問題が起こるまでは問題にしない。
自分と同じベッドで眠るユエの胸にピッタリとくっついてお目覚めだ。
周りを見回すと知らない場所だったので、ちょっとびっくりした。
そんなに大きくはない部屋は簡素で、大きなベッドだけ置かれている。
自分にはしっかりと布団がかけられていて、枕も使っているが隣のユエはに何もかかっていない。
グリグリとおでこを胸に擦り付けたが、ユエはすうすうと寝息を立てて眠ったままだ。
珍しい。
私が起きるといつも先に起きているのか、起きたことを喜ぶようなとろけるような笑顔で挨拶をしてくれるユエが眠ったままだなんて。しかも虎の姿じゃない。私は少し興奮した。いつもは見られないユエの寝顔に。
端正な顔は前髪で隠れがちだが、それでもしっかり通った鼻筋と、形の良い唇が覗いている。
私はドキドキする胸を押さえてじっとユエの顔を観察する。
あの金の星屑がキラキラと散った瞳が隠れてしまっているのは残念だが、安らかな顔をして眠っているのを眺めるのもいいものだ。
私はいま、何もかもが違っていて言葉もすんなり通じない相手だけれど、「私とユエは同じものでできている」と心の底からじわじわと湧いてくる気持ちを受け入れている。
「全部違って全部が同じ」という感覚は眠って起きるたびに深くなるし、それが当然のことだと実感できるようになっていくのだ。
不思議だと思う自分もいるし、それすらもやっぱり「当たり前」だとも思ってる。
ユエが私を一番素敵な宝物のように扱っているように、私もユエを一番大切にしたい。
傷つきやすい、怖がりのユエを守ってあげたい。
私だってユエを可愛がってあげたいのだ。
もう一度おでこをユエの胸にグリグリと押しつけたら、頭の上からくすぐったそうな声が聞こえてきた。
「シャオマオ、匂いつけか?嬉しいよ」
どうやらユエは眠ったふりをしていたようだ。あんまりグリグリされてくすぐったくて我慢できなかったらしい。
『おはようございます』
「おはようシャオマオ」
「おぱやうユエ」
「おはよう」
「お、は、よー」
「上手だね、シャオマオ。俺のシャオマオ」
ユエは私の丸いおでこに軽く唇を当てた。
『ぴ』
びっくりして変な声が出た。ついでに顔も真っ赤になる。
「初めて聞く声だ」
くつくつと笑うユエは色気満載だ。
「シャオマオはしてくれないのか?おはようの挨拶だよ」
ゆっくり自分の前髪を上げるユエ。
きっとお返しをして欲しいと言ってるんだろう。
してあげたい気持ちもあるが、まだ大人だった自分の感情も残っている。
(こ、こんな綺麗な顔にキスなんてできないよお!)
さらに顔を真っ赤にする私を見て、意図は伝わっていることを悟ったユエは、ゆっくりと顔の位置をあわせて近づけて来る。
(綺麗な星屑の瞳・・・)
暗い場所で見るとブランデーのような琥珀色に見えるが、明るいところで見るとシトリンのようにきらきらと輝く瞳に、金の星屑が散っている。なんてきれいな宝石だろうか。
ベッドに寝たままユエと見つめあう。
ユエの瞳に自分が写っている。
ユエが自分を見ていることに、金の星屑に安心感が湧いてくる。
(吸い寄せられて、取り込まれてしまいそう・・・)
「おーい。イチャイチャしてる気配がするぞー。起きたんならさっさと部屋から出てこい」
軽くノックする音とライの声。
「ち」
ユエは舌打ちしながら体を起こした。
ドアの向こうから何を言われたのかわからないが、ユエの瞳から視線を外せたので現実に帰ってこれた感じだ。怖い。魅惑の瞳。言葉通り過ぎる。今になって心臓が急に頑張りだした。あした心臓が筋肉痛にならないかな?
恥ずかしさを誤魔化すため、ベッドから飛び降りてライを迎えるために扉を開けた。
「お~ぱようライ」
「ちょっと違うけど、おはようシャオマオちゃん。顔真っ赤だよ?熱あるのかな?」
ささっとおでこと首筋に手を当てられる。
『う?お熱ないよ』
「ライはいつも邪魔をする」
「適度なところで止めてるんだよ。イチャイチャするな」
ライに連れられてユエのところまで戻ると、またベッドに乗せられる。
ユエは「足拭いてあげて」と言われて渡されたタオルで裸足の足の裏を拭いてくれる。
「あいがっちょユエ。あいがっちょライ」
「「どういたしまして」」
忘れていたが、私はずっと裸足で、服もこの世界に現れた時の白ワンピースのままなのだ。
ゲルの中は敷物でもこもこだったし、周りは柔らかくて青々とした芝生。あとはずっと抱いて運ばれていたので特に不便がなかった。この部屋はどうやら土足だ。
「は!シャオマオのかわいい足が傷ついてしまう!靴を買わなければ」
「シャオマオちゃんのサイズはこの街には少ないかもしれないからな。いい店があるからオーダーしに行こう」
ライは懐から取り出したネックレスを首にかけてくれる。
細い鎖の先に、プレートが付いていてドッグタグみたいなものなんだろうなと思う。年齢的にもしかして迷子札・・・?
「ギルドタグだ。シャオマオちゃんこれに魔力流して。ほら、ユエにやったみたいに。こうやって、ぎゅーっと」
自分の首元から引っ張り出したプレートを摘んで、見本を見せてくれるライの指先がもやっとしたものに包まれる。
『あったかいの流したらいいの?こう?』
プレートはボワっと光ってなにかモヤモヤしたものを描く。
ちんぷんかんぷんだ。多分文字。あたりまえだけれど意味はわからない。
二人は覗き込んで表を見て笑って、裏を見て固まった。
【表】
「桃花(4)
猫族ギルド所属
チーム:猫族ユエ、猫族ライ
レベル:1」
【裏】
「妖精族
星の愛し子
始祖銀狼の加護
浄化能力:上限なし」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」
『なんて意味?なんて書いてあるのー?』
二人はにっこりと笑ってこちらを振り返った。
「か、買い物に行こう」
「出かける準備をしようか、シャオマオ」
ユエは私のほどかれていた髪をまた丁寧に梳り、編み込んで結んでくれた。
首にかかっているネックレスのプレートは大事に服の中にしまわれた。
普段は隠しておくものなんだろう。
「あいあとユエ」
「またありがとうが上手くなった。俺のシャオマオは賢い。どんどん成長してしまう」
頭のてっぺんに唇が押し当てられた感覚に顔を赤くしてしまう。
「シャオマオちゃんにはどんなものが似合うのかなぁ~?」
「猫族の伝統衣装はエリアに行ってからでいいな」
二人はもう立て直したようだ。
抱き上げられて、さあお出かけだ。
二人に連れられて街の大通りを歩いて少し。
三角屋根で、玄関周りにきれいに観葉植物が飾られたお店に入る。
丸い窓からトルソーに飾られた洋服が見えたから、たぶんお洋服屋さんかな?
「リリアナ。買いに来たぜ!」
扉のベルが響く中、元気よくお店に入る。
「あら、ライ。やっと彼女できた・・・の?」
カウンターから振り返りつつ挨拶を返した真っ赤なリップを塗った色っぽいお姉さんは、ユエとユエに抱かれている私を上から下まで眺めてから「で、このごついのとちっこいの、どっちが彼女?」と指さしてきた。
「どっちも違うわ!!!!!」
あ、なんだろう。ライのツッコミが入った感じがする。
「まあ、この冗談が好きな女が俺がこの街で世話になってる服屋だ」
「リリアナよ。デザイナーって言ってほしいわね」
にっこり笑う真っ赤な唇がきれいな弧を描いているのを見て感動してしまった。
(女優さんみたい!!)
金髪の髪から大きな三角のケモミミ。明るい茶色の瞳は美しいアーモンド形。理想の形のリップ。豊かな胸元にくびれた腰。ふっさふさのしっぽがカウンターの向こうで揺れているのが見える。狐さんかな?色気がすごすぎる!この世には美形しかいないのか?
「俺の冒険仲間のユエとシャオマオちゃんだ」
「あ!このごついのがユエ?何度かあんたが服を破ったってライがでかい男の服ばっかり用意させるからつまらなかったのよ」
ケラケラ笑いながら明るく話すお姉さんだ。
「こっちのちっこいのは・・・まあ、深く聞かないようにするわ」
ちょっとだけ形のいい唇がひきつったように見える。
「リリアナよ」
「シャオマオ。リリイ・・アニャ」
私は自分を指さしてから、美人さんのリリアナを指さした。
舌が回らないから難しいな。
「ま。かわいいわ」
ちょっと困った顔をしていたら真顔で頭を撫でられた。
「シャオマオはかわいいんだ。かわいいシャオマオに似合う服を何セットかほしい」
「ちょっとサイズが小さいものねぇ。すぐに必要ならいま店にあるものを直さないと無理ね」
「靴も欲しいんだが」
「靴はさすがに一から作りましょう。ドワーフ向けのブーツは重いだろうし」
「いま履くものがないんだ」
「・・・どこから攫ってきたのって聞かないとダメ?」
「いや、攫ってないから!」
またライのツッコミが入った気がする。
「ま、とにかく採寸して着れるものを探しましょ」
リリアナはにっこりと笑って手招きしてくれる。しっぽが本当にふさふさでかっこいい。またユエやライとも違うもこもこの魅力!
ちょっと小さいサイズの洋服がずらりとハンガーに吊るされてるコーナーに着いた。
カーテンのついたフィッティングルームだろう場所に案内されて、ユエは追い出されていた。
あれ?私の服を買いに来たのかな?
そっか。着替え何にもないもんね。今着てるワンピース。かぼちゃパンツ。以上。
私のサイズの服をユエが持ってるわけないし。
「そうねえ。ほんとに痩せてるものねぇ。下手したら「ラッキーちゃん」と同じくらいの大きさかも」
ささっといろんなポーズで採寸をしてメモをとる。
「本当にかわいいわ。あと、「ラッキーちゃん」のお洋服本当に着れそう」
「そうなんだ。シャオマオは本当にかわいいんだ」
フィッティングルームの外からユエの声が聞こえた。
ちゃんと待っててくれてるみたい。よかった。
「とにかく、シャオマオに似合うのだったらいくらでも買う」
「じゃ、とりあえずの着替えとしてワンピース1着、下着2枚。着せ替え獣人人形「ラッキーちゃん」のサンダル(本革)を買っておくといいわ。どうせ抱いていて歩かせないんでしょうし。その他はデザインから相談してオーダーにしましょう」
棚に飾ってあったお人形のサンダルを持ってきてくれて、足にあわせたらなんと履けてしまった。
私お人形とおなじサイズなんだ・・・。複雑。
「ドワーフの服をつめようと思ったけど、ちょっと地味な色合いが多いのよ」
ささっと何着かワンピースを用意してもらった中からユエに「どれが好きかな?」と見せられたのでシンプルなブルーのワンピースを指さした。
「2時間ちょうだい。ピッタリのサイズにしてあげる」
「じゃあ、頼もうかな。その間にユエの武器と防具も買いに行くから」
「じゃ、2時間後にまた来てちょうだい」
渡された番号札らしきものをもらって、サンダルだけ履いてお店を出る。
あ、お直しか。すごいなぁ。既製品を買って終わりじゃないんだな。
履いているサンダルも、おもちゃに思えないくらいかわいいし。気分がいいぞ。
まあ、はいてからすぐに抱き上げられたので一回も地面に足をつけてないんだけど・・・。
サンダルいる?
みんなの着せ替え人形になる運命しか見えないですね('ω')