お祭りに参加
馬車が付くころにはすっかりと日が沈んでいた。
「じゃーね!夜祭楽しんで!」
「おお。お互い楽しもう!」
ライと同乗者たちが手を振りあって別れた。人族の男も犬獣人の女たちと一緒に祭りを回ることにしたようだ。
「桃花・・・いや、『もも』。ついたよ」
桃花の名前はとても注目を集めてしまうので、シャオマオの前の星の言葉で『もも』と呼ぶことにしたユエ。
「うん、『つき』。にぎわってるね」
シャオマオもユエを『つき』と呼ぶ。
「つき。ももちゃん。先に飲み物を買おう!俺のど乾いちゃってさぁ」
「ふふ。いいよ」
ライが三人分のアルコールを買った。
シャオマオには子供でも飲める低アルコールの子供シャンパンのようなものだった。
「夜祭にカンパーイ」
「乾杯!」
グラスを掲げて飲んでみる。
しゅわっとした果物のサイダーのような味がして甘い。
周りを見ると、本当に小さな子が飲むようなアルコールらしい。
「どう?ももちゃん飲めそう?」
「うん!もっと飲みたい!」
「顔が赤いよ。あとはジュースにしようね」
ユエに止められる。
ぷくーっと膨れた頬を突かれるとぽふっと空気が抜けた。
「さあ、のども潤したし、ちょこちょこ食べるところもあるんだけど、何が食べたいとかある?」
「うーん。ももはあんまり食べ物わかんないから、二人のおすすめ食べたいな」
ライに甘やかされてきた弊害である。
シャオマオは買い食いをほとんどしたことがないのだ。
「じゃあ、あの店の串から攻めよう」
甘いたれの香りが食欲をそそる。
「おじさん。30本ちょうだい」
「あいよ」
紙袋に入れられたアツアツの串。
周りを見ると他のみんなも30本とか50本とか大量に買っている。本当に人気のお店なんだろう。
「まだ席がちょこちょこ空いてるな。座って食べよう」
鳥の皮を味付けしてカリカリに揚げた串で、パリパリ食感が美味しい。
「んん~!美味しい!」
「もも。あんまり無理してたくさん食べなくていいからね」
「うんうん。これエールに合うんだよ。完全にアテだからももちゃんには他の物もたくさん食べてもらいたいな」
「はーい」
シャオマオはもう一本食べながら返事した。濃い味付けに、飲み物のシュワシュワがあう。これがおつまみってものなんだろう。
「焼き野菜もあるし、麺料理もあるし、何なら席取っておくから、つきと二人で見てくるといいよ」
「わかった!つき、一緒に行きましょ」
「勿論」
二人は人混みを避けながらすいすい歩く。なんだか人が避けてくれているような気分だ。
実際に二人は我知らずと避けられている。誰も意識していないが、無意識で避けてくれているのだ。
「ゆ、じゃなかった。つき、これってもしかして・・・」
「オニギリって書いてあるな。妖精印のおにぎり屋さん」
おにぎりにできる米。粘り気がある炊いたご飯に違いない。シャオマオはお店に駆け寄った。
「あの、これ、手で持って食べますか?」
「そうだよ。お嬢ちゃんまだ食べたことないのかい?ジョージ王子がえらく力を入れて作った米でね。こうやって握ってつくるんだよ。猫族の米に似てるんだけど、食感が違うんだ」
人族エリアから出店に来たという犬族の男は手に持っているおにぎりを握って見せてくれた。
「中になにか入れてる?」
「ああ。具材は味付けした肉のそぼろが人気だよ」
「じゃあそれ、ください。3つ」
「ありがとうね。熱いから気を付けて」
大きな植物の葉に包んで持たせてくれる。
「もも。持つよ」
「ありがとう」
そのあとも、サラダを買って、肉の盛り合わせを買って、焼きそばを買って、甘い餅を買って、とにかく目についたものを買いまわった。
「おおー、ももちゃんお帰り~」
テーブルに戻った時にはご機嫌なライが手をひらひら振ってくれた。
「ライにーにったら、たくさん飲んだの?ご飯食べられるかしら?」
「まだそんなに飲んでないなぁ。腹はすいてるよ」
「ほら、もも。これを一番楽しみにしてただろ?」
「なになに?」
ライが覗き込む。
「おにぎりじゃん!」
「そう!そうなの!ももが前の星で食べてたおにぎり!ここでも食べられるなんて・・・」
シャオマオは一つ手に持ってかじりついた。
「・・・・・・もも?」
「おいしい・・・。これ、これだよ。おいしい・・・」
実際には前の星で肉そぼろのおにぎりを食べたことはないが、もっちりとしたご飯は記憶にあるものとほとんど一致している。
「うれしい。ここでも食べられるなんて」
「よかったね。もも」
泣きべそシャオマオを片手で抱きしめるユエ。シャオマオが喜ぶものがあってよかった。
「しんみりしちゃってるけど、これから地上にいれば毎日食べられるんだから」
ライがシャオマオの顔を覗き込んでにっこりと笑った。
「そうだね!毎日ご飯が食べられるなんて幸せ!」
「そうだよ。毎日だ」
ご機嫌なライはおにぎりを一つ齧る。
「じゃ、今度は俺のおすすめを買ってくるから。食べながら待ってて」
買ってきた料理が半分くらいになったところでライがおすすめの料理を買ってくるといって席を離れた。
「ライ、お酒飲みすぎてないかな?」
「あれくらい大丈夫だよ。一晩中飲んでもあいつはしっかりしてる」
「つきは?」
「・・・・・・寝てしまう」
「ふふふ」
「今日は地上でもいい月が見えるね」
「祭りが終わったら、ゲルに行こう」
「うん!行きたい!」
あそこで二人で見る満天の星空は、ここへシャオマオがやってきたときのことを思い出させる。健康な体に喜んでいた時の思い出だ。
「お嬢さん。お土産はいかがかな?夫婦円満の金虎のお守りだよ!」
売り歩いているんだろう、商品がかかった棚を前に抱えて、その中に掛かっている虎の形をした土人形に、可愛く着色しているものをシャオマオに見せるおじさんがいた。
「ふうふ?」
「そうさ。隣の兄さんと恋人だろう?これから結婚するなら家に飾るといい。夫婦円満、生涯の愛を誓う金虎様のお守りさ」
「一つもらおう」
「お買い上げ、ありがとうございま~す」
おじさんは小さな太鼓をトントントンと叩きながら、節つきでお礼を言った。縁起物を売る商売はこういう演出も大切なんだろう。
「もも。これは俺からの愛だよ。気に入った?」
「ももにはもう大きな虎さんが一生そばにいてくれるけど、これはとってもかわいくて好きよ。大事にする」
「もも。愛してる」
「はいはい。いちゃいちゃしてるところ悪いけど、スープ受け取って」
シャオマオが返事する前にライが帰ってきた。
「ライにーに。おかえりなさい。スープありがとう」
「どうしたしまして」
具沢山のトマトのスープはちょっぴり辛くて飲み物がすすむ。
結局、シャオマオはこどもシャンパンを3杯飲んで真っ赤な顔をすることになった。
お腹がほどほどに満ちた一行は、出店を見て回る。
シャオマオが好きなタオの実の屋台は無料でどんどん配られている。
横を見れば「妖精様のおきにいり」の看板を付けた、いつかの果物ジュースの店。
妖精の絵を売る店や、さっき買った虎の置物や、子供たちが好きそうなお菓子の店。みんなランプの下で楽しそうにしている。
「シャオマオちゃん。エルフ族の歌が始まるよ。見学しよう」
ライに誘われて奥にある舞台に近づく。
いつかのエルフの里で見た、顔に蝶のペイントをした子供たちがドレス姿で歌い始めた。
弦楽器。打楽器、形は違っても、前の星と同じような音がするものだ。美しい音楽、美しい歌声。
この場にみんなの幸せが満ち満ちている。
シャオマオは嬉しくなった。
嬉しくなった分、空を飛びたくなった。
酔っていたのだ。
「ユエ」
すいっと浮かんで、ユエに手を差し出した。
ユエはシャオマオの願いをかなえる。どんなことでも。
ユエも浮かんだ。
ざわざわとしていた楽しそうな声から、悲鳴のような声が上がり始めた。
「妖精様だ!!」
「妖精様がいる!!」
「なんだって?!」
空を指さして大騒ぎがだんだんと外に向かって広がっていく。
シャオマオはケタケタ笑いながら、舞台に近づくと、止まってしまった子供たちに「歌って」とリクエストした。
「シャオマオ!!」
「エルメルフェルナ?」
「そうだよ!おまえ祭りに紛れてたのか?」
エルフの里で遊んだエルメルフェルナが子供たちを引率する係としてやって来ていたのだ。
「もっとうた聴きたい。歌って」
「こんな、パニックになったら、誰も歌なんか聴いてないじゃねーか」
「そうなの?じゃあ『みんな静かに歌をきいて』」
シャオマオの言葉が口から出た瞬間、パニックになった人々の心が落ち着いて、表情もやわらかくなった。
「これでいい?」
「いいけど・・・」
エルメルフェルナはぶぜんとした顔をして指揮を再開した。
懐かしいエルフの里の歌。あの楽しかった数日間の滞在。お祭りで何度も歌われた楽し気な歌。エルフ語はシャオマオにはわからなかったが、シャオマオの大好きな歌。
ぱちぱちと手を叩いてシャオマオが喜ぶと、周りの人たちも手を叩いた。
シャオマオはさらに数曲のダンスや歌を楽しんで、もっと気分がよくなったのか手のひらいっぱいに銀色の粉を出して風に乗せて空からばらまいた。
『この星の子らは神とともに。この祭りに感謝して祝福を授ける』
人々の心がふわっと明るくなる。
ユエも同じように金の粉を撒く。
「祝福を」
それで人々は、大きなパニックを起こさなかった。
金と銀の粉が舞う空を見上げて、自分と隣り合わせの人と、神に感謝した。家族でなくとも、知り合いではなくとも、たまたま隣り合った人の幸せを願い、感謝した。
「みんないい子。お祭り楽しかった」
シャオマオとユエはするりと消えた。




