導火線
金狼はあまり反応のない銀の器にも積極的に話しかけていた。
なにかを思い出させるというよりは、赤子に何かを教えるように何度も何度も同じことを聞かせいる。
金狼はこうやって、何度も生まれ変わる銀狼を育てて愛して見送っていたのだろうと思えるような光景だった。
「銀。まだ話せるようにならないか?」
金狼は銀の器を見つめながら言葉をこぼした。
銀の器は金狼に何を言われても気にせず手元の花をつついて遊んでいる。
「銀。金と呼んでみよ」
「・・・・・・・・」
呼ばれた銀の器が金狼を見つめる。
それだけで、たったそれだけで金狼が喜んだのが分かった。
「銀。金だ。さあ呼べ」
「・・・・・・・・・」
「呼べないか?」
「・・・・・・・・・」
「では、この菓子は金が食べてしまおうか」
銀の器は慌てて金狼が取り出した菓子を取ろうとあぶあぶ手を動かした。
「菓子は好きなんだな」
口に入れてもらったのは卵ボーロのような噛んでも楽しいシュワっと溶ける菓子だった。銀の器は食べたボーロがすぐになくなってしまったので目を丸くしていた。
金狼はそうしてゆっくりゆっくり銀の器に菓子を食べさせながら話をしていたが、銀の器がすべての菓子を食べ終わると「用がある」と言ってまたどこかへ消えていった。
「ユエ。金はあの子を大切にしてるみたいね」
「ああ」
シャオマオは複雑だった。
本来なら、金狼の愛を受けるのは器の子ではなく銀狼だ。銀狼の最期を思えば器の子が愛されているのは違和感がある。
「ユエ。これでいいのかな・・・?」
「シャオマオは?」
「ん?」
「シャオマオはどう思う?」
「銀が可愛そうなの。今のあの子も銀も、両方可愛そうよ」
「そっか。・・・どうしたい?」
「シャオマオは・・・」
「シャオマオが思うようにしていいんだよ。誰もシャオマオを邪魔しない。もちろん俺はなんでもするよ」
ユエにひしっとシャオマオが抱き着く。それを程よい力で抱き返してくれるユエ。
いつの間にかユエたちのそばまでやって来ていた銀の器はシャオマオをつんつんとつつく。
「どうしたの?」
「・・・・・・・・・ごめん、ね」
「!!」
銀の器がしゃべった。
「ごめん?どうしてごめん?」
シャオマオは動揺したが、その動揺を悟らせないようににこりと笑って銀の器に話しかけた。
銀の器のきれいなピカピカ輝く瞳に涙が浮かぶ。
「どうして泣いてるの?シャオマオに教えて」
銀の器はシャオマオに抱きついて、そのまま何も答えない。
「この子は沢山言えないことがあるのね・・・」
シャオマオが銀の髪を撫でる。つるつるとした絹のような手触り。こんなにも銀の姿をしているのにやはりシャオマオには銀と同じではないと感じられる。
ぐらり
「シャオマオ!」
ユエは地面が揺れるのを感じた瞬間にシャオマオを銀の器とまとめて抱き上げてしまった。
幸いここは大きな広場。天井も高く崩れるような気配はない。
地面の揺れが収まるまではいつでも走って逃げれるようにしなければならないと思ってのことだった。
「銀に触れたものがいるな」
揺れが大きくなっていく。
「神に触れる不届き者め」
ユエは背後から聞こえる声に反応しようとしたが、その前に自分の体が動かないことに気づいた。
ごふっ
血が口から溢れてシャオマオを汚した。
(シャオマオを汚してしまうなんて、なんてことだ・・・・)
そう思った瞬間、ユエの意識は途切れた。
「ユエ!!!」
自分を抱き上げていたユエが、そのまま前のめりに倒れていく。
シャオマオの視界は顔にかかった血のせいで真っ赤だ。目にも入ってしまった。
ユエの腕の力は自分の腹に穴をあけられても抜けなかった。
「ユエ!!」
ユエは自分を下に倒れた。なんという執念か。
「銀の気に入りの場所を汚すゴミが」
シャオマオが赤い視界の中、声のする方を見れば、そこには銀の器を片腕で抱き上げた金狼が立っていた。
「ああああああ!!」
シャオマオの叫びに大精霊が4体顕現し、ユエを取り囲んだ。
「死なないで!!」
シャオマオの声が願いとなり、大精霊はユエの魂を肉体に縛り付ける。
魂が星に帰れば終わりだ。
「生なりから妖精に羽化している?」
本当に金狼は相手がなんであれ、どうでもいいのだろう。やっとシャオマオに気が付いた。
「どうやってここへ?銀が招いたのか?」
抱き上げた銀の器を見ながら、ユエを貫いた腕を振るうと血がきれいに飛び散って腕が元通りきれいになった。
「ユエ!生きて!」
シャオマオは涙をボロボロこぼしながら花の中に体を横たえるユエの顔を撫でた。
「シャオマオを一人にしないって言ったじゃない!」
「ああ、うるさいな」
金狼は辟易とした顔で手をシャオマオに向けてかざそうとしたが、銀の器がその腕を叩いた。そしてバタバタと体を動かして金狼の腕からするりと抜け出してシャオマオの下へ走った。
「銀!」
金狼が呼んだが銀の器は振り返らないでシャオマオの下へ行くと、ユエの傍らに座った。
自分の指の先をかじり、血を出すとそれをユエの腹に垂らす。
ユエの体はほのあかく光りだす。
「だい、じょぶ」
「助けてくれたの?」
シャオマオの言葉に、銀の器は頷く。
「銀・・・・!!!!神の血を分けるとは!!!!」
金狼は目を吊り上げて怒りを爆発させると、魔素の塊をシャオマオとユエにぶつけた。
二人の体が大きく後方へと吹き飛ばされる。
「このゴミどもを消さなければ・・・・」
金狼は目をギラギラとさせて牙をむき出しにして唸る。
「ダメ!」
銀の器は足をダンと踏み鳴らして金に対抗する。
「何故そのゴミのために話すんだ!」
「いじめるダメ!」
「銀!他を見るな!俺だけを見ろ!」
「や!」
「ゴミに神の血を与える、金を見ない、口答えをする・・・」
金狼の輪郭が陽炎のように揺らぐ。
「銀。お前を作り直すことが出来るんだぞ。何度でも・・・」
「うぅぅぅぅ」
銀の器は唸り声をあげてシャオマオたちの前に立ちはだかり二人を守るが、その背後から弾丸のように飛び出すものがあった。
「許さない!」
シャオマオだった。
「金は銀のこと愛してない!」
シャオマオの鋭い蹴りが金狼に襲い掛かったが、避けられて空を切る。
「妖精ごときが神の愛を否定するか!?」
「シャオマオは認めない!相手を作り直すなんてこと、やっぱり認められない!」
バシッ
シャオマオの顔が金狼に叩かれ、体が地面に投げ出された。
あまりの衝撃に、シャオマオは気を失っている。
「ああ!」
「銀。近づくな」
金狼は銀の器を抱きすくめる。
「金はこの銀の器が惜しいんだ」
「うううー!」
ジタジタ暴れるが銀の器は抜け出せない。
金狼は暴れる銀の器を気にもせず、抱きしめたまま星のへそ石に向かって歩き出した。
ひたりと石に手を置く。
「少し早いが星を片づける」
「ダメ!」
銀の器が声を上げたが、金狼は無視して魔素を石に大量に流した。
バチバチバチバチ!!!
火花が石を通して地上に向かって走っていった。
まるで導火線だ。
「さあ。地上がきれいになるまで眠っているといい」
金狼が手のひらを銀の器の瞼にかざすと、そのまま力が抜けて眠ってしまった。
「ラーラ!」
高濃度魔素に弱いラーラが倒れた。
魔素に比較的耐性のあるものでも、少し苦しいくらいの重さのある魔素。
それが里の奥から蛇のようにひっそりと忍び寄ってきたのだ。
「ラーラ!しっかりしてください!」
ベラが声をかけたがラーラは泡を吹いて気絶している。
里の中にまで高濃度魔素が入り込むことない。ラーラや小さな子供のために高濃度魔素を分解する魔道具があちこちに仕掛けられているからだ。
しかし、魔素にやられたラーラは現に苦しんでいる。
「誰か!魔道具をもってラーラを神殿に!」
「はい!」
クリスが指示すると里の『影』がラーラを担いで神殿へと向かった。魔素がほとんど入り込むことがない特殊なつくりになっている神殿は、高濃度魔素にあてられたものを治療するときに使われる。
「どうしたことだ・・・」
クリスは頭を抱える。
どう考えても高濃度魔素が流れてきた方向が、里の者たちが大事にしている『始まりの地』だ。
この星のへそ。金狼と銀狼が初めて地上に降臨した土地。
(妖精様と番のユエが行方不明になった上にこの不吉な現象。無関係であればいいが・・・)
嫌な予感に汗が噴き出た。
「サリフェルシェリ!魔素が強い。大丈夫か?」
「魔道具があります。しばらくは大丈夫です」
ミーシャのリューに乗っている二人は魔道具を稼働させてなんとか強くなる魔素濃度をやり過ごす。
「ミーシャは?」
「私も平気です」
ミーシャも一人用の魔道具を持っている。飛んでいてもバリアを張ったような状態になるので息がしやすい。リューの前を先導するように飛んでいる。
「シャオマオちゃんとユエが姿を消して。里からは高濃度魔素。いったい何が起きてるんだよ・・・」
ライがつぶやいたところで里の奥の森から火花が散っているのが見えた。
「あれは?」
「なんでしょうか?」
「ライ先生!魔道具をもう一つ作動させて!」
ミーシャが叫んだところで突風が三人に吹き付けた。
「わあ!」
「ミーシャ!」
ミーシャが高濃度魔素の突風にたたきつけられ、回転しながら後方へと吹き飛ばされた。
リューの上でライはサリフェルシェリを掴んで支え、サリフェルシェリはポケットから魔道具を取り出し作動させた。
「リュー!ミーシャを拾いに行くぞ!」
リューはライの声に反応してミーシャを追いかける。




