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真夜中に


 目が、覚めた。

 暗闇の中に見慣れたものがある。ここは私の部屋。いつの間に寝ていたの。

 ゆっくりと体を起こす。


「奥様、お目覚めですか!?」

 その声は、ドアを半分開け灯りを手にこちらをうかがっているキャシーだった。キャシーって本当にタイミング良いのね、すごいわ。

「旦那様にお伝えしてきます!」

 灯りを置いたキャシーがドアの向こうに引っ込むと同時に、ルーファス様が駆け込んできた。


 私の知っているルーファス様はいつも穏やか、もしくは冷静なのに、ぼんやりとした灯りのなか見えたものは。こんなに取り乱した表情、初めてだわ。

 ベッドのそばに立つルーファス様が、私の頬に手を伸ばす、何か怖れるように。その手が私の頬を包む。温かい手、その手に私はどきどきする。


 ルーファス様が大きく息をついた。

「生きて、いますね。」


 ……ごめんなさい。私、そんなに心配させてしまったの。

 ああそうだった。私、倒れてしまったのよね。そんな予定はなかったのに。


 ルーファス様が椅子を引き寄せ、ベッドのそばに座った。

「良かった、本当に。

 ああ、そんな顔をしないでください。責めているわけではありません。

 皆に話を聞きました。あなたがこの領地のことを考えてくださったのは、分かりますから。」


 それは、そうなんだけど。

 私は、私の願いを叶えたかっただけの気もするけれど。


 ルーファス様が私の手をそっと握った。

「魔法医の話では、単なる魔力の使い過ぎだと。魔力制御装置のリングが、あなたに合わなくなっていたようですね。それでもリングを付けている以上、制御は働くので、命が危険にさらされることはないそうですが、僕は……。」


 ルーファス様の手が、やはりそっと離れた。

「のどが乾いていませんか?エーメリーが何か用意していたはずですが。」

「飲みたい、です。」


 ルーファス様が水差しから注いでくれたのは、柑橘の香る冷たい水。グラスを受け取り、一口飲み込む。美味しい。そんな私を見ているルーファス様の視線は、本当に大丈夫かと心配するものだけど。

 思い出した、この方に真っ先に伝えたい言葉があったこと。

 

「お帰りなさいなさいませ、ルーファス様。」

 ふっと、ルーファス様の目元がやわらいだ。

「ただいま、シェリル。」

 ……この会話、何か普通の夫婦みたい。


「もう夜中を過ぎています。シェリル、あなたはとにかく休んでください。」

 そう言ってルーファス様が立ち上がる。けれど、何か迷うようにそのままで。

 もしかしたら、もしかしたら。

「あの、私、お腹はすいてないので大丈夫です。」 

 ルーファス様がはっとした様子で私を見て、苦笑した。

「そう、それも聞かねばと思っていたのです。あなたを見たら、すっかり忘れてしまった。」


 では、何かしら?

 首をかしげれば、ルーファス様がもう一度私の頬に手を伸ばす。

 私は大丈夫だから、そんな気持ちをこめてルーファス様を見上げる。

 けれどルーファス様は身をかがめ、私の頬に何か触れた感触。

 

「おやすみ、シェリル。」

 ルーファス様の表情は眼鏡に隠れてよく見えない。ただ私をそっとベッドに寝かせて。

 灯りが消える。

 ドアが開いて、そして閉まった。


 ……今の、何だったのかしら。なぜ、頬にキスを。まるで愛情のこもった口づけみたいなものを。なぜ。


 ふと横を見れば、サイドテーブルにひびの入った金のリングが置かれていた。

 

 もう眩暈はなく、魔力が回復してきているのもわかるけれど。手足が重い。さきほど水を飲んだときに気づいた。体が熱を持っている。

 魔力の使い過ぎ、魔力枯渇。学園で魔法士の資格を取るために、訓練した時のことを思い出す。何度かこの状態になったことがあるから、私には驚くほどのことではないけれど。

  

 貴族の生活になじめず、貴族の娘として不出来な私。

 そんな私が唯一できること、聖魔法。

 だから、それを何とかして活かせないかと、そう思っていた。そう願っていた。

 魔力量の少ない私ができることなど、なかったとしても。

 誰も、私が聖魔法を使うことなど望んでなくても。


 ゆっくりと金のリングに手を伸ばす。触れる。

 それでも私は、何かをしてみた。


 あのとき最後に見えたもの、きれいに晴れた空の青。

 その色がまだ、胸に残っているみたい。





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