サリーは先生
「うゆ・・・」
起きたらあのベッドしかないユエの部屋で、ちゃんと買ってもらったパジャマを着ていた。
カーテンの向こうの日差しは柔らかい。
まだ朝と言っていい時間帯だろう。
昨日の夜は「きれいにありがとうを発音できた記念」としてギルドの食堂ではお酒がふるまわれ、シャオマオにも小さくてかわいいタオの実のパフェがデザートでふるまわれた。もちろんユエに食べさせてもらった。
獣人の冒険者が主だったが、上位冒険者のユエとライにも臆せず話しかける若者も一定数いて、記念パーティは意外と盛り上がった。
どこから聞きつけたのか、ドワンゴもやってきてがばがばとエールをあおってはシャオマオを撫でていた。
あまりにもかわいいシャオマオを遠巻きに見ている者たちが大勢いたが、ユエがうっとりとした顔で給餌をしているのを見て、ユエがいるときにあまり近づきすぎてはいけないことを学んだ冒険者たちも多かった。
それをものともしないのは女性のギルド職員や冒険者たちだ。
もみくちゃにされる勢いでかわいがってもらった。
たくさんの人から色々話しかけられたおかげで「ありがとう」の他に
「名前は?」
「これ」
「なに?」
「こんばんは」
「かわいい」
と、いろんな言葉をたくさん使ってもらって真似したのでだいぶ上達した気がするし、語彙も増えた。
お腹いっぱいに食べたら眠くなって・・・
夢うつつで抱いて運んでもらって、大浴場でお風呂と歯磨きを済ませた気がする。
いや、寝てる間に誰かが全部やってくれた気がする。
誰だったろう?ユエじゃなかった。
「おはようシャオマオ」
「おはようユエ」
悩んでいたら、おでこにチュッと朝の挨拶。
今日もユエは人型である。
ベッドが狭いのと、朝の挨拶ができるのが楽しいらしい。
「今日も可愛い。俺のシャオマオ」
横になったままぎゅっと抱きしめて、スンスン頭の匂いを嗅がれる。
「かわいい?シャオマオ?」
「可愛いよ。誰よりも、なによりも」
ほほを撫でられたので、お返しだ。
「ユエかわいい」
「俺が?」
「ユエ。かわいい」
ほほを同じように撫でてあげる。
「シャオマオ。俺のつがい」
うっとりと見つめられる。
「つがい、なに?」
「シャオマオが大人になったらユエと結婚するんだよ」
「けっきょん?けっきょんなに?」
「説明が難しいな。シャオマオはユエのものだし、ユエはシャオマオのものだよ」
なんだかシャオマオを見るユエの目がきらきらといつもより光っている気がする。
こんなにきれいな容姿の男性から、こんなに「お前が大事だ」って目線やしぐさを毎日毎時間浴びせられていたら、いくら人生経験の少ないシャオマオでも気づいている。
きっと心の底からシャオマオを好きなんだろうと。
(ユエはシャオマオの見た目が好きなのかな?でも出会った瞬間からユエの熱量は変わってないと思う・・・。というか、ますます熱くなってきてるような気もする)
ユエは自分の頬を撫でるシャオマオの手に自分の手を重ねて微笑んでいる。
(本当にユエが好きなシャオマオが私でいいのかな?)
心に浮かんだことは気にしないではいられないかもしれないけれど、今は頭から追い出しておくしかない。
自分がユエを好きだと思っている気持ちはどういう好きなのかはまだわからないけれど、それも深く考えたってしょうがない。
いま目の前の、自分を大事にしてくれるユエを自分も心のままに大事にしようと思った。
「ユエ、かわいい」
きれいがわからないから、かわいいというしかない。
もっと語彙を増やしたいが普通にしゃべって理解して覚えるにしても時間がかかりそうだ。
せめて覚えたものだけでも忘れないようにしないと。
「ユエ。『紙とペン』ほちい」
「なにが欲しい?」
『紙。書いて言葉を覚えたい』
紙に書くジェスチャーをしてみた。
「ああ、なにか書きたいのか。絵か字が書けるのかな?あとで売店に紙とペンを買いに行こうか」
頭を撫でられていたら、トントンと部屋の扉をノックされた。
「二人とも起きてるんだろ?朝飯いこうぜー!」
今日もライは元気そうだ。
「やあ、妖精様。おはよう」
着替えてギルドの寮から食堂棟に移動したら、天使様ことチェキータが窓際の大きなテーブルから挨拶してくれる。
今日もきりりと王子様のような佇まいでを山盛りのサラダを食べている。
この世界の人たちは本当によく食べる。
だから大きいのだろうか。
ああそうだ!昨日ギルドの大浴場に連れて行ってくれたり歯磨きしてくれたのは冒険者のお姉さま方とチェキータだった。
「ちぇきいた、おはよう」
チェキータの発音はまだ難しい。
「ぷろ、ありがとう」
深々とお辞儀をすると、チェキータは少し微笑んで「どういたしまして」と、ゆったりした言葉で返事してくれた。
ライが三人分の朝食をもってきてくれたので、チェキータたちのテーブルに一緒につくことにした。
昨日の宴会でユエができないような世話を細々としてくれていたのはチェキータだ。
ライはだいぶ飲んでご機嫌だった。最近嬉しいことが多いみたいだ。
「ニーカのことも呼んでくれ、妖精様」
チェキータの隣の席から、ひょいと顔を出したニーカ。
やっぱりよく似てる二人だ。
服装も同じように合わせてるんだろう。
昨日はニーカは名前を呼んでほしいと何度も何度もシャオマオに頼み、いい加減にしろ!とユエに怒られていた。
「ニーカ。おはよう」
「おはよう妖精様。今日はニーカと遊ぼうな」
「う?あしょぶ、なに?」
「空を飛ぼう!」
「そりゃ?とぶ?」
「そうだ。遠くまで遊びに行こう!!」
「う?」
「やってみたらわかる!!」
シャオマオの手を掴もうとしたニーカの手を、チェキータが押さえた。
「朝ご飯が先だ!」
ニーカは口をとがらせて「ちぇ~」っと残念そうだ。
「ちぇ~~」
シャオマオが真似したので、ユエがピッと人差し指でシャオマオの口を押えた。
「だめだよ。ニーカに影響されないで」
「あーい」
だめは分かったが、完全に嫉妬なのは理解できなかった。
汚い言葉だったのかな?と納得した。
「ライ。ユエ。猫族エリアの族長からの荷物を預かってきた」
ひもで結ばれた木箱をテーブルにどんと置かれた。
鳥族はいろんなエリアを自由に飛び回っているので、基本的な仕事は手紙や荷物の配達になる。
どんぶりに山盛りのローストビーフ丼を食べながら、ライが荷物の上に括りつけられた手紙をとった。
「・・・・うーん。読まなくても大体わかるけど、こっちの中身のほうが気になる」
手紙をぽいと机に投げて、箱を開くと「わ!」っと声を上げた。
「かわいい~!シャオマオちゃんの伝統衣装だ~!」
ライが手に取って見せてきたものを、もちもちのおやきを食べさせてもらっているシャオマオが見た。
『んん?なんか見たことあるかも?記憶の奥底の、カンフーの・・・カンフー!そうだ!昔のチャイニーズムービーに出てきたあのかわいい服!』
飾りボタンが花をかたどったひもであったり、生地がつやつやで花の刺繍が前面にされた豪華な服だ。
上下に分かれていて、下がズボンなのがまたいい。
まだこの姿でズボンをはいたことがないのだ。
ぺたんこの履きやすそうな靴と、髪飾りもセットだった。
「かわいいね~!」
おやきを飲み込んでからシャオマオが両手を挙げて喜んでるのを見て、ユエもニコリ笑った。
そのとたん、遠くから何かが倒れる音が何度かした。
今日もユエの美貌は絶好調のようだ。
「そんなに嬉しいなら、シャオマオの花嫁服は猫族エリアで作ろうか?」
「ふきゅ。いっぱいある」
「また別だよ。特別な服だからね」
「とくべちゅ?」
「ユエとお揃いの服だよ」
「うれちぃ!」
「・・・これは結婚の了承では?」
「違う!」
ライのツッコミは早かった。
山盛りの丼を食べきったライは、机の上に放り投げていた手紙をユエに押し付けた。
「お前宛てだ。ちゃんと読んで覚悟決めろよ」
「・・・・・・・」
ユエは懐に手紙を仕舞った。今はまだ読む気にならないようだ。
食事を終えて、そのままテーブルを片づけて勉強の時間だ。
買ってもらった紙は書きやすいが、ペンがインクにつけて使う羽ペンでだいぶてこずった。
「シャオマオ」
「ユエ」
「ライ」
「チェキータ」
「ニーカ」
その場にいる人の名前を自分の知っている文字で書いて見せる。ちょっとぶるぶる震えた文字だけれど初めてにしてはうまくかけた。
「・・・見たことがない文字だがシャオマオが書くと文字までかわいいな」
ユエはまたシャオマオの髪をまとめながら後ろから覗いてくる。
今日も可愛らしい編み込みだ。
なんでこんなに人の髪をまとめるのが上手いんだろう。
「妖精様に名を書いていただけるなんて・・・」
「これは持って帰って皆に自慢しよう」
胸を押さえて感激するチェキータとニーカ。
「やめろ。鳥族みんなが押し寄せて来る」
慌てて止めるライ。
「たくさん書いたらシャオマオの手が疲れてしまう」
むっとした顔をするユエ。
周りの目を気にせず、昨日教えてもらった言葉を忘れないうちに話しながら書き留めるシャオマオ。
「・・・ありがとう・・・おはよう・・・かわいい・・・らめ・・・いたらきます・・・どういたしまいまちて・・・おちゃ・・・」
「んー。変に覚えてしまってるのかな?赤ちゃんみたいな話し方でかわいいんだけど、発音ができないだけなのか、変な発音で覚えてるのかがわからないな」
「この文字、発音と文字が一致してますね」
急に増えた声に振り向いたら、ブルーグレーの髪が目に入った。
「サリー!おはよう!」
「はい。妖精様。おはようございます。サリーです」
ニコニコしながら割り込んできたサリフェルシェリは、深々とお辞儀してからシャオマオの書いた文字を指さした。
「この文字とこの文字、同じでしょ?」
サリフェルシェリは「お」を指さした。
「妖精様これはなんでしょうか?」
「う?」
つんつんと「おはよう」を指される。
「おはよう!」
「こっちは?」
「おちゃ!」
「お、が一致してますね。やはり発音と文字が一文字ずつ対応しているんでしょう」
嬉しそうにいうサリフェルシェリ。
人に何かを教えたり、教わったりと学ぶことが大好きなのだ。
「まだお小さいですし、先に正しい単語を聞いて覚えていただきましょうか。発音は心配せずともそのうちついてくるでしょう」
サリフェルシェリは一音ずつゆっくり発音して、シャオマオに文字を書かせて「これ以上書いたらシャオマオのかわいい手が腫れてしまう!見ろ!字が震えている!」と怒りだしたユエが止めるまでにひらがなの五十音表のようなものを完成させてしまった。
確かに最初に書いた文字よりすこーし震えが大きくなっている。
サリフェルシェリは止めなければカタカナも書かせていただろう。
みんなの名前を書いたものがひらがなではないことに気が付いてしまったのだ。
「最後に!サリフェルシェリと書いてください!私も名前を書いていただきたい!!」
美人に頼まれたらしょうがない。
『サ・・・リ・・・フェル・・・シェ・・リ』
カタカナで書いたので喜んでもらえた。
「家宝!」
やはり文字を書くと覚えるスピードが違う。
発音がきれいにできるかはまた別問題だが。
ふんふんと鼻息荒く得意げになっていたシャオマオをサリフェルシェリはこっそり観察する。
小さいのにペンの持ち方、姿勢がしっかりしていた。
こんなに長い時間次々と課題を出していたのに最後まで飽きることなくやり切ったことを考えても、見た目通りの小さい子供ではないのかもしれない。
(あまり小さい子供扱いしないほうがいいのかもしれませんね)
シャオマオがかわいそうだ!と抱きしめてみんなを威嚇するユエをみて、あの過保護をどうしたものかと悩むサリフェルシェリであった。
サリフェルシェリは一応ギルドに登録しているので寮に部屋を持っています。
たまーーーーにしか来ません。
主には冒険者ではなくて若い冒険者の先生をしています。