大きな大きなタオの実タルト
人族の王、ダニエルはサリフェルシェリに促されて立ち上がった。
記憶にある少年だったダニエル王子から、ずいぶんと年を取った。
髪は金髪から色の抜けた銀髪へ。
ツルツルだった肌はしわが増え、顎には髭まで生えている。
こういう時に、人族の寿命が短いことを心底感じる。
「ほんの少し、目を離したすきに老いてしまう」
独り言のようにぽつりというサリフェルシェリに、ダニエルはにっこりと笑う。
「先生は本当に変わりませんね。子供の頃に出会ったまま変わらない美しさだ」
「お世辞はいいですよ。従者はどうしますか?一緒に来ますか?」
そばに控える従者に顔を向けると、従者はさっと頭を下げた。
「許されるなら私は王について参りたいと思います」
「貴方も元気そうでよかった。ウィンストン」
「覚えて頂いているとは。サリフェルシェリ様」
ダニエル王子のそばにいつもいた幼馴染の従者は、ずいぶんと大人になって落ち着いたようだ。
あの頃は王子と一緒に城の中でいたずらして回っていつも怒られていたのに。
「では最小限で。王とウィンストンのみ入ってください。そのほかは門の外へ」
「畏まりました」
ウィンストンは護衛の犬獣人に「馬車のそばで待つように」と指示を出して、代わりに受け取った荷物を持って戻ってきた。
「妖精様はタオの実がお好きだと聞きましたので、城で作ったデザートを持って参りました」
「ああ。それは喜ばれそうだ」
サリフェルシェリは緊張感をほぐすように柔らかく微笑んで、王の肩をぽんと叩いた。
「さあ。覚悟が決まったら行きましょう」
「ユエったらねぇー。今日もお口がきれい。歯も真っ白ピカピカねー」
「ぐあう」
「きゃあ!そんなこといったらだめー」
王はリビングの入り口で、ぽかんと口を開けて驚いている。
真っ白のワンピースを着たタオの実色の髪の少女が、真っ白な毛足の長い絨毯の上に寝転んでいた。
嬉しそうに自分の上に覆いかぶさる大きな虎の口から出ている鋭い牙をツンツンとつついたり、大きな舌で嘗められてケラケラ笑ったり、何か言われて恥ずかしそうに顔を赤らめたりしている。
先程の虎獣人に抱かれていた少女と別人のようだ。
外で見た時、王を見る目はまっすぐ射るような鋭さだった。
正しく「品定め」されているような感覚だった。
肉体を丸裸にされ、むき出しの魂を掴まれるような心細さ。
人族の王として、多くの戦闘力の高い獣人とも対峙してきたが次元が違う。
王は背中に流れる汗を感じながら素早く芝生に額づけて、用件を簡潔に叫んだのだった。
それが今は大きな窓から差し込む日の光を浴びながら、巨大な虎と戯れて、見た目通りの子供の話し方で笑っている。
「これが妖精様か・・・」
ダニエル王が小さくつぶやいたのに、部屋の奥にいた虎は気づいて入り口を睨んで唸り声をあげる。
「これユエ。シャオマオ様のお客様なのですから睨んではいけません」
ため息をつきながら、サリフェルシェリはリビングに入る。
「あれ?サリー。おきゃくさま二人だけ?」
「ええ。あまり多いとユエが警戒しますからね」
「あい。ユエったら落ち着かないんだって」
シャオマオは起き上がってゆったり床に伏せているユエの肩に乗って、背後から頭に抱きつく。
「ぐあう」
「ユエ。おーさまよ?そんなこと言わないで」
シャオマオは虎のユエともスムーズに会話する。
「おーさま。こっちにどーぞ。ライがね、いまお茶の準備してくれてるの」
にこっと虎の上から微笑む妖精に、ダニエル王とウィンストンは心臓を鷲掴みにされるような衝撃を受けた。
守らなければという気持ちと同時に、生きているが、自分たち生き物とは根本的に違うのだということも感じた。
「う?サリー、おーさま、いすのほうかよかったかしら?」
「大丈夫ですよ。身分なく座れるのが猫族式の良いところです」
動かないダニエル王を不思議に思ったシャオマオが尋ねたが、にこっと微笑んだサリフェルシェリはダニエル王を促して自分の隣に座らせる。
「今日はダニエル王と従者ウィンストンがデザートをもって遊びに来てくれました」
「わああ~デザート?」
「はい。ウィンストン、シャオマオ様に見せて差し上げてください」
「こちらです」
ウィンストンは手に持っていた箱を開けて、中に入っているものをみんなに披露した。
「きゃあ!すてき~!」
箱の中からタオの実をたっぷりと使った大きな大きなタルトケーキが現れた。
きれいに飾られたクリームの上に、つやつやと輝くカットされたタオの実が整然と並べられている。
こんな洗練されたデザートを見るのは初めてだったシャオマオは驚いた。
「ライに切ってもらわないと!お皿とフォークも!」
シャオマオが言うと、ユエがシャオマオをのせたまますっと立ち上がってキッチンに向かって部屋を出て行こうとしたので慌ててウィンストンがケーキを手に「手伝ってまいります」と後を追っていった。
「これおいしいねぇ!すっごくおいしいねぇ!」
シャオマオはジタジタとしながらケーキを口に入れるたびに「おいしい!」と繰り返す。
「ほんと。お茶も美味しい」
紅茶もちゃんとした手順で入れたらこんなに味が違うのかとライは驚いているところだ。
「恐縮です」
ウィンストンはきちんと正座をして少しだけダニエル王より後ろに座っている。
シャオマオが「一緒に座ってぇ~!」と駄々をこねるまで入り口近くに控えたままだったのだ。
「はい。ユエ食べて」
「ぐう」
差し出されたケーキをぺろりとひとなめで食べてお茶を飲む。
実はさっきケーキに急にばくっと食いついて毒見をしてライに怒られている。その時の残りだ。
今日のユエはお客が帰るまで虎のままでいると決めたようだ。
シャオマオとしか話したくないのだろう。
「はあ~おいちかったぁ」
「それはよかったです」
ダニエル王は少し微笑んで、お茶を飲んだ。
少し観察して、普通の子供らしいところを見ていたらやっと肩の力が抜けた。
「おーさま、とてもおいしかったです!ありがとうございます!」
「いいえ。食べたくなったらいつでも城へ。デザート係が喜びます」
「デザートの係の人がいるの?」
「そうです。パティシエといいます。最近は作ることが減ったので張り合いがないようです」
「最近?まえはあったの?」
「ええ。以前は・・・・」
ダニエル王の顔が少し曇る。
「妖精様、お願いがあります!私の孫に会っていただけませんか?」
「まぎょ?」
ダニエル王は正座をして頭を下げた。
従者のウィンストンも併せて頭を下げる。
「サリー、まぎょなに?」
シャオマオはひそひそとサリフェルシェリのとんがった耳に聞いてみた。
「ああ。王の、子供の子供、ですよ」
サリフェルシェリもシャオマオの耳にひそひそ返事をする。
「あ、『孫』かぁ。え!おーさまじーじなの?」
「王族は結婚が早いので」
「まぎょ。ま、ご。孫。おーさまの孫、いくつ?」
「10歳になりました」
頭を下げたまま、ダニエル王が答える。
「このままですと11歳にはなれないかもしれません」
「う?来年、なれないの?」
「はい・・・」
「ケーキ、食べられないの?」
「はい・・・」
「ずっと、げんき、ないの?」
「はい・・・」
しばらく伏せたまま次の言葉を待っていたら、虎の唸り声がすぐそばから聞こえてきた。
「ユエやめろよ。王様が悪いわけじゃないだろう?」
ライが止めるが怒った虎の声はじわじわと近づいてくる。
大きなあの口は、一噛みで王の命を奪うだろう。
「ジョージ王子は王の唯一の家族です!妖精様!お願いします!」
ダニエル王に変わって、ウィンストンが声を振り絞って願い出る。
「王は同じ病で家族をみな亡くされております!治す手立てがありません!王子は学校に妖精様が通っていることを聞いて、元気になって学校に通って妖精様とお友達になることを夢見ていらっしゃいますが、望みは・・・」
願ったことで気まぐれと言われる妖精の機嫌を損ねるかもしれないのだから、命がけで願わなければならないとウィンストンは覚悟して来た。虎に食いつかれようが諦められない。
「王子はずっと物語の妖精様に憧れていらっしゃいました。一目でいいのです。どうかお願いいたします!」
「ゆえ~」
呼ばれたユエはすぐに王から離れ、サリフェルシェリに抱き着いて泣いているシャオマオの顔をべろべろと舐める。
「おーじさまもおーさまもかわいそうね。ユエ、会いに行こうね」
「ぐう」
シャオマオが白といえば、カラスも白のユエはすぐに同意した。




