やりたいと思ったことができる。それが―――
「ユエ。このおへそ石、なんか変じゃない?」
「?」
「びりびりしてない?」
「・・・本当だ」
ユエはは自分の手を石に当てようとしたが、当てる前に石が振動していることに気が付いた。
びりびりと細かく振動している波動が手をかざすだけで感じられる。
「どうしてびりびりしてるんだろう?地上で触った時はしんとしてたのに」
「金狼のせいじゃないのか?」
「大精霊『大地』。これはいいこと?」
ふるふる。
大精霊が頭を横に振る。
「じゃあ止めたほうがいい?」
こくん。
大精霊が頷く。
シャオマオはいつのまにか大精霊を使うこと、コミュニケーションをとることを自然にやってのけるようになっている。どう使うのか。どうやって自分のやってほしいことを実現するのか。自然と身についているような振る舞いをするようになった。
「ちょっと触ってみるね」
シャオマオは両手をぺたりと石にあてた。
熱い。
振動のせいで熱を持っているのか、いしはびりびりと振動しつつ熱を伝えてくる。
「これ、高濃度魔素だ・・・」
シャオマオの顔色がさっと変わる。
まるで吸引機が魔素をかき集めて吐き出しているように感じる。吐き出す先は、地上だ。
「地上が心配よ、ユエ」
「わかった。戻ろう」
ユエはシャオマオを安心させるように手をつないで微笑んだ。
全くどうやったらこの地下世界から地上に戻れるのかわからなかったが、シャオマオが戻りたいというのだから戻るのだ。シャオマオがやれといえばどんなことをしてもやり遂げるだけだ。
「おへそ石さん」
シャオマオはしゃがんで石に話しかける。
当然石は応えない。と思ったが、シャオマオは話を続ける。
「地上に出たいの」
硬質だった石が、突然ぷるりと柔らかくなってシャオマオの手を飲み込んだ。
「シャオマオ!?」
「大丈夫。この中を通っていいって言ってくれてる」
「石の中を通るのか?」
「そう!地上まで伸びてるから通っていいって言ってくれてる」
もうシャオマオは立ち上がって体の半分を石にうずめている。
ユエはシャオマオに続いて巨石の中に体をすすめる。入れる。ぷるりとしたライが作ってくれるプリンのような感覚だ。
「ライにーにのプリンみたいね!」
シャオマオが自分が考えていたことと同じことを嬉しそうに言うので、つられてユエも笑顔になる。
「ユエはライにーにの―――」
ユエが身を沈めると、耳で聞こえていた音がすべて消えた。シャオマオの声も。
(プリン好きよね)
心で聞こえる。
(好きだ)
自分の言葉もシャオマオの心を揺らすのだろうか。
水の中のように揺らいで見えるシャオマオが、にこっと微笑んだ。
声が鼓膜を震わせるように、言葉が心を揺らして意味を伝える。不思議な感覚だ。
二人で向かい合って手をつなぐ。
体はどんどん上昇しているようだが何の抵抗もない。足元をみればもう花畑は遠くなっている。
(魔素を浄化しながら進むね)
少し石の振動が緩やかになっているように感じられる。浄化が出来ているのだろう。
「ラーラ。あのもやが魔物の素のようですね」
「・・・なんという・・・」
聖地の石の先端からは黒いもやが漂っている。それが形を成すと魔物になるのだ。目に見える魔素などというのは聞いたことがない。
ガスのように無色無臭が高濃度魔素だ。それが澱んで見えるとは相当な濃度になっているのだろう。
通常の魔物とは違う成り立ちのせいか、魔物は完全な獣の姿をしていない。6本脚の馬の形だったり蜘蛛の下半身にクマの上半身が付いていたりと見たことのない形ばかりだ。
しかも、人を目指して襲ってくるのは同じだが、倒したとて手ごたえがなく、高濃度魔素に戻るのみだ。
もちろん、魔石を体内に持っていない。
「俺たちの理の外だ」
「ライ殿!」
「ラーラ。大丈夫か?」
ライがラーラに自分が持っている魔道具と薬をありったけ渡した。ラーラは受け取った薬を早速一本のんだ。体が少し楽になる。
「妖精様がいなくなり、狼の里がこうなるとは・・・申訳ない」
「ラーラのせいじゃないだろ?シャオマオちゃんはユエと一緒にどこかへ行った。ちゃんと二人で戻ってくるよ」
「ユエ殿を信じております。妖精様を守ってくださると」
ラーラが祈るようにつぶやく。
「安心していいよ。ユエはシャオマオちゃんを絶対守るから。・・・それより、魔物を倒しても高濃度魔素に戻るなら、この場所から下がって戦うわけにいかないな」
「そうなんです。高濃度魔素に汚染される場所が広がらないようここで戦うしかないのです」
「しかし、魔素が濃くなってくれば俺たちは下がるしかなくなる」
「・・・その通りです」
「魔素の浄化装置みたいなシャオマオちゃんがいないのが悔しいな」
ライは武器を取り出して、目の前に現れた蛇のような魔物をナイフで地面に縫い留め、高濃度魔素のもやに戻した。
「ラーラ。見張りが北の大ダンジョンから湧いた魔物がこちらへ向かっているのを発見したそうです」
「なんだと?!」
「ここの魔素濃度が上がっているので、魔素を食いに来たのでしょう」
魔物は魔素を食って成長し、魔素を浄化して魔石を残す。魔素濃度が高いところを目指すのは本能だ。
「いいんじゃないか?魔物に託すのは不安だが、やってみる価値があるかもしれない」
ライがやけにキラキラした目で犬歯を見せて笑う。
「ライ殿、何を考えて―――」
「いや、いい考えじゃないかって気がして来たぜ」
へへっと笑うライに、ラーラは複雑な気持ちになった。ここは狼の里の聖地だというのに大丈夫だろうかと。
「ギルドにも連絡して協力してもらう。なるべくここに魔物を誘導する」
「にゃあ!」
「おお。スピカ。お前もここにいたか」
「にゃ」
「お前。狼の里の里長にこの手紙渡して方々に連絡してもらってくれ」
「にゃん」
「たのんだぞ」
ライが手紙をスピカの首に巻き付けて、送り出すとスピカはさっと駆け出した。賢いやつだ。
「ラーラ、魔素に弱い者は清浄な場所まで下がって待機だ。魔素に強いものは魔素が広がらないようここで魔物を叩く」
ライは地面に絵を描きながら説明する。
「ギルドからやってくる冒険者には北のダンジョンからここまでの道すがら、魔物を誘導してもらう。誘導と言っても魔素目指してるんだからルートを外れることはないと思う。戦いにもならないだろう」
北の大ダンジョンから聖地までの道にまっすぐの線。
ライはラーラ達に自分の考えた作戦を説明した。
ぷすんと黒のもやが石から出たと思ったら、ぺっとシャオマオとユエがそのあと吐き出された。
本当に、魚が飲み込んだ石を吐き出すように、ぺっと吐き出されて出てきたのだ。勢いを殺して転ばないように踏ん張った。
「ユエ、なんだかすごく、体重いね」
「魔素が、濃すぎるんだな」
「やだ!大変!魔素軽くなーれ!」
シャオマオが願った瞬間、ふっとその場を支配していた高濃度魔素が薄れた。
ライは自分が戦っていた魔物がさらさらと崩れたのをみて、やっと声が聞こえてきて後ろを振り返った。
タオの実色の髪とやけにキラキラしい髪のユエ。二人が立っていた。
「シャオマオ、ちゃん?ユエ?」
「ライにーに!」
ライを見つけて手を振るシャオマオは、ハッとしたように口に手を当てた。
「ライにーに!シャオマオたちがいなくなってどれくらい?」
「丸3日だ!」
「ごーめーんーなーさーい!!」
シャオマオがライに抱き着く。
「心配したよ」
「ごめんなさい!」
抱き着いたライは汗と砂で汚れて、疲労困憊の様子。
もしかしたらシャオマオが居なくなった後ずっと戦っていたのかもしれない。
「黙っていなくなった罰として、ここに向かってくる魔物を星に帰してあげてくれる?」
「はい!」
シャオマオは張り切って手を挙げた。
ライの作戦は、へそ石から出てきた魔物に北の大ダンジョンからやってきた魔物をぶつけることだった。
魔物がへそ石から出てきた魔物と戦うかは賭けだったが、どちらともを人が相手するのは無理だ。
へそ石から出ていた魔物は広がれば高濃度魔素の地域が広がる。
本当に賭けだったが上手くいった。
なぜか北の大ダンジョンから出てきた魔物は一直線にへそ石から出てきた魔物を食った。
へそ石の魔物にやられる奴もいた。食えば高濃度魔素に苦しめられるとわかっているのに食った。
そして、人に倒されて魔石を残して星に帰った。
「高濃度魔素を食って、魔物は苦しんでたよ」
ライの言葉に、シャオマオは目頭がきゅうと熱くなった。
「ユエ。シャオマオと一緒に魔物を星に帰してあげてほしいの」
「わかった」
やけにキラキラしいユエは、シャオマオの頼みごとを請け負って虎に姿を変えた。
そして、そのまま走り出すと空へと舞い上がった。
「?!」
ライが白昼夢でも見たかのような顔をすると、シャオマオが空からライに話しかける。
「じゃあ、二人で魔物ちゃんたちを星に帰してきまーす」
「ちょっと!!なんでユエが飛んでるの!?」
「う?」
「う?じゃないでしょ?!ちゃんと説明しなさい!」
「ユエが飛びたいと思ったからよ?飛べると思ったから飛べるの」
「・・・それってもしかして―――」
「ライ殿!妖精様が戻ったというのは本当ですか!?」
ラーラが聖地に飛び込んでくると、シャオマオが「ラーラ!心配かけてごめんね!まずは魔物ちゃんを星に帰してくる」と手を振って空へ飛んでいくところだった。
「ライ殿!よかった!妖精様が戻った!!」
喜ぶラーラに抱きつかれたライは、疲労困憊なのと理解不能な出来事に、もう頭が回らなかった。




