シャオマオの決めたこと
「金の大神様が・・・・」
狼の里長クリスは両手を畳に付けて、肩を震わせている。
何よりも、金の大神と銀の大神を再び出会わせることが使命だと思っていた一族だ。金の大神が自らの手で銀の大神を消し去ったというのは信じがたい出来事だろう。
「おばあちゃま・・・」
「落ち着くまで、そっとしておいてあげてください」
ラーラに言われて伸ばしかけた手を引っ込めるシャオマオ。
「この星を、どうしたいんだろうな・・・大神様は」
ドワーフ族の族長の護衛として一緒にやってきたドワンゴがぽつりという。
「星の愛である妖精様は我らを愛してくださっておる。それが星の意志だ」
アッガザイデルは大きな声で言い切った。
「この星の理は崩れた。裁定者がこの星を砕くだろう」
ドラゴン族の族長がポツンと言い、さっと立ち上がった。
「我々はそれを粛々と受け入れるのみだ」
「待って!」
「妖精様。もとより星は滅びの道を辿っていた。金狼の選択によりそれが早まっただけだ」
「でも、でも、ドラゴンのみんなだって銀狼を迎えに行くの助けてくれたでしょ?ただ星が砕けるのを黙ってみてるのなら助けなかったでしょ?」
「金狼が、この星の神が選択したのですよ、妖精様」
歩き出そうとするドラゴンの族長の前に、ユエが立ちはだかった。
ユエは2メートル近く身長があるが、それよりもさらに大きいドラゴンの族長。ユエを見下ろしている。
人型にはならず、半獣体といったところか。
ドラゴンの頭と翼、体はドラゴンのまま二足歩行しているようだ。威圧感がすさまじい。
ドラゴンの族長はそのまま押しのけようとしたがユエを一瞥して、止まった。
「貴様・・・?」
「座れ。シャオマオがまだ話をしている」
ふんっと鼻息を鳴らしてドラゴンの族長が再び座った。シャオマオはほっとする。
「ドラゴン族みたいに、何もしないでいいっていう、意見の人いるのかな?」
「その場合は『裁定者に星を砕かれすべてが無になる』ということになるのか?」
ダァーディーが明確に「何もしない」の先を言う。
「そうなの」
シャオマオはしおしおと返事する。
あの地下世界で声を聞いた。
確実に星が裁定者によって砕かれて終わる未来が近づいているのだと。
星は自分のからだに生きる者たちを等しく愛してる。
人も、動物も、ちいさな虫も、魔物も魔素も愛してる。
だからシャオマオも素直にすべてを愛してる。全部が等しく愛おしい。この星をめぐるすべての命、営みが。
「星はね、自分の体が砕かれることは気にしてない。この星に生きるみんながなかったことになるのを怖がってる。とても」
シャオマオはきゅっと握った自分の手を見ながら話す。
「この星の生き物はこの星だけのものなの。シャオマオね、他の星も見たことあるの。でも、そこには妖精なんかいない。ドラゴンも、獣人も、海人も、ドワーフも、エルフもいないの。魔素もないし、魔物もいない。今のみんながいるこの星が砕かれたら、みんななかったことになっちゃうの」
ぽちょんとシャオマオの涙が握った手に落ちた。
「星はみなんなの一つ一つの物語を覚えてくれているの。きょう海人族の赤ちゃんが生まれたとか、いまユニコーンの赤ちゃんが紐の引っ張りっこして遊んでるとか。ドラゴンのおじいちゃんがうっかり火を吐いて木を一本焦がしたとか。この星に起こってること全部見て、満足してくれてる」
また一粒、涙が落ちる。
「そうやって愛してたみんなが苦しんで、死んでしまうのも、なかったことになるのも、星はとっても、怖がってる」
「シャオマオ・・・」
座っているシャオマオに寄り添うユエ。シャオマオの華奢な背中をゆったりと撫でてあげる。
「星のお願いはね、『みんな頑張って生き残ってほしい』なの」
シャオマオはにこりと笑う。
「みんな戦わなくていいの。頑張って生きて。ただシャオマオがすることを応援してほしい」
笑ったシャオマオの瞳から、涙がポロリとこぼれた。
「馬鹿!!!」
大声は外から聞こえた。
ふすまをたしーんと勢い良く開けて入ってきた黒ヒョウの双子、レンレンとランランだ。
「なんでシャオマオだけが戦うね!おかしいね!」
「いきものぜんぶ背負うなんてやりすぎね!」
「お前たち・・・」
フンフンと鼻息荒く叫ぶ双子にあきれ顔のダァーディー。
双子はこの会議には入れなかった。代わりに部屋の外でこっそり聞いているのは気づいていたが、まさか入ってくるとは思わなかった。
「みんな頑張って生き残れってことは!」
「みんな必死になって力を尽くせってことよ!」
二人は真っ赤になって怒っている。
そう。怒っているのだ。シャオマオが一人で何かをしようとしたことに。
「シャオマオ!レンレンはナニ?」
「シャオマオ!ランランはナニ?」
「・・・・・にーにとねーね」
「ということで、シャオマオが何かするならレンレンも行くね。離れないよ!」
「ランランも行くよ。シャオマオが置いて行こうとしても絶対ついていくね!」
二人はぎゅうぎゅうと抱き着いた。抱き着いてわかった。シャオマオは震えてる。
「馬鹿はお前たちだ!」
ライが特大の拳骨を落として二人をシャオマオから引きはがし、部屋の外へペイっと放り投げてふすまを閉めた。
「あー・・・。邪魔が入って済まない」
ダァーディーが全員に向けて頭を下げた。
「しかし、シャオマオ。双子の言いたいことはわかったな」
「・・・あい」
「この星に生きる者全員に関係することなんだから、お前が一人背負うことじゃないってわかったか?」
「あい」
「お前だけが知っていて、お前だけができることなんだろうけど、この星にかかわることならちゃんと説明しなさい」
「・・・」
「シャオマオ」
「あい」
シャオマオは小さな子供の様に返事する。
「裁定者がやって来て、金狼と銀狼、いまは金狼が作ったから銀の器、なんだけど、二人を消してしまうの。この星の理から外れてしまったから」
金の大神が銀の大神を亡き者としたことで、星のバランスは本格的に崩れてしまった。
魔素は金の大神から吐き出されるが、銀の器では浄化されない。
金の大神からできた銀の器では、浄化の能力を持つことが出来なかったのだ。
星産みの神はそれを見逃さない。
自分の作った星が思ったように育たなければ、それは不要の物なのだ。
景観を乱す。その程度のことでも星は壊される。
いまにも裁定者がやって来て、金の大神に罰を与えるだろう。
今度こそ、金の大神を砕くだけでなく、存在を消してしまう。
そうなったときに星に与えるダメージがどのくらいになるのかはわからない。
魔素によって苦しめられる生き物だが、魔素がない星に生きられるわけではない。
もしも、裁定者がやってくるのがゆっくりだったとしても星はいま魔素の浄化をシャオマオに頼っている。
シャオマオに何かあれば、やはり魔素に弱い者から死に絶えることになるのだ。
この星を壊さないためには新しい金と銀の大神が必要なのだ。
魔素を吐き、魔素を浄化して、この星を美しく保つシステムが。
それが裁定者に、星産みの神に認められるかは賭けでしかないが、これがシャオマオができる唯一の方法なのだ。
「シャオマオが、銀の大神になる」
シャオマオが吐いた言葉が会議をしている部屋に広がって、すぐ消えた。
「シャオマオが・・・・・?え?」
どうもみなの頭にはすんなり入らなかったようだ。
海人の長老がぽかんとした顔でシャオマオを見た。
「ちょっと、待ってください。シャオマオ様、金の大神と銀の大神は夫婦神・・・・ですよ?」
サリフェルシェリが恐る恐るといった様子でシャオマオを見る。
「うん。シャオマオが銀の大神になったら――――」
「俺が金の大神になる」
ユエが珍しく犬歯を見せてにたりと笑った。
「番なのだから当然だ」
それから二人は会議の間、隣り合って座って、ずっと手をつないで「そう決めたの」しか言わなかった。
どうするのかもわからない。
どうなるのかもわからない。
だが賭けるしかないのか。
二人に任せるしかないのか。
他の方法はないのか。
今の大神を立て直す方法はないのか。
妖精様が決めたことを反対していいのか。
いろんな意見が出された会議は深夜まで続けられた。
「すっきりした顔しおって」
「・・・」
会議が終わり、神殿前の庭に立っていたユエに、ライが近づいた。
「お前、神になったらどうなるんだよ」
「・・・わからない」
「そうだな。誰もなったことがないからわからんわな」
はははっと笑う。
「おかしいと思ったんだよ。お前が空飛んだ時から」
「空はシャオマオが飛んでいいと言ってくれたから飛べる」
「シャオマオちゃんの力なのか?」
「いや、シャオマオの力無しに俺自身の力で飛べるらしい。俺がすべてをシャオマオに縛られすぎているのでシャオマオの許可したことだけができるようになっている」
「なんだよそれ」
「生きることもだ。シャオマオが俺を星に縛ったから、俺はこの星で生きている」
「・・・・・それって、お前もしかして・・・」
「死んだ。一度完全に死んだ」
「お前!!」
ライがユエに掴みかかった。
「死にかかったって・・・お前、俺がいないところで死なないでくれよ・・・頼むから」
「ライ」
「・・・なんだよ」
「大神になったら、お前は解放される」
ユエはきらきらとした髪をなびかせて、ライを静かに見た。
「ただし、俺の世話からは解放されない」
「それじゃ、今と同じじゃねーかよ」
「同じだ。なにも変わらない」
涙目の二人は抱き合って、ふふっと笑いあった。




