〇〇お断り!
ユエに抱きしめられながら、少し涼しい風が顔に吹き付けるのを目を細めて楽しむシャオマオ。
家までの帰り道、まだ開いている商店を見つけては買い足すものがないか思い出しながら帰る。
特に年跨ぎに食べる果物やお菓子を買い忘れていたらしいので、思いつく限り買い足す。
あと、ダァーディーは「あんなもんじゃ足りんだろ」といってお酒を大きな樽で買い足していた。
みんなの機嫌がよくて、楽しい雰囲気で、時々笑い声をあげながら、列をなして歩いているところでシャオマオはずっとドキドキしている。
シャオマオの記憶にあるのは、病院からまだ元気な人が家でお正月を迎えるために迎えに来た家族と帰ってしまって静かになったり、「もう今年も終わるのか」といった残ったみんなのさみしそうな雰囲気だけだ。
こんなにわちゃわちゃと大勢で過ごすのが初めてで、こんなに興奮しても熱が出ないのも始めてだ。
「シャオマオ。すごくうれしそう。頬がバラ色だ」
「だって~。だってだって、みんな楽しそうでね。みんな笑っててね。シャオマオもね、嬉しい!」
「シャオマオ。欲しいものないね?今なら買ってあげるよ?」
「ありがとうにーに。シャオマオみんなといられるだけで嬉しいの!」
「可愛すぎる・・・」
特に今日は猫族の伝統服を着て、猫耳に髪形をセットして、ふんわりした飾りしっぽがついている。
本当に猫族の子供に見えて、かわいさが倍増している。
しかし、そのシャオマオを抱きしめて歩いているユエは、いつもより魔力圧力が多めだ。
それはさっきからランランがいろんなやつらをわからないように後ろで蹴散らしているからかもしれない。
温泉施設からついてきた有象無象が身をひそめながらぞろぞろとついてきている。
狙いはシャオマオか。
家を突き止めようとしているのかもしれない。
それをランランが列の一番後ろで一人ずつぶん殴って気絶させるか絞め落として気絶させている。
(あとで街の警備隊に連絡をしよう)
みんなはシャオマオに気づかれないように明るい雰囲気を壊さないようにしている。
「ねーねどこかにゃ?」
「ランランはシャオマオに食べさせるおやつを買いに行ったよ。あ、戻ってきた」
「シャオマオ。これ、あとは油で揚げるだけだから出来立てを食べられるよ」
「あ、じゃあ油を買い足したほうがいいな」
ライがいうと、レンレンが手をピッと挙げた。
「じゃあにーにが今度は買いに行くよ。先に行ってて」
「あい」
歩いているにはユエであるが、返事はシャオマオがした。
またひとり男がついてきていた。
一人で建物に隠れながらこちらをうかがっている。
完全な素人の動きだったので、レンレンは首をひねった。
(なんでこんな素人が獣人を追いかけようとするね?人族は獣人を知らないのか?)
「あなた、なにしてるか?」
「ひい!!」
「あなた、温泉からずっとついてきてるでしょ?」
「いや、いや、あの。家が、こちらで、偶然で、別に、なにも・・・」
自分の前を歩いていたレンレンが、自分の背後から声をかけてきたので男は完全に焦っていた。
「この辺りの人か?」
「そうそうそうそう」
首をぶんぶんふって肯定するが、汗がすごい。
若い男に見えたが、成人はしていそうだ。
「正直に言って反省したらこのまま見逃してあげるよ」
「な、何のことだか・・・」
「俺の可愛い妹の視界に入るなと言っている」
「は・・・・・はい」
普通の人族には耐えられない程度の魔力圧力をぶつける。
怯えてへたり込んだ男を置いて、レンレンは「二度と近づくなよ」とにっこり笑ってギラギラするエメラルドの瞳で相手をじっと睨んでからすっと姿を闇に紛れさせて消えた。
油の追加を買いに行きながら、レンレンは温泉でよっぽどシャオマオが目立ってしまったのだと感じた。
それはそれはかわいい妹だ。
なかなか見ない美少女だ。
熱に浮かされたようにふらふら男がついてくるのもわかる。
攫ったりするつもりがなくても、見ていたいという気持ちになったんだろうと思う。
実は、じろじろ見られていたのはシャオマオだけではなくてランランもだった。
ランランが片づけたのは、ランランを追いかけてきた輩だった。
ユエたちを追いかけてきた女たちは、魔力圧力で建物を出る前に諦めさせられてた。
うーん、少し出かけただけでこうなってしまうなんて、シャオマオの通学が心配だ。
(学校に行ってもすぐに妨害されてしまうんじゃないか?)
獣人はあそこまで溺愛しているユエが匂いをつけまくっているので遠慮する。
どう考えてもあんなにべったり強者の匂いがついていれば下手には手を出さない。
「もしかすると、部外者が入れない寮のほうが安全じゃないか?」
学校は遠くから通う子供のために寮も準備されている。
人族の学校は安全であるというアピールのために、警備の獣人も雇われているので学内は安心できるかもしれない。
ユエとライが四六時中いられれば問題がないのだが、そういうわけにもいかないだろう。
そもそも、こんなことくらい予想できているだろうに、なぜシャオマオが学校に通うことがあの過保護者たちに許可されたのかが不思議だ。
「ま、いまのところ誰も教えてくれないんだから、考えたって無駄ね。種明かしまで楽しみに待つよ」
背後からやってきた3人の若者を流れるように追い払って、油を買いに商店へと向かった。
「シャオマオ。年跨ぎの時間になったら花火が上がるんだ。王城の上からだよ」
家の門扉を開けたところで、王城を振り返ったユエがシャオマオに説明する。
「は、な、び?」
「花火知らない?きれいだよ。空に花が咲くんだ」
「おなな?さくの?」
「魔道具で空に花を咲かせるんだけど、見たほうが早いかな?楽しみにしていて」
「きれいなの、たのしみね」
「シャオマオちゃん、おなか減ったろ?すぐ準備するから待っててね」
「ライ!シャオマオも手伝う~」
「お。ありがとうね。じゃあ手を洗ってレンレンとランランと一緒にキッチンに集合だ!」
「あい!」
家に入って手洗い場に駆け込んでいって、レンレンに支えてもらいながら手を洗う。
「手はね、ちゃんと洗わないと兄さんにビシビシされるよ?」
「びしびし?」
「そう。ビシビシ。怖いよ?」
「ううう」
シャオマオは爪の間と指の間もごしごし洗った。
ライがたまに鞭で訓練しているのを見たことがあるのだ。
あれでビシビシされてはたまらない。
「じゃ、麵の準備しようか」
「めん?」
「そ。お米の麺なんだ。長生きできますようにって、年跨ぎの時には長いものを食べる」
(大みそかの年越し蕎麦みたいなものかな?)
「スープの味も家によって違うんだけど、これは俺の家のつくり方だね」
「透明のすーぷ」
「そうだね。鳥の骨からとったスープだよ」
「いいかおり」
すんすん鼻を鳴らすとライに笑われる。
「本当に猫族みたいだ」
「じゃあ、シャオマオちゃん。この飾りのはっぱを最後に乗せるのが仕事だよ」
「あい!」
三つ葉のような葉っぱを渡されたので、ランランがゆでた麺を入れて、レンレンがスープを注いだ器に、慎重にちぎった葉っぱをのせる。
「シャオマオ。上手だね」
隣で見守っていたユエが器を持って、みんなのいるテーブルに運んでくれる。
「シャオマオ、次よ。気を付けてね」
「あい!」
びりっとちぎった葉っぱを次の麺の上にもぱらりと乗せる。
葉っぱはハーブのような香りがしてさわやかだ。
どんな味かと気になって葉っぱを一枚、口にぽいと試しに入れてみたら「あ」と横から声がした。
「シャオマオ・・・大丈夫?」
「あう・・・すっぱい~」
「あー、それ香りがいいからみんな騙されて食べちゃうんだけど、そのまま食べると酸っぱいのよ」
「レンレンも小さい時やったもんね」
「ランランも食べたよ!」
「シャオマオ大丈夫?ぺってしていいよ?」
慌ててやってきたユエに手を出してもらったが、もう飲み込んだ後だった。
「たびた・・・」
「シャオマオ、頑張ったね」
ひしっとユエに抱き着かれた。
「さあ!シャオマオどんどんのせていくよ。麵が伸びちゃう」
「あい!」
酸っぱい口を忘れるくらいにちぎってちぎってちぎりまくって麺の上に飾り付けた。
因みにこの三つ葉のようなものは、「人生」を表しているのらしい。
(人生ってすっぱいのか・・・)
シャオマオにはまだ人生は何味かわからないのだった。
「さあさあ、みんな揃ったね。年跨ぎ麺を食べて花火に備えよう」
「あい!」
みんなでテーブルを囲んで麺をすする。
時間をかけて丁寧に作ったスープはきれいな味だ。麺があっさりとしている分だけスープのうまみが際立つ。そして、不思議なことに酸っぱい三つ葉は暖かいスープに浸して麺と食べると酸っぱくないのだ。
「おいしいね、ユエ」
小さな器に移してもらって、小さなフォークでパスタを食べるみたいにちゅるんと食べる。
「・・・・・うん」
「ユエ?」
ユエは静かに微笑んで、麺をすすって食べている。
「初めてなんだ。人の姿で年跨ぎをするの。人の姿で初めてすること多いんだけどね。これはなんだか格別だ」
「ユエ。シャオマオと一緒ね。いっぱい初めてのこと、二人でしようね」
「うん。ありがとうシャオマオ」
「よかったですね、ユエ。シャオマオ様と出会えてあなたの人生はここからですよ」
麺をすすりながらサリフェルシェリがぼろぼろと涙を流している。
やっぱりサリフェルシェリは泣き虫だ。
人生の味って何味でしょうね?




