狼至上主義
そのあとのライはとっても忙しかった。
レンレンとランランに定期的に会いに行く、ユエと拠点を作って一緒に住む。
たまたま里に来たサリフェルシェリにユエの話をして、一緒に世話をしてもらうように頼んだ。
もちろん自分も一緒に勉強を教わった。
格闘の練習を大人に頼んで暗器の使い方を必死に覚えた。
馬の操り方を覚えて、里と拠点を行き来できるようになった。
手紙でことを知ったダーディーは猫族がユエを受け入れなかったことを大いに怒り、族長になって当時の長老たちを全部罰してしまった。
猫族は、どんな仲間も仲間として受け入れる。
最初にティエンたちを追い出したこともダーディーは納得していなかったのだ。
ダーディーは旅に出て、ずっとティエンたちを探していたが、ティエンは全く痕跡を残していなかったのだ。
ユエはいろんな話をきいても、別に怒っていないように見えた。
感情が動かない様だった。
ダーディーが会いたいと言っても、何故会わなければならないのかわからないようだった。
こんなにあっさりとしたユエが、どうしてライをダンジョンで助けてくれたのかはよくわからなかった。
人型になったユエに聞いても、答えは返ってこない。
そこは想像するしかなかった。
ユエが動けない分、ライは頑張っていろいろと動いた。
ライが成人したら、すぐにギルドに登録して顔を売って、いろんなところにユエを連れて旅に出た。
秘密裏に、ダーディーからもたくさんの援助をもらった。
もちろんユエの様子を定期的に報告しているからだ。
人手も借りて、両親が眠っているダンジョンにもう一度潜って、遺品の回収をすることが出来た。
里に墓も建ててもらった。
中は空だが、猫族の墓はそういうものが多い。
冒険者や探検者、傭兵なんてしていれば、墓を守ってくれる家族がいないことも普通だ。
自分とレンレン、ランランの命を救ってもらった恩を返すのは、ユエの命をつなぐしかない。
片割れだ。片割れを探すことでしか恩を返すことが出来ない。
ライは取りつかれたように必死に旅をして、情報収集をした。
(ライ・・・)
琥珀のように閉じ込められているシャオマオの心が震えた。
ライがユエと出会ってくれてよかった。
ユエだけじゃない。
こんなにもたくさんの人に探してもらっていたんだ。
こんなにも必要とされていたんだ。
本当に諦めないで探してもらっててよかった。
この星に、生まれ直してほんとによかった。
(ライにーに・・・)
「雨、少し弱くなったね」
「ランラン。起きて大丈夫か?」
ベッドに体を起こしたランランに、ライが小走りに近づく。
中央の屋敷に戻ってきたので、ここはランランが泊まれるようになっている部屋だ。
「うん。気分もだいぶ落ち着いてきてるよ」
片手は布で吊って、足は添え木で固定されている。
ランランは魔人から助け出された後に2回ほど心臓が止まっていた。
体内魔素が大きく乱されたことによるショック症状だった。
そばにサリフェルシェリがいたことが幸いした。
二度ともすぐに対応できたため命をつなぐことが出来た。
あれから10日。
この星には珍しく、ずっと雨が降っていた。
「シャオマオ様が泣いてるから、水の精霊が反応しているんだと思います」
サリフェルシェリはシャオマオが消えてからすぐに降り出した雨を見てつぶやいた。
「精霊の数がずいぶんと減っています」
「減ってる?」
「ええ。集まりが悪い。シャオマオ様に頼まれて用事を言い遣っていた者たちは真っ先に溶けました」
「と、と、溶ける?」
「悲しんで、空気に溶けてしまいました」
サリフェルシェリも、とっても悲しそうな顔をしている。
「妖精様が地上からいなくなって、悲しいんでしょうね」
精霊は基本的に儚く人に寄り添って力を使ってすぐになくなるような存在だ。
それでもこんなにも悲しそうに自分の気持だけで溶けて消えるなんてかわいそうだ。
「皆の怪我が治りにくいのも精霊の力が弱っているせいもあるでしょう」
「ランラン・・・」
レンレンがベッドの端に座ってランランの髪を撫でた。
レンレンはいろんなことを見てしまった。
シャオマオを最後まで見ていたものもレンレンだ。
止められたのではないかと、ずっと落ち込んでいた。
サリフェルシェリもライも、同じことをいう。
「妖精が望んだことを、止めることは誰にもできません。妖精様は攫われたのではなく、進んで自ら赴いたのです。悪いようにはされていないはずです」
「でも、泣いてるよ・・・」
どんよりとした空を見上げながらつぶやく。
「そうですね」
「シャオマオ・・・にーにが一緒に行けばよかったよ」
「ダメです。地下は神の世界です。どう考えても生身の生き物が生きていける環境ではありません」
「でも、シャオマオが戻ってくるまで、こうやって待ってるしかできないなんて・・・」
サリフェルシェリ、ライ、レンレンとランランは心がきゅうと縮まるような思いがした。
あんなにかわいい妹が悲しんでる。
泣いているのに慰めてあげられないなんて・・・
ユエは気づいているんだろうか。
自分のために可愛いかわいいシャオマオが泣いていることに。
あんなに大事に抱きしめてひと時でも離れられないくらい大切にしている番が泣いていることを知っていて、何もできない状況だとしたら、ユエは生きた心地がしないだろう。
「地下世界には行けませんが、地上世界での問題もたくさん出てきましたよ」
「ミーシャ」
「見回りご苦労様」
「いえ、私は鳥族の情報を集約しているだけですから」
ミーシャがいつもの王子様のまま部屋に入ってきた。
ミーシャは窓から入ってこないので、玄関から自由に入ってきていいように住人登録をされている。
「ミーシャ。問題とは?」
「精霊が力をなくしているために、鳥族の飛翔能力が低くなってます。他の種族も精霊の力を普段から借りているものは力がなくなっています」
「それはエルフも一緒ですね。治癒能力が低くなっていると思われます」
「あとは、一部の犬族に異変が起きているようです」
「異変?」
「犬族が?」
「ええ。犬族と言っても犬族エリアにいる純血主義のみですが」
「ああ・・。狼至上主義か」
狼は今では一人も残っていないが、狼の血が受け継がれているという犬族の一族が集まるエリアがある。
普段知り合う犬族は特に意識をしていないが、狼の血を引いていると言い張る一族は、他の種族や他の犬族を一段劣るものとしてみているそうだ。
「力を増しています」
「うーん。大神の復活のお陰か?」
「あの時にいた魔人を連れた青年は、やはり大神様なのでしょうか?」
「いえ、大神様があんなに簡単に地上に出られるはずがないと思います」
ミーシャの問いにサリフェルシェリが否定する。
金狼様は裁定者に罰を受けて体を砕かれて地下に落とされた。
ドロドロに溶けた姿のはずだ。
大神様に非常に近いものではあるが、本体ではない。
そんなところだろうか。
「そんな存在がユエを魔石に閉じ込めてしまったよ。魔石に人が閉じ込められるなんて・・・そんなの、聞いたことないよ」
レンレンが身震いする。
実際にユエが魔石に捕えられたところを見たレンレンは、恐ろしさにその日気を静めることができなかった。
「狼至上主義が力を増していて、どんな問題が起きてる?」
「人を攫っているようです」
「はぁ?」
ライが大きな声で聴き返した。
「狼至上主事が他人を気にするなんて考えられないな」
「いや、嘘ではない。猫族でも攫われた子供がいる」
「ダーディー!」
サリフェルシェリが玄関からやってきたダーディーを連れて戻ってきた。
「夜に子供が一人攫われた。この中央を超えて、森林狼のエリアに連れていかれたようだ」
「え?猫族エリアから子供を連れて行ったっていうのか?」
「そうだ。こっちも被害が甚大だ。8人大けが。11人が骨折程度だ」
「・・・相手は何人だよ」
「二人だった」
「・・・冗談言ってる場合じゃねえ」
猫族の里、こんなにこちらに有利な場所などない。
そんな場所でたった二人に一方的にやられるなんて考えられない。
ライはふんと鼻を鳴らした。
「冗談ではない。俺は数人と森林狼のエリアまでそいつらを追いかけた。子供は丁寧に扱われていたが・・・」
「なにされてたんだ」
「・・・血を、抜かれていた」
「血なんて・・・・何に使うんだよ。吸血生物になっちまったのか?」
ライの顔が少し青ざめてる。
「他人の血が必要な場面が思い浮かびませんね」
この星には輸血の技術はない。
輸血が出来なくても、造血の魔法がある。
「わからんが、俺たちは子供を取り返してきた。追手はないから本当にその子供の血が必要なだけだったのかもしれない」
「わからないことばっかりだ・・・・」
ライがため息をついた。




