん、最終的にお決めになるのは奥様ですので。」

 こう言われると、聞かないわけにもいかない。


「この二週間で、奥様のだいたいの生活パターンを把握いたしました。

 奥様のお手持ちのドレス、アクセサリー、小物類、化粧品そのほかも確認いたしました。

 奥様のお好みも、おおむね理解いたしました。

 奥様がこういったことを苦手を感じていらっしゃるのも、よく分かりました。」

 分かってしまったのね、二週間で。


「まず、ドレス、部屋着、そのほか、痛んできているものが多くなっております。化粧品も買い換えた方がよろしいかと。

 それから、ドレスと部屋着は、奥様に必要と考えられる枚数に数が足りません。アクセサリーに至っては足りないどころではありません。

 一通り新調されてはいかがでしょうか。」


 説得の仕方が上手いわ。流行に合ったものをと言われたら私はきっと反対するもの。

 でも、新調するかどうかは、私が決めなくてはね。

「でも、私にはそこまで必要とは思われないの。もう貴族の令嬢ではないのだし。新調するなら、どうしても必要なものをまず一つでどうかしら?」

 

 ヘレンが淡々と答える。

「奥様、基本的に全部、足りません。

 奥様には奥様のお考えがあり、お好みもあると存じますが、奥様は次期領主の奥方でございます。今お持ちのドレスなどは、それにふさわしいとは申せません。私が言うまでもございませんが、ふわしくないものを身に付けられますと、旦那様またご領主様も侮られてしまいます。そのためにはある程度、流行に沿ったドレスも必要でございます。」


 私は視線をそらして窓を見る。説得の仕方が本当に上手いわ。そう言われたら、考慮しないわけにもいかないもの。

「ヘレン、そうだとしても予算の都合もあるし、少しずつでどうかしら?」


 そこでエーメリーがにこやかに話しだした。

「予算については問題ございません。奥様、ぜひ新調なさってくだいませ。バセットさんも承知です。

 旦那様にいたっては、ぜひそうするようにと大変乗り気でいらっしゃいました。」 

 ああ、そのへんも当然のごとく根回しをして懐柔済みなのね。仕事が早いわ。


「それでもヘレン、私は一度にたくさんのものは決めきれないの。少しずつがいいわ?」

 ヘレンが微笑を浮かべる。

「かしこまりました。毎日少しずつ、新調してまいりましょう。」

 ……回避失敗。

「まずはドレスのパータンが載っているファッション誌を取り寄せ、ご覧になるところから始めましょう。」

 ああもう、やるしかないのね。


「それから奥様、今度旦那様が王都に行かれる際、同行されるとお聞きしました。そのためにも新調されてはいかがでしょうか。」

 駄目押しされた気分。新しいドレスが嫌なわけじゃないのよ。ただ、アレを仕立てるのはデザインから生地から細部のレースに至るまで、私には選ぶのが本当に大変で。


「さらに奥様、身体を締め付けるドレスはお好みではございませんね。動きにくいドレスもお好みではないご様子。

 最近は、柔らかい素材の締め付けないタイプの室内着がいろいろございます。脱ぎ着もしやすく、デザイン的に晩餐にも着られますので、ご希望にそえるかと存じます。」

 ……飴と鞭。そして私の好みはその通りよ。


 ヘレンは実にできる侍女だわ。この館は使用人の質が高い。一番未熟なのは奥様の私ね。

 仕方がないので、せめてこう言っておくことにした。

「ヘレン、ここまで考えてくれてありがとう。いろいろ任せるわね。」

 微笑を浮かべた専属侍女が、すっと一礼した。



 その日の午後、ルーファス様の書斎に行って少しだけ時間を取ってもらうことにした、聞きたいことがあったので。

「せっかくなのでお茶を一緒に。」

とルーファス様が目配せすれば、カーライルが一礼して部屋を出ていく。


「何かありましたか?」

と私の隣に座ったルーファス様が聞いてくれるので。

「ヘレンのことなのですが。」

と話し出せば、ルーファス様が眉をひそめた。

「問題でも起こりましたか?」

「いえ、そうではありません。

 ただ、ルーファス様はどんな条件で専属侍女を探していらっしゃったのかと、気になったので。」

「問題はなくとも、気に入りませんか?」

「いえ、そうでもありません。

 私に合わせてくれる優秀な侍女なので、いったいどんな条件で見つけられたのかと思って。」

 ルーファス様が笑みを浮かべる。

「今のところ問題もなく、あなたに合っているようなら良かったです。

 僕が付けた条件は、男爵家か子爵家で働いたことがあり、かつこちらでも働ける人材です。あなたは子爵家の令嬢ですから、ここで過ごしていただくにあたり、できるだけ不便のないようにと考えました。探すのに予想より時間がかかってしまいましたが。」


 ルーファス様にそんな意図があったとは思いつかなかった。そこまで私が過ごしやすいよう考えてくださっていたとは、思いもよらなかった。何だか胸がいっぱいになる。

 ルーファス様が続ける。

「子爵家とこちらでは、いろいろ勝手が違うでしょう。ほかに不便なことはありませんか。あるいは希望など。まあ、子爵家と同等のものとなると用意するのは難しくなりますが。」

 

 そうね、例えば格式とか。

 ただし。実のところ。もう、言っちゃおうかしら。

「ルーファス様、言いにくいのですが、できれば内密にお願いしたいのですが。」


 ルーファス様がはっとしたように私と視線を合わせる、真剣に。

 いえ待って。そんなシリアスな話ではなく、むしろ喜劇的だから。


「よくある話と言いますか、実家の子爵家では、対外的には何とか取り繕っておりますが、あまり裕福とは言い難く。ドレスも、娘が三人もいますと皆にかけられるほど余裕はなく。専属侍女も一人いましたが、一人だけで。

 調度品はそれなりのものを受け継いでいますし、館もそれなりですが維持するのが大変で。夜会を催したりと、体面を保つためには社交もそれなりに行わなければなりませんし。そこにお金をかけますと、日常生活のあれこれが、子爵家と言えるようなものではなくなっていきます。」

 にもかかわらず格式とか見栄えにこだわるから、滑稽なことになるのよね。もちろん、私が子爵家の娘として恩恵を受けていることは、間違いないのだけれど。


「すみません、子爵家の見苦しいところを。ですから、その。

 こちらは館や庭の手入れが良くされていて、快適です。ふだん使っているタオルやシーツも、質の良いものが使用されていますし、食器などもそうで。食事は、食材や料理の数が多く、毎日楽しみで、しかも美味しいです。

 細かいことですが、お茶の回数に制限がありませんし、お菓子も毎回添えられ、灯りも好きなだけ使えて、高級品のチョコレートも食べられますし、最近はココアも美味しくて!いえ、話がそれました。

 使用人は皆、能力が高く。私についてくれる侍女も、キャシー、エーメリーそしてヘレンと三人もいて。私のドレスなども、必要なだけ新調するようにと言っていただいて。もちろんある程度装わなければならないことは分かっていますが。その、私は持参金もなくこちらに嫁ぎましたので、なのに新調するよう言ってもらえて。

 それに、それに。浄化に出ても何も言われませんし、サポートまでしていただいて。子爵家では冒険者の真似事のような理由での外出など認められませんから。実家と違って、庭の散歩も、本を読んだりしても、ただゆっくり休憩していても、何も言われないので。つまり、かなり自由に過ごさせてもらっていますし。

 それにこちらは王都とは違って、人も馬車の行き交いも少なく、私が苦手な社交も少なめで。庭は毎日散歩するくらい好きですし、丘が続く景色も見飽きることがなくて。

 ですから、私には不便どころか大変過ごしやすく、何の問題もないのです。」


 ルーファス様を見れば少し驚いた様子。そうよね、子爵家の内情がここまでとは思われなかったでしょうね。けれどルーファス様はその点には言及されなかった。嘲ることも憐れむこともなかった。

「シェリル、あなたが快適に過ごせているなら良かった。あなたにとってここが気に入るような場所で、本当に良かった。

 そうだ、今度遠出をしませんか。あなたにもっとレイウォルズを見せたい。」


 ルーファス様の大きな手が私の頬にそっと触れる。

 目が合う。ルーファス様の琥珀の瞳が私を見つめる……。


 その時、ノックの音が響いた。

 ルーファス様がすっと離れる。カーライルがお茶の用意をして入ってきた。

 私は、ルーファス様の触れた頬が熱くて、その熱が引かなくて、困ってしまった。

 


 


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