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不安と怖れ


 夜はあまり眠れず、朝早くに目が覚めた。

 キャシーを呼んで部屋着に着替え、身支度を整える。

 そして私は、まだ不安なままだった。

 仕方がないのでため息をついて、庭に行くことにした。


 ゆっくり歩いて四阿に向かう。

 朝の光がこぼれおちるように降りそそぐ、庭にも、花にも、私にも。

 四阿のベンチに独り座る。

 庭に満ちる鳥の声と朝の清々しさ。

 

 ふと、思った。

 ルーファス様は、この領地のことを第一に考えて、離婚が最適と判断するかもしれない。

 でも、私が離婚したくないと願えば、それは考慮してくださるのではないかと。

 領地と私たちにとって、どうすればより良いのか一緒に考えてくれるのではないかと、そんなことが思い浮かんだ。


「シェリル、こちらでしたか!」

 顔を上げれば、向こうからルーファス様が歩いてくるところだった。

 その声に嬉しくなる。その眼差しに嬉しくなる。その穏やかな雰囲気に、少し肩の力が抜ける。


 ルーファス様が座る、私のすぐ隣に。

「すみません、昨日、僕の書斎に来てくれたそうですね。

 急ぎの案件があったのですが、片付きましたので。何かあったのなら。

 シェリル、少し顔色が悪いのでは?」


 ルーファス様が私の頬に手を伸ばす、私をのぞき込むようにして。

 それを見つめ返して、思う。

 この方は、私と離婚することを望むだろうか、それとも望まないだろうか。

 

 どちらであったとしても、私はルーファス様と一緒にいたい。そう願っている。

 願いを伝えれば、離婚以外の選択肢が見つかるかもしれない。見つからなくとも、私の気持ちだけは知ってもらえるわ。


「シェリル、やはり顔色が悪い。」

「少し眠れなかったので。」

「すみません、昨日時間を取るべきでした、眠れないほどの悩みなら。」

 その言葉に私は首を振る。時間を取ってもらっても、言えたかどうかはわからないもの。

 でも、今なら話せる。


「ルーファス様、お聞きしたいことがあるのですが。

 あの方、ユースタス様は、こちらに戻ってこられるのでしょうか?」


 ルーファス様が目を見開き、そして眉を寄せた。

 どうして、そんなに予想外の話題だった?それとも、私が知らない方がいいことだったとか?

 険しさを感じるほどの真剣さで、ルーファス様が私を見ている。


「シェリル。」

「はい。」

「あなたは僕の妻です。

 たとえユースタスが戻ってくることがあったとしても、あなたは僕の妻だ。

 それだけは変わりません。」


 ……ああ、良かった。

 ルーファス様がこんなにもはっきりと言ってくれるなんて、思ってもみなかった。

 良かった。本当に。

 ほっとしたのも束の間、ルーファス様が険しい表情のまま視線をそらした。

 どうして?


「旦那様。」

と、そこにカーライルのきびきびとした声が割り込んだ。

「失礼いたします。昨日からの件で、早急にと今また連絡があったのですが。いかがいたしましょうか。」

「わかった。」

 ルーファス様がさっと立ち上がり歩き出す。私を見ないまま、私などいないかのように。

 ルーファス様の背中が遠ざかる。



 私はまた、独り私室のソファに座っている。

 頭の中をぐるぐると同じ言葉が回っている。

 どうして?なぜ?そんなに不愉快な質問だった?どうしよう!?


 ため息をつく。

 ひとつ不安がなくなったと喜んだら、すぐまた別の不安が出てくるとは思わなかった。

 そして理由が分からない。私の何が、ルーファス様をあんなふうにさせてしまったのか。

 そして気づく。あんなにそっけないルーファス様は初めてだということに。

 いつも、いつも、ルーファス様は私に気を配ってくださっていたから。

 

 失いたくない。そう思う私は欲張りかしら。

 でも、穏やかな声も、眼差しも、ルーファス様が穏やかにそばにいてくださることも、失いたくない。

 そのために、私ができることは。


 まずエーメリーを呼ぶ。

「ルーファス様がお戻りになったら、すぐ知らせてくれる?できれば、一緒にお茶の時間をとりたいの。」

「かしこまりました。すぐにお知らせいたします。」

「昨日からルーファス様はお忙しそうでしょう?お茶菓子は何がいいかしら?」

 エーメリーが顔をほころばせた。

「旦那様がお好きなケーキを、料理長に頼んでおきましょう。」

 

 次に館に残っているカーライルも呼び出す。

「ルーファス様はいつ頃お戻りかしら、聞いている?」

 カーライルが歯切れよく答える。

「昼過ぎにはと、お話になられていました。」

 私は少しほっとする。昼過ぎには何か変えられるはず、ただ不安でいるだけじゃなくて。

「では、帰られたら伝えてほしいの、お茶の時間を一緒にと。」

 カーライルが綺麗に一礼した。

「必ず、お伝えいたします。」

 ……必ずを強調されてしまった。朝の私たちの微妙な雰囲気に、気づいていたのね。


 今日の日課をこなしながら、私は昼過ぎを待つ。

 けれど、昼を過ぎても、夕方になっても、ルーファス様は戻らなかった。

 カーライルが伝えに来る。ルーファス様の帰りは夜になるか、もしくは泊まりになるかもしれないと。

 私はまた、ため息をつく。いったい何の仕事が忙しいのか聞いておけばよかった。そうすれば、少しはマシな気分でいられたかもしれない。



 不安が少しずつあふれ出す。

 やはり、ルーファス様は質問に気を悪くされたのでは?

 だから、腹立たしく思われて?

 もしかして、ルーファス様は怒っていらっしゃったのかも?

 もしかしなくても、とてもとても怒らせてしまったのだとしたら……。

 

 ため息をつく。

 キリがないわ。妄想にはキリがなく。それでも。

 ルーファス様が前のように接してくれなくなったらどうしようと、怖くなる。

 私とルーファス様の間にあると思ったつながりが壊れてしまったのではないかと、怖くなる。

 頭の中を、どうして、なぜ、と言葉がめぐる。

 考えたところで答えの出ない問いを、繰り返す。

 

 つまり。

 失いたくないものがあるのは大変ってことね。

 でも、それだけ私にとって大切なことだから、仕方ないのかもしれない。

 大切に思うものを、大事にしたいのだから。


 そうね。私は、ルーファス様との今の関係が大切で、大事にしたいの。  

 そのためにも理由を聞いてみなくては。また、そっけなくされるかもしれないと怖くても。


 ええ、明日こそはね。

 だって、もう夜だし。真夜中だし。ルーファス様はまだ戻らないし。私はもう寝衣を着てベッドに入っているし。ルーファス様を待って、ついでにぐるぐる考えながら。


 でも、そろそろ寝たほうがいいかもしれない。サイドテーブルの灯りを消そうと手を伸ばす、その時。小さくノックの音がした。 





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