銀色の人。二回目ですよね?
お腹もいっぱい。
暖かい風。
ずっと私の髪を撫でてくれる優しい手触り。
安心感に包まれて私は夢を見ていた。
明るくて真っ白な何もない部屋だ。
病院?
こういう部屋にいたことがあったかも?
何もない。
壁も天井も床もない。
でも立ってる。
自分の中に、いくつもの記憶が散らばってて考えがこんがらがってる気がする。
さっきまでなかった鏡が私の目の前にある。
桃色の髪に桃色の瞳。
やせっぽっちの体にかわいらしい顔が載ってる。
小さいのに美人だな。
頭が真ん丸だからかおでこの形も立体的で、顔の造形は日本人じゃないみたい。
日本人・・・。
そうだ。
私は日本人で、ほとんど病院のベッドから起き上がれないくらい体が毎日辛くて・・・。
辛くて・・・?
目の前の鏡に、大人の黒髪の女性が映ってる。
やせっぽっちは変わらないけど髪に艶もないし、顔色が悪くて今にも倒れそうだ。
これ、私かな?
この姿でも「これだ!」という感じがしない。
私、ほんとになんなんだろう。
「思い出してもしょうがない。どちらもお前。同じだし、違う」
背後から女性の声が聞こえた。
「ひい!」
誰もいなかったはずなのに、すぐ後ろから声がかかれば誰だって驚くだろう。
少し体が飛び上がってしまった。
「記憶が残ってしまったのかな?」
後ろにいたと思ったけど、鏡の代わりに目の前に立っていた。
「だ、誰?」
「魔素を取り込んだのに以前の記憶がまだあるな」
銀色の輝く髪を床まで垂らした女性が、私の目をじっとのぞき込んでから何もない空間に椅子もないのにすっと座った。
浮いているようにしか見えない。
「星の愛し子があんな魔素のない世界で生きてた。イレギュラーばかりだ」
一人で納得したようにしゃべっているけれど、意味は分からない。
・・・見たことある光景な気がする。
なんだか腹立たしい気持ちもする。
人ではありえないような美しい見た目だけれど、油断してはいけない。
「どうした。銀は忘れたか?」
「やっぱり前にも会ったことあります?よね?」
おずおずと聞いてみたが、相手は全く表情を変えない。
・・・美人すぎて人形みたいだ。
「ちゃんと見つかるところに落ちた。片割れにも会えた」
「いや、あの、会話してくださいよ」
前にも同じようなことを言ったような気がする。既視感。
「お前の片割れの虎は、お前が病で苦しんでいた時に一緒に苦しんでいた」
「え?」
「やっと会えた。やっと完全になれた。片時も離れたくない」
「もしかして、ユエのこと?」
「金もずっと銀を待ってる」
「・・・・会話にならない」
独特のテンポでやっぱり自分が言いたいことばかりしゃべるのか。
「片割れだから愛おしい」
「片割れだから・・・」
お人形みたいにかわいいから?さっきのやせっぽっちの倒れそうな私だったら?
「何もないところで苦しんでいたお前。誰もいなくて苦しんでいた片割れの気持ちと同じ」
病気ばかりして。もう親にも見捨てられて。誰も会いに来ない私だったら?
「孤独。でもお前が来た時に自分がいないとかわいそうだと耐えた」
頭の中で考えることと銀の言葉が混ざって、どんどん気持ちがぐちゃぐちゃになっていく。
私の片割れがユエなんだったら、ユエはどんな私かわからないのにずっと待っていたの?
「片割れとはそういうものだ。相手のために何でもできる。お前も片割れに会うのに何もないところで苦しんでいたが、必死に生きていた。会えるまで頑張っていた」
もう、今の気持ちがユエのものか、病人だった自分か、シャオマオのものかわからないが、私はぼたぼた涙を流した。
「銀が見つけるのが遅かったせいだ。もう一度洗ってやろう」
「あ、洗う?」
無表情のまま、ぽんと手を打って目の前の女性は巨大な狼に変身した。
思い出した!!!
銀色の狼は前にやった時と同じように私を咥えててくてく歩きだした。
苦しくないけど揺れる揺れる。咥える以外の運び方はないのか?
「せっかく元気になったんだから、楽しめ」
狼がしゃべったから私の体は口から離れた。
お、落ちる!!
「楽しく生きろ。それだけで星が喜ぶ」
ゆっくりと体が落下するが、ずっと狼の声はついてくる。
「私も金に早く会いたい」
つぶやく声に、胸がきゅうと締め付けられた。
本当に、本当に、さみしさでいっぱいの声だった。
さみしいの気持ちが私の胸いっぱいに詰まる。
長い長い空間を落ちながら、私は意識を手放した。
「シャオマオ。泣いてる。怖い夢を見たのか?」
目を開けると、ユエが私の涙に口をつけてなめとっているところだった。
『え?!』
「あーあ。サリフェルシェリが泣いて騒ぐから起きちゃったよ」
「うるさくするからシャオマオが怖い夢を見たんだ。かわいそうに」
ユエは私の涙を吸い取ってしまってから、黒耳さんと一緒になって床に伏しているブルーグレーの髪の男性をにらみつけた。
「ぐう・・・。大変、申し訳ございません」
『土下座・・・』
サリフェルシェリは誰よりも妖精の降臨を待ち望んでいた。
自身が精霊と親和性の高いエルフ族ということもあってか、「星」の危機をどの種族長よりも強く感じていた。
魔素が増える、魔物が増える、ダンジョンが頻繁に生まれる、ダンジョンから魔物があふれだす。
そういったことで危機感を持っている一般人も多いが、さらにサリフェルシェリは「星」が人を生かすための力がどんどん弱くなっているのを感じていた。
そもそもこの「星」はとてもうまくできている。
完全なシステムが根幹として存在しているのだ。
この世界には空気中に「魔素」という物質がある。
ほとんどの生き物には「魔素器官」という空気中の魔素を取り込む臓器がある。
魔素器官をもつ生き物は、魔素がない世界では生きていけない。
そんな世界があるのかは知らないが。
何故か魔素器官がないものは人族だけだ。
人族は基本的に魔素薄い地域に散らばって暮らしていた。
「星」は生き物が使う魔素を生成して使わせて、生き物が使った後の魔素を回収してはきれいな魔素に浄化してまた循環させているのだ。
汚れた魔素を吸って、きれいにして、吐いて戻す。
まるで植物のように生き物を生かすために星が行っている呼吸だ。
魔物も「星」の浄化作用の一つだと思われる。
生き物が使った魔素がたまり、体内で魔石を作って固めて命が尽きれば魔石を残して「星」に還る。
魔素器官がない人族は、魔石を加工して魔道具を作って他の種族に負けないくらいの力を行使する。
本当にうまく調和している。
すべての生き物に恩恵を与えるシステムなのだ。
それがあるとき突然に崩れた。
魔素が吐き出されるだけで、生き物が使った後に浄化されることがなくなったのだ。
どんどんと空気中の魔素が濃くなっている。
そして、星と同じように魔素を吐き出す生き物が生まれ始めた。
魔力として使っても使っても、切れることなく魔素器官が魔素を吐き出し続ける。
巨大な魔素器官を持ち、常に魔力切れを起こすことなく魔力を使えることは一方では生き物としては優位だ。
しかし、ユエは特殊すぎた。
人型になると使い切れない魔素が体を痛めつけるのだ。
そして、完全獣体でいれば魔力圧力が強く、他者を寄せ付けなくなる。
戦闘力の高い猫族の戦士でも、長時間ユエと一緒にいることは困難だった。
完全獣体になれる獣人は、大きな魔素器官を持ち、戦闘能力が高いことの証明だ。
本来ならば完全獣体になれるものは獣人の中では尊敬を集める。
ユエはその魔力圧力のおかげで猫族のエリアにも立ち入れず、遠く離れた場所で、一人きりで子供時代を過ごしていた。
その魔力の浄化を助けるものが、片割れである。
魂の半分。
本来ひとりが持つべき機能の半分が分かれてしまった魂の片割れ。
それがなぜか、妖精様であったのだ。
ユエが片割れを見つけたことは喜ばしい。
大変喜ばしいのだ。
だが、妖精様でないほうがよかった・・・。
いや。私の感情だけではない。
妖精様は「すべてとつながり、なにものにも縛られることなかれ」だ。
ユエが独占することがもう決定ではないか・・・・。
何も問題がなければいいのだが。
そんな妖精が、最近人型になれるようになった猫族の男の足の上に座って目をぐしぐしとこすって
あくびをした。
・・・かわいい。かわいいが過ぎる。
精霊が「妖精が起きた」と騒ぎだしたので急いでユニコーンに頼んでユエの隠れ家に来たのに、やっぱり眠った姿しか見れなかった。
おいおいと泣いたために、妖精様を起こしてしまったとユエが怒っていたが、結果的にお昼寝から目覚めた妖精様が目を開ける様を見れたのだからよかった。うん。
「シャオマオ。目をこすってはいけない。美しい瞳に傷がつくかもしれない」
先ほどサリフェルシェリをにらんだ男とは思えないくらい、優しくユエが妖精の手を抑えて目を覗き込んだ。
『目が痛いよ。なにか入ったかも』
「ゴミか?目に入ったなら舐めてとってやろうか?」
ユエが顔を近づけていくのをみて、サリフェルシェリは驚いた。
「こ、こら!何をする!?」
「まつげが入ったみたいだ。とってやらないと」
「ユエ。舐めて取っていいのは獣人の子だけだ。それも赤ちゃん」
さっと濡れたガーゼをライがユエに差し出した。
「問題ない。シャオマオは赤ん坊と同じだ。幼気で、弱く、愛らしい」
「そういう問題じゃない。シャオマオちゃんは獣人じゃない。獣人と同じやり方はだめだ。顔拭いてあげようと思ったんだけど。それでとってあげて」
ユエがさっと目の下をぬぐって目に入っていたまつげをとってあげると、ライは暖かいガーゼおしぼりをまた無言で渡す。
それを使って赤ん坊の顔をぬぐってやるように、ユエは妖精様の顔を拭いて、満足そうに微笑んだ。
ライはユエがせっせと世話を焼くのをせっせとサポートしている。
オカン体質のライはどんどんきめ細やかな世話をしてしまうが、ユエに任せるように意識しているようだ。
「ほら。きれいになったよシャオマオちゃん」
背後からライに渡された手鏡を覗き込んで、妖精は目を見開いて固まってしまった。
『な、な、な、な、なにこの美幼女・・・・・』
不思議な言葉をつぶやきながら、自分のほっぺたを撫でたり髪を掴んだりしている。
『はぁー・・・・。そりゃみんなうっとりお世話してくれるはずだよ。キッズモデルでもなかなかいないかも。でもちょっとやせっぽっちかな』
目をぱちぱちさせて、鏡にどんどん近づいている。
自分のお顔を見たことがなかったのかな?
「サリフェルシェリ。シャオマオが話している言葉わかるか?」
ユエは膝に乗せた妖精様に手鏡を持たせて、髪を梳りながら質問してきた。
少し考えてみたが全く知らない言葉だ。
「ちょっと思い当たる言語形態がありませんね。調べようにも時間がかかりそうです」
「妖精の言葉か?」
「いえ、妖精は古代エルフ語に近い言葉を話していたようです。古代エルフ語を話せた時代のものが意思疎通できたようですから」
古代エルフ語なら話せるが、それとも違う言葉だ。
「共通語をシャオマオちゃんに覚えてもらったほうがいいよ。子供だし覚えるのも早そう」
「それもそうだな」
「では、一番美しい共通語を話すエルフの大森林で妖精様をお預かりいたします」
「だめだ」
止めたのはユエではなくてライだ。
「サリフェルシェリ。お前なんと恐ろしいことを・・・」
「何故です?大森林は精霊も多く、妖精様が過ごすのに最適です。ご存じでしょう?」
「この一か月、シャオマオちゃんが寝ている間にどれだけ付き添っていたユエが執着していたのか、お前も見ていただろう?片時もそばを離れない。目も離さなかった。飯だってシャオマオちゃんが食べていないからって自分もとらなかったのを無理やり食べさせてたんだ」
腕を組んでふんすと鼻息荒く言い放つ。
「ライ。貴方、苦労してたんですね・・・」
「そうだ。めちゃくちゃ大変だった。サリフェルシェリとニーカは「妖精様」に浮かれて夜に少し様子を見に来るくらいだから知らなかったかもしれないけどな」
「その言い方だと私が薄情者のようではないですか。ずっと私もついていたかったのに、ここに来れる時間を決めて、見ていいのは半刻だけと決めていたのはユエでしょう?!」
私は思わず反論してしまった。
「俺がエルフの大森林に入れない以上、シャオマオも行かない」
ユエは妖精様の桃色の髪を器用に編み込みながらはっきりと宣言した。
そんな繊細なことができたのかと、ユエの手元を見て驚いた。
「シャオマオは起きたばかりだ。言葉だって俺が教えるから問題ない」
自分の手首に巻いていた飾りひもで、まとめた髪を縛る。
「そもそも猫族エリアでシャオマオが俺の片割れであることを登録しなければならない」
妖精様を抱きしめて、こちらをにらんでくる。
魔力圧力付きだ。
私を取り囲む精霊たちが私を守ろうと増えてきた。
「ユエ『ありがとう』」
まったくその圧力を感じないように鏡を見ながら笑う妖精様は本当に美しい。
妖精としての造形ももちろんだが、その体内から発せられる清らかな魔力が私の魂に直接触れるようだ。魂が震える。精霊が集まっているのもユエに対抗するためだけではないようだ。うっとり見入っている。
間違いなく浄化の力をお持ちだ。
ユエが完全獣体から獣人の姿に戻れたのも、妖精様の浄化能力があったからこそだろう。
確かに引き離してはいけない二人だと思う。
しかしエルフの大森林にも滞在していただきたい。
疲弊している大森林の精霊が元気になるかもしれない。
なにせこのユエの魔力圧力が弱まり、難なく人型をとれている。
「星」の命も大事だ。
だがしかし!思う存分!!私も!!!お世話をしたい!!!!
これが本音である。
なにせユエが怒るのでこの隠れ家にも決められた時間しか立ち寄ることができなかったし、起きている妖精様を見ることが全くできなかったのだ。
いくら体内魔素が枯渇していたからと言って、一か月も眠り続けるとは思わなかった。
とにかく、長老たちにも説明をして、妖精様をエルフの大森林へ連れていくにはユエの滞在許可をとるしかない。
妖精様が絡めば、あの爺様たちも許可するに違いない。
特に今の安定しているユエなら問題もないはずだ。
「つがい登録をしてシャオマオに正式な名前をやりたい」
「つがいは成人してからだ。まずはギルド登録。名前シャオマオちゃんでもいいけどね。似合うし」
私が今後のことを考えている間に、二人は会話を進めていたようだ。
ライはにこにこしながら作った料理をテーブルに並べだした。
「俺も猫族のエリアやらギルドまで毎日のように往復するの大変だったんだよ。そろそろ自分の家に帰りたい。そら、サリフェルシェリも少し食べていくといい」
ふう。とため息をついたライは本当に苦労していたようだ。
「帰ってもよかった。シャオマオと二人きりでも大丈夫だった」
「どの口が言うか!!」
ライが投げた饅頭を、ユエは難なく受け取ってにやりと笑った。
「さあ。食べようシャオマオ。粥以外のものも食べられそうかな?さっきたべたから、果物だけにしようか?」
『肉まん?大きいね』
自分の顔と同じくらいの大きさの饅頭を持って笑っている。
・・・可愛すぎる。
『みんなユエの友達?名前はなんていうの?』
妖精様はユエの膝から飛び降りると私のそばにやってきて、饅頭を半分ちぎって差し出した。
なんとお話しているのか分からないのが口惜しい。
自分の胸をつんつんと指してから、「シャオマオ」といい、私を指さして首を傾げた。
「妖精様。私はサリフェルシェリといいます」
妖精様の眉毛がぐっと寄ってしまった。
ああ、困った顔もかわいい。
「サリフェルシェリ」
「しゃりせる・・・『名前長いな』」
「サリ」
「さり」
「フェル」
「ふぇーる」
「シェリ」
「ちぇり」
「サリフェルシェリ」
「たりふぇーるちぇり」
「惜しい!!」
ライがおなかを抱えて笑っている。
失礼な。
『長いよ。サリーでいい?サリー』
「サリーとお呼びください」
あだ名をつけられたようだ。うれしい。
妖精様が嬉しそうに「サリー、サリー」と私の名前を連呼していた。
・・・・ぐう。かわいい。
次に妖精様はてくてく歩くとライのそばに行った。
『お名前は?私はシャオマオなんだって』
にこにこしながら饅頭を差し出して自己紹介をしているようだ。
「シャオマオ」
ライは饅頭を受け取ってから妖精様を指さして、今度は自分を指さして
「ライ」と簡単に説明した。
「ライ」
ライの名前をきれいに発音した妖精様は、私の時と同じように「ライ、ライ」と繰り返した。
「シャオマオ!何故ライの名前は一度で発音できたんだ!!」
「う?」
急に抱き上げられた妖精様は不思議そうな顔をしている。
獣人族のつがい、片割れに対する執着はすさまじいものがある。
両者ともに獣人であれば問題がないが、獣人でなかった場合は結構な問題が起きる。
「シャオマオ。その桃色の唇で呼んでいい男の名前はユエだけだよ。さあ、ユエと」
『なんか怒ってる?』
「ユエ」
『ユエはもう覚えたもん』
妖精様はつんつんと、ユエの鼻をつつきながら何かをつぶやいた。
ユエは妖精様に触られてうれしそうな顔をして、タオの実を妖精様に食べさせていた。
もしかして、妖精様はユエが暴走することをあまりよくわかっていないのでは?
いただいた饅頭をかじりながら、私の胸は嫌な予感でいっぱいだった。
感想、いいねありがとうございます!
このまま溺愛街道突っ走ります!