シャオマオだってたまには怒るんです
全員が荷物も負担になる物もかなぐり捨てて、シャオマオを守るように走り出した。
先頭はダァーディー。
続いてシャオマオを立て抱きにしたユエ。
サリフェルシェリ、レンレンランランが続いて最後はライ。
地震が止まずにズルズルと地面を滑っているような感覚があるが、走るスピードには影響していない。
5階から駆け上がって、もう地上に出る寸前だ。
「ユエ。出て来るのに時間かかってるみたい」
「シャオマオ。わかるの?」
「あい」
ユエたち猫族の走りは柔らかく、振動が少ないので全速力でも話すことができる。
「外だ!」
ダァーディーが最後の階段を駆け上がって外に出た。
スピードを緩めずダンジョン入り口から離れて、遠くの岩陰に全員が入る。
「シャオマオ、あとどれくらいかな?」
「もすこし時間かかるの。もやもやが大きくてね、なかなか進めないみたい」
「もやもや?」
「あい。体の周り、もやもや~ってしてるの。それがジャマしてるの」
「見えるの?」
「みえ・・・る?ううー。見える?」
「感じるのかな?」
「たぶん~」
「地上に出てくるまでに遠くに逃げられるかな?」
「わかんないけど、出てきたら、怖いの」
「怖い?」
「息が苦しいよ~、体が痛いよ~ってみんな泣いちゃう」
「もやは高濃度魔素か・・・」
高濃度魔素をまとった3体の何かが、地下から現れる。
ユエのように片割れを失ったものではないだろう。
「地下・・・。地底・・・。もしかして・・・」
「そんなの!物語の話ね!」
サリフェルシェリの言葉を震えるランランが遮った。
「物語なんてこの星にはありませんよ。全部が史実です」
「だって、じゃあ、そんなの、戦えないよ」
なにかに思い当たったレンレンが、ランランと同じく震えた。
「シャオマオね、おはなししてみる」
「お話?」
「出てこないでーって言ってみる」
シャオマオはにっこり笑ってダンジョンの入り口を指さした。
「ユエ。連れて行って」
「わかった。シャオマオ。君の望みをかなえる」
シャオマオを抱き上げて、ユエは早速歩き出した。
「こらこら。親が子供を置いていくわけねえだろ。お前の親も同じだったはずだぜ?ユエ。俺も行く」
「サリフェルシェリ、レンレンとランランを頼んだ。レンレン、ランラン。二人はここにいて、だめだと思ったら三人ですぐ逃げろ。そして、ギルドに行ってすべてを話して対策を」
「兄さん・・・」
「無事で。また会いましょう」
レンレンとランランを抱きしめてから、ライは武器をもってユエたちを追いかけた。
ユエは、抱きしめたシャオマオの温かさを感じながらダァーディーの言葉を反芻していた。
一人ぼっちになる前。
それよりずっと前。
自分と常に一緒にいた、美しい、虎。
雪の積もった山の中で、真っ赤な―
「ユエ。おろして」
いつの間にか、昔のことを思い出しているうちにダンジョンの入り口に着いていた。
「うん」
シャオマオを丁寧に地面に降ろして頭を撫でる。
「無理はしないで。逃げるときは言って」
「あい」
「じゃあ、大きい声出すね」
すうっと息を吸い込んで、意識を集中させる。
体に巡っているいつもの温かいものを、声に乗せるイメージだ。
「もやもやの人たち~~!そのまま出てきたらだめえええ!」
ずずずと地面が返事するように揺れた。
「う?そうなの?」
「シャオマオ?」
「るぅるあるんだって。ちゃんと外に出てもいいよってるぅる。守ってるって」
「地上に出るルール。もう決まりだな」
「神話時代の生き証人―。魔人か」
「シャオマオねえ!みんなに苦しいよー!痛いよーってする人きらいいい~!」
シャオマオの浄化能力が、どんどん膨れ上がって地下へと流れて行った。
「シャオマオ、大丈夫か?」
「だいじょぶ。だけど、なんだか」
「なんだか?」
「暖かいの、どんどん。止まらない」
ドン!!!
シャオマオが吐き出した浄化された魔素が、地上へ上ってこようとする魔素を叩いた。
ダンジョンの地面がすべて、大きく揺れる。
「シャオマオ!大丈夫か!?」
「あい。だいじょうぶ。ただ、どんどん、でてくる」
「シャオマオ!」
ユエがシャオマオを抱きしめようと駆け寄るが、ユエもはじかれた。
「シャオマオ!」
「ほんとは、だめなんでしょ?もやもやは、ちょっとでも出したらだめ。星がイタイイタイする」
ちいさくつぶやくシャオマオ。
本来は、もっと厳格なルールであるはずだ。
地上に出るための星を害さない約束事があるはずだ。
星は弱っている。
シャオマオという浄化装置を作るほどに。
それなのに、ここまで汚れた魔素を纏った生き物が気軽に出てこられるはずがないのだ。
「ねえ、まだ来るの早いんだよ。まだ来ちゃダメ!もっときちんと準備して!」
どおおおん!!
シャオマオの浄化した魔素が再び地下からやってくるものを叩く。
「地震・・・止まった?」
「止まった、な」
ライとダァーディーは顔を見合わせた。
「シャオマオに会いに来たの?ユエに会いに来たの?」
シャオマオはダンジョンの地下に向かって尋ねた。
もう揺れはない。
どろどろとした重苦しい空気も消えた。
「ねえ~!次はきゅうに来たらだめよおおお!」
返事も気配もない。
シャオマオの言うことも届いていないようだ。
「シャオマオ、そんなに怒らなくてもいいよ」
「だって~」
シャオマオを抱き上げたユエが、シャオマオの頬にキスをする。
「なんだ。シャオマオ怒ってたのか?」
「だって、みんなイタイよ~苦しいよ~ってなっちゃう。シャオマオに会いに来たのかしらないけど、みんなにイタイイタイする人に会いたくないもん」
「会いに来たってなんでわかるんだ?」
シャオマオ以外のものには地下からやってきた魔人の思惑は全く分からなかった。
「う?探してたんだって。ギンロー」
「銀狼?それがなんでシャオマオを探すことになるんだ?」
「シャオマオ、ダァーディーにギルドタグ見せてあげて」
「あい!」
シャオマオは服の下に隠してるタグを引っ張り出して、力を少し流す。
「ああ、ギルドタグ持ってんのか。あー、かわいいレベルだな。妖精族で、星の愛し子・・・。ほう。こんなことまで書かれるんだな―」
ダァーディーは笑顔のまま、固まった。
「・・・これ。どういうことだ?」
「兄さん!シャオマオ!」
「妖精様!無事ですか?」
遠くからサリフェルシェリとレンレン、ランランが走ってきた。
「始祖銀狼の加護って、ありかよ・・・」
「問題になるまでは問題にしないようにしてた」
「問題になったので話し合いしようか」
ユエの言葉にライがからっと提案する。
「お前ら、暢気すぎるだろうが・・・」
ダァーディーはユエとライの言葉に片手で額を押さえながら深いため息をついた。
「暢気じゃなくて、問題が大きすぎた」
「後回しにしたともいう」
「それがわかってるなら、もういうことねえな。とりあえずこのまま退却。魔素が強い場所からは少し距離を置きたい」
ダァーディーの言葉に、シャオマオがしゅんと眉を下げた。
「シャオマオの服~」
「また作ってあげるよ」
「そうだ。シャオマオの魔石はたんまりあるしな。収支はプラスだ」
「では、魔素の少ない場所ということでエルフの大森林に行きましょう!」
サリフェルシェリが嬉しそうに提案する。
「いや、場所が悪い。大森林は一番『北のダンジョン』に近い。地下からシャオマオを感じて会いに来たんだとしたら、見つかる可能性が高いな」
「じゃあ、猫族エリアも近いですし・・・」
「ギルドも危ないな」
「しょうがない。すべてのダンジョンから遠く、魔素が少ない場所と言ったらあそこしかないですね」
「人族の住んでる中央エリアを目指そう」
ユエの一言に、みんながうなずいた。
「ひとぞく・・・!人!見たい!」
シャオマオはこの世界に来てからまだみたことがない「人」のことを考えて、胸が高鳴った。
そして、ちょっと浮いた。
またもやエルフの大森林に行くことができず、サリフェルシェリはしょぼんとしています。
シャオマオはエルフの大森林に行くことがあるのか?
サリフェルシェリの他のエルフと会うことができるのか?
いまのところまだ決めてません。




