鳥族って毎日休みみたいなものなので
「ありやと、ゆえ、さりー」
ぐしゅっと鼻を拭いてもらって、鼻声でゆるゆるしゃべる。
泣き出してからそれを見た鳥族が興奮して大騒ぎしてしまったのでテントに隠れたのだ。
ダァーディーたちが落ち着かせて興奮は収まった。見えなければ食べるほうに集中しているようだ。
シャオマオはぶすくれたような顔をしているが目が腫れているだけだ。
サリフェルシェリがミントのようなすうすうする葉を濡らしてタオルと一緒にあてて、瞼を冷やしてくれる。刺激がなくてひんやりするだけの葉っぱらしい。
「おかわいそうに。こんなに瞼が腫れてしまって・・・」
様子を見るために外したが、まだ瞼は重そうだ。
「前、見にくい」
「もう少し冷やしていましょうね」
「ありやと。ゆえごめんね、食べさせて」
目を閉じたままなので、口を開けて餅を口に入れてもらう。
「構わないよ、俺の桃花。俺の宝物」
すりすりと頬を親指で撫でられる。
「もっと頼って」
「ありやと、ゆえ」
唇をつんつんとされたので口を開けるとスプーンが入ってくる。
甘くて白みそに限りなく近い味。祖母の味付けがもうぼんやりとしか思い出せないので似ているのか似ていないのかも定かではないが、心にしみる味というのはこういうのを言うんだろうな、と微笑んだ。
「そんなに美味しい?」
「あい。ライにーにすごいの」
「・・・・・・俺のスープを今度食べてくれる?」
「う?ユエ料理できる?」
「したことないけどやる」
「・・・うぃ」
「不安しかない会話は置いといて。鳥族が30人に絞ってくれたのはよかったですね」
「多い。シャオマオの負担が大きい」
ユエはシャオマオを寝不足で起こしてしまったところから鳥族に怒っている。
「シャオマオ様、サリーたちが祝福を頂いたのは早計だったかもしれません」
「のーして?」
「我々の指先をみて、みながうらやましがるからです」
「う?そなの?」
「はい。みんな妖精様が大好きなのです。シャオマオ様の色に染まった指先は本当に嬉しいものなのです。ヨコヅナたちも真似したがると思いますよ」
「わあ!みんな『ピンクのネイル』するのね」
「ぴん?」
サリフェルシェリが頭をかしげる。
「ぴんくだ。シャオマオが自分のタオの実色のことをよくそういう」
「そう!『ピンク』よ。ユエ覚えたのね」
「うん。シャオマオが話すことは何でも覚えたい」
そもそもシャオマオがみなを祝福することになったのは、おしゃれの話になったからだ。
シャオマオが「お化粧している人をあんまりこの星では見ない」といって、前の星のお化粧やおしゃれの話をした。
獣人は香りに敏感だったり、そもそもあまり獣性の強いものは体に何か異物が付くのを好まない。
余談だが、半獣姿が多いダァーディーは服もきらいだ。服の中で毛がごそごそするせいだ。
長時間座るのもあまり好きではない。しっぽの根本がぎゅうと圧迫されてつらいのだ。なので基本的に猫族はふかふかのラグに横になってゴロゴロするのを好んでいる。
基本的に獣人を相手にすることが多い人族は、なるべく化粧などをしないようにしているものが多い。
ナチュラルな方が好まれるからだ。そしてすっぴんの人族の方がモテる。
獣人は特別な時だけ男女問わず化粧をするので、デザイナーのリリアナが獣人でありながら人族のように普段から化粧をしているのは、シャオマオには自然に見えたが周りには「変わり者だ」と思われていたりする。
リップ、アイシャドー、ネイルや髪を染める話をして、あまり髪は染めるものがいないが、ネイルはできるならしたいと言われたのだ。
よくよく聞くと、爪は色を付けるのが難しいのらしい。人族が使う塗ってコーティングをするものは好まれない。
しかし指先が染まるのは「神の祝福」の昔話があるので好かれている。
試しにユエにしてみたら、シャオマオの髪の色とそっくりに染まった。
ユエは耳をぴるぴる動かして静かにうっとりと、感動の涙をぽろりとこぼしてとても喜んでいたし、それを見たみんなが我も我もとねだったので全員にすることにしたのだ。
そして、鳥族はやってきてライたちの爪が染まっているのを見て大騒ぎした。
それがシャオマオを起こすことにつながってしまった。
「インクかたくできないかな?『クレヨン』みたいに」
「くれよん?」
クレヨンみたいに固まった染料で直接塗る。体温で溶けるともっといい。もしくは固形絵具みたいに水をつけて溶かして自分で塗る。
できなくはないと思うのだが、この世界はインクは基本的に瓶に詰まっていて羽ペンで文字を書くさらさらのものだ。
印刷技術もないようなので、本は写本。印刷に使うような粘度のあるインクは広まっていない。
シャオマオは一生懸命サリフェルシェリに説明して、固まったインクを伝える。
どんどん出て来るアイディアに、サリフェルシェリが興奮する。
「新しいことを考えるのは楽しいですね。染料がたくさん必要になりそうなので、もう少し用意しますね」
「ありがとう、サリー」
目を冷やしていたタオルを外すと、いつものかわいらしい笑顔に戻っていた。
シャオマオは袋に入っていた小さな魔石をつまんで『粉になーれ』といって砕いたものを器にたくさん作る。
染料の器に粉を入れるときらきらとした輝きが混じって溶けていく。
何故か前の星の言葉には力がのりやすく、シャオマオの言葉通りに魔石が姿を変える。
『みんながしあわせになりますよーに!』と唱えながら、自分の指でくるくる混ぜる。
「チェキータ!ニーカ!」
器をユエに持ってもらって、シャオマオはテントから顔を出して二人を呼ぶ。
「はい!妖精様!」
二人は慌てて飛んでくる。文字通り飛んで、一瞬で距離をつめてきた。
「みんな順番に、ぬりぬりしてみるね」
「ありがとうございます」
「チェキータとニーカ。二人の手がいつも素敵な風を掴めますように」
「「ありがとうございます。いつでも妖精様のためにこの翼を使います」」
珍しく、ニーカもきりっとした声でチェキータと同じように神妙な面持ちで口上を述べるものだから、シャオマオはびっくりしてしまった。
「ニーカ、まじめできるのね」
「あはははは!!」
言われたニーカまで大笑いする。
「ありがとう妖精様。ニーカは嬉しい」
ニーカはしみじみと自分の手を見てうっとりとしている。
「う?テントの中なのに風吹いてる?」
少しシャオマオの顔に風が吹きつけているような気がする。
「風の精霊だよ。よろこんで踊ってる」
「妖精様の祝福が「素敵な風」だったので、我々の周りの風が浄化されています。それに精霊が喜んでいるのですよ」
「わー。じゃあどんどんみんなの爪ぬりぬりしようね」
ニーカとチェキータはペアで飛ぶ鳥族の二人を順番にテントに呼んでくる。
それをシャオマオが一生懸命に考えて祝福を贈る。
途中で風にまつわる言葉が思いつかなくなったので、本人たちに聞きながらどんな祝福がいいのか確認したが、みな「自由に風と遊べるように祈ってください」というので、その通りに祈ってあげる。
すると、いたずらな風の精霊がどんどん増えているような気がした。
自由を愛する鳥族だが、自由な風と相性がぐんとよくなって、さらに飛行能力があがったようだ。
みんな庭を飛び回って遊んでいる。
隣の家との距離が多少あるとはいえ、ちょっと騒がしいかも?
「ニーカ。さっきのみんなからもらってきた挨拶の羽根ちょーだい」
「ああ。これだ」
庭に置いてあったこんもり盛られた羽根をもらって一本手に取り、「みんな自分の羽根ってわかる?」と聞いてみる。
「わかる。知り合いだったら他人のものも区別できる」
「そっか」
シャオマオは染料の器に羽根の先をちょんと漬ける。
「優しい風にまもってもらえますように」
取り出した羽根は爪の先が染まるように、羽毛の先をちょんと桃色に染めてきらりと艶を増す。
「これおまもりー。羽根くれた子に渡して」
「おお。これはこれは喜ばれそうだ。ニーカの羽根も入ってるから染めてくれ」
「あい」
シャオマオは慎重に何本かの羽根を束で持って、先にちょんちょんと染料をつけて染める。
「すごいな。羽根を染めるとやはりつながってる本人にも伝わる」
手に持った自分の白い羽根の先の桃色を見ながらニーカがつぶやく。
鳥族の羽根は抜けた後でもしばらくは持ち主とつながっている。なので、鳥族は自分の羽根の行方をとても気にする。抜けたものはそのままにしないで拾うのを躾けられるし、自分の気持ちを表現するものとして大事にする。
今頃ここに来れなかった鳥族たちが、急に妖精様の祝福の気配を感じて戸惑っているだろう。
「妖精様、鳥族以外の知り合いには何をあげるの?」
「う?『年賀状』かなぁ?」
「ネガジョー?」
「あい。ご挨拶かいて、送るの。ニーカたちに運んでほしいからまた来てほしいの」
「え?毎日順番に遊びに来るつもりだったんだけど?」
「う?」
「え?」
「一家団欒という言葉を知らんのか鳥族は・・・」
呆れたダァーディーが頭を抱えながらつぶやいた。




