おとなげないおとな、ユエ
「あー!シャオマオちゃん!」
「ほんとだー!サリフェルシェリ先生も!」
「もう元気になったの?」
「今日は遊べる?」
ダンジョンに出かける前に、いろんな準備をしなければならない。ニーカとチェキータに荷物を持ってきてもらおうと里の郵便を扱う場所に手紙を預けに来た。
そして、シャオマオはあの事件から全く子供達にも会えていなかったので、まだ謝ることができていない。魔素の悪影響が出ないだろうと確認できたのでサリフェルシェリに頼んで子供たちが遊んでいるところに連れてきてもらったのだ。
サリフェルシェリの足に隠れていたが、子供たちに見つかってぐるりと回りを囲まれた。
みんな笑顔で怒っている様子などない。
「・・・・・お前、前より小さくなってないか?」
「あう・・・ちょっと」
あの時にハクと呼ばれていた白の耳とふさふさのしっぽを持っている少年は、逆に背が大きくなった気がする。シャオマオが小さくなったことを抜きにしても。
「ハク?」
「お。おう」
「ハクは大きくなっちゃね」
「おう。お前の・・・妖精様のお陰なんだろ?里の魔素を浄化してもらったおかげで毎日背が伸びてる気がする」
にかっと笑って得意げだ。
「あう、しゃおまおなにもしてないの。勝手になったの」
「それでもお前がやったんだから、もっと偉そうにしてたらいいんだよ。うちの母ちゃんなんか足の古傷の痛みがなくなったって喜んでるぜ?ありがとな」
「そうそう。うちのおじいちゃんなんか、魔素が薄いところに療養に行こうかって言ってたところだったのよ。すっかり元気で畑を耕してるわ。ありがとう」
ハクの隣にいた女の子もニコニコしている。
「あ、あにょ・・・」
一番小さなキジトラ柄、ケントを見つけたので話しかける。
「妖精様!どうしたの?」
「あにょ、あのとき、あにょ、しとじじ、なって、ごめなさい」
「妖精様?妖精様のせいじゃないでしょ?」
あの時一番小さかったケントは少し大きくなって、今のシャオマオより背が高い。
「そうだよ。なんで謝るんだ。お前が何か悪いことしたのか?」
「してにゃい・・・」
ハクもちょっと怒ったように言う。
「お前を狙ったやつが悪い。人質をとったやつが悪い」
「そうよ。妖精様を攫おうとするなんて、阿呆のすることだってうちのおじいちゃんも怒ってたわよ」
「阿呆だから、猫族の子供を人質にしたんでしょ?」
女の子がさらっと言ったら全員が笑った。
「妖精様、これ見て」
ケントがつま先をちょんちょんと地面で叩くと、かかとからすっと刃物がでてきた。
「僕は小さいけど、猫族だから戦える」
「ほんとほんと。ケントなんてあの大きな虎が助けに来なければ自分でやっつけて脱出してたわよ」
「猫族はみんな歩けるようになったら戦えるように訓練してるのよ」
シャオマオはみんなが笑顔でいることにぽかんとした。
「あにょ、あにょ・・・」
「なんだよ、まだなんか謝りたいとか思ってんのか?」
ハクはちらりとシャオマオを見た。
「あにょ・・・ね。みんにゃありがとう」
にっこり笑ったシャオマオの笑顔を真正面から受け止めたハクは顔を真っ赤にして、口をパクパクさせた。
「・・・か」
「か?」
「「「かわいいー!!」」」
女の子たちも声をそろえてわあわあシャオマオに抱き着いてきた。
「ねえねえ!今日は一緒に遊べる?」
「かくれんぼしようよ」
「えー、鬼ごっこがいい!」
「ばか!こんなチビでも一緒に遊べるように考えろよ」
子供たちがわあわあ言い合いをしているところに、遠くから見守っていたユエが近づいてきた。
「あ。あのときの虎だ!」
「うわ・・・強そう」
みんながユエの匂いでユエの強さを感じとっていた。
「よかったね、シャオマオ」
「あい」
シャオマオを抱き上げて、まるいおでこに口づける。
女の子たちは愛おし気にシャオマオを見つめるユエの色気に真っ赤になった。
「お、お前、このチビの保護者か?」
ハクが意を決して問いかける。シャオマオにはこの虎の匂いがべったりついている。
ただの保護者ではないこともわかっているがあえて聞いた。
「番だ」
問いかけてきたハクをちらりと見て答えるユエ。
「つがい?!」
「きゃー!」
女の子たちは喜び、ハクは自分の気持ちが乱れるのをどう落ち着ければいいのかわからなくなってしまった。
「ユエ・・・。大人気ないですよ・・・」
サリフェルシェリがあきれ返ったように言うが、ユエは何も答えない。
「ユエは妖精様の番になりたいと思っている、妖精様の片割れです」
「サリフェルシェリ」
「物事は正確に伝えませんとね」
サリフェルシェリはにこにこして、冷たいユエの視線を気にもしていない。
「妖精が片割れなのか・・・」
「そうだ。シャオマオは俺のものだ」
「まだ決まってませんけどね。妖精様にも選ぶ権利がありますし」
サリフェルシェリはユエの言葉に補足する。
「おい、チビ猫」
「う?」
シャオマオは真っ赤になって自分を呼ぶハクを見て、首を傾げた。
「お前、ずっとはこの里にいないんだろ?」
「う?たぶん」
「じゃあ、俺が里から独り立ちする頃に会いに行くから。待ってろよ」
「待ってればいいの?」
「そうだ」
「わかっちゃ。ハクのこと待ってる!」
ふんすっと勢いよく返事するシャオマオに、周りの女の子たちも、サリフェルシェリも、(ちゃんと伝わってなさそう・・・)と心配したが、真っ赤なハクとにこにこしているシャオマオにちゃんと説明するのも野暮かと思って黙って見守っていた。
「強くなったら相手してやる」
ふっと笑って立ち去るユエに、サリフェルシェリは心底(子供相手に大人気ない・・・)と思ったが、それも黙っておいた。
「妖精様ー!!」
「うわあ!ほんとに小さくなってる!!」
手紙を送ってから二日後、上空からふわっと降りてきたニーカとチェキータは、大きな荷物を地面に置くとシャオマオを抱きしめた。
「かわいい!」
「小さい時もこんなにかわいらしかったのですね」
「小さい!かわいい!」
ニーカはもう「かわいい」「ちいさい」としか言わなくなったし、チェキータはうっとりとシャオマオを眺める。
「里の魔素が薄くなってますね。妖精様のお陰ですか?」
「そうです。魔素を浄化し続けています」
しばらく里の魔素濃度が安定するまでは近寄れなかった鳥族の二人は、持ってきた荷物をサリフェルシェリに渡して森林浴をするようにすうすうと深呼吸をする。
「ああ。素晴らしい。早く鳥族のエリアにも遊びに来ていただきたい」
魔素濃度に敏感な鳥族はほかの種族よりもこの里の変化を感じているんだろう。
少しチェキータが涙ぐんでいるように見える。
「シャオマオが元に戻れば遊びに行く。たぶん、シャオマオの体は魔素を欲している」
「本当か!?」
「エルフの大森林も滞在許可が得られてますからね!妖精様!エルフのあの物語の場所は見たくないですか?!」
「サリフェルシェリ!ずるいぞ!大森林の物語を聞かせていたんだな!?」
「ずるくはありません。妖精様のリクエストです」
「鳥族にも物語はあるぞ!神話時代の妖精様と遊んだ話が!」
ニーカとサリフェルシェリがケンカを始めてしまい、シャオマオはオロオロした。
「妖精様!次は鳥族エリアに遊びに来てよ!」
「いや!次はエルフの大森林です!」
「あうう・・・」
「ニーカ、サリフェルシェリ。シャオマオを困らせるな」
後ろからさっとシャオマオを抱き上げて救出するユエ。
荷物を点検し終えたらしい。
「シャオマオの運動しやすい服が入っていたよ。着替えて見せてくれる?」
「あい!」
シャオマオが小さくなったことで、デザイナーのリリアナにライがサイズを伝えて時々着替えを依頼していたが、今回は探検するための服や装備を依頼していたのだ。
「手伝いますよ」
チェキータがシャオマオを連れて小屋に入っていた。
「鳥族エリアもエルフの大森林も、そんなに魔素濃度で困っていないだろう?」
ため息をつきながらユエが尋ねる。
「魔素濃度は以前よりも濃くなっていますが、それ以上に単純に妖精様をお招きしたいのです」
「そうだそうだ。妖精様と遊びたいんだ」
二人は大人気なくぶうぶうと文句を言う。
「いまはシャオマオの成長が何よりも優先だ。ダンジョンに行って魔素が本当にシャオマオの成長に必要かどうかを調べる」
「ゆーえー!着替えたよおお!」
しばらく待っていたら、シャオマオの声が聞こえた。
まるで探検家のような帽子と厚めの生地で作られたズボンと上着。首には寒さ、暑さを適度に調節してくれるスカーフを巻いて、巨大な獣に踏まれてもへこまない冒険者仕様のブーツ。
足首と手首にはそれぞれ魔道具の輪が付けられていて、防御力が高いのは一目でわかる。
因みに、服の生地は水に浸かると浮くし、防火耐性もある。刃物にも強いので、デザインはリリアナがしているが加工はできなかったためドワンゴに依頼して加工してもらったものである。
普通の冒険者ではいくらお金をかけようとも作れないような防具であることは、シャオマオには秘密にされている。
「どう?カッコいい?にあう?」
「似合うよ、シャオマオ。素敵な冒険家だね」
「やったー!ゆえ、ありがとう!」
きゅっと自分から抱き着いてきたシャオマオをうまくキャッチして、とろけるような笑顔を見せるユエ。
「だんじょんにいくの、たのしみー!はやくライかえってこないかなぁ~」
ジタジタ興奮して、シャオマオは少しユエの体から浮いて離れてしまった。
「「浮いてるー!!!」」
ニーカとチェキータは涙を流して喜んで、しばらくしたらニーカだけ里を飛び出して行ってしまい、その日のうちにすべての鳥族に「妖精様は飛べるようになった」と知れ渡ってしまった。
鳥族の伝播能力恐るべし。




