クリスおばあちゃまが仲間になった!
「つながりました!」
「ほんちょ?!」
「ええ。ユエ先生たちを見つけましたよ!」
「ああ、ミーシャ。よくやってくれました」
ミーシャがリューを使って探索してから程なく、ユエたちを見つけることが出来た。
水はダンジョン同士で複雑につながっていたらしく、偶然人が水に落ちたことで早期に発見することが出来たのらしい。
「水に落ちてくれた人がいたから見つかったのね」
「誰かわかりませんが、水に落ちてくれた人のお陰ですね」
「運がいいことです」
全員でにこにことするが、水に落ちて死にかかったのはユエとライである。
「予定通りに全員を連れて水脈を通って戻ってくることが出来ると思います。不測の事態に備えて一番近い出口から出る予定です」
「わかりました。その通りにお願いします」
「お願いね、ミーシャにーに」
「はい」
ミーシャはリューを操り、全員を空気の球に包んで水の中でも呼吸できるようにして泉に飛び込ませた。
「ここは・・・?」
「ダンジョンの中じゃねえな」
「ダンジョンの泉からなんで地上に出るんだよ」
冒険者たちは湖の真ん中に放り出されたので、ざばざばと泳いで岸にたどり着いた。
ここまで運んでくれたリューは力なく姿を消してしまった。ミーシャが心配だ。
「あれからどのくらいの時間が経ったんだろうな」
空はとっぷり日が暮れて、星空が見えている。
ぶるぶると体を震わせて水を切ったヴォイスが星を見て時間を計ろうとしたときだった。
「泉に飛び込んでから半日、ここは狼の里だ」
出迎えたラーラがいつもの迫力のある笑顔でにこりと笑った。
「ユエ!」
「シャオマオ!」
ばっと草むらから飛び出したシャオマオを、ユエは上手くキャッチした。
「ユエったら!ユエったら!心配したのよ!!」
「すまなかった、シャオマオ。会いたかった」
「シャオマオも会いたかった」
全身を使ってユエにしがみつくシャオマオはしっぽをパタパタと激しく揺らして喜びを表している。
「シャオマオちゃん」
「ライにーに」
ユエから飛び移ってまたぎゅうぎゅうとしがみつく姿はお猿さんのようだ。
「シャオマオちゃん、ありがとうね。ミーシャが上手く探してくれたんだね」
「ミーシャ、力使いすぎて倒れちゃったの。今眠ってるの。サリーが看病してる」
「そうだったのか」
「あれはサリフェルシェリの大精霊ではなかったのか?」
ヴォイスがきょとんとした顔をしている。
「あれ、ミーシャのリューよ」
「ミーシャ?そんな名前の冒険者いたかな?」
「ミーシャまだ子供よ」
「子供!?」
「ニーカとチェキータの子供」
「ニーカとチェキータって、まさか、鳥族の?」
「そうよ。ミーシャったらきれいな鳥族の男の子よ。シャオマオのにーによ」
シャオマオがふんすと鼻息荒く胸を張ると、ヴォイスは顎が外れたようにぽかんと口を開けた。
「ヴォイス。シャオマオちゃんの周りにいる奴がフツーなわけないからな。深く考えるだけ無駄だ」
「そ、そうか・・・」
ライの言葉に納得できないが納得するしかないヴォイスは口を閉じた。
「ヴォイス。とりあえず里で休息をとってはどうか?妖精様がいらっしゃったので里は歓待ムードだ」
「おお。ありがてえ。俺は腹が減って腹が減って。兎に角なんか食わせてくれ」
「わかった」
ラーラは全員を連れて里へと向かって行った。
「さあ。ここが狼の里だ」
一見すると、猫族の里にも似ているが、あちらがチャイニーズムービーとしたらこちらは日本昔話。
藁ぶき屋根に木でできた家。若者は丈の短い着物を着て歩いているのが様になる。髪形がちょんまげでないのが残念なくらいだ。
「ユエ、ライにーに。病院でミーシャが寝てるの。お見舞に行こう」
「わかった」
シャオマオに手を引かれて連れていかれた場所は、病院というより療養所のようなところだった。
「ああ!妖精様」
「タミーちゃん、ミーシャは?」
「ミーシャ少年は先程目を覚ましたんですよ。意識もはっきりしています」
「よかった~」
タミーと呼ばれた看護師さんがシャオマオの手を握ってくれる。プードルの獣人なので髪がくるくるでかわいい。
「ミーシャ~」
ミーシャが起きているのをみてシャオマオはミーシャの胸に飛び込んだ。
「ありがとうね、本当にありがとうね。ミーシャにーにのお陰でみんな無事だったの。ありがとう」
「妹のお願いをかなえてあげられてよかった。お兄ちゃんとしての面目躍如ですね」
「でもミーシャに無理させてしまったの。ごめんなさい」
「いいんだよ。こうして無事だったでしょ?」
にこりときれいに笑うミーシャ。
シャオマオはじわじわと涙があふれるのを止められない。
「ミーシャ、今回も助けてくれてありがとう。無理させてしまったようですまなかった」
「すまなかった。ありがとう」
「いいえ。ライ先生もユエ先生も助かってよかったです」
「いい子過ぎる・・・!」
ライがガバッとミーシャを抱きしめた。
「さあさあ、ミーシャ。目が覚めたなら薬湯を飲みましょう」
サリフェルシェリがあの泥の見た目でゆずの味の薬湯を持ってきた。
「味がいいとわかっていても、見た目が相変わらずすごいですね・・・」
「匂いもすごいの!だけど味は美味しいから訳が分からなくなるのよ!」
シャオマオがにこにことミーシャが器に口をつけるのを見守る。
ミーシャも魔素を取り込む器が大きいとはいえ、生きた迷路のように動き続ける水脈を辿り、短時間で皆を地上に誘導するのは骨が折れた。
体内魔素が枯渇しそうになるのをシャオマオが補充しながらなんとかコントロールしたのだ。
それは目撃したものによると、絵画の世界のような美しさだったという。
「妖精様」
ノックとともにラーラがやってきた。
「妖精様。もしよければ里長が挨拶をしたいと」
「そうね。ミーシャにお布団貸してもらってるんだからご挨拶したほうがいいよね」
「気を使っていただいてありがとうございます。里長もなにぶん年なもので妖精様にお会いするのを心待ちにしておりまして」
「まあ!おじいちゃま?おばあちゃま?」
「ばあ様ですよ」
「おばあちゃま!」
シャオマオはおばあちゃんに会うのが楽しみになってぴょんぴょん飛び跳ねた。
「ばあ様。妖精シャオマオ様をお連れしましたよ」
「妖精様・・・」
「妖精様だ・・・」
ざわざわとしたみんなの声が照れくさい。
シャオマオは用意された椅子に腰かけた。
「今代の妖精シャオマオ様にご挨拶させていただきます」
十二単のような着物を着た犬族のおばあさまが、楚々と床に座ったまま頭を下げて挨拶をすると、周りの雑音がぴたりとやんだ。
「わたくしはクリス。狼の里の里長でございます」
「シャオマオです。シャオマオって呼んでね」
「シャオマオ様。お名前を呼ぶ許可をありがとうございます」
「クリスおばあちゃま。顔を見せて」
「ありがとうございます」
すいっと上げた顔は若い頃はいかほど美しかったのかと思うような老女であった。
「シャオマオ様、偶然とはいえこの狼の里にご来訪いただけましたことを大変感謝いたします」
「ううん。もっと早く遊びに来てたらよかったね。シャオマオこの里の雰囲気大好きよ」
「ありがとうございます」
古き良き日本といった風情で、シャオマオにはなじみよい。
「急に来たのに歓迎してくれてありがとう。ミーシャの治療もとっても助かったの」
「もったいないお言葉にございます。シャオマオ様にはいつでも、いくらでも滞在していただきとうございます。お望みの物などございましたらなんなりと」
きりりとした雰囲気に強い光を宿した瞳、白が混じっているが整えた艶のある髪。髪に差した一輪の花の静かな香り。上品だ。しかし鋭い。鋭利な刀のような女性である。
遠い昔に見た記憶の誰かに似ているような気がして、シャオマオは里長のことが好きになった。
「クリスおばあちゃま。シャオマオと一緒にご飯食べてくれる?」
「まあまあ、もちろんでございます」
「わーい」
シャオマオは里長の席の隣に飛んでいく。
「我々は狩りをして肉を食べることをしますが、魚も保存食としてよく食べるのです」
料理人が干物の魚をかごに入れて持ってきたのを見て、万歳して喜ぶシャオマオ。
「うわーい!干物だぁー!」
「妖精様、本日はこちらの魚を焼いてお出しします」
「ありがとう。とってもたのしみよ」
「すごいね。狼の里が魚の干物を作って食べていたなんて知らなかったよ」
「そうですね。何故か狼の里は人を寄せ付けないようで、あまりよそのエリアの方は遊びに来ていただけませんのよ。犬族の中でも狼至上主義と言われて怖がられているようでして・・・」
クリスがよよよと泣きまねをすると、シャオマオが手を握った。
「これからシャオマオがいっぱい遊びに来るから寂しくないよ!」
「まあ、これからも遊びに来ていただけるのですか?」
「勿論よ!シャオマオったら狼の里好きになったの。クリスおばあちゃまもほんとのおばあちゃまみたい」
「まあー。嬉しゅうございます。妖精様の祖母になれるなんて光栄でございます」
「シャオマオがまた家族を作ってしまった・・・・」
「ばあ様、流石だ。妖精様とこんなにあっさりと仲良くなってしまわれた」
ユエとラーラは隣り合っていながら別々のことで涙を流していた。
クリスに魚の骨を取ってもらってふにゃふにゃと喜ぶシャオマオは特別可愛かったが、魚の骨を取る程カトラリーの扱いが上手くないユエは悔し涙を流すことになった。




