あれちょっと浮いてない?
ユエは最近シャオマオに秘密にしていることがある。
「番に秘密は必要ない」と言ってはばからず、ずっと一緒にいてすべてを共有したいと思っており、シャオマオに聞かれれば丸一日でもシャオマオの好きなところを話し続けられる男ではあるが、基本的にはシャオマオ以外には口の重い男でもある。
聞かれれば答えるというスタンスではあるが、聞かれても答えないことがある。
みんなに尋ねられても答えないし、シャオマオには一切なにも悟らせないようにしている。
シャオマオが小さくなる前の話だが、鳥族の若者が遊びに来てシャオマオに「ひな鳥体操」を教えていたときだ。
「さあ、最後の仕上げです!ジャーンプ」
「じゃーんぷ」
本来はひなが飛びそうになった頃には高いところから落とされたりするようだが、流石に安全面を考えてその場でジャンプをしたときだ。
地面に着地したシャオマオはきゃっきゃっとはしゃいでいたが、その様子を見ていたニーカが同じくシャオマオを見守っているユエを見ながら「あれちょっと浮いてない?」と聞いた。
「シャオマオは軽いから滞空時間が長いんだろう」
「そんなに風吹いてないよ!」
「吹いていたんだ」
「そ、そうか・・・」
ユエの魔力圧力をもろに浴びて、ニーカはそれ以上話すのをやめた。
前兆はそこかしこに実はあった。
ユエしか気づいていなかったが、はしゃいでユエの足の上でジャンプするシャオマオの着地の際に体重を感じないことが多々あったのだ。もちろん軽いシャオマオに全力で踏みつけられようと痛みを感じることなどないが、重さくらいはさすがに感じる。
ん?と思ってよく見ると、着地で足をつける前に再度ジャンプしているのだ。
確実に浮いている。
本人はどうやら無意識なので気にしていない。
ユエは「これは本人が気がつくまでは黙っておこう」と考えた。
その結果、本人が気づいてないのに周りから徐々に気づかれ始めている状況となってしまった。
なお、「あれ浮いてないか?」と尋ねられてもユエは肯定しない。
「体が軽いから滞空時間が長いんだ」といってそれ以上しゃべらせないようにしている。
そして、小さくなった今はユエと、ライと、サリフェルシェリは「シャオマオは浮く」認識になっている。
何故かというと、赤ちゃんになって眠り続けているときにシャオマオが寝ぼけて浮いてしまったからだ。
ある夜、ユエが虎になって添い寝をしていた時だ。
ユエが見ている前で寝ているシャオマオが天井近くまでふわふわ浮かんでしまったのだ。
まるで風船のようにふんわり浮かんで地面に寝ているのと変わらず寝返りを打ったりする。
「ぐるう」
ユエが小さな声で呼ぶと、すすすっと寄ってきて抱き着いてきたのだ。
楽しい夢を見ているのかにこにこしているのが可愛かった。
思わずのどがゴロゴロ鳴ってしまうと、もっときゅっと抱き着いてきた。
シャオマオはユエの虎姿の時にのどがゴロゴロ鳴るのを聞くのが好きなのだ。
寝ていても呼んだら寄ってくるなんて、とユエは感動したが、飛ぶのを知られるわけにはいかないと思ってしまった。
簡単に飛んでしまったら鳥族と遊びに行ってしまうかもしれないし、空にいられると守れないし、移動の時に抱いていくのを遠慮されてしまうかもしれない。それはユエには悲しいことでしかない。
無意識の時にしか飛べない理由は分からないが、飛ぶ機能はやはりあるのだ。
意識が邪魔をしているのかもしれない。「自分は飛べる」と思ったら、目が覚めてから飛んでしまうかもしれないと思って黙っていることにした。
最初にばれたのはサリフェルシェリだ。
サリフェルシェリは小さくなってしまった妖精を心配して、猫族の里に寝泊まりすることになった。
日に何度か体内魔素の容量を観察に来るくらいだが、妖精に何かあれば精霊が教えてしまう。
その時も、里の子供たちに勉強を教えている時間だったはずが、遠くから走ってやってきた。
ちょうど昼に添い寝をしていた時にまたふわふわと飛んでしまったのだ。
それはそれは気持ちよさそうな顔をして眠るシャオマオをうっとり眺めていたら、「妖精様が飛んでいると!精霊たちが騒いでますよ!!」とサリフェルシェリが汗を流しながらやってきたのだ。
「・・・素晴らしい」といってシャオマオをうっとり見るサリフェルシェリによると、精霊がシャオマオの感情に触れてどんどん生まれているらしいのだ。
浄化した魔素が形を作って精霊になって、シャオマオに纏わりついて感謝をささげているのは今のシャオマオが平和な気持ちで眠っている証拠なのらしい。
シャオマオが素晴らしいのは当然だが、シャオマオが飛ぶのは歓迎していない。
「シャオマオが飛ぶことは黙っていてくれ」
「おや、何故です?」
「本人が飛べると思って高いところから飛んで、飛べなかったときどうする。きちんと飛べることがわかってからだ」
「それは・・・まあ」
「もう少し大きくなるまで黙っている」
「そうですねぇ。自然と起きているときにも飛べるようになるまで黙っていましょうか」
サリフェルシェリはこれで黙っていることに同意した。
次にばれたのはライだ。
本格的にシャオマオが目覚める前に、シャオマオを攫おうとした悪徳ギルドをつぶしておこうとダァーディーの意見でみんなが集まった時だった。
ユエはシャオマオと一緒にいなければならないので、里で留守番だ。
「シャオマオちゃんが起きた時のために」といって食料を運んできたライがぺらぺらと作戦について話していた時に、スリングの中のシャオマオがライの声に反応して浮いた。
「ねえ・・・・・。ちょっと浮いてない?」
「浮いてない」
「いや、「ああそうか」って納得するには浮きすぎてるよ!!浮いてるよシャオマオちゃん!!」
「ち」
「舌打ちした?いま舌打ちしたでしょ?」
「していない」
「まあそれはいいとして、なんで浮くこと黙ってたの?」
「たまにしか浮かないから」
「え?」
「たまにしか浮かないから、浮いてないのと一緒だ」
「え?理解できないんだけど?」
「まあ、誰にも言うつもりがなかった」
シャオマオがすすすと降りてきた。
「短時間。気分のいい時に浮かぶようだ」
「ど、どういうことかよくわかんないけど気分がいいならそれはいいことだな」
スリングの中を覗くと、シャオマオは眠っているが微笑んでいるように見える。
「空はやっぱり飛べるってことなのかな?」
「しばらくはシャオマオが目覚めても浮いていたことは黙っているつもりだ」
「え?なんで?」
「自分の意志で飛ぶことができないなら、危険だからだ」
「でも練習しないと・・・」
「ずっと飛べなくてもいい」
ユエのセリフにライは眉根を寄せた。
「お前、シャオマオちゃんが飛ぶのをよく思ってないんだな」
ユエは何も反応しない。
「そうだよなぁ。シャオマオちゃんのことだから、飛べるのを知ったら喜んで飛ぶ練習をするだろうし。そうなったらお前に抱っこされることも減るだろうし。なんなら手をつないだりして歩いてくれることもなくなるだろうな~」
「うう・・・考えたくない」
「そうやって、独占欲丸出しなのはよくないぞ。知られたときに嫌われるんじゃないか?」
「き!嫌われるのはだめだ!!」
シャオマオをきゅうっと抱きしめる。
「だったら、正直に飛べることを言うべきだ」
「だ、だが・・・」
「自由を得たうえで、自分と手をつないでもらえるように努力しろよ。相手は妖精だぞ?しばりつけようとなんてするな!」
ライはふんすと鼻息荒く言い切った。
「わ、わかった・・・」
ユエは絶対にわかりたくない顔で返事した。
そしてとうとうシャオマオが目覚めて、自分が文字通り赤ちゃんになったことにも納得し始めた頃だ。
「そろそろシャオマオちゃんに浮くこと言わないとねぇ」
とライが言う目線の先には、おやつを食べておなかをぽんぽんにしたシャオマオがお昼寝をしている。
もちろん横になったままタオルケットを連れて浮いている。
「幼くなってから、成長とともに妖精様の浮く頻度が高くなったような気がしませんか?」
同じく一緒におやつを食べていたサリフェルシェリがいう。
「疲れるほど遊んで、楽しそうにしていた時は浮いているような気がします」
「ふうん。やっぱり気分で左右されるのかな?」
「楽しい気持ちが浮かせる動力なのでしょうか?」
「文字通り、浮かれてるって?」
ライとサリフェルシェリが顔を見合わせてはははと笑っていたところで、ユエが「ぐるう」と虎姿でシャオマオを呼ぶと、またすすすと近寄ってくる。
「おお。寝ていても呼ばれていることは分かるんですね」
「ていうか、虎の言葉わかってるってことになるぞ?」
「わかるんじゃないですか?妖精様ですし」
「この世のすべてが「妖精だから」で説明できるようになっちゃうじゃないか」
「できるでしょう」
「ひゃー。星の愛し子はやっぱ特別なんだねぇ」
シャオマオがユエのふさふさの胸元に滑り込んできた。
「ぐるうう」
ちゃんと伝わったかはわからないが、ユエの言葉を聞いたシャオマオはぐりぐりと顔を押し付けて顔が隠れて見えなくなってしまった。
どうやら本当に虎の言葉もわかるようだ。
後日、話すより前にレンレンとランランがキャッチボールのようにシャオマオを投げて遊んでいて、「ちょっと浮いてるよお!!」と浮くことが本人にもばれてしまったのであった。
シャオマオはまだ自由に飛べないが、ちょっと浮く。




