まぁまとは柔らかくて暖かくて甘いのだ
「シャオマオ!」
「あい」
体育の後、着替えて廊下を歩いていたら校庭から声をかけられた。
返事して窓に走り寄ったら、ジュードが大きく手を振っているのが見えた。
ジュードは体育の授業の前から姿が見えなくなって心配していたのだ。
「ジュード~」
シャオマオも廊下からジュードに手を振る。
(ジュードのそばにいる人、お母さん、かな?)
きれいなふんわりした雰囲気の女性がジュードを引っ張って、こちらに走ってくるのを止めようとする。
「大丈夫だよ、母さん。話したろ?シャオマオは友達だから紹介するよ」
にこにこしたジュードが、こちらに走ってきて窓から覗き込んでくる。
「ジュード。まぁま?」
「ママ?そんな赤ちゃんみたいな呼び方しねえけど、まあ母さんと弟だ」
ちょっと照れてる。
もしかしたら、最近までママって呼んでたのかも。
くすくす笑ってたら、ジュードの母が赤ちゃんを抱えて走ってきた。
「妖精様。初めまして。ジュードの母のジュリエットです」
「はじめまして。ジュードのまぁま。シャオマオです」
優しそうな人だ。
「ジュードはいつも妖精様のお話を聞かせてくれるんです。仲良くしていただいてありがとうこざいます」
頭を深々と下げるジュリエットを止める。
「ジュードのまぁま。他のお友達と同じようにしてくれていいの。シャオマオ、ジュードのお友達なの。妖精様じゃなくて、シャオマオ」
にこっとしたら、少し困ったような顔をしてジュリエットが「あらまあ、どうしましょ」と呟く。
「母さん。いつもいってるだろ?シャオマオは俺の友達だって」
「そんなこと言っても・・・妖精様よ?緊張しちゃう」
「ぴい」
ジュードのママの胸元で、布に包まれた赤ちゃんがうごうご動いている。
獣人は完全獣体か半獣体で生まれてきて、しばらくしたら人姿になるのが一般的だ。
赤ちゃんの間はほとんど寝て、食べて、走り回るしかしない。
さっききまでは寝ていたようだがシャオマオの気配で起きてしまったのかもしれない。
「わあ!ジュードのおちょうちょ!」
「おとうと、な」
訂正してからゲラゲラ笑うジュード。
「ちょっと慌てちゃったんだもん」
「お前、すぐ噛むもんな」
「母さん。ハンター見せてあげてよ」
「ハンター?」
「弟、ハンターって名前なんだ」
「かっちょいい!!!」
シャオマオはすすすっとちょっと浮いて、ジュリエットの胸元まで近づいた。
「ジュードがどうしてもハンターがいいってねだるもんだから」
「犬獣人の偉人といえば「ハンター」だもんな」
大昔に実際にいた伝説の犬獣人らしい。
すっとおくるみをよけると、金色の毛並みに垂れた耳の半獣人の赤ちゃんが現れた。
「ぴい」
おててをふぐふぐ咥えてよだれを垂らしている赤ちゃん獣人。
「か~~わいい!!」
「抱いてみますか?」
にこっと笑ってくれるジュリエットの気持は嬉しいけれど、シャオマオが抱き上げられると思えない。
たぶん、座って抱いても負けちゃう・・・
(1歳ってこんなに大きかったっけ?)
「ありがとう。撫でるだけでいいの」
ふわふわの柔らかい毛を少し撫でる。
「や~らかい」
頭の耳と耳に間に手を入れてみる。
「熱いくらい」
「ハンター。あなたとてもきれいな子ね。愛がいっぱい」
軽くくりくり撫でる。
「ハンター。あなたはこの星にたくさん愛をもらう。ハンターの名前に恥じない子」
ほわんとシャオマオの手が光る。
「ハンターに祝福を。愛する人を守って、守られて、幸せに」
「すご・・・」
ジュードの声に我に返ると、もうすでに光は収まっていた。
「う?」
「お前、すげえなぁ」
「妖精様。いえ、シャオマオちゃん。ありがとう」
うるうると瞳を潤ませて感動するジュリエットが礼を言うのでハンターを見たら、耳のそばの髪がひと房だけシャオマオの色に染まっていた。
「ぴい」
「にゃあ!!ごめんなさい!髪が!髪が!!」
「なんでだよ?お前の祝福の証だろ?かっこいいじゃん!」
「そうよ。こんな、妖精様の色を分けてもらえるなんて・・・・こんな幸運・・・」
ジュリエットは本格的に喜んで涙をこぼした。
「なあ母さん。今日は学校に来てよかっただろ?」
「そうね・・・・って、もう!ごまかそうとしてもだめよ!!」
ジュリエットがジュードの鼻をつまむ。
「うわっ」
「ジュードが学校の備品を壊しちゃったから、母さんが謝りに来たんじゃないの!!」
「ジュード・・・そんなことしちゃったの?」
シャオマオが恐る恐る尋ねる。
「いやぁ~いろいろあってさぁ」
「言い訳は聞きません!」
「まあまあ、お母さま。ジュードさんだけが悪いわけでもないのは分かってますから」
ひょいっと現れたのはサリフェルシェリとライだった。
「サリー先生。ライ先生」
「はい。ジュードさんとお母さんをお迎えに来ました」
「この度は、ほんとうに、申し訳ございません」
ぺこぺこお辞儀をするジュリエットを止めて、ライが二人を学校長室に案内していった。
「シャオマオさん」
「サリー先生」
「さっきの、どうやったか覚えてますか?」
「う?なでなでした、だけ?」
こてんと頭を倒すとサリーににこっと微笑まれた。
「教室に戻りましょう。次の授業は?」
「算術でっす!」
「はい正解です。シャオマオさんは算術が得意ですからね。しばらくしたら算術だけ上級生と授業を受けてもいいかもしれません」
二人で手をつなぎながら教室に向かう。
算術が得意なのは、以前の記憶が少し残っているからだ。
以前の言葉を覚えているのと同じく、以前使っていた身についている知識のようなものは覚えている割合が大きい。
流石に5歳児が習う算数は理解が早い。
ただ、数字が記憶の形と違うので考える時間が一瞬必要なくらいだ。
「シャオマオになる前の記憶のせいなの。ズルだから、シャオマオゆっくりみんなとお勉強したいな」
「そうですか。ではゆっくり進みましょうね」
「あい!」
シャオマオはちゃんと授業を受けようとしていたが、気分がさっきのジュリエットとハンターに引っ張られてしまってちょっと集中できていなかった。
(赤ちゃんとまぁま。いいなぁ。まぁま、いい匂いしたなぁ・・・)
シャオマオは、課外授業が終わっても少しぼんやりしたままだった。
「シャオマオ。何を悩んでいるの?」
「ユエ」
家に帰ってからも少し物憂げな顔をしていたので、ユエを大いに心配させていた。
「ユエにお願いがあるの・・・」
「なに?何でも言って?結婚式のおねだりかな?里とゲルで二回しようと思ってるよ」
「ちがう」
「違うのか・・・」
少ししょんぼりするユエ。
「あのね・・・」
シャオマオがユエの耳にひそひそ話をする。
「どうかな?シャオマオ」
「・・・・・・思ってたのと違う」
シャオマオはタオルにくるまれて、ユエに横抱きにされていた。
今日見たハンターみたいに抱っこしてほしいと思ったのだが、ちょっと違う。
「違うの?どう違うのかな?」
「おむねが硬い・・・」
「胸か・・・」
筋肉質なユエの体は自然とついた筋肉なのでふかふかとしているが、それでも女の人の体と比べたら少し硬いのだ。
「じゃあ、次は膝枕してほしいかも」
「もちろん!」
頑張って正座したユエの膝に横になってみる。
「・・・どうかな?」
「うぃ・・・。硬い。高い・・・」
「ダメか」
「もっとや~らかく、ぽちゃぽちゃしててほしいの」
「太るか」
「いや~!ユエは今のユエがいいの!まぁまになれないだけなの!」
「すまない。シャオマオ。俺の力不足で、まぁまになれない・・・」
「当たり前だろ。馬鹿言ってないで飯食えよ。準備できたぞ」
ライがリビングから呼びに来た。
「ライの方がまだユエより柔らかいんじゃないですか?」
話をきいてスープを飲みながらサリフェルシェリが提案する。
「俺はユエに嫉妬されてびりびりにされるのは嫌だ」
「・・・びりびり?」
「びりびりに破かれる」
「怖い・・・」
「怖いだろ?」
「いい。シャオマオ我慢する」
いいのだ。
シャオマオになる前も、母親に抱きしめられたことや膝枕で甘えたことなどない。
そんな記憶ない。
「シャオマオ。ご飯を食べたらあれを使おう」
「あれ?」
「そうでしたか・・・。そんなことがあったんですね」
「サラサ~」
大きなお胸に抱き着いて、横抱きにしてもらう。
「妖精様。いつでも呼んでいただいていいんですよ」
「ありがとう。サラサ!」
「こちらこそです!!」
ユエがシャオマオの宝箱から羽を使ってサラサを呼んで、事情を話していまここだ。
「次は膝枕ですか?」
「あい!」
「じゃあ寝てくださーい」
「サラサ~」
「可愛い!妖精様本当にかわいい!ああ~!幸せ!」
二人とも幸せなので、これはこれでよかったのかもしれない。
「ユエは人の力を借りることを覚えたんですね」
「愛が嫉妬をねじ伏せたんだなぁ」
ユエの人の力を借りる、シャオマオが人に甘えられるという二人の成長を感じた出来事だった。




