神の世界へ
「ぐあうううううううううううううぅぅぅぅぅぅ」
「・・・シャオマオちゃん!」
「兄さん!ランランを背負っては動けない。まずは避難を!」
ライがシャオマオに駆け寄ろうとしたが、レンレンが腕を掴んで止める。
(手紙ではシャオマオの変化をきいていたが、こんなに変わっているなんて!!!)
レンレンとランランはシャオマオが変化してから会っていない。
手紙では知らされていたが、まったくの別人だ。
魔物と思われるランランを害したものは体の形が大きく変わってもそのままカタカタと立ち上がってきた。
「*******、*****、***」
下あごがないせいか、言葉とは思えないようながりがりとした骨がこすれる音を口元から出している。
「兄さん!ランランを連れて逃げて!二階にいるユエを呼んでくる!」
レンレンはいうや否や、すぐに崩れた壁や階段を飛ぶようにわたって二階へ向かった。
「レンレン!待て!」
ライの言葉はもう聞こえなかった。
「ユエ!シャオマオが大変だ!ユエ!」
レンレンが部屋に飛び込みながら叫んだ。
ユエは何をしているんだ。
ユエはシャオマオの大事に何をしているんだ!
なんで離れたんだ!
どうしてシャオマオを戦わせるんだ!!!
「ユエ!!」
「おお。また猫だ」
二階の屋根は何か所か穴が開いていて、月光がスポットライトのように差し込んでいる。
スポットライトの下には、先ほどの魔物があと二体いた。
中央には全身金の獣人の青年が立っている。
レンレンより少し年上のようだ。
日に焼けた肌が美しい青年だ。
全身が黄金に輝いて、獅子のようだ。
「猫が多いな。犬はこの辺りにはあまりおらんのか」
「*******」
「いや、まだいいだろう」
「*****、*******」
「おい、猫。お前”ユエ”と呼んだな。ユエとはどれだ?」
二体の魔物と平気で会話する獣人は、会話が終わってから悠然とレンレンを見た。
「先ほど”なまなり”に片割れを探してやると約束してな。確かそれが”ユエ”といったはずだ。ユエが何か聞くのを忘れてな。こやつらが壊したものの中になければいいんだが・・・」
ギルドの事務局員が何人か倒れている。
レンレンの心臓が痛いほど動いている。
胸を突き破りそうなほどだ。
みな青い顔をして倒れている。
胸や喉は微かに動いている。
それでも元気とは言い難いだろう。
「なんだ猫よ。怯えているのか?この者たちはお前を苛めないぞ?」
言われて自分の呼吸が浅くなっているのに気が付いたが、落ち着くことが出来ない。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・」
「落ち着け。少しこいつらを遠ざけようか?ユエを見つけなければ、”なまなり”が可愛そうだ。あれは可愛い子どもだった。妖精だと言っていたが、狼の子だ」
ズルズルと地面を削るように歩く魔物。
違う。魔物じゃない!
これがダンジョンから出てきた三体の魔人だ!!
青年の言うとおりに、ゆっくりゆっくりと魔人は歩いてレンレンから距離をとる。
その大きな影の後ろには、巨大な魔石が生えていた。
レンレンは分からないが、ある時シャオマオがクジラの魔物からもらった魔石よりも大きい。
「・・・・ユエ!!!」
やっと声が出たが、こんなものを見たせいだ。
なぜこんなことに!?
どうやったらこんなことが出来るんだ!?
「おお。これが”ユエ”だったのか。そうか・・・。”なまなり”には悪いことをしたな・・・」
レンレンの視線の先の魔石を見て、青年は心底、申し訳ないことをしたというような顔をした。
悪いことをした、というのだから、これはこの青年がやったことなんだろう。
しかし、こんなこと、どうやったらできるんだ?
「・・・・・殺したの?」
「”ユエ”か?いや、殺してはおらんよ。生きてる」
(生きてる!)
レンレンの目線の先には巨大な魔石。
その中に、立ったままのユエが閉じ込められている。
虫を閉じ込めた琥珀のように・・・
目を閉じて、少し下を向いている。
「”ユエ”を害すれば、”なまなり”も傷つく。それはかわいそうだ」
言葉に嘘はないように聞こえる。
「なまなりって、シャオマオのこと?」
「おお!そうだそうだ。狼の子がチビ猫だと名乗っていた。欠片をたくさん持っていたからいつかは連れて行かねばならんが・・・」
狼の子
欠片
いつか連れて行く
独り言のように話す青年の言葉を拾い上げて、なんとか話を理解しようと覚えこむ。
今のこの状態を何とかできる力が自分にあるとは思えない。
出来るだけ情報を集めてここを脱出し、誰かに伝えなければならない。
「一階で、シャオマオが、あんたの仲間のそれと戦ってる」
レンレンが遠く離れた魔人を指さすと、青年は首をひねった。
「何故だ?狼の子を苛めてないだろう?」
「シャオマオの姉を苛めたからだ」
「姉?姉がおるのか?」
「俺は兄だ」
「猫ではないか!」
「シャオマオは猫族の里で後見をされている。俺の家族だ」
「なんと・・・。犬どもは自分の敬うべき相手もわからないのか・・・。嘆かわしい」
少し考えこむ青年。
「いっそ、”なまなり”も今連れていくか?片割れだというなら”ユエ”と引き離すのもかわいそうかもしれない」
「**、************」
魔人が話しかける。
「うーん、”ユエ”を連れて行けば、捕えなくとも一緒に行くというかもしれないぞ?とにかく下に会いに行こう」
窓からひらりと飛び降りていく青年。
魔人は二人ともゆらゆらと揺れて立っているだけで、移動する様子がない。
レンレンをじっと見ている。
魔石に近づかないのか見張っているのだろう。
レンレンはユエを一度見てから、目をつぶって振り切った。
先程の青年が飛び降りた窓から自分も飛び降りる。
シャオマオを「捕える」と言ったのだ。
魔石の中に閉じ込められたら助け出す方法が分からない。
(自分の力で何でもできると思ってはいけない)
飛び降りて再び1階に飛び込んだが、レンレンはそこで目にしたものに驚いた。
「うん。うん。これは俺が消してしまうから落ち着くんだ」
シャオマオが泣いている。
しとしと降る雨のように、涙をこぼして泣いている。
遠くでは、胸に大穴をあけられた魔人が倒れていて、がりがりと何かを削るような音を出している。
「すまなかったな。お前の姉を苛めたんだろう?悪かった。許してくれ」
青年は、シャオマオを抱きしめて頭を撫で、心底申し訳ないと謝っている。
シャオマオがユエ相手にするように、あんなに甘えるなんて。
「泣き止んだか?まだ涙が出ているな。うーん。子供の相手は難しいな。よしよーし。先にあれを消すからな」
シャオマオを抱えて赤ん坊をあやすようにゆらゆら揺らす。
「見ておれ。お前を怒らせたものはすぐ消える」
魔人に向かって手をかざすと、魔人はぼろぼろと崩れて青年の手に吸い込まれていった。
「ほら、消えた。な?機嫌を直してくれ」
親指で、最後のしずくをゆっくりと拭ってにこっと微笑むと、シャオマオもきゅうと青年に抱き着いた。
「ああ。やっぱりお前は一番欠片が多いんだな。星に愛されている妖精でもある。愛しいな」
青年は懐かしむようにシャオマオの頭を撫でる。
「・・・シャオマオ・・・」
「おお。猫の兄よ。妹を泣かせてすまなかったな。怒らせたやつは消してしまったから、機嫌が直ったようだ」
にこにこと機嫌よさげに青年が笑いかけて来る。
「おい。狼の子。どうする?お前はあのユエが大事なんだろ?」
コクンとシャオマオが頷く。
「片割れだと言っていたものな。片割れは大事だ。しかし大切な仕事がある。少しの間離れることはできるか?」
フルフル。シャオマオは頭を振る。
「あー。ほんの少しだ。ほんの数か月くらいだ。瞬きの間だろ?」
フルフル。
「やはり、片割れを引き離すことは難しいな」
ふーとため息をついたところを見逃さず、シャオマオは青年の頬を両手でぎゅうとつまむ。
「いひゃいいひゃい!なんら、なにをおこってる?こら!暴れるな」
シャオマオはジタジタと暴れて青年の腕から抜け出して、レンレンに向かって走ってきた。
「シャオマオ」
「ニーニ」
自分の背丈くらい大きくなったシャオマオを抱きしめる。
「ユエ、ドコ?」
「ユエはその魔人たちに捕まった」
「ユエ!ユエ!!」
パニックになったように騒ぎ出すシャオマオ。
いつもと様子が違う。
「あー、狼の子。お前も一緒に来るか?」
「ダメだ!」
間髪入れずにレンレンが断る。
「ユエも、置いて行ってくれ」
「それはまあ、できない相談だな」
「ユエー!ユエー!!」
シャオマオはユエを探して泣く。
「泣くな、狼の子。お前に泣かれると胸がつぶれそうだ。片割れと一緒にいられるように一緒に行こうな」
コクン。
シャオマオが頷いた途端、魔人とシャオマオは浮かび上がった。
「さあ、生き物の世界から、神の世界へ!」
「シャオマオ!!!」
手を伸ばしたが、何もつかめなかった。




