誇り高き狼とは
シャオマオはテントを次々と移動しながら、高濃度魔素に侵されたけが人を癒す。
「妖精様・・・」
「うん。元気になってね」
癒されたものは顔色がよくなり、ついでに魔素濃度が薄くなったおかげで気力が湧いてくる。
先程までは気にする余裕もなかったが、自分の手を握ってくれるシャオマオの美しさにくらくらとしている者が何人も続出した。
「シャオマオ様。疲れてはいませんか?」
「問題ないよ。サリーは?」
けが人は多いが重傷者は少ない。
やはり冒険者の町だ。
そのかわり、受けた攻撃による高濃度魔素に苛まれている人が多い。
サリフェルシェリとシャオマオは時々言葉を交わして様子をうかがう。
シャオマオも無茶をして心配をかけたいわけではないので、きちんと自分の状態を報告する。
「シャオマオはね、もっとどんどん癒しても大丈夫よ」
サリフェルシェリに近づいて、ぴょんととがった耳にひそひそ話しかける。
「妖精が全部魔物を星に帰してしまったら、冒険者の人たち困っちゃうかな?」
冒険者が魔物を退治して生計を立てていることは知っている。
怪我をしているものを癒すのは感謝されることかもしれないが、生活の糧を奪うことをすれば嫌がられるだろう。
魔物が残す魔石は、とどめを刺したものが受け取るのが決まりだ。
「そうですね。大型のものはユエがほとんど星に帰したようですし。シャオマオ様はここで町全体の魔素濃度を軽くしていただけますか?」
「はい!すぐやるね」
シャオマオがぐぐっと集中をしたところで、遠くのギルドの建物から爆発音が響いた。
「ギルドの建物、また大きい音・・・」
「ユエが暴れてるのかもしれませんね」
呆れたようにいうサリフェルシェリだが、シャオマオは心配だ。
「大丈夫ですよ。ユエはシャオマオ様にあまり戦闘しているところを見せていないかもしれませんが、魔物相手であれば負けることはありません。怪我もしないでしょう」
「本当?」
「ええ。初めて会った時のことをお忘れですか?」
そうだ。
シャオマオが初めてこの星に来た時には、小山のように大きい魔物を一撃のもとに星に帰していた。
きっと大丈夫だ。
シャオマオは目を閉じてもう一度集中して、この町全体に漂っている高濃度魔素を消し去ってしまう。
「お前。名前は?」
驚いた。
瞬きの間に目の前に人が立っていた。
本当に目の前に人の顔があった。
息がかかりそうなくらいだ。
「名前だ」
獣人の男だ。
金のぼさぼさの髪に金の瞳。
金の獣の耳に金の尾。
日に焼けた肌はあまり見たことがない南国の雰囲気だ。
「耳が聞こえないのか?しゃべれないのか?」
「ううん。聞こえてるの。シャオマオよ」
シャオマオは慌てて返事した。
「シャオマオ?他の名前は?」
「どして?」
「誇り高き狼が、どうしてチビ猫なんて呼ばせるんだ?」
「シャオマオ狼じゃないもん。妖精だもん」
「まあ、まだ”なまなり”だが。・・・変な混じり方をしているな」
目の前の獣人はかがんでじろじろシャオマオを不躾に眺める。
「冒険者の人?」
「冒険者?」
変と言われてむっとしたシャオマオが質問するが、目の前の獣人は上半身は裸で、下にはいているズボンはアラビアンナイトにでてきそうなだぼだぼの形だ。
布でできた柔らかそうなサンダルを履いている。
武器も持っていないように見えるし、どう見ても戦うような雰囲気ではない。
体格はユエのようにがっしりと大きいが、まだ年若いのだろう。少し幼さがあるが、ひどくきれいな顔をしている。
「冒険者、ではないな」
「そうなの・・・」
「何故だ?」
「ユエがね、あの建物の中にいるの。大きな音がして心配だから誰かに見に行ってほしかったの」
シャオマオが指さしたギルド本部を振り返って男が見る。
「ユエ?」
「シャオマオのユエよ。片割れなの」
「ほう。片割れか。それなら心配であろう。俺が見てきてやる」
「え?え?危ないの。冒険者の人に頼むから・・・」
「お前らの後ろにいる、そいつらは強いのか?」
指さされた後ろを見たら、シャオマオの後ろに立っていた者たちは皆顔色がひどく悪く、汗をかいていた。
「サリー、具合悪いの?」
「・・・・・シャオマオ様・・・・」
小さくつぶやいて、声を絞り出したサリフェルシェリの顎先から、汗がしたたり落ちる。
「行ってくるからここで待っていろ」
「あ・・・」
シャオマオが止める前に獣人の男はさっと走り出して、まるでシャオマオのように屋根の上まで飛び上がると、建物の屋根を走ってギルド本部へ向かって行ってしまった。
「・・・あの人大丈夫かな?」
すっかり姿が見えなくなった途端に、どさどさと後ろから音がした。
「はふ、ふう、ふう」
「サリー!?」
座り込んだのはサリフェルシェリだけではない。ほかにもいた冒険者たちも同じような状況だ。
「どうしたの?」
「ふう、ふう。はあ。あんな、怖いもの相手によく普通に会話していましたね」
駆け寄ったシャオマオに向かって、顔色が悪いのにサリフェルシェリは少し笑って余裕を見せる。
「怖い?」
「わかりませんでしたか?」
「わかんなかったの」
「あれはまも・・・」
ドカン!!
サリフェルシェリが話している途中でギルドからまた大きな音がした。
続いて聞いたことのある声がかすかに聞こえた。
「ランラン!!」
「ライにーにの声よ!!」
シャオマオはとっさにライの声のする方に向かって走り出してしまった。
「シャオマオ様!お待ちください!!!!」
サリフェルシェリが少し遅れたが、シャオマオを追いかけて走り出す。
シャオマオをみすみす一人で危険な場所になど行かせるわけにいかないのだ。
冒険者の数人も、動けるようになったものは後を追いかける。
「ランラン!」
「ランランしっかりしろ!!」
ギルドの1階部分はほとんど中身がぐちゃぐちゃになって歩くのも大変なくらいだ。
壁にも大きな穴がいくつも空いていて、もしかしたら長く居ると崩れて巻き添えになってしまうかもしれない。
シャオマオはその大きな穴から建物の中に入った。
中には変わった魔物がいた。
大きな体は全身真っ黒で、黒のマントに包まれて、まるで影の塊のように見える。
顔には犬のような骨のお面をつけている。
下あごはない。
その代わり耳の骨がある。
ぽっかりと開いた眼窩には暗闇だけだ。どこを見ているのかもわからない。
高濃度魔素のモヤが体の周りに渦巻いているが、それが他人を攻撃したりはしていない様だ。
体にはジャラジャラとたくさんのものが付けられている。
サリフェルシェリが見れば、たくさんの呪いや呪詛、守りが何重にもつけられているとわかっただろう。
周りに影響を与えるためでもなく、自分を守るためでもない。
自分が他人に影響を与えないように、とにかくたくさんの古いお守りが体に巻き付いているのだ。
その魔物に、ランランがつかまっている。
首を掴まれ、体は力なくだらりと下がっていて、顔色が真っ白だ。
建物に入って一番最初にその姿を見てしまったシャオマオは、何も考えられなくなった。
「ねーね・・・」
「シャオマオちゃん!来るな!サリフェルシェリと一緒に・・・」
入り口から入ってきたものの姿を見たライが驚いてシャオマオを逃がそうとするが、それよりもシャオマオの体が光るほうが先だった。
ドン!!
魔物の体をシャオマオの魔力が叩いた。
大きくよろめいた魔物は掴んでいたランランの首から手を放してあとじった。
「ランラン!」
力の入っていないランランの体がそのまま地面に崩れそうになるが、ライがロープでランランの体を捕えて引き寄せた。
「ランラン!」
「ランラン!しっかりして!!」
ライとレンレンがランランを抱きしめてギルドの建物の外にいったん逃げた。
「ランラン!」
気を失っているのか、ランランは反応しない。
「ランランの様子は!?」
「気を失ってる。大きな怪我は右腕の骨折、左足首の骨折」
追いついてきたサリフェルシェリに、一緒に戦っていたレンレンが説明する。
サリフェルシェリは薬をしみ込ませたシップを作って貼りつけて、板と固定する。
「担げますか?医療テントまで一旦引きましょう」
「わかった」
「うううううううううううううううううう・・・・・」
ライがランランを背負って、シャオマオに声をかけようとしたが、言葉がでなかった。
みたことないくらい、シャオマオが怒っている。
髪が波打っている。
唸り声がする。
空気がちりちりとみんなに肌を刺す。
「がう!!」
獣の唸り声をあげたシャオマオの目の前に立っていた魔物の体が何かにえぐられたように大きく形を崩す。
まるで大砲で打ち抜かれたように穴だらけだ。
「・・・シャオマオ様」




