ニーカがやってきた
「妖精様。起きているときにお会いするのは初めてだ。ニーカと呼んでくれ」
ニーカは窓から侵入するとずかずかとユエの膝の上のシャオマオに近づいた。
「ニーカ!」
ライが止めたがニーカは気にしない。
大体しゃべってばかりで人の話を聞かないのが鳥族で、ニーカだ。
『う?天使様?男の人?』
笑顔で近づく白の羽と髪のチェキータとほとんど同じ容姿のニーカを不思議そうに見るシャオマオ。
さすがに顔のつくりは違うが、体格も、格好もほとんど双子のようにそろえている二人だ。
「それ以上近づくな」
テーブルを挟んで立つニーカに向かって魔力圧力を存分に吐き出しながら、ユエはシャオマオの顔をぎゅっと自分の胸に押し付けてニーカから見えなくした。
「何故だ。妖精様はみんなのものだ。お前が断ることはできない」
「違う。俺の片割れだ。そしてつがいになる」
「つがいはシャオマオちゃんが了承してからだ!あとニーカ!ユエを怒らせるな!」
全員が口々に話し出すのでギルド長室が混沌としてきた。
ギルド長は「ここで暴るんじゃない!」と止め、シャオマオは「ユエはいいにおいがするなぁ。くんくん」とユエの香りを堪能していた。
だいたいシャオマオにはみんなの話し言葉が早くて理解できない。
しかし、ちょっとピリッとした雰囲気に顔を上げるとユエがひどく怒った顔をしていた。
『ユエ。お友達じゃないの?なんでそんなに怒ってるの?』
窓から入ってきたときの雰囲気から知り合いだと思ったが、ユエの感情がいつもより強く感じられる。
苛立ち、焦り、恐怖。
『ユエ。ユエ。大丈夫。怖くないよ。お友達でしょ?大丈夫。私どこにも行かないよ?』
抱きしめられながらも、ユエの背中に回した小さな手でゆったり撫ぜた。
シャオマオが恐怖にとらわれた時にユエにしてもらったことだ。
目を閉じて心を込めて撫ぜた。
『ユエ安心してね』
静かになったので目を開けて上を見上げると、ひどく真っ赤な顔をして照れたユエが耳を平行にして涙ぐんでいた。
『ユエ!』
何故泣いてしまったのかシャオマオには全く分からない。
「シャオマオ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
『泣かないで~』
「何を見せられてるんだ」
「・・・わからん」
「お茶入れ直してもらってくるわ」
慰めるシャオマオと泣くユエの二人が落ち着くまで、少しばかり時間がかかった。
「ユエの感情コントロールをシャオマオちゃんがやってしまうなんてなぁ。片割れってすごい」
新しく入れ直した紅茶をすすりながら、ライがため息をついた。
ユエは感情が大きく揺れると魔力圧力のコントロールもきかなくなる。
周りの人間が体調を崩すか倒れるか、そうやって結局は自分の意見が「通ってしまう」。
ユエ相手に「教育」らしいことができたものはサリフェルシェリとライくらいだ。
相手を認識して手加減してくれていたからこそできたことでもあるが。
「なんなんだ、このでかい子供は・・・」
泣き止んでシャオマオにマドレーヌを食べさせてもらってにこにこしているユエを見てジルは呆れた。
お茶を入れ直してもらったので、ニーカもジルの隣に座っている。
因みにライはシャオマオの隣を許されなかったので、ユエの隣だ。
「ところでニーカは妖精様と飛んで遊びたいんだが、いつまで待てばいいのか」
「飛ぶ?どこまで?」
ライが確認すると
「鳥族のエリアまで」
と平然と答えた。
「「だめだ!」」
ユエとライの返事がそろった。
大きな声に、シャオマオの肩がびくりと動く。
「らめら~」
なんとなくマネしてみる。
「だめ」
「らめ?」
ユエがうなずくので合格だと喜ぶシャオマオと、(全然話せてないけどいいのかな?)と二人の会話を不安そうな顔で見守るジルを放っておいて、ライとニーカは言い争いを続ける。
「鳥族のエリアは遠すぎるだろ。お前ひとりで飛んでも一時間以上はかかるじゃないか」
「そうだ。だから一時間くらいだ。ほかの鳥族の連中にも会わせたい」
「一時間も幼児をぶら下げて高速で飛ぶなよ!危ないだろうが!」
「大丈夫だ。妖精様は風の精霊にも愛されてるし、自分で飛べるから万が一落としても平気だろう」
「え?」
「え?」
ライが聞き返したが、ニーカも同じ返事をした。
「落としても」という言葉も十分気になったが、それよりも気になった言葉があった。
「シャオマオちゃん飛べるの?!」
「妖精様は自由だろ?」
自由だから飛べるの意味がわからず頭を捻るライ。
「妖精様は星の愛し子だ。望めば何でもできるだろう。神話時代にいた妖精様は鳥族とも飛んでいた。もしかしたら今の妖精様もどんな魔法も簡単に使うかもしれない」
「無茶苦茶だな」
「妖精様だからな」
ニーカは嬉しそうに紅茶を飲んだ。
どんな魔法も簡単に使う生き物はこの世界にはいない。
遺伝した属性魔法の素が自分の魔力と合えば使える程度だ。多くても二つ程度だろう。
人族が使う魔石を使った魔法道具を使う生活のほうが、人々の生活に馴染んでいる。
鳥族は魔素濃度に敏感なので魔素を正常化する「妖精様」を神聖視している。
風の精霊を、自由を愛する種族だ。同じ性質を持った妖精を愛するのは当たり前のこととして感じている。
「妖精様。チェキータとは遊んだんだろ?ニーカとも遊ぼう」
「だめだ。これから昼ご飯を食べてお昼寝をしなければならない!」
二つ目のマドレーヌを一気に飲み込んで、鼻息荒く母親のようにユエが断る。
「ではそのあと空を飛んでみたくないか?!」
「そのあとはギルドで買い物だ!!」
「何故ユエが断るんだ!!!」
ばさあ!っと羽を開きながら興奮してニーカが立ち上がった。
ジルは開いた翼に殴られそうになったがさすがギルド長。ちゃんと避けた。
「ニーカ。今までの会話聞いてなかったんだな。シャオマオちゃんの言葉きいたろ?」
「どういうことだ」
「シャオマオちゃん、異国の言葉を話すんだ。こっちの言葉が理解できない」
「・・・・・・そ、そうなのか。鳥族語はどうだ?」
「話しかけてみたら?」
「やめとこう」
さすがに鳥族しか聞き取れないと他種族から言われる言葉で話しかける気にはならない。古代エルフ語で神話時代は会話ができたらしいが、ニーカは話せない。
「そうやって言葉がわからない妖精様を独り占めするユエはズルじゃないのか?」
弱弱しくニーカが訴える。
「そうだなぁ。ほかの種族がそうやっていうのもわかる」
ライが同意すると、ぐっと言葉に詰まるユエ。
「俺が守らないと・・・」
「ユエ。最初の出会いが誘拐されかけてたところだったし、心配なのはわかるけどこのままではだめだって自分でも思うだろ?」
「ちゃんと言葉も・・・話すようになってきてる」
「俺たちだけとの接触ではダメだってわかってるだろ?」
「・・・・・・シャオマオを離したくない」
「不安は自分の問題だよ。ユエ。世界を見せないと」
シャオマオは自分の小さい手を、ユエの膝にそっと乗せた。
『ユエ?何が怖いの?』
ユエに触れると、ユエの感情が流れ込む。
困惑、不安、恐怖、孤独。
『大丈夫だよ。ユエ。私が守ってあげる』
ユエの気持ちが和らぐように、シャオマオは自分の気持ちを流す。
サリフェルシェリが診察した時のように、自分の気持ちに安心と暖かさをのせてユエの体に流す。
その場にいた全員が部屋の中だけではなく、この建物の周辺まで魔素が大きく循環したことに気づいた。
心が洗われるような、すべての余分なものがそぎ落とされたような空気。
全員の魔素器官が浄化された正常な魔素で満たされた。
「これは・・・」
ジルが驚いて、自分の胸を押さえた。
イライラとしたユエの感情のおかげで、人型になったといってもユエの高濃度の魔素は知らず知らずにまき散らされていた。
魔素は生き物の魔力が混じって濃度を増す。濃度が上がれば不快感が高まる。
おそらくみんながイライラと喧嘩を始めた原因も、ユエだけが原因ではないが、無意識にユエのまき散らす高濃度の魔素が一因である可能性は高い。
そんな高濃度魔素を一瞬できれいに浄化してしまったのだ。
ただ、ユエを安心させようとしただけで。
「妖精様、素晴らしい力だ」
「まて、ニーカ。どこに行く」
窓に向かったニーカをライが呼び止める。
「妖精様に鳥族のエリアに遊びに来てもらえないなら、全員をここに呼ぶ」
「やめてくれ!!!」
ジルが必死に止めた。
鳥族は基本的にやりたいことしかやらない。
難しいことを考えることを嫌い、頭で考えたことはすぐに口に出してしまうし、口に出すより先に行動する。
多分いまニーカが声を掛けたら本当に全員が一気に遊びに来ることになる。
そして一人ずつが妖精様と遊びたいといって何時間も何日もうるさく騒ぎ立てる。
やっぱり妖精様を鳥族エリアに遊びに連れて行こう!といって攫うのも想像できる。
「鳥族が大勢でやってくるのはやめてくれ。ユエの隠れ家に直接行くなら止めない」
ジルが言ったことに対してカチンときたライが
「そんなことしたらユエはギルドの部屋で獣体になって暴れるぞ」
と反論した。
「どっちも地獄だ・・・」
ジルが頭を抱える。
くうぅぅ~
かわいい空腹の合図がシャオマオのお腹から聞こえてきた。
「さあ、シャオマオ。話し合いは飽きたな。食事に行こう」
シャオマオ最優先のユエが抱き上げて立ち上がった。
「あ、俺も」
ライも一緒についていくが、扉の前でニーカを振り返って「まだ仲間は呼ぶなよ。シャオマオちゃんの体に負担がかかってるのかまだわからないからな」とくぎを刺してから出て行った。
「わかった。妖精様の体調が優先だな」
ニーカはしぶしぶ頷いて、また窓から空へ飛んで行った。
一人きりになったジルは、心の底から絞り出された「疲れた」のセリフを吐いた。
精神的には疲れたが、魔素器官が充実しているため体は元気で変な気分だった。
「シャオマオ。昼は店で食べるよりも屋台で買い食いしたらどうだ?」
屋台で焼かれる串焼の肉をじっと見つめるシャオマオに、一本買って差し出す。
炭火で焼かれた串をタレが入った壷に突っ込んでたっぷり付けたお肉だ。
見た目はぎっちり詰まっているが、一口噛めばふわふわの歯ざわりで次から次へと食べてしまう。甘いたれが癖になりそうだ。
「ほいちぃ!」
「美味しいか。よかったな」
「よかっちゃな~」
喜ぶシャオマオに向かってとびきりの笑顔を向けるユエを見て、鼻を押さえたり、真っ赤になって立ち尽くしたり、ぶっ倒れる街のお嬢様方。
「ああ、美形は罪深いな」と思いながら、自分も注目を集めていることに全く気付いていない、自覚のない美形のライ。
次に川魚をそのまま串刺しにして炭焼きしたものや、新鮮なサラダ、具沢山のスープ、大好きなタオの実のジュースなど、小食なシャオマオに合わせて一口ずつでもたくさんの種類を食べさせた。
ユエたちがギルドにやってきたという噂によって、普段の倍以上の人出があったが三人は暖かく見守られていた。
近寄りがたい美形二人に、なんといっても美幼女のシャオマオの笑顔。
この街には子供が少ないために誰よりも目立ったが、屋台の店主はじめ大通りの店主みんなの胸に無条件に沸く「守りたい!この笑顔!!」の気持ちが一体となり、誰も声をかけたりせず見守りに徹していたため、若いお嬢様方の被害ばかりが目立つ日だった。
デザートのソフトクリームまで堪能したシャオマオは、街の中心にある噴水に腰かけているうちに、うつらうつらと舟をこぎ始めた。
「ああ、うがいさせたかったけどしょうがないな。このままギルドの部屋に連れて行こう。ユエの部屋もいつでも使えるように定期的に掃除してたからな」
「そうか。ありがとう」
シャオマオを揺らさないようにそっと抱き上げて、ユエはライに礼を言った。
「ユエが礼を言うなんて・・・」
ユエもシャオマオといることでどんどん成長しているようだ。
「あ、ギルドタグ作ってもらわないとな」
登録だけしてシャオマオのギルドタグの受け取りを忘れていたことをライが思い出した。
「ユエ。シャオマオちゃんのギルドタグ。あとでとりに行こうぜ」
「お前が行ってくれ。俺はシャオマオに添い寝しなければ」
「お前、ほんとブレないな」
「当たり前だ」
全然成長してないなぁという言葉は飲み込んで、代わりに「しょうがないなぁ」に置き換えるライだった。
小説を書くのが初めてなもので、試行錯誤しながらやっておりますので読みにくい個所もあるかと思いますが、ブックマーク、いいね、感想、本当にありがとうございます。
おかげ様で更新頻度が上がっております('ω')
シャオマオはいつお話しできるようになるかなぁ~。