子供も大人も慣れてます。
「シャオマオ、止まれ止まれ」
レンレンの声でシャオマオは改めて周りを見回して、全然見たこともない場所にいることに気が付いて足を止めた。
「あう」
「シャオマオは足も遅いねぇ。かわいい」
一生懸命走っていたつもりだったが、レンレンとランランは息も乱れていない。もう少し走らせてもよかったのだが、息と足が乱れてるので転がりそうだなと心配されたのだ。
「ちょっと集会場から離れてしまったから、ここらでちょっと頭冷やしてから戻ろうね」
「あい」
シャオマオの顔はまだ赤い。
「ユエはいつもあんな感じか?」
「シャオマオいじめられて大変だ」
「うう。いちゅも、わかんないってにげちゃう」
「いつもか・・・」
レンレンが憐れみを含んだ目で見つめて来る。
「レンレン、ランラン」
いつの間にかそばに猫族の子供が集まって来ていた。
シャオマオとちょっと大きいこと、小さい背丈の子供たちが男女合わせて6人。
ちょっとボス的な立ち位置で先頭にいる男の子が話しかけてきた。
「ハク、どうした?年少組はお留守番だろ?」
「だって、妖精様が来てるんだろ?集会場に見に行こうと思ったんだ」
「だめだめ。年少組はみんな興奮して遊んでしまうからな。家で待つんだ」
「え~!!」
子供の声に我慢できなくなったシャオマオが、前に立ってくれていたレンレンの後ろからひょいと顔を出した。
「う?」
「う?」
シャオマオの声に反応したハクはレンレンの後ろから顔を出したシャオマオの顔を見て、ピタッと動きを止めた後、全身真っ赤になって口をパクパクさせた。
「わー、妖精様?」
「かわいい!」
「え~?なんで猫族の衣装来てるの?」
「なんでここにいるの?」
「妖精様だ!」
固まったハクを覗いた全員が口々に話しながらシャオマオの周りに集まってきた。
「あ、あう」
子供に話しかけられるのも初めてだし、早口でそれぞれがどんどん好き勝手に話すから、シャオマオは会話についていけない。
そう思うと、周りにいた大人たちはシャオマオにわかるようにゆったり話してくれていたんだなとわかった。
「うわ~!強い虎の匂いするね!」
ちょっとシャオマオより背が大きい女の子がクンクン嗅いでから嬉しそうに言う。
「ほんとだ!強そう!」
「妖精様の片割れだろ?」
「強い虎?ダァーディーより強いかな?」
皆が口々にユエについて話すが、匂いで強さがわかるなんて初耳だ。
「強さわかるの?」
「そうね。シャオマオからはユエの匂いが強くするよ。普段から匂い付けされてるんだろ?」
「だっこしてもらう、から?」
「・・・わからないようにつけられてるな」
抱っこ程度でつくようなにおいの強さじゃない。ランランは呆れた顔をした。
「お、おまえ、名前は?」
やっと動き出したハクが声をかける。
「う?シャオマオよ」
「チビ猫か?妖精なのに?」
「あい」
「年は?」
「4歳!」
「え?4歳なのにほんとにチビだな」
「妖精だからよ」
「そうそう。小さくてかわいいじゃない」
女の子たちが加勢してくれる。
「一緒に遊ぼうよ。鬼ごっこしよ~」
「あん、かくれんぼよ」
手を引っ張られてどっちと遊ぶかケンカが始まる。
「だめだめ。妖精様は今日の主役だ。ちょっと外の空気を吸いに来ただけだから戻らないと」
「え~!ランランずるい~!」
「ずるくないよ。しょうがないことよ」
ランランが言い聞かせようとしたが、全くぶうぶう言う子供たちは収まらない。
「ちっちゃいこも、いっしょに来る?」
「え~?!いきたーい!!」
「やったー!」
シャオマオが誘ったら全員来るとのことだったので、レンレンとランランに案内してもらって集会場に戻るところだった。
「止まれ。ゆっくりこっちを見ろ」
知らない男の声がした。
「きゃあ!」
悲鳴に振り返ると、一番小さな男の子の襟をつかんで持ち上げる男が立っていた。手には子供など真っ二つにしてしまえるような大きなナイフを握っている。
猫族じゃない。
黒い肌に鱗。シャオマオは見覚えがあるけどあの時の人さらいじゃない。一回りくらい体が大きいので別人だろう。
「そこのお前、妖精だろ?一緒に来てもらおうか」
「妖精?何言ってる。この子人族だよ」
ランランがあきれたように言う。
「桃色の髪に桃色の目だ。依頼主が言ってるんだから、妖精かどうかは連れて行って判断してもらう」
「依頼主?誰かに頼まれたか?」
「時間稼ぎはするな。大人がいないうちに戻らねえとめんどくせえ」
「いないわけじゃないよ」
「宴会してるんだろ?今のうちだ。妖精、こっちへこい。このガキと交換だ。俺一人と思うなよ。仲間が遠くから全員を狙ってるからな。妙な動きはするなよ」
「シャオマオ行くな」
「ででででも・・・」
シャオマオはガタガタ震える体をなんとか動かして男に近づこうとしたが、レンレンに小さな声で止められた。
ランランが犯人と話してる間に周りに聞こえないようにレンレンから「10秒数えたらユエを呼べ」と小さな声でそっとささやかれた。
「お前らは子供だけだと思ってなめてるな。ここをどこだと思ってる?猫族の里だぞ?」
「ガキに何ができるんだ」
「その小さなチビ猫すらお前らには傷つけられない。試してみるか?」
3
2
「時間稼ぎはもういい!さっさと妖精こっちにこい!!」
1
「ユ」
大きな声を出そうとした刹那、大きな影がシャオマオを飛び越えて人さらいに向かっていった。
「うわあああ!」
人さらいに掴まれていた子は宙に投げ出されたが、くるんと宙で一回転して軽く着地した。
家の屋根の上からも複数の悲鳴が聞こえてきて、シャオマオは体をすくめた。
その体をランランが抱きしめて、レンレンは抜かりなく周りを見ている。
小さな子供達も自分たちの中の小さい子を守って構えている。
「ユエ!殺すな!!」
屋根の上からダァーディーの声が響いた。
「ゆ、ゆええ」
男のナイフを折り、体を爪で強く切り裂いて抑え込んでいた虎の姿のユエがシャオマオの声に振り返った。
人の姿に戻りながらシャオマオに抱き着いたユエが、ぎゅうぎゅうシャオマオを抱きしめる。
「ごめんね、シャオマオ。怖い思いをさせてしまった。離れるんじゃなかった」
「ゆえええ~」
助けられて裸のユエに抱きしめられるのは2回目だ。
「ほらほら。また裸だから」
ライが大きなマントをユエの体にかける。
「ど、ど、どうして・・・」
「どうしてここがわかったの?かな?」
ライが通訳してくれたがなんでわかったんだろうと不思議だ。
「敵意を感じた。それで探しに出たらちょうどシャオマオが俺を呼ぶ声が聞こえた」
「き、きこえ、た、の?」
「どんなに遠くでもシャオマオの声は聞き逃さないよ。ちゃんと聞こえる」
「ゆえ、ゆええええ」
「うんうん。怖かったね。呼んでくれてありがとう」
やっと涙が流れ始めた。
「猫族の里まで入り込んでまで攫おうなんて普通のやつが考えることじゃねえな」
「そうだな。こっちは女子供でも戦闘訓練してるんだ。一筋縄でいかないことなんてわかってるだろうに」
猫族の男たちが話しあうが、答えは犯人に聞かなければわからない。
「ユエ。殺してないだろうな」
「生きてるはずだ」
ダァーディーに尋ねられたが本当は一撃にもとに殺してしまいたかった。
「シャオマオを泣かせるやつは生きててもしょうがない」
「そいつら、今日が歓迎会だってわかってたね」
「大人がみんな集会場にいること知ってたよ」
レンレンとランランの言葉に、ダァーディーがうなる。
「俺の娘になったシャオマオを攫おうってんだ。依頼者がいるんならそいつらも叩き潰してやる」
人さらいの仲間たちを縄で縛り、集会場へこれから連れて行くらしい。
「シャオマオちゃん連れて俺の家でもいいんだけど、女の人がいたほうがいいでしょ。マリーナさんのうちに行こう。余ってる部屋が一つあるはずだ」
「シャオマオ、どうする?二人だけだと怖い?」
「ユエがいるところ」
「ん?」
「ユエがいるところがいい」
「うん。わかったよ。二人でずっと一緒にいようね」
しゃくりあげながらユエの肩に顔をうずめるシャオマオが絞り出した一言で、ユエはライの家を借りて二人っきりになることを選んだ。
「シャオマオ。ちょっとだけ俺の足の上に座ってね。化粧を落として着替えよう。さあ、目を閉じて」
シャオマオが目を閉じると、柔らかい布で目じりを優しくぬぐわれる。
どんどん涙があふれるので化粧はほとんど落ちているが、それでも赤い目じりの化粧は少し残っていた。
「なみだ、とまらないね」
目を閉じたままなのでシャオマオにはわからなかったが、布ではない濡れたもので涙をなぞられた。
ユエの息づかいがすぐそばで聞こえる。
「ユエ?」
「うん」
返事をしただけでユエは何も言わない。
目を開けてはいけないような気がして、シャオマオは目をさらにぎゅっと閉じた。
「目はまだ閉じておいて。口紅も落とそうね」
「あい」
「口はちょっと開けておいて」
少し開けた唇に、濡れた布が柔らかくあたってなぞられる。
「シャオマオ、覚えてる?」
シャオマオは黙ったまま、ユエの言葉を待つ。
「宴会が終わったらシャオマオからしてって言ったの覚えてる?」
「ふ?」
「忘れたふりしてるの?」
「忘れたの」
「悪い子だね」
ユエの声が近い。耳のそばでしゃべってるみたいだ。髪をほどいて手櫛で整えられる。
目を閉じていると、ユエの声がすごく体に響くようなセクシーな声だったことを強く意識してしまう。
「さあ、あとは着替えだけだけど、着替えも俺がしていい?」
「だ、だめ」
「だめ?」
「だめ!」
「お姫様だから、なんでも俺にさせていいんだよ?」
「はじゅかちいから、だめ」
「片割れだから恥ずかしいことなんてないよ?それとも、心が大人だから俺のこと意識して恥ずかしいの?」
「わ、わ、わかんな・・・」
唇が震える。
「そっか、わかんないのか」
「あい」
返事をした後に、唇のすぐ近くにちゅっと口づけられた、と思う。
びっくりして目を開けたら、ユエのきれいな顔がすぐそばにあった。
「どうしたの?」
にこにこしているユエに、何か聞くのはためらわれる。
「にゃんでも、にゃい」
「はは。猫みたい」
近くにあるカバンからシャオマオのパジャマを出して「これ着て。俺も向こうで服を着るから」と渡された。
お互い背中向けで、同じ部屋で着替えをする。
ユエのゲルにいた時より離れてるのに、衝立がない状態だと思うとドキドキする。
着替えて振り向いたら、ユエはもうこっちを見ていた。
「ユエ!見てた?」
「いや、見てないよ。音で着替え終わったのがわかったからね」
少ししゃがんで手を広げて、シャオマオを呼ぶ。
「おいで。くっついて寝よう」
大きな体に抱きしめられて、ふうとため息をつく。
安心する。
ユエの香りに癒される。熟れた果実の香り。意識して嗅ぐと濃厚でくらくらする。
ライのベッドを使うとライの匂いがするから、という理由で、二人は野宿の時に使ったありったけの毛布を出してくるまった。
「眠れそうなら眠って。してほしいことがあったら言って」
「ぎゅっとしてて」
「わかった。離さないよ。おやすみ、俺の桃花」
二人はぴったりとくっついて、お互いの鼓動を聞きながら目を閉じて眠った。
シャオマオを落ち着かせようと思ってしたことですが、ユエが好き勝手なことしてましたね。
ツッコミ役がいないと大変だな、シャオマオ。




