楽しそうな中央エリア
「さあ、シャオマオ。人族のエリアに入ったよ」
「うにゅ・・・」
ポンポンと軽く背中をあやすように叩かれて起こされたシャオマオ。
ユエに縦抱っこされて、顔を肩に乗せてぐーぐー寝ていたらしい。
「あれ?ユニコちゃんたちは?」
「ユニコーンたちは一旦森に帰ってもらいました。あまりにも魔素が抜けた姿が目立ちますのでね」
「バイバイしてない・・・」
「はい。ヨコヅナも残念そうでしたので、また会えたら遊んであげてください」
「あい・・・」
ユエの肩越しに後ろを歩くサリフェルシェリと話す。
あの後、サリフェルシェリのユニコーンたちと連絡を取って、一晩中走ってもらって人族エリアに来たのだ。
レンレン、ランラン、ダァーディーの3人は途中で別れて猫族エリアに帰った。
あの猫族エリアに近い、若いダンジョンの成長をしばらく見張るらしい。
シャオマオは離れるときに泣いてしまい、ヨコヅナに揺られるうちに泣き疲れて眠ってしまっていたのだ。
「シャオマオ、ここの景色を見せてあげたかったんだ。ほら」
「うわあああ~!」
振り返ると、まさに前の世界で見たような「お城」がドーンとそびえているのがわかる。
(なんちゃら宮殿・・・的な?)
人族エリアの「中央」は、他の種族にはない装飾や整えられた外観が美しい街だった。
人族は魔素器官を持たず、戦闘能力もほかの種族に劣る。
寿命も短く100年生きるものが稀だ。
住めるエリアが限られているし、魔獣や魔物に対抗するすべもないので、生涯をこのエリアで終えるものがほとんどだ。
その代わりに経済の発展や、他種族との交流でエリアを守ってきたので他種族に対する偏見などはなく、人族以外も広く受け入れるような風潮がある。
南に位置している人族エリアは暖かくて陽気な性質の人が多く、人懐っこいおおらかな人が多い。
王政であるが、王族、貴族もあまり壁を作るたちではないのであってないような身分制度でもある。
魔道具の開発や学術の発展に力を入れているので人族のエリアには自然とほかのエリアからも人が集まる。
そのおかげで少し南に位置しているが、「中央」と呼ばれている。
というような話を、中央エリアの入り口に着くまでにサリフェルシェリに教えてもらった。
「中央の入り口には門番がいるよ」
「あ!ジルに似てるー」
黒と白が混じる髪に三角耳。ふさふさのしっぽを持った門番が二人立っている。
「犬族の兵士ですね」
「中央を守ってくれる兵士を広く募っていてね。獣人も冒険者にならないで中央が気に入って定住したいってやつはここで兵士になってるやつも多いんだ」
「ほえ~」
「よう!ライ!」
門番の二人が人懐っこい笑顔で手を挙げた。
「よー。今日は二人が当番か」
「そうだ。久しぶりだな。またえらく目立つ連れがいるんだな」
門番の一人が、シャオマオを抱いたユエとサリフェルシェリをじろじろ見る。
「サリフェルシェリは知ってるだろ?」
「え?あ!エルフの賢者!?」
「以前、あなたが生成した薬でうちの娘が助かりました。いつかお礼を言いたいと・・・」
深々と頭を下げる門番の犬族。
サリフェルシェリは深く、ゆったりと笑って「お役に立ててよかった」と頭を下げる門番の肩に手を置いた。
「サリー、すごいひと?」
「そうだね。長生きですごくたくさんのことを知っているし、それを教えるのも厭わない。特に薬学が得意みたいでいろんな薬を作っているようだ」
こうやって、自分の世話を焼いてくれている人がすごい人だと知ってシャオマオは自分も誇らしい気持ちになった。
「で?そっちのでっかい猫族とえらくちっこい桃色の子供は?人族か?いや、魔力が強いな」
「これは俺の相棒でユエだ。桃色の髪の子はユエの片割れ」
「ユエ!?」
「片割れが見つかったのか!!それはまた・・・」
片割れを必要とする獣人は「たまに話を聞く程度」ではあるが、「片割れが見つかった」というのはほとんど聞くことができない。
見つかる前に魔素器官の損傷で、衰弱して亡くなることが多いせいだ。
ライはいろんな場所に顔見知りがいるが、相棒のユエは誰も見たことがない話に聞くだけの存在だった。
高濃度魔素を噴き出す存在なので、一般の耐性が高くないものは近づけないし、ユエも他人に気持ちが向かなかったので、特に誰にも会わずにゲルで過ごしていた。
だが、ライは自分の相棒はユエであることを積極的に話していた。
片割れの情報が欲しいというのもあったが、ユエをみんなに知ってほしかったのだ。
「はあ~。片割れが見つかったのもよかったが、こんな男前だったんだなぁ。ライの相棒」
「んで?桃色の子は?人族じゃないんだろ?」
自分の話になったので、シャオマオはユエをポンポン叩いて降ろしてほしいとお願いしたが、ユエは降ろさなかった。
「ユエ~。ごあいさつするのよ?」
「大丈夫。しなくていいよ」
「やん。ごあいさつしたいのよ~」
やんやんあばれたので、ユエは渋々とシャオマオを地面に降ろした。
「シャオマオです。こんにちは」
見たことのないくらいかわいらしい小さな子供が丁寧にぺこっと頭を下げるのを見て、二人の門番は胸を苦し気に押さえた。
「な、なんだこれは・・・なにか魔法が使えるのか?」
「む、胸が苦しい」
「え!?サリーどうしよう?」
「大丈夫ですよ。そのうち治ります」
さっと、ユエがまたシャオマオを抱き上げる。
「こういうことになるからね。次からはあんまり可愛いところを人に見せてはいけないよ?」
「う?」
とりあえずシャオマオのタグを見せるのは回避できた。
ライの信用とシャオマオの纏う空気のお陰だ。
「まあ、見せてもらわなくても犬獣人は気づきます。匂いがどの種族とも違うし、なあ?」
「そうだな。ここはもともと薄いが、それでも魔素濃度が薄れてる」
門番二人は顔を見合わせて笑いあった。
「もし、可能であれば王に会っていかれるといいかもしれないな」
「王の客人として滞在できるよ」
「まあ必要なら考えるよ」
門扉を通りながら、シャオマオがバイバイと手を振ると、門番の二人も手を振ってくれた。
しっぽもぶんぶん揺れていた。
「ふさふさ・・・」
「シャオマオ。ほかの男のしっぽに見とれるなんてダメだよ?」
ユエの笑顔が怖い・・・。
「あい・・・」
ふさふさのしっぽ。触ってもいい子と友達になりたいなぁ・・・と握らせてもらったユエのしっぽをにぎにぎしながら考えるシャオマオであった。
「今日の滞在はとりあえずホテルだな。中央は比較的治安がいい。どこか好きなところが見つかったら家を買ってそこに住もう」
「いえかうの?」
「そうだよ?」
ライはこともなげに言うが、家ってすごく高いものじゃなかったっけ?
「た、高い・・・?」
「ん?ああ、中央は移民を歓迎している。一時的な滞在でも家の補助金を出してくれるし、売るときも割と気軽なんだよ。心配しなくても、ユエは金持ちだ。シャオマオちゃんが気に入った家を指さしたら買ってくれるよ」
「指さし・・・」
(怖すぎる)
シャオマオはここではあまりあれこれ指をささないようにしようと考えた。
ユエはそんなシャオマオの考えを読んでいるので、無駄な抵抗ではある。
ライは顔なじみの、こじんまりしたホテルにみんなを連れて行ってくれた。
大通りから離れていて、猫族のマダムが一人でやっている。
家庭料理がおいしく、部屋も清潔。赤い屋根で女性が好みそうな花の飾られた玄関ポーチがあって、シャオマオは一目で気に入ってしまった。
「かわいいのー!」
まるで絵本に出て来るおうちみたい!
「まあ、ライじゃない!また来てくれたのね。嬉しいわ」
玄関のお花にじょうろでお水を上げていた少し腰の曲がったマダムがいた。
「ルルさん!今日は大勢なんだ。大人3人と子供が一人。大丈夫かな?」
「男性が気に入る部屋かどうかはわからないけど、今は誰も泊ってないのよ。好きな部屋を選んでいいわ。おチビさんに気に入ってもらえるかしら」
一緒に玄関をくぐってカウンターに入ると、ルルさんはすべての部屋のマスターキーが付いた木の板を渡してきた。
「客室は2階よ。どこがいいか探検しておいでなさいな」
「わーい。ルルさんありがとう!」
ユエと手をつないで2階の客室に向かう。
「ライ。食事はどうする?あなたたちたくさん食べそうね~」
「ダズリーさんはいるの?いるなら頼もうかと思ってたんだけど」
「まあ、たくさん食べる人が来るなら喜んで来るわ。買い出しに行ってもらうけど、リクエストは?」
「女の子はあんまり食べられないんだけど、バランスよく食べさせたいんだ。男はみんな肉さえ食べさせとけば文句言わないよ」
「まあ。じゃあステーキ、野菜スープと・・・」
ルルさんは指折り数えながら、この宿の料理人をやっている甥っ子のダズリーの家に向かっていった。
ルルさんはペルシャ猫の猫族です。
大家族だったのですが、子供たちが独り立ちしてからおうちの2階を改装して、ちょっといいホテルにしてしまいました。
楽しく無理ない程度にお客様を迎えているため、大体泊りに来るのが知り合いばかりです。




