わかるまでわからせてみせよう
「シャオマオ。どうでしたか?学校は」
「あい・・・・楽しかった・・・」
「気を使わないで。どう言っていいのかわからないのですか?」
「・・・・・あい」
シャオマオはテーブルの上のプリンをスプーンで小さくすくって、口に入れた。
いつ食べてもプリンは美味しい。でもカラメルはいつもよりほろ苦く感じる。
(大人の味・・・)
王子様ことミーシャはお昼ご飯をカフェテリアでとるためシャオマオを誘ったのだ。
カフェは誰でも利用可だ。
ミーシャは授業の終わったシャオマオにお昼ご飯をとるように勧めたが、食べられないという。
それならばとデザートを選んであげる。
じっとスプーンを握って座っていたが、やっとプリンを一口食べたのでミーシャも大きなボウルに盛られたサラダを食べ始めた。
「シャオマオ。あぶにゃい人なのかな?」
「危険と言われたことですか?」
「あい・・・」
シャオマオがやっと今日のことを整理し始めた。
「シャオマオ。たとえば私は鳥族です」
「あい」
「私は空が飛べますが、私は危ない人ですか?」
「ちなうよ!」
慌てて否定する。
「ありがとうございます。でも、空を飛ぶことができない誰かが『あいつは空を飛ぶから危険な奴だ』と言うこともあります」
「うぃ・・・」
「自分にできないことをできる人を、恐れる人もいるのです」
「そんなの・・・みんな違う人なのに?」
「そうです。臆病な人もいるのです」
「例えば私の髪が白いことも、私の姿が整って見えるということも、鳥族なのに学校に通うことも、『自分と違う』と恐れる人がいます。人は自分が理解できないものを恐れるのです。それ以外にも、自分ができないことができる人のことを『ズルしてる』なんてことも言いますね」
にこっとミーシャが微笑む。
きっとミーシャも王子様なんて呼ばれている影では、いろんな人にどうしようもないことで色々なことを言われているのだろう。
鳥族が空を飛ぶことなんて、息するのと同じくらい自然なことなのに。ズルなんて言われたら。
「シャオマオは、人を傷つけたことがありますか?」
「う・・・。キノをぱちんってしたことある・・・」
「キノ?・・・ああ。海人族の族長。いろいろ聞いていますが、何もなくても人を殴ったりしますか?」
「しないの」
「シャオマオはたくさんの力を持っています。でもそれを人を傷つけることには使いません。それがすべてだと思いませんか?」
サクサクとサラダを刺して、優雅に食べるがスピードが速い。
食べ方までチェキータにそっくりだ。
「力がなくても人を傷つけるものは沢山あります。一番簡単なものは言葉ですね」
「言葉?」
「そうです。シャオマオは今日『危険だ』と言われて傷つきました。簡単な言葉でたった4文字です。それだけでご飯も食べられないくらい傷ついたのです。恐ろしいと思いませんか?」
「うぃ・・・」
「ね。人を傷つけることなんて簡単で、誰にもできるのです。シャオマオだけが危険なわけではないですよ」
「あい」
「さあ。ホットミルクが冷めますよ。飲んで」
「あい」
ちょっとぬるいホットミルクを飲んで、口の周りを白くしていたら後ろから声をかけられた。
「シャオマオ。ハンカチはある?」
「ユエ!あ!ごめんなさい。ユエ先生」
「いいよ。もう学校の時間は終わって放課後だから」
「だめよ。おうちに帰るまで学校なのよ。サリー先生が言ってた」
「サリフェルシェリ。余計なことを・・・」
本当はシャオマオの口を拭いてあげようと思ったが、まだ学校だと言われたのでハンカチを渡すにとどめた。
「ユエ先生。シャオマオはデザートしか食べていません」
さっとテーブルに目を向けたユエに、ミーシャが報告した。
ユエはミーシャに向かって頷く。
軽くサリフェルシェリから話は聞いていた。
もっと落ち込んで泣いているかと心配したが、泣いた様子はないし、二口くらい食べられているプリンとホットミルクを見て少し安心した。
「シャオマオ。私は午後、上級生の授業に参加していますのでここで失礼しますね」
いつの間にかきれいにサラダを平らげているミーシャがニコッと笑って席を立った。
トレーをもって、お皿を下げる。
「シャオマオ。また一緒にランチをしましょうね」
「あい!ミーシャありがとう。またね」
小さな手をふりふりして別れる。
「シャオマオ。残り食べられそう?」
「食べる」
「うん。偉いね」
すりっとシャオマオの頬を撫でて微笑むユエが、隣ではなく向かいの席に座る。
「ユエ先生。シャオマオと居て怒られない?」
「誰に?」
「・・・誰か」
「シャオマオ。俺の顔を見て」
「あい」
シャオマオはきれいなきれいな宝石みたいなユエの顔をみた。
「誰かのことなんて考えないで。目の前の俺をちゃんと見て」
うっとりとするような美しい虎。
シャオマオのことが大好きな虎。
絶対にシャオマオを傷つけない虎。
「ユエせんせ。・・・・・大好き」
小さい小さい声で、目の前のユエにだけ聞こえるようにつぶやいた。
「うん。シャオマオ。俺の桃花。大好きだ」
ユエのいつもの言葉を聞いて、シャオマオはぷるぷる震えるプリンをスプーンからこぼしてしまったが、プリンはお皿に落ちて無事だった。
「ユエせんせ!なんでシャオマオの名前、ほんとの名前呼べるの?」
「どういうこと?」
シャオマオは教室であったことを慌てて説明した。
「シャオマオ。俺はシャオマオの何?」
不思議そうな顔でユエが尋ねる。
「う?ユエ先生は、シャオマオの、片割れよ?」
シャオマオも、不思議そうな顔で答える。
「そうだよ。一つの魂だよ?」
「あい」
「俺がシャオマオに悪意を持つことなどあるはずがない」
「あい」
二人とも、「何を当然のことを?」と思いながら言葉を発する。
「う?」
シャオマオは頭の中で整理しようとして、うまくいかない。
「シャオマオ・・・。これは良くないな」
「う?」
「シャオマオがわかっていない」
「う?シャオマオだめだった?」
「ダメじゃないけど、俺が我慢できない。シャオマオに信じてもらってないなんて」
ユエはシャオマオのプリンを一口で食べ、ホットミルクを飲み切ると、さっとお皿を下げてシャオマオを抱き上げた。
「ユエ先生!だめよ!」
「ダメじゃない。シャオマオ。俺のことを受け入れて」
「ひいきって言われるの!」
「贔屓?して当然だ。こんなに大切に思っているのに」
「ずるいって言われるの・・・」
「ズルしてるの?」
「・・・してない」
「じゃあ、それはシャオマオに問題はないね」
すりっとシャオマオの頭に頬ずりすると、周りの女子生徒たちがざわついたが、ユエはまったく気にしない。
ユエはシャオマオを大切に抱きしめて、家まで走った。
息も切らせていないし、シャオマオを揺らさないように気を付けていたけれど、あっという間に家に着いた。
そして、シャオマオを抱きしめたまま、リビングのクッションにぽーんと飛び込んだ。
「ユエせんせ!」
「ユエだよ。もうおうちに帰った。学校は終わり」
シャオマオの頬をすりすりと指でなぞると、シャオマオの顔がふにゃっと崩れる。
「・・・ユエ」
「うん。シャオマオ。今日は頑張ったね」
「あい・・・」
シャオマオがユエの体に乗り上げて、首にきゅうと抱き着く。
「シャオマオ。泣いていいよ」
「・・・泣かない」
「そっか」
「俺の桃花。どうして俺が真名を呼んでも平気なのか気になる?」
「・・・あい」
「本当は分かってる?」
「・・・ちょっと」
「ちょっとじゃダメだよ」
ユエがくすっと笑った。
「俺がどんな気持ちを込めて桃花と呼んでいるのか伝わってない?」
「・・・・・ちょっと」
「嘘だ」
あははと笑い飛ばすユエ。
「ちゃんとわかってるはずだけど、改めて説明するね」
それからユエはシャオマオが恥ずかしがって止めるまでずっと、
どれだけ自分がシャオマオを愛おしいと思っているのか
替えのきかない存在だと思っているのか
可愛いと思っているのか
宝物だと思っているのか
ということを、たくさんの表現で、言葉を尽くして、心を込めて説明した。
「ね?こんなに言葉を尽くしても言い尽くせないくらいの気持ちがあるんだよ?」
「あ、あい・・・」
「そんな気持ちのこもった俺の桃花という言葉が、俺を攻撃したりするわけがないんだよ。わかった?」
「あい・・・・」
シャオマオはユエの賛美の言葉にぐったりとしていた。
本当はユエに何も起こらない理由は分かっていた。
シャオマオがユエに「桃花」と呼ばれるたびに、心が満たされる気がしていたのだ。
気がしていただけではなく、本当に自分にとっては「補給」だったのだと納得した。
「どうしたの?」
「はずかしい・・・」
「なんで?もっと言えるよ?」
「今日はもう、おなかいっぱいよ」
そういってお腹をさすさすと撫でていたら、お腹がぐうと返事した。
「シャオマオ。いっぱいなのは胸だね。お昼ご飯を食べよう。今日は俺がスープを作るよ」
「ほんとう?」
「うん。シャオマオに初めて作ったものを食べてほしい」
「あい!楽しみよ」
二人で相談しながら作ったスープはとても美味しかった。




