遊びに来たよ!
「ユエ。すごくきれいな景色ね」
「ぐう」
シャオマオは眼下に広がる景色を見て、大きな虎のユエの頭にしがみついてうっとりする。
太陽は町並みも同じく真っ赤に染め上げながら、地平線へと沈んでいくところだ。
この場所からは静かに町が燃えているようにも見える。
きれいに区画整理された中央エリアは本当に隅から隅まで人の手が入った美しい街だ。
こうやって夕日が落ちることまで計算されているのかと思うくらい、いろんな場面で美しい景色を堪能することができる。
今ユエとシャオマオは二人でジョージ王子の療養棟の隣の建物の屋根の上にいる。
ジョージ王子は療養といえば聞こえがいいが、隔離されて過ごしている。
ダニエル王もめったに会えないと言っていた。
感染ルートが分からない以上は用心するに越したことがないのだ。
王子の世話をするのも、人の病に強い獣人が主に行っている。
「素敵・・・」
「ぐるう」
「ちがうよ。ユエ。隣にユエがいてくれるからよ。ユエがいるところがいいの。ユエとこの景色を見ているからよ」
べろりと顔を舐められる。
「学校も楽しいから好きだけど、ユエがいないと意味がない。おっきくなったらユエとたくさんのところを旅してみたいな」
「ぐるる」
「あい。楽しみね」
シャオマオの背後から覆いかぶさるようにユエが座っているが、ユエはシャオマオの髪の香りをスンスン嗅いだり、ぺろぺろ舐めていたりする。
シャオマオはいつものこととして気にしない。
「王子様のいる部屋、見てきたよ。ちゃんと窓開いてた」
すっと背後に現れたライが、療養棟の窓を指さす。
「じゃあ、シャオマオちゃん行く?」
「あい!」
シャオマオはひらりと乗りたかったが、そうはうまくいかずによじ登るようにしてユエの背中に乗る。
「ひとつ大きな窓を開けてくれていた。サリフェルシェリが先に部屋に入って診察を始めてる」
「ぐるぐるぐるぐる」
「じゃあ、友達になれるか会いに行こうか」
「お~!」
ユエとライは屋根の上を柔らかく軽快に走る。
驚くくらい音がしない。
浮いているのかというくらい軽やかだ。
ユエは隣の棟にジャンプして、そのままの勢いで迷いなく部屋の中へ飛び込んでいった。
こんなに大きな体をしているのに、なんてジャンプ力だろうか。
「ひゅう~。すっごいねユエ。かっこいい!」
上に乗ったまま背後からユエの頭に抱き着いてぐりぐり顔を押し付けたり撫でたりする。
「うるうるうる」
褒められたユエは嬉しそうだ。
「ああ、いらっしゃいましたね」
「・・・・・・だ、れ?」
サリフェルシェリの声の後に小さな小さな言葉が聞こえる。
少しの音が微かに震えて届けてくれた。
小さな空気と混じった声。
ほとんど吐息と変わらない。
サリフェルシェリが振り返り、にっこりと笑ってくれる。
「シャオマオ様。怪我はしませんでしたか?」
「大丈夫よ。ユエもライもいるもの」
「そうですね」
「せ、ん、せ。だ・・・だれ、が来たの?」
小さな声にみんなが天蓋付きのベッドに近づく。
「王子は妖精様の物語が好きでしょう?」
「は・・・・・い」
小さな女の子の声に、ジョージ王子は驚いてしまった。
薄い天蓋の向こうにいる小さなシルエットにどきどきしてしまう。
病気は感染しないだろうか。
自分の姿を見たら驚くのではないだろうか。
「いま学校に妖精様が通っているのは知っているでしょう?」
サリフェルシェリは何も気にした様子もなく、ゆったりと話す。
「は、はい。僕も元気、なったら、友達、に」
王子は少し瞳に喜びをのせて語る。
サリフェルシェリがベッドに置いてあるクッションを頭や背中の下に入れてあげて、王子様の体を起こしてあげる。
「妖精様は沢山のお友達を作っているところです。先生が王子を紹介したら会いたいと言ってくださったのです」
「・・・ほ・・・ほんと?」
ゆっくりゆっくりと、サリフェルシェリに言われたことをかみしめるように心にしみ込ませる。
王子に会いに来るのはダニエル王に頼まれたのではなく、サリフェルシェリの話を聞いて妖精が興味を持ったことにした。
特定の誰かの願いを聞いたというのがあまりばれないほうがいい。
「こちらが妖精様です。ご挨拶をしましょう」
「え?え?」
「こんにちわ。シャオマオよ」
天蓋の中に入って、サリフェルシェリの隣から、こっそり顔を出したシャオマオがはにかんで挨拶をする。
「ほ、ん、も、の・・・?」
「ぐるあ」
横からさらに巨大な虎が現れる。
「ユエったらだめよ。体イタイイタイしてるのに、どうしてそういうこというの?」
「ぐるぅ」
「もう。優しくしないとダメ―」
ぷくっと頬を膨らませて怒ったシャオマオが、ユエの鼻を指できゅっと押す。
ユエは嬉しそうに自分の鼻をぺろりと舐める。
「さあさあ、王子よ。自己紹介を」
「あ。中央エリアの王、ダニエルの孫ジョージです。人族です。は、じめ、まして。10歳、です」
「シャオマオはね、妖精なんだって。ちょっとだけ飛べるの。5歳です」
王子は妖精様と言葉が交わせることに驚いていたが、さらに驚くのは妖精様の美しさだ。
ちょこちょこと近づいてきた妖精様は柔らかなエルフ族の着るようなドレスに複雑に編み込まれたタオの実色の髪と、夕暮れのランプの中でもきらきらと驚くほど輝く同じくタオの実色の瞳。
つるつると輝く唇はほんのり色づいて、頬を染めながら少しはにかんで笑う様子も美しい。
最初はかわいらしい子を妖精様だと偽って連れてきたのかと思った。
妖精様は気まぐれだから、王子と言っても簡単に会いに来てくれると思わなかったし、頼むことすら難しいのだから、適当な子供を元気づけるために妖精として連れてきたのかと少し諦めのような気持ちで挨拶をした。
しかし、かすむ目でもちゃんと見れば、ただのかわいい子ではないことが伝わってくる。
可愛い子、年齢よりも賢い子や大人っぽくふるまう子などは貴族の集まりで見たことがある。
しかし、そんな簡単に表現できないような、言葉にすれば「異様な」雰囲気があるのだ。
自分の体の中に仕舞われている魂がむき出しの裸にされて、妖精の手のひらの上で隅から隅まで見つめられているような気がする。
何も隠すことができない。
何も偽ることができない。
だけど、それがひどく気持ちいい。
差し出している間は、妖精様の火のように燃える暖かい魂にも触れることができるからだ。
魂と魂の付き合いとでもいうのだろうか。
(これは、疑いようがない。妖精様だ)
ジョージ王子は少しだけ口の端を上げて笑った。
「サリー。おーじさまともっと話してて大丈夫?」
「少しなら。さっきよりも顔色がいいようだ」
王子の顔を覗き込んだサリフェルシェリが嬉しそうに微笑む。
「ねえねえ。おーじさま。シャオマオったら妖精に見える?」
「・・・ふふ。見え、ます」
「ジョージおーじさまって呼んでいい?」
「ジョージと。妖精、様は、誰よりも、上で、す」
「ええー。じゃあ、妖精様じゃなくてシャオマオって呼んでくれる?」
「は、い」
「シャオマオ様じゃなくて、シャオマオよ?」
「ふふ。わかりまし、た」
水気のないかさついた肌で、ひび割れた唇でそれでも楽しそうに笑う王子。
頬はこけて栄養状態が悪いのは分かる。
それでも熱は体を焼いているんだろう。
シャオマオは自分の昔を思い出しそうになっていた。
「もっと近くに行っていい?」
「どう、そ」
シャオマオはベッドのそばにくると、王子の顔を見る。
「ジョージ、体、うごかないの?」
「ええ、どんどん、動かせるところが、減ってき、ました」
シャオマオは少ししょぼんとした顔をして、うつむいた。
そんなシャオマオに、ライが爪を染める道具を渡す。
「じゃあ、祝福をあげようか」
「あい!」
サリフェルシェリとライが道具を準備してくれる。
「シャオマオね、人に祝福をあげられるのよ。げんきになーれって祝福あげるね」
「ほんと、ですか?」
ジョージ王子は真ん丸にした目でシャオマオを見る。
「もちろんよ。お友達が元気になーれって思うの当たり前じゃなーい」
「あ、あ、あ、りがと、ござい、ます」
干からびた頬に、ちいさな涙が伝う。
「あう。泣いちゃダメ。熱が上がりますよー」
ジョージ王子の髪をするする撫でてあげる。
金の髪は細くて柔らかい。
「じゃあ、手を出してくださーい」
シャオマオは上掛けの中に手を入れて、王子の腕を上に出した。
「!?」
シャオマオは布団の中で触った手が細いことには驚かなかった。
ただ、布団の上に出した腕の様子を目で見て驚いたのだ。
「・・・・これ、どういうこと?」




