そんなことあり?!
「あふ」
あくびをして、腕をぐっと伸ばして目が覚めた。
「おはようシャオマオ」
ユエの美しい笑顔がすぐそばにある。
「う?」
ちょうど胸の位置にいるが、体が布でぎゅっと包まれていて浮いてる感じがする。
上を見ればユエの顔で、その向こうには空が見えるけど、私を包んでいるらしい布はユエの体にかけられて支えられてるようだ。ユエの首元が見える。
これは、スリングというやつでは?
優しい石鹸の香りに物干し竿と風に靡くシーツでユエが洗濯物を干しているところなのは分かった。
「お寝坊さんだったね」
「う?」
しかし、状況が全く掴めない。
なんだこれ?
「やっとシャオマオの美しい桃色の瞳に俺が映ってる。幼くてもやはり輝きは変わらないんだな」
うっとりとしながからユエは顔にそっと手を当てて、パーツを一つづつ親指で滑るように撫でる。
「あう?」
ユエの手、いつも大きいけど今日は特に大きくない?
え?
そんな事ある???
片手で頭をひとつかみにされそうなんだけど???
キョロキョロ周りを見回すと、自分の手が目に入った。
え?
ほんとにどういう事?
小さいんだけど???
元々大きい方ではなかったけど、より小さく見える。
「いゆえ?」
斜めがけの赤ちゃんスリングで体を支えられてるし、私の言葉がさらにおぼつかなくなってる気がするんだけど???
「うん。シャオマオ。落ち着いて聞いてね」
「あう」
「シャオマオは熱を出したの覚えてる?」
「うゆ」
「あれから2ヶ月眠ったままでね」
「に!?」
「最初に出会って眠ってた時も1ヶ月眠ったままだったんだけど」
1ヶ月寝たま・・・。知らなかった。
「今回は長くてね。で、寝てる間に体が赤ちゃんに巻き戻ってしまってたんだ」
ユエはにっこりと微笑み付きで説明してくれた。
「あう?!」
「ちょうど今は人族でいうと2歳とかそんな感じかな?」
「はぶん(半分)・・・」
ユエが言うには、薬を飲ませた後に熱は徐々に引いたが代わりに眠りがどんどん深くなり、体内の魔素が急速に使われ始めたという。
なるべくユエが一緒にいて、ユエが吐き出す魔力を取り込めるようにしていたが、成長や生命維持に回していた体内魔素まで使い始めて体が縮んだ、と。
え?
そんな乾いたスポンジみたいな体ありなの?
「赤ん坊まで遡ってしまってたのが、今やっと少し戻ってきてるところなんだ」
もうユエの言葉に目を丸くする以外にできることがない。
妖精ってそう言うものなの?
「赤ん坊のシャオマオは本当に可愛くてね。眠ったままだったのが惜しいくらいだったよ。美しい巻き毛でまつ毛が長くて、人形のような薄桃色の頬はすべすべで…」
赤ちゃんの私を思い出しながら、ユエはうっとりと語り出す。
まあ、それはいいとして。
「もどりゅ?」
「ん?今のままでもいいと思うけど、赤ん坊から1ヶ月で今の大きさだから、時間がかかるかもしれないけど戻るよ」
まずはほっと一息。
そして、一息ついたので気がついてしまった。
めちゃくちゃユエのいつもの香りが濃厚になってる。
まるでお酒みたい。酔ってしまいそうだ。
「いゆえー」
顔が熱くて、ぽーっとしてきた私は別に面白いこともないのにくすくす笑い出してしまった。
笑上戸だっけな?
いや、お酒なんてそもそも飲んだことない。
「ん?魔力酔いかな?」
すりすりと熱くなったほっぺたを撫でながら、ユエは私をスリングから取り出して地面に立たせたが、私はふにゃふにゃの足取りで歩くことができない。
なんならお尻が重くて座り込みそうになるのをさっとキャッチされた。
「シャオマオのタオの香りが強くなってる。目が覚めたから俺とシャオマオの魔素器官が急速に循環し始めたのかな?相性がいい片割れの魔力だからね。気分が良くなるのも当然だ」
こういうときは枯渇しない程度に、酔わない程度に引っ付くのがいいらしいがふにゃふにゃの私は危なかしいので当然抱っこされる。
濃厚な胸元の香りが感じられて、自分の身の内に溜まる感じがする。
「にゃはは」
縦抱っこをされてふにゃふにゃと笑っていたら「かわいい」とおでこにキスされた。
「妖精様が目覚めたと!精霊たちが騒いでますよ!」
遠くから走ってきたサリーが息を切らせて近づいて、「うわ!眩しい!」と手で目を覆った。
どうやら今はめちゃくちゃ精霊に纏わりつかれているらしい。
前は見えたのに、今はまた精霊が見えなくなってしまった。
「しゃり、ごめ。あいたかっちゃ」
手を伸ばすと、ユエは渋々サリーに私を抱かせた。
「いいえ。いいえ。謝らなくていいのです」
きゅうと優しく抱きしめて、背中をポンポン叩いてくれる。
「妖精様にあんな真似するものが猫族エリアまで入ってくるなんて。我々も驚いているのですからショックは当然です」
「んに。こころこ?」
「猫族の里だよ。ちょっと他の人とは離れた場所に住まわせてもらってる」
何故にこんなに活舌が悪いのに通じているのかわからないが、話はできるので気にしてもしょうがない。
ユエとシャオマオの魔力循環が大きいせいで、魔力圧力が大きくなってしまったらしい。
それでもシャオマオの浄化が上回っているので健康被害を人に与えるほどではないけれど、用心して里の家が建ってるところから離れてるところのおうちを借りてるらしい。
「俺の家の離れだよ」
「ぱあぱ!」
虎半獣のダァーディーが隣の家からやってきた。
「はっはっは。2か月も寝るなんてさぞでかくなるんだろうと思っていたのに縮むんだから、ほんとにおもしろい娘をもったもんだ」
小さくなった私を手のひらに乗せてぐりぐり頭をなでる。
「ぱあぱ、ごめね」
「何を謝ることがあるんだ。お前を狙った野郎どもの組織は壊滅したし、もう二度となめた真似するやつはでてこないだろうしな。安心しろ」
「う?」
「ああ。お前が寝てる間に、人攫いの悪い奴らの悪徳ギルドをぶっ潰しておいたんだ。もう猫族の里にまで入り込んでくるやつもいないな」
がははっと笑って虎の口から牙がきらりと覗く。
つ、潰し・・・?
潰せるもんなのかな???
「あいがちょ?」
お礼は言っておく方がいいよね?
「私たちのギルドにも依頼があった悪徳ギルドでしたし、猫族の力を借りて一掃できてよかったのですよ。なにせ、一度目に妖精様を攫おうとしたのもあの組織でしたからね。エルフの子供も攫われかけてましたし本当に本当に潰せてよかった」
あ、やっぱり鱗のある人たちは仲間だったんだ。
サリーがいい笑顔で喜んでいる。
「大きくなってきた子供たちのいい訓練にもなったしな」
「こにょも?」
「レンレンとランランも一緒に行ったんだよ。あいつらはギルド所属前だが腕が立つ。俺たち猫族は戦闘種だからな。だいたい戦士や冒険者になったりするんだ。戦って金を稼ぐやつらが多い」
「しとじじ・・・」
「あー。ケントかな?小さいキジトラ柄のだろ?あいつは小さいが度胸がある。気にしてない」
「れも・・・」
「まあ、謝りたいと思ってるなら謝ったらいいけどよ。別に誰も気にしちゃいねえよ。むしろ妖精を守れたって喜んでた」
「あう」
「どっちにしろ、元の大きさに戻ってからだなぁ。里の魔素を全部浄化しても足りないくらいお前の魔素器官は大食漢だ。魔素器官が満腹になるには時間がかかる」
がははと笑って頭をポンポンされた。
ちょっと手が重いので頭がぐらぐらした。
「シャオマオちゃん?」
この声は
「らい!」
振り向いたらライが立っていて、手に持っていた荷物をぼとりと落として固まっている。
「らい!らい!ごめね!あいちゃかった」
手を伸ばしたらライが走ってきて、ぐらついた私の体をきゅっと抱きしめてくれた。
「よかったね。目が覚めたんだ」
「らい~」
「また名前呼んでくれて嬉しいよ」
「ごめね!らい!らい!にいに!」
「うんうん。わかってるよ。誰も傷つけたくなかったんだよね」
「あう・・・」
涙が自然とこぼれてライの服に吸い込まれていく。
「熱が下がったと思ったら小さくなるし、困った妹だ」
「ごめね」
「いいんだよ。シャオマオちゃんに困らされるなら大歓迎だよ」
「にいに。らいしゅき」
ぎゅっと抱き着いた手に力を入れたら、ぴしっと空気が凍った。
あれ?
なんかおかしなこと言ったかな?
「ユエ。シャオマオが目覚めるまでずっと運動してなかったんだ。体が訛ってるだろう」
「そうだな。ライに付き合ってもらうか」
「俺も参加しよう」
「ちょ!ユエと族長の二人相手なんてできるわけないだろ!」
「大丈夫だよ。俺は獣化しないし」
「俺は素手でやってやるよ」
ユエとぱあぱがにっこり笑って私をサリーに預けて、ライをずるずると引きずるように連れて行ってしまった。
「さり、なんか、まちがっちゃ?」
「いいえ。心が狭い保護者達の嫉妬ですよ」
「しっと?」
「今度は好きな人みんなに好きって言ってあげるといいですよ」
「あい」
ユエ好き
ライ好き
サリー好き
ぱあぱ好き
レンレン好き
ランラン好き
ニーカ好き
チェキータ好き
・・・・・・・・・・・
ユエが好き
あれ?なんでユエが好きの時だけ胸がどきどきするのかな?
今日も読んでいただきありがとうございます。




