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浄化とこれから

  

 私は再びルーファス様に抱き上げられて私室に戻り、エーメリーに膝の包帯をかえてもらっている途中、お医者様が来られたということで診ていただくことになった。

 特に魔力については念入りに。何箇所も魔法医の手が体に触れる、額、首、腕、手。服の上から鎖骨当たり、お腹、膝、足首も。触れられるたびに、ぴりっとした感覚。同様に魔導具をつかっての計測も。魔力量だけでなく、魔力の流れについても計られる。

 こんなに丁寧な診察は初めてだわ。学園で魔力枯渇を起こした時だって、こんなことはなかったもの。

 

 診察の後、お医者様がおっしゃるには。

「魔力はほぼ戻った。後遺症なども見られない。怪我もあとは治るだけ。

 魔力を使ってOK。ふだんの生活に戻ってもOK!

 念のため、魔力循環を良くするハーブティーを1日3回、7日間飲むように。怪我はうちで一番よく効く塗り薬を置いていくよ。

 あと、魔力調整のリングは定期的にメンテナンスをしておきなさい。あんまり壊れるもんじゃないけど、こういうこともあるからね。」


 ずいぶんとフレンドリーなお医者様。ミルトンにお住いの、上品な老婦人という見た目の魔法医。

「ありがとうございました。お忙しいところを館まで来ていただいて。」

と頭を下げれば、魔法医は上品そうに微笑んだ。

「もちろん、報酬が良いからね。

 あと、街の連中が若奥様のことを教えろとうるさいからねえ。」


 ……ああ、こうやって噂は広まっていくのね。当人にはどうしようもないところで。尾びれとか背びれとか、元の形がなんだったかわからないくらいの鱗も付いて。


 魔法医が部屋を出てしばらくすると、コンコンとノックの音。控えていたキャシーが応対に出る。

「奥様、旦那様がお話があるとのことです。」

 

 キャシーが部屋を出て、代わりにルーファス様が入ってきた。

「シェリル、疲れていませんか?ベッドで横になりますか?」

 ルーファス様のまた抱き上げて運ぶからと言わんばかりの様子に、私は慌てる。

「まだ疲れていないので、大丈夫ですから。」

 魔力は回復しているし。膝の痛みは薬を塗り直したら落ち着いたし。


 ルーファス様がじっと私の様子をうかがい、ほっとしたようにソファに座る、少し間を開けた私の隣に。

「魔法医から話を聞きました。確かにもうOKとか言っていましたが、そのようですね。僕はまだ心配ですが。」

 そこは大丈夫と思って欲しい。

「けれど、僕はもう今回のようなことは起きてほしくない。」

 ……それは、どんな意味?


 ルーファス様がきりっとした真面目な顔つきになる。

「今回のようなイレギュラーな事態にも対応できるよう、瘴気対策の根本的な見直しをします。

 前から考えてはいたんですが。

 シェリル、今からこんな話をしますが大丈夫ですか?」

「ええ。」


 ルーファス様がきりっとした顔つきで続ける。……何か、カッコイイ。いつのも穏やかな雰囲気も、私は好きだけど。


「ここレイウォルズは、やはり瘴気の発生件数が多い。瘴気レベルの低いものなら、うちの護衛で対応できるよう火魔法の使える者を増やしたりもしましたが。領地の端や、同時に複数件発生した場合、それでは対応できないため、常にミルトンの冒険者ギルドと連携を取りながら、瘴気対策を行ってきました。

 ですが、館に常駐の聖魔法士がいれば更に充実した対策が取れます。」


 確かにその通り。けれど現実的にそれは難しいかもしれない、私の知っている限りでは。


「ですが。

 聖属性を持つ魔法士がもともと少ないうえ、冒険者になれるほどの使い手なら、瘴気レベルAやBもしくはCの領地に行ってしまいます。報酬も良いですし、仕事の件数的にも困りませんからね。

 ならば、瘴気レベルEDに対応できれば良い聖魔法士で探そうとすると、そもそも冒険者になりたがらず、安全な聖水作製や魔導具制作の補助、または治療などに関わる者が多いと聞きました。

 それでも冒険者になる者もいないわけではありませんが、その場合浄化だけでなく影虫が発現した時が問題になります。浄化以外に影虫に対応できるほどの魔法が使える冒険者なら、やはりほかの領地に取られてしまう。

 シェリル、今僕が話したこと、あなたはすでにご存知でしたか。」


 ええ、そうね。自分の珍しい聖属性を何とか活かせないかと、いろいろ調べたから。

 聖属性のランクA~E。魔力量の10~1。これでだいたい、できることが決まる。

 聖属性A~Cかつ魔力量6以上であれば、魔法士として冒険者になれると言われている。聖属性EDまたは魔力量5以下の場合は、別の強い魔法属性が使えるか、物理攻撃もできるなら冒険者になれる。

 ただし聖属性A~Cであっても、危険の伴う冒険者になりたがらない聖魔法士は少なくない。その場合、インドア派として冒険者ギルドに登録する。聖水作製のほか聖魔法を籠めた魔導具類は常に需要があるし、または魔導具作成の補助としても高い頻度で依頼がくる。

 聖属性EDしか使えるものがない場合、それでも需要は多い。聖水でも、魔導具作成の補助でも。魔力量が多ければ、多かったなら、それだけで生活していける。

 では魔力量が少ない場合はどうするかといえば。何か別に本業を持ち、副業として聖魔法関連の仕事を少しずつ請け負うやり方ができると、教えてもらった。


 けれど。令嬢が魔法士の資格を取ることですら変わり者と見なされる貴族社会では、冒険者になりたいというのは、とんでもなくあり得ない話で。貴族令嬢であった私には、たとえ副業でもそれをするというのは父も母も許すはずがなく。お嬢様な私には、家を出て自活するというのもまた難しく。かといって、両親の反対を押し切って貴族令嬢のままインドア派の冒険者登録をしてしまえば、お姉様と妹に肩身の狭い思いをさせてしまう。

 それでも、いつか、いつか聖魔法を使う機会がくるかもしれないと、両親には隠して学園で聖魔法の資格を取り、魔力の質を高める訓練をし、友人の知り合いの伝手で何とか見習いの仮冒険者として、数回だけ現場の仕事を経験させてもらった。

 結局、その願ったいつかの機会はないまま、結婚ということになったけれど。


「ルーファス様、引退した冒険者の勧誘もなさったのではないですか?」

「ええそうです。ですが、現場に出ていたような聖魔法士はやはりほかの領地に勧誘されたり、条件が合わなかったりと、なかなかこちらに来てもらえません。

 結果、常駐の聖魔法士を雇うということが今までできなかったわけです。

 そこに、あなたが現れた。街の住民は考えたでしょう、これからはあなたが浄化をしてくれると。」

 期待するかしら、こんな間抜けな奥様の浄化を?

 ルーファス様の顔が険しくなる。

「叔父上は話しませんでしたが、あの祝祭への招待状はそういう意味も含まれています。」

 なるほど、あの招待状はこれからもよろしく、ということなのね。でも。

「私は魔力量が少なく、一度で完全浄化ができないか、できたとしても1日1回になるのですけれど。」

「例えそれでも、破壊より浄化のほうが良いんです。瘴気を場所ごと火魔法で破壊するのは当然の方法とされていますが、後のことを考えるならば。」

 それも確かに。子爵領は瘴気の害がほとんどなかったから気づかなかった。破壊してしまうと、その周辺で生活する人達は大変だわ。アフターケアをする領主の仕事も、件数が増えれば大変になる。


 ルーファス様がまた心配そうな顔になった。

「シェリル、あなたはどうしたいですか?」


 この状況でも、ルーファス様は私の意見を聞いてくれるのね。

 私は私の願いを叶えてもいいかしら。私は私のしたいことを話してもいいかしら。上手くいくかどうか、わからなくても。

 でも、無理をしたら続かないわ、ここで暮らしていくのだから。気負うのではなく、私のできることを、私にできるやり方で。 


「私は、聖魔法を役立てたいと思っています。」


 そう答えれば、ルーファス様が息をついた。

「あなたは、それを選ぶのですね。」

 私は慌てて付け加える。

「あの、ただ、こちらの領地は頻度が多いと聞きました。その全部に対処するのは難しいのではないかと、思っています。

 それに、私では影虫の対処ができませんから、必ずそれができる護衛か、結局冒険者を雇う必要が出てきますし。それ以外でも私が外出するとなると侍女や護衛がついたり、何かと必要になりますし。費用対効果を考えると、果たして良いのか悪いのかという点が残りますので。」


 ルーファス様が小さく笑った。

「シェリル、その通りです。それでも浄化が必要な場合があるということなんです。

 瘴気の発生は平均して週に2、3回。そのなかで、まず浄化が必要な場所かどうかを判断します。今までの瘴気発生場所の内訳からして、街中や村、街道、畑、そう言った場所の件数は月4、5回です。

 まずはこの回数であなたに浄化をお願いしたい。もちろん、あなたの負担になるようなら、もっと件数を絞ります。

 もう一つ、あなたが聖魔法を使った浄化をしてくださるというのなら、あなたがまた倒れたりしないよう、僕は徹底的に必要な人材を付けます。必要なら魔導具も。当然、体調及びスケジュールの管理も。」


 私は思わず瞬きしてしまった。そんな大げさな。私はただ奥様業の一環として、もしくはそのついでに浄化活動ができたらと、思い描いただけなんだけど。

「それはちょっと、大げさでは?」

「そんなことはありません。この領地にとってはそれくらい重要で、同じく浄化ができるあなたもまた重要人物だということです。」

「……はあ。」 

 やっぱり大げさでは。首をかしげると、ルーファス様が慌てたように付け加えた。

「ですが、これはあなたを冒険者として雇うとか、そんなことを言いたいわけではありませんから。

 あなたにできるだけ負担がかからない形で、浄化の力を使ってもらえたらと。そのためのサポートは惜しみません。」


 ルーファス様が真剣な表情で私を見ている。

 私はやっぱり大げさな気がするけれど。ルーファス様がいろいろ考えた結果が、この提案なのだと思う。領地についても、私のことについても。


「ありがとうございます。お任せしますので、よろしくお願いしますね。」

 そう答えれば、

「もちろんです。」

とルーファス様が力強くうなずいた、私を見つめて。

 

 私は不思議な気分になる。

 私は自分の聖属性を活かしたいと、そう願っていた。

 それが、こんな形で叶うかもしれないとは想像できなかった。

 誰かがこんなふうに望んでくれるということも。


 いえ、待って。そんなふうにルーファス様に見られたら、また思い出してしまう。昨晩のことを。頬への口づけを……。


 その時、

「旦那様、奥様、コンサバトリーでお茶の用意をしております。」

とキャシーがドアを開けた。

「料理長おすすめのケーキに、エーメリーさんおすすめのお茶です!」


「それはいいね。」

と先に答えたのはルーファス様だった。

「シェリル、今日はもう少し、あなたと一緒に過ごしたい。

 旅の話をしたり、おみやげも渡したい。良いですか?」

「はい。」


 差し出された手に、私の手を重ねる。

 指が触れる。手のひらが触れ合う。私とは違う大きさに触れ、固さに触れ、体温が触れ合う。

 慣れたけど、どきどきする。



 日差しが気持ちよい良いコンサバトリーで、ルーファス様がいろんな話をしてくれた。王都までの旅の途中の困った出来事、突然大木ほどの魔石が生えてきた珍しい光景のこと、王都の様子、流行しているというワインの話。

 甘酸っぱいラズベリージャムをたっぷりはさんだケーキに、ミルクたっぷりの紅茶をいただきながら、私はそれを聞いている。


「今回は急な商談でしたから、叔父上と僕のみで王都にいきましたが、今度はシェリルも一緒に来てください。」

「あ、はい。」

 そうよね、社交があるものね。……妻が行かずに、済ませるわけにもね。


 それからルーファス様が渡してくれたのは、綺麗な蔓草模様の箱。二重にした細いリボンが花のように結ばれた、見ているだけで何だか嬉しくなるようなラッピングの、何かしら?


 ルーファス様が苦笑している。

「お土産を買ってくると言ったものの、実は淑女の好みそうなものが僕にはわからず。最初から、あなたがお好きなものを聞いておくべきでした。

 ただ、商談の途中でこの話が出てきまして。今、王都で話題になっているらしく、これならあなたに気に入ってもらえるのではないかと。」


 で、何かしら?というか今、開けたほうがいいのよね、きっと。

 箱のリボンをほどく。リボンはテーブルに。それから、ゆっくりと蓋を開ける。甘い香り。一口サイズのチョコレートが箱の中に並んでいた。


「このお店では特に、ボンボンショコラと言っていましたよ。」

 ルーファス様の言葉に、私はぱっと顔を上げる。

「もしかして、シェリルは知っていましたか?」

「知ってはいましたが、食べたことはなくて、できれば一度食べてみたいと思っていたんです。」


 ルーファス様が笑った。

「それは良かったです。さあ、どうぞ。」

 うながされて一つつまむ。口に入れる。とろりと溶ける甘さと香ばしさと少しのほろ苦さ。

「美味しいです、とても。これは、こんな味だったのですね。

 ルーファス様もいかがですか。」


 箱を差し出せば、ルーファス様も一つ手に取った。

「やはりシェリルは貴族のご令嬢ですね、よくご存知だ。」

 あ、それは違う。

「いえ、あの、実はとある推理小説にこのボンボンショコラが出てくるんです。」

 ルーファス様が目を見張る。

「意外です。あながた流行りの推理小説を読まれるとは。」

 あ、それも違う。読んでいるというほど、読んではいない。

「あの、いくつか、読んでいる作者とかシリーズがあるだけなので。」

 ルーファス様が不思議そうにボンボンショコラを見ている。

「その読まれた推理小説に出てくるんですか、これが。いったい、どんな場面で?」


「毒殺されるんです、このボンボンショコラで。」

 

 ルーファス様のお顔がなぜか少し引きつった。

「毒殺、ですか?」

「はい、架空の毒なんですけれど、ボンボンショコラに仕込まれた毒で、毒殺されます。」

「それを、食べてみたかったと?」

「はい、その前の食べる描写がとても美味しそうで、いつか食べてみたいなと思っていたんです。

 ありがとうございます、こんな素敵なお土産を。」


 ルーファス様は怪訝そうな顔のまま、一粒を口に入れた。

 私は幸せな気分のまま、ミルクティーを飲む。

 そこでルーファス様がこう言った。


「シェリル、今回僕は見損ねてしまったので、次回はあなたが浄化しているところを見せてくれませんか?」


 …………え!?

 向かいで、ルーファス様が穏やかに紅茶のカップを持っている。それ以上の他意はなさそうで。けれど私は戸惑う。だって。


 それはちょっと、何かこう、恥ずかしいでしょ。





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