お兄ちゃんの勘は鋭いのです。
二人はふかふかの毛足の長い敷物の中にうずもれるように寝て、見つめあってはくすくす笑って、たわいのない話をしては、お菓子を食べさせ合ったり、お茶をして、小鳥のように身を寄せ合った。
「・・・・夢をね。見たの」
「夢?」
2人で手を繋いで寝転んで天井を見つめながら、シャオマオがぽつりと話した。
「ユエの夢を見たの」
「俺の?夢の中でもシャオマオを大事にしていたかな?」
「その夢はね、ユエの小さなときのお話だったの」
「小さなときの夢なら、まだ虎だった時の話だね」
少し、暗く微笑む。
ユエも同じように子供の頃の夢を見ていたのらしい。
虎だった時の話は少し嫌なのかもしれない。
「虎でしか生きてなかったから、ちょっと恥ずかしいよ。字も書けなかったし、言葉も覚えるのが遅かった。ライにいつも怒られてるように、俺はちゃんとシャオマオを人として愛してあげれてるかな?」
シャオマオはころっと転がって、思い切ってユエに抱きつくようにしてぎゅうぎゅう抱きしめた。
「ユエはとっても愛されてたの。きれいなまぁまにも、そっくりなかっこいいぱぁぱにも、とっても愛されてたの。ユエはちゃんと、シャオマオを愛してくれてるの。ユエが愛されてた通りに、教わった通りに。自分がされて嬉しかった通りに、シャオマオにもしてくれてるの。ありがとう。全部ちゃんと伝わってる」
「シャオマオ。俺の桃花」
「うん。私の月。ユエはユエのやり方で、私を愛してくれてるのが伝わったのよ。人として、とかどうでもいいの」
「大好きだ桃花」
「うん。シャオマオも」
二人は抱きしめあって、コロコロと転がって、くすくす笑いあった。
「桃花と結婚するのが楽しみだ」
「結婚!・・・いつにするの?」
「すぐにでもしたいんだよ?だけど、今の体は銀狼の魔素を取り込んでいるだろう?本当のシャオマオの体が成長しているわけじゃないと思うんだ」
「こんなにちゅうしてるのに?」
「ちう?」
「く、くち、いっぱい、くっつけてる」
「だめ?」
「だめ、じゃない、から、こまってるの」
シャオマオのしっぽはゆったりフリフリ動いてる。
「ああ。だめじゃないんだ」
「ゆえ、目がなんか、だめ」
「ダメなの?」
「だ、め。す、すっごくエッチだから」
色気とはこのことか。
とろりとゆったり揺れる瞳は、ブランデーのよう。
星がなくてもこんなに熱い。
見ているだけで酔っ払ってしまいそうだ。
「えっち?えっちってなに?」
「あう・・あの、えっと、ダメってこと」
「ダメなことをそういうの?」
「えっと、あの、えっと、まだシャオマオにはダメなの」
「ダメっていうのがいっぱいあるけど、ダメじゃないこともたくさんありそう」
「え!?」
「すごく楽しい。シャオマオの良いこと悪いこと、もっと教えて?」
にっこり笑ったユエの前で、シャオマオは恥ずかしさのあまり真っ赤な顔を手で覆って隠した。
「なんだかとっても、俺のかわいい妹が悪い虎に丸めこまれてるような気がする・・・」
座った目をしたライが、魔物を槍で一突きにして呟いた。
「ライ?何か言いましたか?」
「いや。なんだかとっても嫌な予感がするなあって」
霧散した魔物の魔石を拾って、ライはため息をついた。
人族エリアから少し離れた場所で、魔物討伐をしているライたち一行。
野営しながら、人族エリアに魔物が入ってこないように見回りをしている。
「どうしてですか?天気はこんなに晴れてきましたよ?シャオマオ様が喜んでいるのでしょう」
サリフェルシェリは少しだけ戻って来た精霊と戯れながら嬉しそうに笑う。
それこそ精霊の王様のようだ。
「さっきまでの嵐がウソみたいよ」
「ほんとよ。さっきまでは全部が流されて無くなるかと思ったよ」
レンレンとランランの二人が楽しそうに言う。
心なしか、天気だけではなくてみんなのコンディションもいい。
ランランは怪我がまだ全快していないので後方支援に回っているが、ギプスをつけたままでも動きたくてうずうずしているようだ。
「今日の討伐はこんなものかな?」
「魔物の活性化は魔人が地上に来ているせいでしょうに、我々だけでは対処がむずかしい。もどかしいですね」
「しょうがない。獣人のギルドは開店休業。犬族は内部で意見が割れてる」
「狼至上主義の原種たちですね」
「あの銀狼様と同じような、妖精の姿を見た犬族の中にいたんだろうな」
「銀狼様復活!って思ったのよ」
「次は金狼様復活に、協力したいと思ったのよ」
シャオマオがギルドにやって来て、ユエに乗って妖精の力を使いまくって魔素を浄化して回ったのは目立った。
あの日、シャオマオがユエと消えてから、地上では天候は荒れたり晴れたりと忙しい。
精霊も、雨に降れるとしおしおと溶ける。
晴れたら花が咲いたり精霊が生まれたりと祭りのように大騒ぎだ。
今の地上の魔素バランスはガタガタだ。
今も虹が三重にかかっている。
けが人の魔素バランスも崩れているものはなかなか治らないでいたが、天候が良い時間帯はみんなの息苦しさも薄れる。
銀狼様の浄化能力を手に入れたシャオマオを神聖な生き物として、狼至上主義者たちが奉ってもおかしくはない。
「おい!ライ!ここだったのか!」
「おお。ギル。怪我は大丈夫か?」
ギルが頭に巻いた包帯も痛々しくダーディーと2人ヨコヅナに乗ってやってきた。
今はユニコーン達も自主的に色々なところで手を貸してくれている。
「おう。こんなものかすり傷だ。それより魔物退治はどうだ?」
「ああ。この辺りはもうすっかり魔物の姿は減ってるようだ」
人族のエリアに近いところは魔物の脅威は低い。
やはり高濃度魔素が漂う北の大ダンジョンのあたりは危険地帯となっている。
「狼至上主義に偏った犬族は多いのか?」
「そうだな。人族エリアで傭兵をしていた奴らの中にもエリアに引き上げた奴は多いな」
人族エリアの守りが手薄になっていることから、ギルドで動けるものは魔物の発生位置から人族エリアまでを等間隔に守っている。
初心者から有力者まで、戦力は十分にばら撒かれている。
人族エリアの厳戒態勢はまだ解かれていないが、被害はゼロだ。
ギルはあの魔物の襲撃の際には魔物に遅れをとることはなかったが、一緒に戦っていた犬族の仲間に後ろから殴られて怪我を負った。
銀狼姿のシャオマオを見て、「原種の言ってたことは本当だったんだ」とか何とか言った後に「ガツン」だ。
原種というのが「狼至上主義」を掲げる「我こそは狼の血を引く原種だ」とか何とか言っては犬族とはまた別の暮らしをしているもの達だ。
狼が一番最初の人の祖であるとして、自分たちが一番神に近いと言っている。
そのほかの人たちの意見は、「そうなんだ」程度だ。
狼至上主義を否定することもなければ、殊更崇めることもしない。
狼至上主義は基本的に自分達以外の生き物と関わらないため、どんな暮らしをしているのかは知られていない。
犬族のいう里と狼至上主義の里は違うため、本当に関わることがなかったのだ。
それが、急に魔人の登場とともに動き始めた。
各地に散らばって、そのエリアで「魔力が強い」と知られている人を老若男女問わず攫っている。
猫族エリアでも多大な被害を出して、子供が1人攫われた。
ダーディーは数人の手だれと犯人を追いかけて、本拠地と思われる場所に踏み込んだ。
それが狼至上主義の拠点だったのだ。
攫われたものは眠らされてほんの少しの傷から、血を取られていた。
血をとった後は治療されていたため、命までは取るつもりがないようだったが、血を取られたものは魔力が小さくなっていたという。
「血を媒介にして、魔力を抜き出している?」
「しかし、猫族の里で戦った時に、魔力が高いものは何人もいたが狙われたのは最初からリンという女の子だけだった」
ダーディは手に持ったものをサリフェルシェリに放り投げた。
「リンを救い出すときに一緒に置いてあったものを拝借してきた」
小さな小瓶には粘度のある透明な液体が入っていて、中には真っ赤なルビーのような宝石が浮かんでいた。
「攫いやすいように子供だけねらってる訳じゃないんだよね?」
「冒険者のラーテという巨漢の熊獣人も攫われてる」
「我々にはわからない、魔力の種類がある?」
「攫われそうな奴がこっちでわからないのは困ったな」
「そうだな。これ以上さらわれることがないのか、それともまだまだ同じような魔力を持っているものがいるのか、それすらわからない」
「そのリンって子は無事なの?」
「ああ。ほとんど眠らされていたようで、なにも覚えていない」
分からないことばかりでみんなで唸りながら頭を抱えることしかできなかった。




