恩人に恩返し
奇妙な同行者はライが地上に出るまでついてきてくれるようだった。
「お前、猫族なんだろ?完全獣体って疲れないのか?」
「・・・」
気分のいい時には返事をしてくれるようだが、たいていの場合は無視される。
それでも晩御飯の時には一緒に食事をとるようになった。
赤ん坊のレンレンとランランよりも、自分の言葉を理解しているものが話し相手としていてくれる方が心が安らぐ。
ライが落ち着いて二人の面倒を見ながら地上を目指せるのは、ユエのお陰でもあった。
(レンレンとランランが離乳しててよかった)
おかゆにした米に乾燥野菜を混ぜてさらにドロドロにしたものを食べさせる。
簡易な離乳食なのに好き嫌いも言わずによく食べてくれる双子でよかった。
「お前、親は?完全獣体で一人でダンジョンにいるってどういう訳だ?」
「・・・・」
「猫族なんだったら、里に一緒に行こう。俺は里で生まれたんじゃなくてダンジョン生まれなんだ。里には行ったことがないんだけど、里には母さんの妹がいてくれるから、レンレンとランランの親代わりになってくれる」
猫族は誰の子供でも「猫族」として育ててくれる。
それでも親族がいるなら安心だ。
衣食住に不便はしない。
ユエは返事をしないで焚火の近くに寝そべって、もう眠るようだった。
「水たまりが近くにあったな。おしめを洗ってくるよ」
レンレンとランランのおしめがもうなくなりそうだ。
汚れたものを洗って、乾かさなければならない。
二人を背中とおなかにいつものように担ぎ上げておしめを洗いに行く。
二人はぐっすりと眠っているが、まだ自分の身から離すのはためらわれる。
どんどんとおしめをきれいに洗って絞っていく。
「ふう・・・」
二人のためにやることがたくさんある。
二人を生かすために、自分にもしなければならないことがたくさんある。
少しでも止まったら、全員が・・・
ライはいろんなことを考えてしまう自分の思考を止めるのに苦労する。
「・・・・・・・くそっ」
「ぎゃるううううううううう!!!」
獣の鳴き声に思考が戻ってきた。
後ろを振り向くと、毛皮を逆立てて虎の子が威嚇している。
「な、なに・・・?」
ぐいっ
何に威嚇しているのかと考える前に何者かに首を掴まれた。
体が傾いて、水の中に引きずり込まれる。
自分の首に巻き付いているのは手ではない。何かの触手がぐるぐると巻き付いている。
「ぐあ・・・」
口から泡が出る。
苦しい。
首に巻き付いているものを引きはがしたいが、それよりも自分が背負っているレンレンとランランを助けなければ!!!
先にレンレンとランランを固定しているおんぶ紐と抱っこ紐を必死に外す。
どんどん気が遠くなる。
どんどん水の中に深く沈んで行っている。
レンレンとランランは、水面に浮かんでいくのが見えた。
レンレンと、ランラン、二人だけ助けて、
俺が死んで、二人が助かって、そのあとは?
俺は、死ねない・・・
レンレン、ランラン、父さんと母さんが、愛してるって言ってた話をきかせてあげないと・・・
苦しい・・・
誰か・・・
ライが全身の力が抜けて周りが真っ暗になり始めた頃に、グイっと誰かに体を支えられた。
ライの首に巻き付いていた触手は、ぶちぶちと引きちぎられる。
体がぐんぐんと押し上げられる。
酸素のある地上に顔を出せば、自分が飲んでいた水が自然と口から吐き出されて苦しい。
ごほごほとむせていても、自分を掴んでいてくれる人は力強く自分を陸へ連れて行ってくれた。
「あ、あり・・・・ごほごほごほ」
四つん這いになって水を吐いていたら、レンレンとランランの声が聞こえた。
「にゃああああああん」
「びゃああああああん」
「レンレン・・・ランラン・・・」
虎の半獣人が、レンレンとランランを抱いて、ライのところへ連れてきてくれた。
「ありがと、ほんとに。お前、助けてくれたのか・・・」
「ぐうう・・・」
ユエは苦し気に唸り声をあげて、虎の完全獣体に戻ってしまう。
「そうか。お前。完全獣体じゃないと苦しいんだな」
ダンジョンで育ったライは沢山のことを両親から学んでいた。
高濃度魔素についてもたくさんの話をきいている。
魂の片割れ、魔素器官が半分しかない人がいることも。
「ぎゃう」
ユエは一声鳴いて、焚火のところまで走って行って、木をさらにくべて火を大きくした。
「そうだ、レンレンとランランを温めないと!」
レンレンとランランは先にユエに助けられて水を吐いていたため元気にしている。
「レンレン!ランラン!」
ぎゅうと抱きしめてから二人の体を拭いて、着替えさせる。
そのあとは、自分が着替えて服を乾かす。
「はあ。とんでもない目に合ったな。あの水たまり。全然深くないように見えたのにな」
暖かい毛布にレンレンとランランを包んでから、自分も冷えないように温まる。
「お前の名前聞きたいけど、またいつかでいいから教えてくれよ。俺はライ。こっちの女の子がランラン。男の子がレンレン。この二人もダンジョン生まれの双子だよ。かわいいだろ?」
ユエは返事をしないが、背中を向けているが話は聞いているようだった。
「俺たちみんな、ダンジョンで生まれて育ってるからみんな高濃度魔素に耐性があるんだ。父さんと母さんはダンジョン研究者で、ダンジョンの地図を作っていたんだ・・・・」
死にそうな目に合ったライは、興奮したままなかなか眠れなかった。
その間、ユエの背中に向かってしばらく自分の人生を訥々と語っていた。
ユエはそれから昼間にも姿を見せてくれるようになった。
獲物をとって、ライに分けてくれることもあった。
すっかり旅の友になって10日。
やっとダンジョンを抜けて地上に出た。
「猫族の里・・・・確か、父さんがダンジョンに入る前に西を指して・・・」
地図を見ながらなんとか猫族の里へ進んでいったが、4人は里の入り口に入ることが出来なかった。
「それは金狼様と銀狼様の呪いを受けたものだ。魂の片割れが居なければ高濃度魔素で弱っているものをさらに弱らせる。里に入れるわけにはいかない」
沢山の罠をよけながらやっと里に入れると思った時にはたくさんの大人に囲まれていた。
「同じ猫族だぞ?!」
「お前はマリーナという血縁もいる。両親を失った子だ。三人とも里で受け入れる。しかし、そいつはだめだ。一人でいるとこをを見るに、自分の両親を己の魔素で殺したんだろう。ティエンもシュエも美しい虎だった」
「人の姿になれない獣は猫族の里でも受け入れられない」
「・・・・・・なんてことを・・・。俺たちの命の恩人だ」
ライがギラギラとしたエメラルドの瞳で長老を睨みつけた。
「文句があるのなら、出て行ってくれて構わない。猫族は居心地の良いところを自分で選ぶもんだ」
レンレンとランランには親が必要だ。
まだ一緒に連れて旅に出るなんてことはできない。
それならば、選択肢は一つだけだ。
「マリーナさんと話したい」
「わかった」
「お前、里の麓まで降りててくれ。必ず迎えに行く」
ライが指さしたが、ユエは何も言わずにすいっと背を向けて歩いて去っていった。
「ライ!!」
「マリーナさん?」
「そうよ。まあ、ミーナにそっくりなんだから」
母親にそっくりと言われるのは久しぶりだ。
自分を抱きしめてくれるマリーナさんを抱き返して、久しぶりに子供に戻った。
ここに来るまでの話をして、マリーナさんはライを抱きしめて泣いてくれた。
「レンレンとランランを守って、よくここまで・・・。ほんとうにありがとうね」
「マリーナさん。お願いがあります。レンレンとランランを育てる手伝いをお願いします」
「そんなこと、頼まれなくてもするわ。私を母親と思ってくれていいのよ」
「俺はレンレンとランランがいる限りはここに居たいんだけど、命の恩人を捨てるわけにいかない」
「命の恩人?」
ライはユエの話を全てマリーナにした。
「そんな、ティエンとシュエの子・・・・生きてたなんて・・・」
「うん、長老がそう言ってた」
「手紙を書くわ。ティエンには双子の兄弟がいるの。ダーディーも二人の子を探していたはずよ」
「俺は、その虎の子のことを知らないふりはできない。時々レンレンとランランにも会いに戻るけど、基本は虎の子と一緒に居て恩を返したい」
「あなたがそうしたいというなら止めはしないわ。レンレンとランランのことは任せて。拠点が決まったら教えて頂戴。ダーディーから連絡が来たら、あなたたちのことを話しするから」
「わかった。拠点から手紙をだします」
こうしてライはユエと行動を共にするようになったのだった。




