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桜竜呑み 

掲載日:2024/01/14

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 んん、これは? もしかして、桜の花びら?

 ……て、なーんだ、包装紙のかけらか。紛らわしい形にちぎってくれたものだよ、まったく。そりゃ、いまの時期に開花するようなら、沖縄レベルのタイミング。

 いよいよ、日本の季節事情もきわまってきたかというところだよ。桜舞い散る中での寒稽古とか、妙な風情が将来定着してしまうかもしれない。


 そう考えると、何百年も昔から残っている芸術作品にあらわされる風景も、現代ではお目にかかれない「伝説」となっていくのかな。

 残していきたいものなのは確かだけど、リアルタイムの熱や感動、背景を熟知したうえでの説得力……暗黙の了解が、説明の上での了解となっていってしまう。考えるとちょっと寂しいことかもね。

 だから、民話のたぐいも素地を共有しがたい今の人が聞いても、突拍子もなくて信じがたいものがあるのかも。

 桜、といえば、僕の地元にも不思議な話が伝わっているんだ。

 つぶらやくんの好きそうな話だと思うんだけど、聞いてみない?



 むかしむかし。

 その年は暮れごろに、桜の花びらが散ったのを人々が見たらしい。

 はじめは雪とか、先の僕みたいに紙や生地がたまたま似た形でもって、地面に落ちてきたのかと思われたとか。

 しかし、日に日に村のあちらこちらで花びらが落ちる姿が見られ、屋根の上に積もるのが目障りになってくるとなると、さすがに異常を感じざるを得ない。

 村のまわりの桜を見て回るも、このあたりに冬桜は皆無であり、つぼみの気配さえ感じられなかった。


 ならば、どこから?

 若者たちがいぶかしく思い始めたところで、年配たちは顔を見合わせて二、三言葉をかわしたのちに、皆へ伝える。

 これは「桜竜」の仕業かもしれないと。


 桜竜。

 これは文字通りの桜に宿る霊に近しいものであるが、確かな竜の姿を持つ生き物なのだという。

 果たしてまことに桜竜の仕業か否か。

 村人たちには、村長の家の蔵に蓄えられていた酒が、一杯ずつふるまわれることになる。

 いかに酒豪でならしたものとて、その一杯で天地がぐるぐる回り出すほどの強さ。

 しかし、それがたとえ下戸なものであったとしても、酒豪と出る症状はほぼ同じもの。他の酒ならば、たちまち潰れたり、中のものを戻したりしてしまう面子も、そこまではいかない。

 不可解な性質だったが、その酔った状態においてしか目にできないものに気づき、やがて皆は目を見張ることになる。



 村のど真ん中の広場。

 昼間、普通に人馬が往来していたその空間に、一本の大樹がいきなり姿を見せていたんだ。

 その幹は極太の根が数本、一緒にねじり上げられたような表面を保ち、村の見張り台さえ越える高さでもって、皆を見下ろしている。

 そのてっぺんまで行くと、幹はそこから二股に大きく枝分かれするのだが、分かれ目は幹の下、二尺近い割れ目が入っていた。

 そこはまるで、二つののこぎりを並べたようなぎざぎざを内側に浮かばせている。

 歯の並んだあぎと。そう読み取る人が大半だったとか。


 あれが桜竜。

 誰もが言われるともなく、その存在からただの樹とは違う、身を震わせてしまうような寒気を感じたのだとか。

 幹はその身。割れ目はその口。

 天をあおぎながら一匹の竜の頭が、口をほんのり開けている。その口からときおり、はらはらと皆の見ている桜の花びらが落ちてくるんだ。


 くわえて奇妙なのが、あの桜竜。どうやら酔っている間しか見られないようだった。

 酒の抜けには個人差があるが、早くも酔いから醒めかけているものは、桜竜の姿をとらえられなくなっている。目をしばたたかせても、それだけでは変わりない。

 また件の酒を、口にしない限りは。


「それだけではない。酔いが醒めてしまえば見るばかりでなく、触れることもできなくなる。酔っている者には、そこを通る者が桜竜をすり抜けていく様を見ることができよう。

 この酒に満たされる限りは、我らは桜竜と同じ世界へ身をおけるのよ」


 そして、桜竜から離れたものはその逆。神の域から賊の域へ移っていき、余人にも見え、触れられるものへなっていく。

 しかし、その竜の機嫌が悪い時であったならば……。


 答えはすぐ明らかになった。

 竜の口にあたる割れ目へ、内側からたちまち桜があふれ出てくる。ほどなく口から飛び出した桜は、竜よりはるか高い空へ舞うや、渦を巻きながら村へ降り落ちてきた。

 それはまさに、桜の吹雪だった。単純な花びらの踊りにとどまらず、その一片一片が氷を越える冷たさでもって、皆へ張り付いてきたんだ。

 あるものは冷たさに飛びあがり、あるものは肌のあちらこちらへ花びらたちを張り付けてしまう。

 それは本来の花びらと違って簡単には取れず、触れた肌もろとも引きはがさなければいけないほどだった。まさに冷たさをきわめる氷のそれと似たようなもの。

 

 家々などの無機物は、もっとひどい。

 この桜竜の花びらがひっついたところは、たちまち数十年の時を経たかのように傷み、腐り、ガタが来ている家屋などはすでに崩れかかる始末だったとか。

 それでありながら、土や他の木々などには、いっさいそのような痛手が見えないあたり、人ならざるものの力と認めざるを得なくなる。


「早く、これを召し上がっていただかなくては」


 それは皆が桜竜を見るために、飲んでいる酒の入った瓶。

 これをあの口元まで運び、まるまる注ぎ込んで機嫌を良くしてもらわねばならない。

 このまま第二波がくれば、村がますます苦しい思いをするのみだ。瓶を背負い、樹へ登っていく代表が求められた。


 途中で酔いが醒めたときの恐れを考え、代表は3人。

 別々の方向から上がり、他の人々は万一、酔いが醒めた誰かが樹をすり抜けて落ちてしまっても、受け止められるように備えた。

 3人の言では、ねじり上げられた根のような表面は登るにやすかったが、手でつかむたび、その掌には鼓動をしばしば感じ、確かな命の気配があったという。

 1人は、突然目の前から樹が消え、落ちてしまった。

 あらかじめ待ち構えていた人が受け止めてくれたが、それでも瓶が割れてしまい、先2人を見送るのに徹することに。


 2人は、無事に樹を登りきる。

 枝の分かれ目の両側へ立つと、背負っていた瓶の口を開け、どっとその口の中へと流し込んだ。

 二つの瓶から注がれて、それでいて裂け目からは一滴もこぼれを見せない。それは見事なうわばみっぷりといえた。

 そうして瓶がいずれも空になってしまうと。すでに地面へ散らばっていた桜たちが、溶けるようにして消えていくのを、皆が見た。


 桜竜が満足したのだ、と年配の者たちが語る。

 酒を注いだ2人が降り立つとほどなく、桜竜はその樹を思わせる身を消してしまった。あらためて酒を飲んでも、また見えるようなことにはならず、元の場所へ戻っていった証とのことだったらしい。

 だから、僕はこの時季外れの桜っぽいものを見ると、つい桜竜のことを思う。

 年配の者たちの話では、たまたま村の立地が竜の顔出しに、特別に向いているだけで、どこにも竜は姿を見せうるというんだ。


 普段は極めて遠くとも、その日その時には限りなく同じものに近づける。

 だから僕たちは、その存在をたとえ幻想と切り捨てたつもりでも、ふとした拍子に心を近づけたく思うのかもしれない。


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