地下世界で夢を見る
シャオマオは冷たい岩場に横になり、トロトロと微睡んでいた。
「やれ妖精は寝てしまったか」
「先ほどでございまする」
狼の骨の顔をした魔人は頭を下げつつ返答する。
「かわいそうに・・・」
金の獣人の青年は、心から哀れんだ顔でふうとため息をついた。
「ユエが魔石の中で動かないものだから悲しいんだな」
岩でできた巨大な洞窟のような場所だ。
天井など高過ぎて見えないくらいだが、何故か上空からあかりが差しているため、視界は十分だ。
ゴロゴロと岩がむき出しの場所に、ユエの閉じ込められた魔石が置かれている。
それを見て、シャオマオは壊そうと叩いてみたり、体から溢れる力を流してみたり、ユエに呼びかけたりとずっと魔石を触っていた。
何も反応がなく、魔石は全く壊れることもない。
ひんやりと冷たいままで、シャオマオの熱が移ることもない。
何一つ変わることがない。
ユエもゆったりと目を閉じて、脱力したままだ。
こんなにシャオマオが呼びかけて、返事をしてくれないユエなんて知らない。
こんなにシャオマオが泣いていて、涙を拭いてくれないユエなんて知らない。
こんなにシャオマオが悲しんでいるのになにもしてくれない。
「ユエ。ユエ。ユエ・・・」
シャオマオはずっとユエに呼びかけていたが、先ほど泣き疲れて眠ってしまった。
それまでの時間、ずっと起きて泣いていた。
ここは時間の流れが分からない。
以前シャオマオが成長するために滞在したダンジョン「夜のフロア」のように明るさが一定だ。
外の世界ではシャオマオがいなくなってから、もう5日経っている。
「可愛そうだ。妖精もいまは魔石に閉じ込めておいてやろうか」
「それは、して差し上げたいのはやまやまですが、妖精様から欠片を集めるための準備がまだありませぬ」
魔人は慌てて止める。
「順番通りにしなければ、失敗があるやもしれませぬ」
「まずはこの魔石で金の欠片をすべて集めまする」
「それから我々をすべて回収しまする」
「大神様が復活してから銀の欠片をすべて集めまする」
魔人がぞよぞよと集まって、口々にこれから行うことを口にする。
「銀の欠片を集めるのではない。金の欠片の回収が終わるまで、魔石に閉じ込めておくだけだ」
「・・・・・それならばできまする」
「うむ。あまり泣いてばかりだとかわいそうだ。ユエが見えるところにあれば機嫌がよいかと思ったのだが、こんなにも目を腫らして。・・・銀の瞳が腫れているのを見るのは辛い」
傍らにしゃがんでシャオマオの頭を撫で、横抱きにして持ち上げる。
「あの毛布はあったかな?」
「ございまする」
ダンジョンの夜のフロアからなくなった、シャオマオのお気に入りの毛布をもって魔人がやってきた。
「うむ。やはり匂いが同じだな。銀の欠片の香りだ」
「よい香りでございまする」
「銀様の香りでございまする」
心なしか、魔人たちも喜んでいるように感じられる。
魔人たちは金狼の肉体の欠片だ。
同じようにみんな銀が大好きだ。
シャオマオを毛布でくるんで、抱きなおして大きなクッションの上に座る。
「妖精は軽いなぁ。空気のようだ」
獣人の青年もシャオマオを抱きしめてから、片手で嬉しそうに頬をつついたり、ふさふさのまつげの先に触れたりする。
シャオマオは深く眠ってしまっているのでされるがままだ。
シャオマオは自分を包む毛布の柔らかい感触に、少し呼吸を深くした。
そのとたんに自分が使っていた毛布からユエの香りが微かに漂った。
「・・・・・ユエ」
ぽろりと涙がこぼれる。
「ああ。せっかく泣き止んだのにまた泣いてしまったぞ」
「おかわいそうでございまする」
「ずっと泣いておられまする」
「うーん。お前たち俺がいない間に話はしてやったのか?」
「妖精様は猫しかみておられませぬ」
「猫だけでございまする」
「猫の口が動かないかずっと見つめておられた」
「我々には見向きも致しませぬ」
はははっと短く笑って、「相手をされなかったのか」と魔石を見た。
「あとどれくらいかかるかな?」
「猫は今まで回収していた中で一番大きい欠片でございまする」
「時間などわれらには瞬きの間でございまする」
「妖精様が泣いて過ごす時間がどのくらいか気になりまする」
「あまり泣かせては怒られまする」
「そうだなぁ。星の愛し子を泣かせるなんてことしたくないな。本人が起きたら一緒に眠るか聞いてみよう」
シャオマオが目を覚ましたのはそれから丸1日たった後だった。
「おお。妖精よ。起きたか」
目をごしごししていたら、すぐそばから声がかけられた。
自分を抱きしめる大きな体。
「ユエ!」
「すまない。ユエではないのだ」
「・・・うう」
「ああ、泣くな。目が溶けるぞ」
「ユエ。ユエ~」
「うんうん。悲しいな。片割れだものな。そばで見ているだけでは悲しいんだな」
ユエをこんな目に合わせたのだとわかっているが、この青年に言われると、どうしようもないことなのだと思わされてしまう。
この青年を責める気にならないのだ。
「妖精よ。どうだろうか?ユエが起きるまで一緒に眠っては?」
「・・・・・眠る?」
ほろほろ涙をこぼしながら青年の顔を見る。
「うむ。ユエが寝ている間に見ている夢を一緒に見るんだ。ユエは目覚めるが、それまで悲しくて待っていられないのなら一緒に寝て待てばいい」
「・・・」
「ずっと泣いているより、夢見て待てばいい。夢でユエに会えるかもしれない」
コクン。
シャオマオが頷いたら、青年は立ち上がった。
「さあ、もう一度寝て。ユエが起きるときに一緒に起こしてあげよう」
にっこりと笑う青年に、シャオマオはまた頷く。
「狼の子、妖精、星の愛し子、シャオマオ、お前に安寧の眠りを」
急激な眠気により、シャオマオは目を開けていられない。
すうっと息を吸ったら、もう眠りの世界へ旅立った。
「魔石に閉じ込めて、ユエのそばに置いてやれ。片割れなら、同じ夢を見るやもしれない」
魔人はシャオマオを恭しく受け取って、呪いの描かれた地面に置いた。
「*********」
「**********」
「****」
「*************!!」
口々に聞き取れない呪い言葉を唱えると、シャオマオの体はユエと同じように巨大な魔石に閉じ込められた。
「美しい姿だな」
横になったままのシャオマオの魔石を撫でてから、青年は立ち上がって魔人たちに指示をした。
「ユエから金の欠片を少しでも早く取り除くのだ。二人を早く解放してやりたい」
「かしこまりました」
シャオマオは、眠ってすぐに夢を見た。
周りは真っ白だ。
(ゆき・・・?)
この星に来てから雪を見たことがなかった。
だから自分がいるところがどこかわからなかった。
咄嗟に以前の星に戻ってきたのかと思った。
(ユエ・・・どこ・・・?)
周りの木は葉がなく枯れ木ばかりだ。
細い木の枝にも雪が乗っていて、一面雪景色というのはこういうことなのかと納得した。
道もわからない。
進むべき場所もわからない。
段々と風も強くなってきたようだが、自分の体に雪は当たらない。
とにかく進もう、と歩きだしたら一軒の小屋にたどり着いた。
そこでは女性が苦し気な声を上げて、周りの老婆たちに励まされているところだった。
(出産だ!)
その場にいる人たちはみんな猫の獣人のように見えたが、相手にはシャオマオの姿は分からない様だ。
「シュエ!いきんで!」
「あああああ!」
「生まれた!生まれたよ!男の子だ!」
大きな産声が聞こえる。
取り上げられた虎の赤ちゃんが、産湯を使ってきれいに拭われる。
「ティエン!生まれたよ!男の子だよ!」
「本当か!!」
隣の部屋で待っていた男がおくるみにくるまれた赤ん坊を抱いて、涙をにじませて喜ぶ。
「ああ。なんてきれいな子だ。シュエに似ている」
「何言ってんだよ。あんたを取り上げた時と全く同じ顔してるよ。あんたにそっくりだ」
自分を取り上げたという産婆に言われては返す言葉がない。
「シュエは?無事か?」
「シュエも無事さ。もう部屋に入っても大丈夫だよ」
「シュエ!」
すぐに部屋に飛び込んだ男は出産を終えたばかりの妻を赤ん坊と一緒に抱きしめた。
「無事でよかった。シュエ。こんなきれいな子をありがとう。ご苦労様」
「いいえ。私も貴方にそっくりな子が授かって嬉しいです。名はなんと?」
「うむ。雪と天の子だ。恐れ多いが月としよう」
「まあ、きれいな子にふさわしい。きれいな名前」
(ユエ!?じゃあ、ユエのぱぁぱとまぁま?)
確かに表情豊かな男性は、よく見ればきりっとした顔をした時にはユエにそっくりだ。
少し髭が多くてすぐにわからなかったが。
表情や雰囲気はよく見ればまぁまにそっくり。
(ユエの、生まれた瞬間だ・・・!)
シャオマオは身震いした。




