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メイウッド屋敷


 奥様業のかたわら、週一で私の浄化活動が始まった。新しく作り直された金のリングと共に。

 

 浄化1回目、場所はミルトンからすぐ、王都へ向かう街道の真ん中。

 ギルドから来てくれたのはなんとヘイデンさん。瘴気発生が午前中で、ほとんどの冒険者が依頼を受け出発した後だったため、ほかに適任がいなかったからだとか。


 ちなみに街道には、足止めされた馬車が連なり、街の警備がその整理をしていた。馬車から降りてきた人たちが集まってくる。瘴気レベルはEだし、見世物みたいな扱いかも。


 私は左手を上げ浄化を開始する。今回は5カウントで完全浄化。瘴気が消え去る。

 周りから歓声が上がった。確かに、これで道が通れるものね。 

 影虫の出現もなく、ヘイデンさんは手を振ってギルドに戻っていった。


 ちなみに、私についている護衛は二人。一人は火魔法を使える。つまりレベルが低ければ影虫対応もできるわけだけど、護衛の任務は私を守ることとルーファス様が決めたそうだ。つまりは私が聖魔法以外、攻撃も防御も持たないからなんだけど。ついでに、いろんな雑用も引き受けてくれるらしい。

 キャシーは今回も付いてきてくれた。次期領主の奥様が侍女の一人もつけずに出歩くわけにもいかないので助かる。

 エーメリーは、浄化出動で不規則になる食事や生活や奥様の仕事を、私に無理がないよう調整してくれる。バセットとカーライルは、浄化をするとなるとその他もろもろの手配をしてくれる。そして、検討ののち浄化が必要かどうかの最終判断をルーファス様が行う。……至れり尽くせりだわ。



 浄化2回目、場所はミルトンの隣村。

 ギルドから来てくれたのは引退した元冒険者、すらりと背の高いおば様、セルマさん。私のほぼ専属として、今後も一緒に来てくれることになったとのこと。外出用のドレスをさらっと着こなしながら、あっという間に影虫を火魔法で蒸発させてしまった。素敵!


 馬車に戻るまでの道で、村の人たちからは頭を下げられた。子どもたちは手を振る。

 セルマさんは堂々と歩き、笑顔とともに軽く頭を下げ、子どもたちに手を降り返す。

 私も、それを真似ておくことにした。


 帰りの馬車でセルマさんのことについて尋ねてみれば、ミルトンで一番大きいフォレット商会の奥様だそうで。奥様業のことはもちろん、浄化の副業との両立について、いろいろ質問をしてしまった。セルマさんは気さくに答えてくださり、今度商会を訪問する約束も取り付けられた。


 ちなみにここまでルーファス様は同行されなかった、ちょうど来客や外せない仕事が入っていたとのことで。

 ルーファス様の浄化見学、何とか回避。でも、これ以上は無理かもしれない……。




 浄化3回目。

「ようやく僕も一緒に行けます。」

 にっこりとルーファス様がそう言った。

 場所はミルトンの隣村のさらに先、広がる畑とのんびりとした羊の姿を見ながらしばらく馬車に揺られると、領主館より小さいけれど立派な館が見えてきた。メイウッド屋敷、前の領主様が晩年にお住まいになった館だそうで。

「子どもの頃、僕はここに住んでいたんですよ。」

 ルーファス様が懐かしむようにそう言った。

 

 先に馬車から降りたルーファス様が、私に手を差し出してくれる。その手に私の手をのせ、ドレスの裾を持ち上げ馬車から降りる。

 私に同行してくれるのは、侍女のキャシーに元冒険者のセルマさん、護衛の二人、そしてルーファス様。やっぱり、いつもより緊張する。

 屋敷から使用人の老夫婦が出てきた。

「久しぶりだね、変わりはないかな?」

 ルーファス様が話しかける。うやうやしく頭を下げた使用人がこちらにと案内する。


 屋敷の前には、領主館とは違った素朴な庭園。生垣をぐるりと巡れば木立の続く道。ゆらりと立ち上る一筋の瘴気。

 ええ、瘴気はすぐわかった。それより気になるものが見えるのだけど。点々と見えるのだけど。あれは……何?

 

 いやいや、まずは浄化をしなければ。金のリングを付けて、いつもの浄化をするだけなのに。ルーファス様にじっと見られている、それだけで。

 いやいや、恥ずかしいという思うほど、時間はかけられないから大丈夫よ。5カウントで今日の私の魔力使用は終了なんだから。


「奥様、どうかなさいまして?」

 ためらっていた私に、とうとうセルマさんが話しかける。

「今回は、一度では終わらないかもしれないと思いまして。」

「そうかもしれませんね。その場合は聖水の結界を張り、明日また来ましょう。」

 セルマさんの答えは明快で。とうとう私も浄化せざるを得なくなった。

 ええ、その通り。私のメンタル事情などどうでも良いのよ。恥ずかしさなど浄化には関係ない。私は仕事をしているのだから。


「奥様、終わりましたら温泉と軽食の予定になっております。エーメリーさんがいろいろ用意されたものを持ってきていますから。」

 キャシーの声に思わず振り返った。

 ……ここ、温泉が出るの。瘴気の出るところは温泉も多いと、知識では知っていたけれど。

「奥様、こちらのお屋敷なら石摘みも楽しめると、エーメリーさんが言われていました。」

 ……ここ、石摘みができるのって、それは聞いたことがない。

「ありがとう、キャシー。」

 答えて私はまた瘴気と向かい合う。温泉と謎の石摘みのおかげで気分がまぎれた。


 左手を上げる。手首を金のリングが滑る。3カウントで終わらせる。

 浄化発動“ライニゲン・アクティフィーレン”。

 きらきらした粒が現れ瘴気に降り注ぐ、さらさらと、さらさらと。


 カウント1、ぐぐっと魔力が抜ける感覚。

 カウント2、瘴気の中に影が浮かび上がる。セルマさんが魔法を発動させる気配。護衛の一人が防御のため火魔法をまとわせた剣を構える。

 カウント3、ぎりぎりまで魔力が抜け、リングから強制停止がかかる。セルマさんが影虫を一瞬で消し去った。


「奥様、ご気分は?」

 3カウントで終わらせたものだから、セルマさんが私の体調を確認してくれる。

「問題、ないわ。」

 ちょっと息が切れているけれど。

 瘴気も残ったけれど、地面を這うようにもやもやしているだけになったし。

「では。」

と、セルマさんがあっという間にしっかりとした聖水の結界を張ってしまった。


「シェリル、見事です。」

と、それはルーファス様の声。後ろで見学していたルーファス様が私の隣に来る。その感嘆とか賞賛とかが込められた声と眼差しに、穴を掘って埋まりたい気分になる。そんな腕前じゃないのよ。

 予想外。3カウントで終わらせてもやっぱり、恥ずかしいじゃない!



 その後、これから予定があるというセルマさんは、明日の残りの浄化の際、お茶を一緒にと約束をして、うちの馬車でお送りした。

 そして私はこの館の使用人に案内され、温泉が引いてあるという浴室に向かっている。屋敷のなかは領主館の重厚さと違って、家族が過ごしやすそうな温かみのある雰囲気。ちなみにルーファス様は少し仕事をされるそうだ。


 ゆっくりと先を歩く老婦人に聞いてみる。

「浴室は、先代のご領主が使われていたの?」

「はい、先代様もお使いでしたが、奥様がよくお入りになられていまして。」

「まあ、先代の奥様が。ルーファス様も使われていたのかしら?」

 老婦人が笑みをこぼす。

「時々。」

 私は温泉に入ったことがない。一度体験したら、私も気に入ってしまうかしら?


 一階の奥の部屋、くつろぐために整えられた居間のさらに奥に、ドレッサーのある小さな部屋があった。老婦人が指さす。

「ここでドレスをお脱ぎになり、浴室にどうぞ。」

 キャシーに手伝ってもらいドレスを脱ぐ。ボタンがいっぱいで大変なのよね。

 次は下着、こちらは紐がいっぱいで。どちらも着るのも脱ぐのも大変なのよ。

「では、私はこちらに控えていますので。」

 キャシーが小部屋を出ていく。


 おそるおそるドアを開ければ、淑女向けの小物がさりげなく置かれた、でも一人で使うには広すぎる浴室。そして湯がたっぷりと入った、やはり一人で使うには大きすぎる浴槽。

 聞くところによると、温泉の湯には色がついていたり、濁っていたり、匂いがするものもあるらしいけれど。これは普通。透明で匂いもない。

 そういえば、温泉の作法ってあったのかしら。わからないわ。

 お湯に手を入れてみる。熱くなく、ちょうどいい感じ。

 そっと入ってみる。

 ゆっくりと体を沈める。お湯の中で手足を伸ばす。

 ふっと息をつく。

 気持ちいい。

 

 のんびりと湯につかったあと、バスローブを羽織り浴室から出れば、居間にハーブの香りの冷たい水が用意してあった。

 ほかほかした身体のまま、ソファに深く座る。グラスの水を飲む。

 これが温泉の効果なのかも。身体も心もほぐれて、和らいだ気分。


 ノックの音がする。キャシーが応対に出て、こちらに戻ってきた。

「旦那様の仕事が終わられたそうです。奥様がよろしければ、一緒に食事をとのことでした。」

 確かに、もう昼を過ぎているものね。

「そうしましょう。」

 答えると、さっそくキャシーがドレスを持ってきた。

「では、支度を手伝います。」

 ……そうだった。また、アレを着なくてはならないのだった。

 こんなに良い気分なのに、身体に沿ったきっちりとしたドレスを着るのは面倒で、億劫だけど。


 何とか支度を整えて、また老婦人に案内される。 

 部屋を通り抜けフレンチドアから外に出れば、そこはプライベートガーデン。


 可愛らしい花々があちこちに咲きこぼれるなか、木陰に用意されたものは。

 真っ白なクロス、そばには大きなバスケット。

 一口サイズのサンドイッチ、ローストビーフ、ハム、ひき肉のパイ、チーズ、彩もあざやかなサラダに果物。

 デザートのプディング、香ばしいシードケーキ、果物のコンポートにビスケット。

 それから紅茶のカップとポット。ケトルにお湯も沸いていて。

 その周りには、心地よく過ごせるよう敷物やクッション、膝かけなどが置かれている。

 ルーファス様はすでに座って本を読まれていた。


「お待たせしてしまいましたか?」

「そんなことはありませんよ。今日はここに来ることになったので、ゆっくり過ごす予定に変えましたから。」


 私はどこに座ろうかと迷って、ルーファス様の隣、一人分の間を開けた隣に腰を下ろすことにした。

 うららかな日差し。けれど私は、いつもと違う解放的な雰囲気に戸惑う。


「シェリルは、こういうのは初めてですか?」

「うちの子爵家ではなかったので。」

「マナーはあまり気にせず食べましょう。使用人もいませんから。」


 そうだった。先にルーファス様がキャシーたちを下がらせたのだった。だから、ここには私たちだけ。

 二人だけだから、どきどきする。二人だけだから、ほっとする。

  

 木漏れ日と、そよ風と、小鳥の声と。

 美味しい食事に、穏やかな会話。会話が途切れれば、穏やかな沈黙。

 ルーファス様が淹れてくれた紅茶の香り。

 互いにまだあるぎこちなさと、それでも私たちの間にある親しみのような何かと。


 のんびりと食事を楽しんだ後は、ルーファス様が庭を案内してくれた。

 その一角に、地面に生えている不思議なモノがあった。


 思い出した。一度ルーファス様の部屋で見たことがある、あれ。

 魔石ね。キノコが生えるように、お屋敷の庭に魔石が生えている。形は巻貝に似て、色は透き通るパステルカラー。不思議な空間だわ。

 魔石について多少の知識はあると思っていたけれど、こんな特殊魔石があるとは知らなかった。


「シェリルは、このような魔石は初めてでしたか?」

 ルーファス様が驚いたように言う。つまり、ルーファス様にとっては当たり前なのね。それもそうね、ルーファス様はここで暮らしていたのだもの。

「初めてです。とても、とても驚いています。」

 ルーファス様がじっと私を見る。

「でもあなたは、これを嫌がらないのですね、瘴気もそうでしたが。」

 瘴気と魔石は比べられないと思う。瘴気は好きじゃない、きれいな魔石は好きだけど。


 ルーファス様が膝をついて、生えている薄い水色の魔石に触れる。

「これは採集するにはまだ早い。もう一回り小さく、色も濃く、固くなったら採れます。」

 ということは今、触ったら柔らかいのかしら。触ってみたいわ。

 私もしゃがんで触れてみる。ふにっとした感触。確かに柔らかい。


 ルーファス様が薄紫色のものに触れている。

「これは良いですね。」

 そう言ってルーファス様は巻貝の根本に手を添えた。リンと鈴のような音が鳴り、ルーファス様の手の中に魔石が収まる。


 ルーファス様が笑った。

「良い音がしましたね。運が良いと採るときに鳴るんです。この辺りでは幸運の石音と呼んでいます。鳴った石は幸運の魔石ですよ。シェリル、これをあなたに。」

 不思議な魔石が、手のひらにのせられる。

「ありがとうございます。」

 思いがけないプレゼントに、私はとても嬉しくなる。


 その時、ふと目についた。薄緑の巻貝の形。触れてみれば固い。

「ルーファス様、これはどうでしょうか。少し固く、色も濃い感じがしますが。」

「良いものを見つけましたね。採ってみますか?」

「はい。」


 ルーファス様がしていたように魔石の根もとに手を添える。けれど採れない。なぜ?

 首をかしげれば、ルーファス様の手が私の手を覆った。一瞬どきりとする。

「こんなふうに、ひねるように。」

 ルーファス様の手が私の手をぎゅっと包む。リンと鈴のような音が鳴った。

 私の手の中に薄緑の魔石が採れた。ルーファス様が私に向かって笑う、ただ楽しそうに。

「僕たちは今日とても運がいい。シェリル、その魔石は僕にもらえませんか?」

「ええ、はい。」

 渡せば、ルーファス様が愛おしそうに目を細めた。


「これは、あなたの瞳の色ですから。」




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