自分が妖精なんて思ってもみないわけで。
しょぼしょぼした目をこすって起きたら土下座してる美人がいた。
ちょっと泣いてたし、どういうこと?
泣いてた美人のサリーと、ユエに時々ツッコミらしきことをしているライと自己紹介できた。
ほんとはサリーって名前じゃなかったんだけど、サリーの名前長いんだもん。
いつかちゃんと言えるようになろう。
改めてみると、ユエは少し長めで目が隠れるような前髪だ。切ってしまいたい。せっかくの美形があんまり見えないけれど、ユエは色気がすごいので、隠れてるくらいがちょうどいいのかも。
私は顔に髪がかかるのが嫌なタイプで、さっきユエが髪を結ってくれたのでとてもすっきり。
ライは短めに切った黒髪を後ろに流していて、きらきらしたエメラルドグリーンの瞳のこれまた整った顔をしている。きりっとした眉毛も手伝って、全体的に精悍な顔つき。十分美形と言って差し支えない。
サリーは腰まで伸びたブルーグレーの髪を緩く編んで、瞳もブルーグレーで珍しい色をしている美人さんだ。
生き物のいない湖面のような。透明感があるけれど底が深くて見えないというか。
ちょっと不思議な色合い。
その瞳を彩るまつげはバサバサで、すっと通った鼻筋も、薄めの唇も、すごくバランスよく配置されている。掛け値なしの美形。ちょっと儚げ?
女性的ともいえるかもしれないけれど、多分男性で間違いないはずだ。
耳はちょっと長くてとがってて横に張り出してる。
エルフってやつ?妖精とか精霊とか。
エルフとか妖精ってやっぱり美形ばっかりなのかな?
物語でそういう種族がいたなって記憶があるけど、サリーが妖精だっていうならイメージピッタリ!
ゲームとか漫画に出てきそうな虎耳の人がいるんだから、まあ妖精だってエルフだっているんだろうね。
それより虎が虎耳の人になるほうが謎すぎる。
それは普通のことなのかな?この世界の常識かな?
もしかして、ライは黒い虎になるのかな?
いろんな想像をしながら一人で妄想交じりの世界に入っていたら、ハタと思いついた。
何故に私はここで保護されてるんだろうか。
確か檻に入れられて、何かに食べられそうになったけど、助けてもらって、起きたらこの状況だ。
みんな優しくしてくれてるから、保護でいいんだと思う。自己紹介もしたし、肉まん渡したら受け取ってくれたし。
シャオマオの意味は分かんないけど。
あの鱗の人に掴まれた時のことを考えたら、確実に大切にしてもらってると思う。
その大切にしてもらっている場所に、いつまでいられるんだろうか。
それとも一時的に預かってもらってるだけなんだろうか。
とにかく言葉が通じない以上、説明を求めることもすることもできない。ううううもどかしい!
しかし、状況がわからないのになぜか私の記憶はだんだんと落ち着いてきている。
安心しているというか、そわそわする気持ちがなくなってきているのだ。
色々雑に混ざってたものが均一に混ざって一色になったような感じかな?
いっぱい混ぜてるから不透明なんだけど、「いまの私」という色がちゃんとできてきたような気がする。
きっとどれも私で、一部でしかなくて、「そういう私」なんだって腑に落ちたというか。
見た目の年齢以上に考えられているけど、それにも違和感は感じない。
それも私だ。
私を膝の上に座らせたユエは、大ぶりの桃を取り出した。
もう完全定位置だ。
一人で別クッションのところに座ろうとすると、瞬時に抱き上げられる。
もしかして、私のこと赤ちゃんだと思ってるんだろうか?そんなに赤ちゃんじゃないと思うんだけどな。
幼稚園くらいかな?ああ、それはお世話がいる年か。
いやいや、ほっといても自分で何でもやる子もいるはず!
そんなすぐに抱っこしないといけない年ではないはずだ!
でも、ユエの筋肉質の足と胸は本当に安定感があって座り心地はよいと思います。はい。
ああ、桃の香りがすごく強いなぁ。
ユエのことを考えていたのに頭の中が桃のことでいっぱいになってしまった。
ユエが剥いている桃の大きさが私の記憶の二倍くらいで本当に桃か怪しいが香りは完全に濃厚な桃。
桃色一色でグラデーションにはなっていない。派手だね。
皮はちょっと分厚そう。
桃の溝に沿ってスプーンの柄で撫でて、ひねるとパカっと二つに割れる。真ん中の大きな種をとりだしてから、小さく一口分をスプーンでつるんと口に入れられた。
『あ、あまーーい!美味しい。すっごく濃厚~!』
濃縮果汁なのかというくらいの濃厚さ。切ったばかりの果実を見ていなければシロップ漬けと勘違いしたかもしれない。
思わずほっぺたを押さえてぷるぷる震えてしまった。
「ライ。こんなかわいい生き物見たことあるか?」
ユエは真顔でライを振り向いて何かしゃべっている。
「すんごく喜んでるね。なんだか座ってるのに体がはねてる?」
じっとしてられないくらい桃ではしゃいでいる私だった。
体が勝手に動くんだもん。立ってたら踊ってたかもしれない。
「いっぱい話しかけてやんなよ。言葉覚えるために大事だよ、話しかけるの」
私が喜んで食べるのをにこにこしながら見ていたユエが、口を拭くハンカチを持ってきたライに言われる。
「シャオマオ、これはタオの実だ。タオの実」
指さしてから、桃を口に入れてユエが話しかけてくる。
「タオの実、だ」
「わお」
「タ」
「た」
「タオ」
「たお」
「タオの実」
「たおのみ」
うんうんと、うなずくユエ。
「美味しい?」
ほっぺをつんつんされる。
「ほいちぃ?」
私もほっぺを押さえて繰り返す。
美味しいってことかな?
ほっぺを指したり、落っこちないように押さえるポーズなんてあったけど、ここでもそうなのかも。
「タオの実は美味しい」
「たおのみ、ほいちぃ」
うんうんとうなずきながら、「一度で話すなんてシャオマオは天才かもしれない」とかなんとか言いながら、私にタオの実を食べさせてくれる。
「美味しいなー」
「ほいちぃなぁー」
ほっぺを押さえながらユエが言うことを真似して実を食べるが、半分の半分くらい食べただけで満足してしまった。残りはユエがほんの一口、二口くらいで片づける。口おっきいね。
「村の子供も赤ちゃんの時こんなだったよ。かわいいよねぇ。舌っ足らずで」
「妖精様にはしばらくこのままでいていただきましょう。癒されます」
二人もニコニコしながらうんうんうなずいているので、私のセリフは相当いい線いってるらしい。
なにせ耳が慣れない言葉だから聞き取りも難しい。
発音なんか、舌がこどもだからか動かしづらい。思うとおりに動いてくれない。日本語だとしてもちょっと怪しいくらいだ。
しばらくは人が話すのを聞いて、言葉を覚えるしかないかな。
桃を食べて口を拭いてもらったら、目の前に座ったサリーが私の両手をとって目を閉じている。
手がちょっと温まってくる。熱いくらいだ。
「体には寝ていた時と同じく問題はありません。しかし魔力循環がしっかりしてきましたね。排出する量が多いので魔素器官はまだ半分程度でしょうか。でもユエと一緒にいれば満たされる。本当に片割れなんですね。ほとんど魔力が同じだ」
ふう、とため息をついたサリーは顔を上げて私を見た。
「ほんとうに居心地がいいというか、正常な魔素があふれ出ているんですね。ユニコーンが普段は近寄らないユエのゲルまで送ってくれたのもわかりますよ。この辺りも妖精様が来られてから草が生え始めた」
にっこり笑うと本当に整った顔が私を直撃する。
う!まぶしい!!
目を思わず閉じると後ろからわきの下に手を入れて、さっとユエが私を取り上げた。
「診察が終わったなら早く手を放せ。切り落とすぞ」
「心が狭すぎる・・・」
「いや、広いほうだよ。他人だったら何も言わずに切り落とされてるし。そもそも会わせない」
ライはケラケラ笑いながらお茶を飲んでいた。
「ライ。なに?」
私が指をさすと
「お茶、だよ」
「ちゃ」
「おちゃ」
「ちゃー」
「シャオマオ俺に聞け。俺が教える」
頭をなでながら、後ろからユエが話しかけてきた。
うーん。相変わらずいい声だ。
「お茶」
「ちゃー」
「お、ちゃ」
「おしゃー」
「お」
「お」
「ちゃ」
「ちゃ」
「お茶」
「おちゃ」
うんうんとうなずくユエ。合格だ。
ユエは本当に面倒見がいい。
何度言い直しても、言い間違えてもずっとにこにこしている。
そして合格すれば頭をなでたりほっぺをすりすりしながらほめてくれる。
結構野性味あふれる見かけの男性なのに、子供にやさしいんだな。
強面の人のほうが子供好きだったりするってやつだな。ギャップ萌えだ。
ユエと外に出ると、夕暮れ時だろうか。
空がグラデーションに染まってきれいだ。
電線もなくて、ビルもない。ネオンもない。
本当に何もない草原だ。それがとてつもなく美しく感じられる。
攫われたりいろいろあったけど、私の体は元気で、深呼吸をしても咳は出ないし、点滴じゃなくて自分でご飯を食べることもできた(食べさせてもらってたけど)。
病院じゃない、草原に、立ってる(ユエに抱き上げられてるけれど)。
自由だ。健康って幸せだ。
ちょっと涙がでそうだ。
しばらくしたら、ライがコップに枝みたいなのを刺したものを持ってきた。
受け取ってみると、コップに水が入っていて、枝は先が糸のように細く裂けている。
ユエは私を地面に立たせ、隣にしゃがんで同じコップのセットを使って見せた。
あ、これ歯ブラシか。
カシカシ痛くない程度にブラッシングしたり、カミカミしてみる。
ユエが最後に仕上げチェックしてくれて、コップの水で口をすすいだら終わり。
コップをライに渡して、夕焼け空をまた見上げる。
『空が大きいよ』
周りは見渡す限り草だけで、遠くまで見ても木の一本もない。
ないんだけど、すごい勢いでこっちに来る何かがいる!
「ユ、ユエ?」
ユエは私を抱き上げてにっこり笑った。
あ、大丈夫なんだ。
どんどんとシルエットが大きくなる。
あの馬車で見た馬に似てるけど、近づいたらわかる。
真っ白!光ってるんじゃないかと思うくらい背景から浮いてる!
そして、額のあたりにはツノがある!
さすがの私も馬に角がないのは知ってる。
『ユニコーンだ!!!』
ユニコーンは視認できるくらいになったらスピードを緩めて、ゆったり歩いてくれた。
きっと驚かさないように気を使ってくれたのかも。
ちょうど目の前に来た時に、私に向かって頭を下げてくれた。
『ユエ、触りたいよう』
手を伸ばしたけれど、さすがに届く距離ではない。
「触りたいのか?」
手を目いっぱい伸ばしたからわかってくれたのかも。ユエも一緒にユニコーンに近づいてくれた。
そっと、手を近づけるのを、ユニコーンはそのまま頭を下げて待ってくれていた。
『あったかい。かたい。つるつる。すごい!』
「こう、首のあたりを叩いてやるんだ」
ユエがユニコーンの首を叩くので、私も真似をしてトントンした。
『うわ!』
急にユニコーンの体が輝きだした。
きらきら光る白を超えて金色の毛並みに長いふさふさの尾。
顔を見ると、ツノもさっきより伸びてる気がする。
『きれーい。馬の神様みたい!!』
私はユエに抱き上げられてるのに興奮してじたばたするのを止められない。
「うれしいのか」
ユエがニコッと笑ってくれる。
「妖精様!!」
ゲルから飛び出してきたサリーはユニコーンを見て驚いて目を真ん丸にしていた。
「ユニコーンの体から余計な魔素が排出されたのか・・・。本来の姿に戻ってる」
サリーがまたハラハラと涙をこぼしながらユニコーンを撫でている。
これは相当うれしいことが起こったんだろうな。
よかったよかった。
「さあ、サリフェルシェリ。そろそろ退散したほうがよさそうだ。これ以上話してるとシャオマオちゃんが興奮して寝られなくなる」
「そうですね。これ以上暗くなる前にお暇しましょう」
何事かを話し合った後に、サリーは私に深々お辞儀して「妖精様。また来ます」といった。
帰るのかな?『バイバイ』と手を振ったら、とても喜ばれた。
「愛らしい。愛らしい」とつぶやいてちょっと泣いていた。
サリーはよく泣くな。きっと泣き虫なんだ。
サリーがユニコーンに乗って帰るのを見送ってから振り返ると、私たちのゲルの少し離れた後ろ側にはもう一つ小ぶりのゲルがあった。
『誰が住んでるの?』
もう一つのゲルを指さすと、「ライのゲルだよ」とのことでした。
そっちに行きたいと体を前にしたが、ぐっと抱きしめられたのでライのゲルを覗くことはできなかった。
「まじで、つがいがいる女の子が別の男の寝床に入るとかありえない。俺ユエにぐちゃぐちゃのミンチにされるよ・・・」
ライが震えながら何事か言っていたけど、よほどみられるのが恥ずかしいのだろうか。
もう少し仲良くなったらお邪魔しよう。
「じゃ、俺は自分のゲルに戻るから。明日はギルドによって日用品とか買いに行こうね。よく休んで」
ライもバイバイと手を振ってから自分のゲルに帰って行った。
ユエのゲルに二人で戻ると、テーブルや座布団なんかはライが片づけてくれていたんだろうか。
起きた時と同じようにどこで寝ても大丈夫なように敷物が敷き詰められて、ふわふわのあのガーゼケットも準備されていた。
ユエは私を床に立たせると、衝立の向こうに消えた。服を脱ぐ気配がする。
そしてぬっと衝立の向こうから現れたのは、あの虎だ。
「ぐるう」
目を細めて私のそばまで来ると、べろりと顔をなめられた。
『きゃあ。くすぐったい』
私はケラケラ笑いながら顔中をなめられる。
ほんのすこーしだけ、舌がざらざらしている。
今ではもう虎に顔をなめられても、全然恐ろしくない。
『今朝は驚いて叫んでごめんね』
私は虎の大きな顔に抱きついた。
「ぐるう」
喉の奥で鳴いてから、ユエは私の背中を鼻でぐいぐい押して寝床まで連れて行った。
私がガーゼケットをめくって中に入ったら、ユエは私を踏まないようにゆったり横になって添い寝してくれた。
『ユエ、お休み』
「ぐるう」
部屋のランプが自然に消えた。
真っ暗だけどゲルの窓が半分開いてて、月明かりが差し込んできてる。
暖かい。
ユエの毛皮。
ゆったりとした呼吸音。
空気の香り。
月の光。
なにも不安なことがない。
ああ、明日も楽しいことがいっぱいありますように。
サリーちゃんは泣き虫で。
ライはオカンです。
( ´∀` )