ただの〇〇ではなかったようだ
「とにかく、あの時出てこようとした奴らは「魔人」だろう」
ダァーディーはこほんと咳をしてから真面目に話し出した。
「ま・じ・ん」
「そうです。シャオマオ様耳がよくなりましたね」
ぐすぐす鼻をすするユエにぎゅうぎゅう後ろから抱きしめられているが、サリフェルシェリに頭をくりくり撫でられた。
ユエはまだ復活できないようで、シャオマオの小さな背中に顔をうずめている。
「サリー、ま・じ・んってなに?」
「魔人は地下に住んでいる神話時代の生き証人ですね」
「おとぎ話かと思ったよ」
ランランがいうことに、サリーは困ったように目を細めた。
「この星の歴史はすべて神話になっていますが、真実が曲がってしまわないように伝えるものもいます。その中の一つが魔人ですね」
「魔人って人たちがいるの?」
シャオマオは以前にサリフェルシェリに教わった人の分類に妖精はあったが魔人はなかったと思い出す。
「妖精様のように、神話世代の生き物です。人とはいいがたい」
「人じゃない?」
「はい。以前にお話しした金狼が雷に砕かれて地に落とされた話を覚えていますか?」
「あい!」
「その砕かれた体の欠片から生まれたのが魔人です」
「体のかけら」
バラバラになった金色狼の欠片が小さな人になる姿を想像する。
「魔人たちは数人います。今も地下でからだを失った金狼様のおそばに侍り、金狼様のお力の一端をふるうと言われています」
「簡単に言うと、ほとんど神様みたいなもんなんだよ」
ライがお茶をすすりながらため息交じりに言う。
「俺たちの星に住む生き物に、犬族はいるが狼族はいないんだ。狼族が魔人なんだよ」
「魔人から枝分かれして、他の種族と混じるうちに大きな神の力をなくしたものが犬族ですね。犬族たちはほとんど狼族の血を継いでいません。姿が似ているけれど、別の生き物です」
シャオマオの世界でもそうだったはずだ。
現代の犬の体には狼の血は薄くしか残っていない。
「狼族はそれだけ純粋に神の力を持っています。ですので、地上に出るには制約があります」
「せいやく」
「お約束ですね。星とお約束をしています」
「あい」
「まずは魔人が持っている金狼様の力を封じることが必須です。完全に星に影響を与えないように力を封じなければなりません。一度に出てこれる人数と、地上にいる時間と、時期も決まっているそうです」
「決まりばっかりね」
「そうですね。それも星に影響を与えないようにする裁定者の気遣いでしょう」
「約束破ったらどうなるのかな?」
「制約は神との約束なので、破れるかどうかは怪しいですが星にダメージがあるでしょうね」
「最悪、星が壊滅したり?」
ライが怖いことをこともなげに言う。
「それがなんであんないきなり地底から出てこようとしたのかわからないな」
ダァーディーは干し肉をむぐむぐと食べながらお茶をすする。
「準備もちゃんとできないくらいに慌てて出てこようとして、シャオマオに追い返された」
「妖精様の力だけではないかもしれないですね。準備が整わなかったからか、時期なのか、人数なのか、なにかしら出てこられないような行動をしてしまったのかもしれません」
「そんなこと、シャオマオに会いに来たに決まってる。かわいいシャオマオを攫いに来たんだ」
シャオマオの背中に顔をうずめたまま、ユエはもごもご話す。
「シャオマオの毛布を盗んだのは魔人に違いない。魔人の変態だ」
そうなのだとしたら。今のシャオマオを抱えてこっそり匂いを嗅いでいるユエと同類だ。どっちも変だ。
「妖精様になにかするんでしょうか?」
「妖精と会話しておとなしく帰った。それをもって妖精の力が上回ったのかもしれないなんて楽観視はできないなぁ」
「妖精様の力は未知数ですが・・・」
「基本的に万能だと思ってるけど、神話の魔人の力の方がわからない。地下から出てきただけで地上が無茶苦茶になるような力を持ってるなんて」
シャオマオは近づいてきたランランに、あーんと口を開けるように言われて素直に開けた。
口には薄いシートのようなキャラメルを入れられる。
「これ、噛んじゃダメよ。ずっと口に入れて溶かすのよ」
「むう。おいひい」
キャラメルが口の中でじんわりとなくなっていくのが楽しい。
「魔人さんたちは、シャオマオに会いたいのかなぁ?」
「会わなくていい。変態が何をするのかわかったもんじゃない」
ユエがきっぱりという。
もうすっかり魔人を変態扱いしている。
「とにかく、時期を誤ったのか、準備に不備があったのか、なんらかのトラブルで魔人は地上に出てこれなかった」
「そうだな」
「魔人は我々と逆に、高濃度魔素がなければ生きられない。しばらく魔素の強い場所に近寄らないことでシャオマオちゃんを守れる」
「シャオマオ様が学校に通うことにしてよかった。しばらく中央でのんびりしましょう」
「シャオマオ、がっこう、いっていいの?」
「もちろんだよ、シャオマオが行きたいのに邪魔するやつはいないよ」
ユエは立ち直ったのか、頭のてっぺんにキスをした。
「シャオマオ、学校行くのか!」
レンレンとランランがきらきらした目で見てきた。
「あい!」
「それはよかったよ。かわいいかわいい妹が学校に行って友達をたくさん作るところが見られるね!」
「勉強だってシャオマオはできるんだから、きっと一番よ!」
「入学式も授業参観も俺が父親として参加するからな!安心していいぞ」
「ぱあぱ!ありがとう!」
みんながこうやってシャオマオを見守ってくれようとしている。
なんて幸せなんだ!と思ったとたんにちょっと浮く。
「シャオマオ、浮くけど、学校行ってだいじょぶかな?」
「妖精として通うことは学校長に言ってるから大丈夫ですよ」
「がっこうちょ」
「サリーの後輩のエルフが勤めていますので、ちゃんと了解をもらっています。妖精様が自分の学校で学ぶことを泣いて喜んでいましたので」
なんとなく、本当に泣いて喜んでいたんだろうなと予測できる。
サリフェルシェリ以外のエルフも泣き虫なのだろう。
「ま、気負わなくて大丈夫。仲のいい友達を作って楽しく毎日通ってくれたらそれだけでいいんだよ」
ライがシャオマオの頭を撫でる。
「勉強は二の次です。同年代の友達がたくさんできるように頑張りましょうね」
「あい!」
その日は久しぶりにそろった「大家族」の雰囲気に、シャオマオはずっと笑顔だった。
ダァーディーたちが引き揚げてきた荷物をほどいてそれぞれの部屋にしまっていく。
シャオマオのクローゼットはパンパンだ。
それでも学校の準備に買い物に行こうと言われた。
教科書は初日に配られるが、文房具は必要なのらしい。
ダァーディーが「たまには父親らしいことをしないと」と筆記用具屋さんで持ち運べる筆記具と、家で使う羽ペンやインクを買ってくれた。
「ぱあぱ、本当にありがとう!大好き!」
「ははは!シャオマオの大好きがやっともらえたな!」
シャオマオを抱き上げて、くるくる回る。
「じゃあ、次は紙屋さん」
「ねーねはノートを買ってあげる」
「にーにはレターセットを買ってあげる」
「え!?いいの?」
「もちろん!」
紙屋さんでは学校で使うノートとレターセットを買ってもらった。
「シャオマオ。これでにーにたちに手紙を書いて。元気でいるか、覚えたことは何か、友達の名前でもいいよ」
「ねーねたち、ギルドに登録したらシャオマオに毎日会うの難しいよ」
「本当は一緒に住みたいんだけど」
「わかった!にーにとねーねにはこの夜空のレターセット、ぱあぱには青空のレターセットつかってお手紙書くね!約束ね!」
ぎゅうぎゅうと左右からレンレンとランランに抱きしめられる。
「困ったことがあったらいつでも手紙に書くのよ。すぐに助けに来るよ」
「ねーねありがとう、にーにもありがとう。二人とも大好き」
「にーにも好きだよ」
「ねーねも好きよ」
「さあ、次は通学かばんを買いに行くよ!」
「あい!」
学校の準備って、こんなに楽しいのか。こんなに幸せなことなのか。
家族がいて、家族と愛してると言い合えることがこんなに気分のいいことなのかと、シャオマオは少し泣いて、二人に手をつないでもらっている間、ずっと浮いていた。
新記録だった。
お金持ちの貴族用の学園とは違って、制服もありませんし、通学かばんも自由です。
でも、なんとなくみんなが持ってる通学かばんとして人気のカバンがあります。
ランドセルのように長く使えるカバンをみんな大事に使っています。




