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ジャック・オー・ランタンは私の恋人

作者: 櫻野くるみ

ハロウィンの短編です。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

「ありがとうございましたー」


本日最後のお客さんを笑顔で見送ったサラは、大きく息を吐いた。

今日の営業もなんとか無事に終えることができたみたいだ。

サラはほっとしながら店じまいを始めた。


ここは小さな町の、小さな通り沿いにある花屋だ。

こじんまりとしたこの店は、サラの両親が営んでいたものだが、流行り病で立て続けに二人を亡くし、一年ほど前からサラが一人で切り盛りをするようになった。


ようやく仕事にも慣れたが、ふとした瞬間にどうしようもない寂しさに襲われることがある。

時々変な視線を感じる気もするし、女性の一人暮らしは何かと心細い。

サラはそんな不安を抱えながらも健気に生きる十八歳の女の子だった。


看板をしまおうと店の外に出ると、斜め前のケーキ屋の店先に、カボチャのランタンが飾られているのが目に入った。


「そうだわ、もうすぐハロウィンなのね」


サラは小さく呟きながら、時の流れの早さを感じていた。

去年は両親が亡くなったばかりで心の余裕が無く、ハロウィンらしいことは何も出来ずに終わってしまった。

今年は何か準備してみようかーー。


店じまいを終えたサラは、店舗の二階にある自室へ向かうと、昨日の残りのスープを食べながらハロウィンについて考え始めた。


やっぱり目を惹くのはカボチャをくり抜いたランタンよね。

作ったことはないけれど、うまく出来るものかしら?

あと店内にもキャンドルや風船を飾るのもいいし、私も魔女のとんがり帽子なんか被ってみたりして。

あ、お菓子は子供たちにすぐに渡せるように小分けにして……。


どんどんアイデアが湧いてくる。

すると、サラは不思議と楽しい気分になってきた。


明後日は定休日だから町に買い物に行って、かぼちゃのランタンを作ってみよう!


家族がいない一人のハロウィンを、なるべく明るく過ごそうとサラは心に決めたのだった。



次の日、花屋の閉店間近に一人の若い男性が駆け込んできた。

週に一度買いに来てくれる顔馴染みの常連さんである。


「いらっしゃいませ。今日もいつものブーケでよろしいですか?」

「いつもギリギリの時間にすみません。はい。いつものを……」


二十代半ばに見えるこの男性は、名前も知らない常連さんなのだが、いつも閉店ギリギリに決まってデイジーのブーケを買いにやって来る。

初めて来店した際に、自分は詳しくないからとオススメの花を訊かれたサラは、控えめに自分はデイジーが好きだと伝えてみた。

サラの好みに頷いた男性は、彼もデイジーを気に入ったのか、デイジーのブーケを注文したのだった。


それから毎週、男性は欠かさずにデイジーのブーケを買いにやって来る。


きっと恋人へのプレゼントね。

彼女さんもデイジーを気に入ってくれたんだわ。

毎週ブーケを贈ってくれる恋人なんて、とっても素敵ね。


サラは勝手にブーケは恋人への贈り物だと決め付けていた。

男性は取り立てて目立つ容姿をしているわけではないが、人懐っこい笑顔が人柄を表していたし、耳当たりの良い優しい声は聴いていて穏やかな気持ちにさせてくれる。

こんな恋人がいたら幸せだなと、まだ恋人のいないサラは思っていた。


今日も完成したデイジーのブーケを渡し、お金を受け取り、いつものやり取りが終わるはずだったその時、珍しく彼から話しかけられた。


「あの、明日ってお店の定休日ですよね? 予定はもう決まっているんですか?」


なぜそんなことを突然訊かれたのかわからなかったが、きっと思いつきで店員と雑談でもしてみようとでも思ったのだろう。

サラは普通に答えた。


「明日はハロウィンの買い物に行こうと思っているんです。お店の飾り付け用の。かぼちゃのランタンに挑戦してみたくて」

「それはいいな。そうか、もうすぐハロウィンでしたね」


男性との会話は思いがけず弾み、気付けば家族のこと、お店のこと、気になる嫌な視線についてまで話していた。

ずっと誰かとこんな風に話したかったのかもしれない。


「すみません。話しやすくて変なことまで喋ってしまいました」

「いえいえ、僕も楽しかったですよ。あの、あなたに作ってもらったものですが、良かったらこのブーケを受け取って下さい。デイジー、お好きですよね」


差し出された勢いでサラはつい受け取ってしまった。


「では、また買いに来ます」


我に返った時には男性はもう走り去った後だった。

しばらく呆然と彼が消えた扉を見つめていたサラだったが、初めてもらったブーケに徐々に鼓動が早くなっていくのを感じていた。


こ、これは会話のついでよ。

なんたって恋人がいる男性だし、深い意味はないわ。

花屋の私に今まで花をくれた人なんていなかったから、こんなに動揺しているに違いないわ。


その夜、自室にデイジーを飾ったサラは、しばらく飽きずに眺めていた。



あくる朝、目覚めたサラは真っ先にデイジーに目をやり、笑みを浮かべた。


良かった。デイジーを貰ったのは夢じゃなかったわ。


両親が亡くなって以来、ずっと抱えていた寂しさが今は少し薄れている。

サラはずっと人との関わりに飢えていたことに気付かされた。


今度お店に来てくれたら、今度は私から話しかけてみよう。

デイジー以外の花をお返しに渡すのもいいかもしれないわね。


そんなことを思案しながら朝食を摂ると、ハロウィン用の買い出しの為に家を後にした。



この町一番の繁華街にたどり着いたサラは、商店を覗いていた。

手頃な大きさのかぼちゃを、失敗してもいいように二個買った。

それだけで結構な荷物になったが、風船やカラフルな紙、キャンドルなども購入していく。


張り切って買いすぎちゃったみたい。

重いし、そろそろ帰りましょう。


サラが自宅に向かって歩き始めた時、通りの先から切羽詰まったような大きな声がした。


「おい! 大丈夫か? 誰か医者を呼んでくれ!」

「あいつだ、あいつが殴っているのを見た! 捕まえろ!」

「頭を強く打っているみたいだな。意識がないぞ」


何やら人が集まって騒いでいる。


昼間から喧嘩?

怪我人がいるみたいだけれど、大丈夫なのかしら。


「いきなり片方が殴りかかったんですって。二人共見ない顔らしいから、この町の人間じゃなさそうね」


尋ねてもいないのに見知らぬ女性が教えてくれる。

サラはお礼を言うと、別の道を通って帰ることにした。

少しの胸騒ぎを感じながらーー。



家に着くと、通りの騒動のことなどすっかり忘れ、早速ランタンを作り始めた。

かぼちゃが目の前にあると、ウズウズしてすぐにでも作りたくなってしまったのである。


顔はどんな感じにしようかしら。

目は三角で、大きく口を開けて、ギザギザの歯……っと。


ペンで軽く下書きをする。

底を切り、中身をくりぬき、いざ顔の部分を切り抜いていく。

目を上手に切り取り、次に口に挑戦したサラは、歯のギザギザを丁寧にーー。


「きゃーーーーっ、歯が!!」


はい、見事に折れました。

上の前歯だけ無い、間抜けなランタンの出来上がりー!


って、こんなのお店に飾れないわ。

うぅ……ここまで頑張ったのに……。


気落ちしながらも、予備で買ったかぼちゃで再度ランタンを作っていく。

二度目は慣れもあって順調に作業は進み、初めてにしては上出来なジャック・オー・ランタンが完成した。


よし、綺麗に出来たこっちを店先に飾りましょう。

失敗作は……そうね、この部屋の中で楽しむとして。

ふふっ、だんだん前歯が無い顔が可愛く思えてきたわ。


デイジーを飾った隣に失敗作のかぼちゃのランタンを置いてみた。

デイジーの白とかぼちゃのオレンジ色で、急に部屋が明るくなった気がしてサラは満足だった。


あとはお店の飾り付けね。

余っている布で帽子も作ろうかしら。


サラは軽い足取りで一階の花屋の店舗へ向かったのだった。



翌日、サラが小鳥の囀りで目を覚まし、伸びをしながら体を起こすと、部屋に飾った失敗作のかぼちゃのランタンと目が合った……ような気がした。


「おはよう、カボチャさん」


愛嬌のある顔に自然と親近感が生まれていたサラは、かぼちゃ相手に朝の挨拶をした。


するとーー。


「おはよう」


なんと返事が返ってきたではないか。


ん?

おはようって聴こえたような……。

まさかね。


まだ自分は寝ぼけているのかと思いつつ、かぼちゃに近付くともう一度試してみた。


「今日もいい天気ね」

「そうなのかい? それは良かった」


会話が成立してしまった。

くりぬいた中身の無いかぼちゃと。


あり得ない状況に、もちろんサラも驚いた。

しかし、かぼちゃから聴こえる声がデイジーの彼によく似た優しいものだと気付くと、会話に飢えていたサラにはこれがかけがえのない出来事に思えた。


「あなた、名前はあるの? 私の名前はサラよ」

「名前……名前……あったはずだけど思い出せないな。君はサラというのか。いい名前だ。僕のことは好きに呼んでくれてかまわない」

「そう? じゃあジャックね」

「即答なんだね。サラの恋人の名前かい?」

「いいえ、私に恋人なんていないわ。あなたがジャック・オー・ランタンだからジャック」

「僕ってジャック・オー・ランタンなのかい?」

「そうよ。私が作った失敗作のかぼちゃのランタン。上の前歯が折れちゃったの」

「……」


しばらくジャックは無言だった。

前歯がないことがそんなにショックだったのだろうか。


「えーと、ジャック。あなたはどうして喋れるの? もしかしてかぼちゃの妖精?」

「ははっ、多分違うと思う。僕もなぜここでこうしているのかわからないんだ。僕にはサラの声が聴こえるだけで、何も見えないし、何も覚えてないんだ」

「そうなの……」

「あ、でもジャックと呼ばれるのはなぜかしっくりくるんだ。もしかして本当にジャックという名前だったりしてね」

「ふふっ、じゃあ名前はジャックで決定ね。……って、こんな時間! ジャック、ごめんなさい。花屋を開ける準備をしないと。また後でお話し出来る?」

「もちろんさ。僕はここで待っているよ」

「ありがとう。じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい。頑張って」


誰かに見送られるのなんて久々だわ。

こんなに嬉しいものだったのね。


何気ない会話に目頭が熱くなりながら、サラは急いで身支度を整えたのだった。



花屋で接客をしながらも、サラの頭の中はジャックのことで一杯だった。


朝の会話は全部私の妄想だったのかも。

かぼちゃが話すなんて、あるはずないものね。


冷静になって考えてみるが、もし妄想だったらそれはそれでショックだ。

あの幸せな気分を勘違いで終わらせたくはなかった。


お客さんが途切れた隙に、居ても立ってもいられなくなったサラは二階の自室に駆け込んだ。


「ジャック!! いる?」


息を切らせながら声を掛けたサラだったがーー。


「サラ? いるよ。仕事はもう終わったのかい?」


のほほんとしたかぼちゃのジャックの声が返ってきた。

思わず力が抜けて、入口でへたりこんでしまう。


良かった。

ジャック、ちゃんといてくれた。

私の妄想じゃなかった。


安心したら涙が出てきてしまった。


「サラ? もしかして花屋で何かあったのかい? あ、また変な男が見てたとか?」


変な男?

またってなんの事かしら。

確かに変な視線を以前は感じていたけれど。


「何もないわ。ジャックがまだいてくれてるか心配になっちゃっただけ。ところで変な男って?」

「ん? あれ? 誰だっけな。サラが変な男に付きまとわれている気がしたんだ。なんでそんなこと思ったのか自分でも不思議なんだけど」


ジャックは無自覚に口に出していたのか、自分でも戸惑っているようだ。

でも心配してもらえたことは嬉しい。


「ありがとう、ジャック」


お礼を言っていると、お店から声がした。


「すみませーん、お花欲しいんですけどー」


いっけない、お店放ってきちゃったわ。


「いま行きます。ちょっとお待ちください!!」


慌てて叫んだサラは、ジャックにも小声で言う。


「慌ただしくしてごめんね。お店終わったらすぐ戻るから」

「僕はここにいるから安心して。また後でおしゃべりしよう」

「うん!!」


サラは元気に花屋の仕事に戻っていった。

もうさっきまでの不安など微塵もない。

ただお店が終わるのが楽しみだった。


閉店後、サラはキッチンで料理をしながら話しかける。


「ジャックもご飯が食べられたら良かったのにね」


たいして広さが無い部屋なので、キッチンからでもサラの声は届いていた。


「そうだね。でもせっかくの料理が見えないし、匂いもわからないからな」

「かぼちゃをこっそり食べさせたら、共食いになっちゃうわね」

「サラ!! 僕にかぼちゃの自覚はないけど、なんか怖いからやめて。前歯が無いからうまく食べられないしね」


サラの冗談に、更に自虐的なジャックの冗談が続く。


「あはは! 奥歯があれば大丈夫よ。ふふふ」

「君の失敗でこうなっているのに笑うなんて酷いな。ははっ」

 

ジャックとの会話は楽しく、笑いが絶えなかった。


「ねえ、ジャック。食べられなくても構わないから、ハロウィンは一緒にパーティーしましょう。私、ご馳走作るから」

「それはいいね。今から楽しみだ」

「約束よ」


ご馳走は何にしようかしら。

パーティなんて久しぶりだわ。


ジャックと過ごすハロウィンに、サラの胸は期待に膨らんでいた。



フンフフーン♪


今日は花屋が定休日の為、サラはキッチンで料理の作り溜めをしていた。

一人でお店をやっていると、普段はあまり手の込んだメニューや品数をたくさん作ることが困難なので、時間が出来たときに日持ちのするものを多めに作っておくのだ。

野菜のピクルスやマリネ、ラタトゥイユを手際よく作っていく。


フフーンフフフーン♪


鼻歌を歌いながらサラが作業を続けていると。


フンフーンフフフ♪


鼻歌にジャックが加わってきた。


「ジャック、この歌を知っているの? 私の母の故郷の歌だから、この辺じゃ珍しいのに」

「うん、聴いたことがあるよ。懐かしい感覚がする」

「私も両親が亡くなってから歌うことが無かったから、久々に歌ったわ」


最近のサラは、ジャックという話し相手が出来て毎日が楽しくて仕方が無かった。

以前は母の歌を思い出しても、悲しくて歌えなかったのだが。

ジャックのおかげでようやく一歩を踏み出せた気がする。


「ところでジャック、さっき声をかけても返事が無かったけど、お昼寝してたの?」

「ああ、ごめん。声をかけてくれていたんだね。最近、意識がないときがあるみたいだ。寝ているのかな? サラの鼻歌で意識が戻ったよ」

「それって大丈夫なの? 具合は悪くない?」


サラが慌ててキッチンからジャックの元へと駆け寄る。


「体調は悪くないよ。ただ意識がなくなるだけ。まあ、心配しないで。僕は元気だから」

「本当に? 何かあったらすぐに言ってね。でもランタンのジャックをお医者様に診てもらうわけにもいかないし」

「あははは!! それは傑作だな。サラの方が医者に心配されてしまうよ」

「……」


思い付きでお医者様と言ったが、この先本当にジャックに何かあったらどうしたらいいのだろう。

サラは不安になった。


「サラ、心配しないで。ほら、デイジーの花でも眺めて元気を出して」


ん? デイジー?


「ジャックはなぜ、私がデイジーが好きだって知っているの? 話したことあったかしら?」

「いや、いつもデイジーが飾ってあるから。僕は何も見えないけど、デイジーの花が飾ってあることはわかるんだ」

「見えないのにわかるの? もしかしてジャックもデイジーが好きなの?」

「好きなのかな。うん、きっと好きなんだろうな」


デイジーは、花屋で常連の男性にもらったものだ。

萎れかけてきてはいるが、花屋のサラが手入れをしながら飾っている為か、まだ美しさを保っていた。


そういえば、昨日はデイジーの男性が閉店間際に現れなかった。

彼が買いに来るかもとしばらく店を開けていたが、来店しないので諦めて閉めてしまったのだ。


こんなこと初めてだけど、何かあったのかしら?


少し心配になったが、またジャックと話しているうちに忘れてしまっていた。

次回はこちらから話しかけると意気込んでいた割に、薄情な自分に呆れてしまう。

でもジャックと話していると、不思議とデイジーの男性と話しているような既視感に襲われた。

同じような安心感と、加えてドキドキとした胸の高揚感を感じるのだ。


ジャックとずっと一緒にいられたらいいのに……。


しかし、サラの想いはそれからすぐに打ち砕かれることになった。




「ジャック? ジャック、聴こえる?」


サラが何度か呼びかけるが、返事はない。

今日はまだジャックと一度も話せていない。


ジャックと話すようになって二週間。

最近ジャックの意識がない時間が多くなってきた気がする。

不安で心細くなったサラは、花屋のお客さんが途切れる度にジャックに声をかけに自室に戻っていた。


「ジャック!」

「なんだい、サラ」


いつもの穏やかなジャックの声が返ってきた。


「良かった。今日はなかなか返事がないから焦っちゃったわ」

「ごめんごめん。もう大丈夫だからお店に戻って?」


サラが階段を降りていく音を聴きながら、ジャックは「そろそろ潮時かな」と呟いていた。



その日の夜、夕飯を食べ終わってくつろぐサラに、ジャックは静かに話しかけた。


「サラ、話があるんだけど」

「なあに?」

「僕は多分、ハロウィンまでしかここにいられない」

「え?」

「最近、意識がないときが多いだろう? わかるんだ。もうすぐ僕は完全にここに戻れなくなる」

「嘘でしょう?」


サラは動揺で声が震えるのを抑えられなかった。

嫌な予感はしていたのだ。

もともとがかぼちゃのランタンである。

ハロウィンを過ぎても飾るものではないし、ハロウィンが終わったらどうなってしまうのだろうと。


しかし、いつもジャックは安心させるように大丈夫だと言ってくれた。

その言葉を信じたかった。


「大丈夫だって言ったのに……」


どんどん涙声になっていくサラ。


「ごめんね。僕もサラといつまでも一緒にいたい。だけど無理みたいだ」


絞り出すように苦しそうに告げるジャック。


サラは顔を上げると、涙をぬぐった。

泣いていたら残りの時間がもったいない。

泣くのはいつでも出来ることだ。

今は笑って過ごさないと。


わざと元気にサラは言った。


「ジャック、ハロウィンの夜までは平気なのよね? パーティーをする約束でしょう? 私、得意のミートローフを作る予定なんだから」

「そうだったね。パーティーに参加しなかったら、怒ったサラに僕の残りの歯も全部折られちゃいそうだしね」

「ジャック〜? お望みなら今から折りましょうか?」

「もっと間抜けになっちゃうからやめて!!」

「「あははは!!」」


二人で思いっきり笑い合う。

ハロウィンまであと一週間。


『最後のその時まで一緒に笑っていよう』


サラはそう心に決めたのだった。



ハロウィン当日。


「おはよう、ジャック」

「おはよう、サラ」


今日は朝からジャックの声が聴けた。

サラはそれだけで嬉しく思う。


「今日のお仕事が休みだったら、ずっとジャックと一緒に過ごせたのに」

「せっかくのハロウィンなんだし、子供達が遊びに来るんだから頑張って」


今日もジャックの声に送られて、店舗へ向かう。

すっかり日常になっていたが、それも今日で最後だ。


油断すると悲しくなってしまうから、サラは夜のパーティーのことを想像することにした。

かぼちゃ型のクッキーを昨日焼いておいたから、見えなくてもきっとジャックは喜んでくれるはず。


接客したり、仮装してお店に現れる子供達にお菓子を渡している内に、一日の営業が終わった。


戸締まりをして二階に上がる。


「おかえり、サラ。子供達は喜んでくれたかい?」


足音で帰ってきたのがわかったのか、すぐにジャックから話しかけられた。


「うん、みんな元気で可愛かったわ」

「それは良かった。僕も店先にいれば良かったな」

「ふふっ、子供達にいたずらされちゃうわよ?」

「それは困るな。この男前な顔に傷を付けられてしまう」

「ふふっ! 自分で見たことないくせに」

「ははは!」


料理を並べ、ダイニングの椅子にジャックを移動させる。

見えないジャックに料理を説明し、取り分けた。

サラは食卓を一緒に囲む人がいるだけで幸せだった。


「かぼちゃ型のクッキーにしたのよ。アイシングで顔も描いちゃった。ジャックそっくり」

「そうなのかい? あ、サラ。そのクッキーを僕に食べさせてみてよ」

「食べられるの?」

「供えるみたいに口に入れてみてくれるかな」


サラがジャックの口の切り込みに、クッキーを差し入れた。

キャンドルが入っていないジャックの口の中には空間が広がっている。


「うん、美味しい!」


大きく口を開けたジャックの中には入れたクッキーが見えている。

味がわかるはずないが、ジャックは美味しいと誉めてくれた。

その心遣いだけでも嬉しい。


「ありがとう、ジャック」


サラにとって、忘れられないディナーとなった。



後片付けをし、夜が深まるにつれてジャックの口数が減っていく。

もうすぐ最後の時なのだろう。


「ジャック、今までありがとう。私、あなたがいてくれて幸せだったわ」


ベッドに横たわりながらサラはジャックに告げた。

日付が変わるのはもうすぐだ。


「僕こそ幸せだったよ。今度サラに会えたらデイジーのブーケを贈るよ。さぁ、もう疲れているし眠って」

「ふふっ、楽しみね。まだ眠りたくないわ」


襲ってくる睡魔に必死に抗っていたサラだったが、眠りへと落ちていく意識の中でジャックの声が聴こえた。


「おやすみ、サラ」


それはいつもの寝る前の挨拶と同じ、柔らかな声だった。




朝日が差し込むのを感じ、サラは目覚めた。


「ジャック!!」


起き上がり、真っ先にかぼちゃのランタンに呼びかける。

しかし、そこにランタンは無かった。


え? どうして?


周囲を見渡し、窓を開けて外に落ちていないか確かめる。

それでもカボチャのランタンは見つからなかった。


思い出まで消えてしまったようで、サラは悲しみに埋もれそうになったが、泣いたらきっとジャックが悲しむに違いない。

そう思ったサラは身支度を整えると店に向かった。


ハロウィンの飾り付けを外し、淡々といつもの仕事をこなしていく。



もうすぐ閉店の時間だ。

ジャックを思い出さないようにがむしゃらに一日働いたサラだったが、緊張の糸が切れたように一気に悲しみに襲われていた。


部屋に戻っても、もうジャックはいない。

それを確かめるのが怖くて、仕事を終わらせることが出来なかった。


「ジャック……」


涙が溢れ、とうとうしゃがみこんでしまった。

その時ーー。


「遅くにごめん! どうしてもサラに会いたくて」


誰かが息を切らして店に駆け込んできた。


しゃがみこんだまま見上げたサラの目に、デイジーのブーケの常連さんの姿が映った。

慌てて立ち上がり、いらっしゃいませと言いかけたサラは、気付けば彼に抱き締められていた。


「泣かせてごめん。さっき意識が戻って、急いで来たんだけど」


何のこと?


状況を飲み込めないサラに、常連の男は少し身体を離すと、握っていた拳をサラに見せるように開いた。


「えっ、これっ!!」


思わずサラの声が大きくなる。

そこには、ジャックを描いたサラ特製のかぼちゃ型のアイシングクッキーが乗せられていた。


「なんでこのクッキーを? まさか……」


期待で震える心を押さえながら、男性の目を見る。


「ああ、僕がジャックだ。さっきまで入院していてね。ずっと意識がなかったらしくて。その間、ランタンに入って君と会話していたみたいだ」

「そんなことって……」


サラは驚いたが、ジャックのことを知っている人間なんて他にいない。

ジャック本人以外は。


「しかも笑っちゃうんだけど、僕の名前、本当にジャックだったんだ」

「えええっ!!」


ジャックは嘘みたいだろ?と言いながら笑っている。

その笑顔を見て、サラも思わず笑ってしまった。


その後、ジャックはどうして入院していたのかを話してくれた。


ジャックは元々、サラの両親と昔からの知り合いだったらしい。

どうりで母の歌を知っていたはずだ。

二人が亡くなり、残された娘のサラのことが気にかかり、たびたび様子を見にきてくれていたそうだ。


初めて話したあの日、変な視線を感じるとサラが言った為、次の日遠くから見守っていたら、サラを付け回す不審な男に気付いてしまった。

声をかけ注意をしようとしたら、いきなり殴られて気を失っていたらしい。


「大丈夫なの!? 頭を打ってたんじゃ……。しかも走ってきたのよね? まさか、あのケンカがジャックだったなんて!」


自分のせいでジャックがケガをしたというのに、気付かずに立ち去ってしまった。

サラは自分の行動に落ち込んでしまう。


「僕が勝手にやったことだ。しかもやられちゃうなんて情けないな。でもあの男は捕まったらしいから安心して」


微笑むジャックに、サラは心からお礼を言った。

が、ふと距離が近いことに気付いた。


そうだった、デイジーのブーケのこの人には恋人がいたんだったわ。


心が冷えていくのを感じながら、サラはジャックから自然と体を離した。

ナイフでえぐられたような胸の痛みで、初めて自分の気持ちに気付く。


私、ジャックのことが好きだったのね。

また会えて嬉しいけれど、この人は私だけのジャック・オー・ランタンじゃないから……。


「サラ?」


急に距離をとったサラに、ジャックは不思議そうにしている。


「ジャックには、毎週デイジーのブーケを渡す大切な恋人がいるんでしょう?」


明るく言うつもりだったが、つい俯いてしまった。


「サラ」


真面目な声で呼ばれ、両手を握られた。

思わず俯いていた顔を上げると、そこには真剣な瞳で見つめるジャックの姿があった。


「僕はサラが好きだ。初めてデイジーのブーケを買った時から、ずっと好きだった」

「あのブーケ、恋人に渡していたんじゃないの?」

「本当はサラに渡したくて買っていたんだ。でも緊張して渡せなくて。いつも自分で眺めていた」


サラの中がじわじわと喜びで溢れていく。


「私もジャックが好き!」


思わず抱きついたが、怪我人だということを思い出し、慌てて謝りながら離れる。

そんなサラを笑いながら、今度はジャックから優しく抱き締めなおしてくれた。


「今度会ったらデイジーを贈るって言ったのに、今日は用意できなかったよ」


ガッカリしたような口調で言うので、サラは破顔した。

ジャックがいてくれればそれだけで充分なのに。


「あ、サラ。トリック・オア・トリート!!」

「どうしたの急に? ハロウィンは昨日終わったでしょう?」

「昨日はかぼちゃだったからイタズラ出来なかったからね。ほら、トリック・オア・トリート!!」


そんなことを言われても、もうハロウィンのお菓子など残っていない。

困った顔をするサラに、いたずらっぽいジャックの顔が近付き……唇が重なった。



ジャック・オー・ランタンは今日から私だけの恋人です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 心がポカポカ暖かくなる、童話のような素敵なお話でした。 ハロウィンの奇跡ですね♪ ランタンのジャックとの会話の場面が目に浮かぶようでした。 人間に戻ったジャックといつまでもお幸せに! とても…
感想一覧
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