名前って大事らしい
『んむぅ』
今日もいい天気だ。
すこーし涼しい風が窓から吹き込んでくる。
私は寝ながら思いっきり体を伸ばして起きる準備をした。
そして、私をじっと見ている虎のユエに挨拶。
『おはよーございます』
「ぐるう」
ユエは私が起きるより先に起きていて、私が起きるのを待っていてくれたようだった。
大きな舌で私の顔を舐める。
『きゃはは!ユエくすぐったいよ~』
ぺろぺろなめられるのは本当にくすぐったい。
顔を舐めたら今度は足をなめ始めた。
足の裏を舐めるのなんてくすぐったいに決まってる。
私はキャーキャー騒いで大笑いしていた。
「なにやってんの?」
ゲルにやってきたのはライだ。
私の笑い声を聞いて入ってきたようだ。
ユエがピタッと止まる。
「なに」
つかつか歩いてきたライは
「やってんの!?」
どん!と虎の頭にこぶしを落とした。
「まったく。獣人の子と同じようにするなって言ったでしょ?ユエは何にも覚えられないのかな?」
お茶を飲みながら聞いてみる。
人型になって着替えたユエは正座で反省しているように頭を下げている。
「だが・・・」
「だが?」
「シャオマオがかわいいから・・・」
「それ理由じゃないからな」
反省してはいないが一応「気を付ける」と約束したユエ。
本当にシャオマオちゃんがかわいいだけなんだろうし、ユエもほんの子供のころしか大人に世話をされていない。
子供の世話の仕方がわからないのもしょうがない。
普通は人型になれるようになった子供を親以外がなめまわしたりしない。
そして、つがいとして出会ったのが大人と子供だから割とまずい。
獣人の場合は結構あることなのだが、運命のつがいと決めたらほかに見向きもしない性質の獣人は多い。
ユエもつがい認定したシャオマオちゃんを離すことは生涯ないだろう。
しかし、シャオマオちゃんは妖精だ。
獣人じゃない。
「すべてとつながり、何者にもしばられることなかれ」だ。
ユエが通常の異種族間のつがいと同じようにシャオマオちゃんを扱ったり、自分にだけしばりつけるような生活を強いてはいけない。
自分は相手を運命のつがいだと認識しても、相手は認識できないことがほとんどだ。
割と年の差で運命のつがいと出会って幼い相手を誘拐してしまったり、もうすでにつがいがいる人を奪おうとしたりという事件を起こす獣人は少なくない。
妖精は「星の愛し子」と言われている。シャオマオちゃんにはユエから与えられるものではなくて、この星のすべてを見ていろいろなことを吸収してたくさんのものを愛してほしい。そのうえで、ユエを選んでほしいのだ。
シャオマオちゃんを保護した夜に、妖精をどのエリアで保護するか。どうやって、誰が育てるのかの話し合いをするべきだったのだが、ユエの「片割れ」であることが明らかだったので、ユエと一緒にして枯渇した魔素器官を満たそうというのが最優先になった。
話し合いはシャオマオちゃんが元気になったことで再開されるだろう。
どのエリアも妖精に来てほしい。
魔素濃度を正常にしたり、他にも奇跡を起こすといわれている。
星の力を使える妖精を自分のものにしたいと思う輩もいるだろう。
ユエと俺に守られていればたいがいの脅威は跳ね返せるが、後ろ盾も必要だ。
そのためにはギルドにも猫族の族長にも会わせなければならない。
「妖精様きれいになったよ」
ゲルの窓からひょっこり顔をのぞかせたのは、鳥族のチェキータだ。
「チェキータ。ありがとう」
窓からそのままシャオマオちゃんを中に入れてきた。
「おい。扉から入るという選択肢がなぜとれないんだ」
チェキータは自分もするんと羽をたたんで窓から入ってきた。
どうやったんだ?狭いだろう?
「鳥族は窓が好きなんだ」
「え?そういう話?」
「そうだ。好きなことしかしない」
「シャオマオ」
『ユエ。お風呂入ったよ!たらいでね、たのしかった!』
ユエが手を広げると、シャオマオちゃんはそのまま飛び込んでいく。
シャオマオちゃんをお風呂に入れてあげたいけれど、ユエも俺も女の子の付き添いはできない。たらいとはいえ一人だと背中も洗えないと困っていたときに丁度チェキータが遊びに来てくれたのだ。
チェキータはニーカのつがいで、子育て経験のある鳥族の女性だ。
ニーカと二人交代で、食料や手紙の配達をしてくれていた。
最初、真っ白な髪と羽のチェキータをみたシャオマオちゃんは異国の言葉で『天使様だ!!』と興奮していたので、自分の知っているものに似ていたのかもしれない。えらく目を真ん丸にして喜んでいた。
ユエが嫉妬するくらいだ。
「湯を使ったのに、シャオマオはやっぱり甘い香りがするな」
ユエはシャオマオちゃんの濡れた頭をスンスン嗅いでいる。
髪をタオルでポンポンと拭いてあげて、櫛を通して、丁寧に丁寧にまた髪を編む。
「ほう。溺愛してるな」
「チェキータでもわかるか」
チェキータは割と人の感情に鈍いところがある。鳥族が大体そういうものだが。
「身づくろい、給餌行動、匂い付け。鳥族だとほかに貴金属のプレセントや巣作りもあるな」
チェキータの耳にはきらきらとした宝石の耳飾りがいくつもついている。
『ありがとうユエ』
「ありがとう」
「あいがちょ」
「ありがとう」
「あいがっちょ」
ありがとうは難しいようだが、シャオマオちゃんはよくお礼を言っているようなので、すぐに覚えるだろう。
「どういたしまして」
「どういまいまいまちて?」
多いな。
まあ、そのうちだ。そのうち。
今日はチェキータが朝食を運んでくれた。
サンドイッチと果物とジュース。
ちゃんと子供が食べやすいように小さいものも用意されている。
「さあ、妖精様食べるといい」
ユエの膝の上で差し出されたバスケットを覗き込んで、シャオマオちゃんは喜んでいる。
「シャオマオ。どれが食べたい?」
『ハムのやつ食べたーい』
指さしたサンドイッチを取り出して、ユエはそのまま食べさせようとする。
『ユエ、自分で食べられる。ユエも食べないと』
口元まで運ばれたサンドイッチを受け取ろうとしたが、ユエは渡さない。
「だめだよ。俺といるときに自分で食べようなんて」
シャオマオちゃんは渡してもらえなかったために、わかりやすくむくれた表情をした。
『自分で食べられる~!』
お、怒ったか?
「シャオマオが・・・・」
変わってユエがわかりやすく泣きそうな表情をした。
異性の給餌行動を断るというのは分かりやすい「大嫌い」だ。
「ユ、ユエ」
めちゃくちゃ後悔した顔をしたシャオマオちゃんが、ユエが手に持っているハムサンドに顔を近づけて、一口かじった。
『食べさせてもらっていいかな?』
「シャオマオ!」
感動したように、ぎゅうぎゅうとシャオマオちゃんを抱きしめるユエ。
「・・・何を見せられているんだ」
朝から騒がしいことで。
「妖精様のほうが大人だな」
「・・ああ」
二人が仲良くサンドイッチを頬張るのを見ながら、チェキータは冷静に分析した。
「それで、ニーカは今呼んでいいか?私だけが妖精様の世話をしたと知ったら嫉妬する」
黄色い目をキラキラさせながらチェキータが確認する。
「うーん。このあとギルドに行く予定だったんだ。あまりユエのゲルに人を大勢入れたくないんだよな。ユエがイライラする」
「ああ、それもそうだな。ではニーカにギルドで待つように言っておこう」
チェキータは「では妖精様、またあとで」といいながら手の先にキスをして去っていった。
『天使様にキスされた~』と嬉しそうな指をユエが布巾でぷりぷり怒りながら拭いていた。
手を取るのを許したり、ちゃんと気を使って痛くない程度にして拭いているのはチェキータが女性だからだ。
男性相手だったらそもそも触る前に叩きのめしてるだろうし。ちょっとは我慢したんだな。
サンドイッチを食べ終わった後は、少し休憩してからギルドに行く準備だ。
これからゆっくりと歩いても、昼頃には着くだろう。
少しの荷物をまとめて出発だ。
ギルドは所属する冒険者が住む街になっている。
ギルド所属の冒険者が常駐しているから、基本的には安全で、魔物があふれた時も対処してもらいやすい。依頼もしやすい。冒険者相手の商売も盛んだ。
しかし、何かあったときに真っ先に事が動くのもギルドであるから、住人や店の店主などは引退した冒険者や冒険者の家族、覚悟を持って住んでいるものばかりだ。
本来であれば、冒険者をしているユエもライもここに住むほうが便利だが、ユエの魔力圧力が強いのと、獣体のままだったから寄り付くことができなかった。
ギルドは半獣体はまだ許されるが、完全獣体は許されていない。基本は人型だ。
ということで、実はユエも初めてのギルド訪問だったりもする。
「よう、ライ。久しぶりだなー」
ギルド本部の手前でレイアが声をかけてきた。
ヤマネコの獣人でかなり実力のある冒険者だ。
「よう、レイア。またダンジョンに潜ってたのか?」
どう見てもダンジョン帰りだろう汚れた格好で笑っているレイアに返事をすると、俺の後ろのユエを見て、ピタッと止まった。
「そ、その・・・」
しばらくフリーズしてから震える指をユエに向ける。
ユエは完全にシャオマオちゃんが指さしたものを説明したり、触らせたりして二人の世界に入っている。
「その虎男もしかして・・・?」
「ああ、ユエだ」
「!!!!!」
大きく目を見開いたレイア。
「あのユエか!!人型めちゃくちゃ男前じゃないか!!!!」
レイアの大声で、道を歩いていた人がみんな振り返る。
俺が人型になれないユエと二人組で冒険者をしているのは有名な話だ。
「これがユエか・・・」
美しい妖精の子供を抱いた美形の獣人。
めちゃくちゃ耳目を集めてしまった・・・。
ユエは周りの人にじろじろ見られて少し不愉快そうだ。
そもそもあまり人に囲まれたこともない。
「その子供・・・ユエの?」
「ああ、ユエの・・・」
「こ、子持ちだったのか・・・」
「違う!片割れだ!片割れ!」
おお!と周りからも歓声が上がる。
魂が分かれて生まれるものはそもそも少ない。
その中で、生きているうちに片割れに出会えるものはさらに少ない。
ほとんど出会う前に死んでしまうのだ。
あの日、あのタイミングで、ユエが気づいて助けに行ったのは星のお導きだと言われても納得する。
「おい!ユエが来てるって本当か!?」
ギルド本部から犬獣人が飛び出してきた。
「お前がユエか!やっと会えたな」
ジルは主に獣人を統括する冒険者ギルドのギルド長だ。
少し強面のせいでシャオマオちゃんがおびえてないか心配したが、大丈夫そうだ。『ハスキーみたい!かっこいい!』と言いながらハフハフ興奮している。喜んでいるようだ。
「俺はギルド長のジルだ。お前たちには長年助けてもらってたが、ユエにはやっと会えたな」
「うむ」
初めて会ったジルに対しても、ユエの返事はシンプルだ。
「シャオマオの登録をしたい」
「おお。その子・・・」
ジルはユエの胸の中のシャオマオちゃんを見てにやりと笑って、「とにかくギルドに来てくれ」と本部のギルド長室に案内してくれた。
猫族は基本的に「居心地のいいところ」に居つく。
猫族エリアでの住民登録はあるが、基本的にはいい加減だ。個人主義者の集まりだからである。
生業も、冒険者や傭兵業が多く、旅をしているものが多い。たいがい一人で行動する。
生存確認やつがい登録、身分証などは基本的にギルドでされたものが信用される傾向にある。
通されたギルド長室は大きなギルド長のデスクと、大きなソファ、ローテーブルが備え付けられた部屋だ。重要な話し合いはギルド長室で行われる。
ジルはソファにゆったりと腰かけ、お茶を準備した職員を下がらせると改めて挨拶をした。
「ユエ、ライ。二人には長年世話になっていた。魔物の討伐もダンジョンの調査でも一番貢献していてくれたのが二人だ。ギルド長として改めて礼をいいたい。ありがとう」
ジルは頭を下げでくれたが、ユエの答えはシンプルだ。
「構わない」
「それで、その大事そうに抱きしめているのがお前の片割れか。かわいいなぁ」
ジルが強面を崩してにこにこしていたら、ユエがさっとシャオマオちゃんを自分のほうに向けて菓子を持たせた。
「あいがっちょ、ユエ」
「どういたしまして」
冷ました紅茶もスタンバイして、ユエはもうシャオマオちゃんのことしか気にしてない。
とろけた顔をしながらふわふわのマドレーヌをちまちま食べる姿を眺めている。
「はー。わかりやすく溺愛してるな。こんな奴だったのか」
「しょうがない。シャオマオちゃんのことつがいと認識してしまった」
「え?!この子、耳が丸いけど人族じゃないだろ?人族なのか?それにしては魔力が・・・あれ?」
驚いているジルに出会ったところからいろいろ説明すると、驚きつつもいろいろと納得してくれた。
「どこかから攫ってきた子じゃなくてよかった・・・」
妖精であることよりも、そっちの心配か。
つがいと認識したからと言って、子供の誘拐は罪だ。
本当のつがいと認められるのも、お互いが成人していなければならない。
本当にユエが攫ってきたんだとしたら、ギルドは所属であるため責任をもってユエと戦ってシャオマオちゃんを取り返さないとならない。
ギルドで上位のユエだし、つがいに対する執着を持った獣人を叩き伏せることができるやつなんて、この世に何人いることか。
できれば俺もユエの相手はしたくない。
「で、そのシャオマオちゃんの登録するんだろ?」
ジルがテーブルに置いたのは、ギルドの登録用紙だ。
「妖精様がいるギルドか。いいねぇ。運がついて回りそうだ」
色々と面倒なことも思い浮かんでいるだろうに、ジルはシャオマオちゃんの後ろ盾になって守ることを約束してくれた。
「ユエ、ライのチームにシャオマオを登録する。真名は桃花。俺の桃花だ」
ギルドの登録用紙にユエが桃花の名前を書いた瞬間、シャオマオちゃんは強い光に包まれた。
「うわ!」
『なにこれぇ?』
光はすぐに収まったが、発光した後のシャオマオちゃんの体内の魔素器官が安定して満たされているのが感じられた。
「はー。名前を付けられてなにか変化が生まれたんだな」
ジルは目をしぱしぱさせながら紅茶をすすった。
「桃花。お前の真名だよ」
「たおはー」
「タオファ」
「タオ・ファー」
「そうだ。真の名前は桃花。シャオマオが好きな桃の実の花だ。俺は月。お前は桃花」
ユエは自分とシャオマオちゃんを指さしながら、何度も教える。
シャオマオちゃんはせっかく自分の名前がシャオマオだと覚えたのに、不思議そうな顔をして名前を繰り返していた。
「でも、妖精の真名だからな。あまり人前で紹介しないほうがいいかもしれない。今はシャオマオのほうがいいだろう」
ジルが言うことももっともだ。妖精が何かに縛られることはよくない。
しかし、命名してから魔素器官が安定したならこれはいいことだったんだと思う。
妖精との付き合い方はエルフが一番よく知っているが、あそこはあそこで閉鎖的だからなぁ。
エルフの老人どもが妖精を祭り上げて神として崇め奉るのが目に見える。
「これからも、人にはシャオマオというといい」
「シャオマオ、シャオマオ?」
首をかしげて自分を指さすシャオマオちゃんのなんとかわいいことか。
大人三人がとろけた顔をしていたら、窓が突然外から開けられた。
「お前らなぜニーカに来たことを知らせない?」
「なんで鳥族は窓から当然のように入ってくるんだ・・・」
ジルが頭を抱える中、「鳥族は窓が好きなんだ」というニーカのセリフがむなしく響いた。
いつものメンバーの中で、ニーカだけが既婚者です。
ニーカとチェキータは同じような話し方をしますが、鳥族が大体こんな話し方です。