素直に運に感謝するだけ
「ということで、出口が埋まったわけなんだけど」
「ウルウルウルウルルル」
「ユエ。お前がどれだけ唸っても出口は現れないからな」
「ガア!」
唸りながらもおろろんと泣き続けて、大粒の涙をぽろぽろこぼすユエ。
「泣いたって怒ったってしょうがないだろう?」
ヴォイスも一生懸命なだめるが、ユエは完全獣体のまま泣き続けている。
シャオマオから体内魔素器官を正常化させてもらったのにもかかわらず、なぜ完全獣体なのかというと精神的未熟さのせいである。簡単に言うと地上に帰る日に出口が閉じてショックを受けたのだ。
シャオマオに会えないという精神的ショックが大きすぎて体内魔素の安定を欠いている。そんな大人でいいのか。
泣きながら背中を床にこすりつけるようにぐにゃぐにゃと駄々をこねるユエのことをもう誰も見ない。
「・・・いつもこうなのか?」
「ああ・・・」
「苦労するな、ライ」
「わかってもらえるだけで嬉しいよ」
ヴォイスに慰められて、ちょっと報われたような気になるライ。
二人はこの8日間で作成していたマップを並べてライトに照らす。
「それにしても規則がよくわからん」
「・・・・・・・・・」
今は北の大ダンジョンの1階にいるはずなのだ。出口に撒いた匂い玉がここだと指している。
しかし、出現する魔物のレベルは地下10階程度と手ごわい。
熟練の冒険者でも対応するのは難しいくらいだが、流石ここに呼ばれた上級冒険者たちは一人でも対応ができる。
「なーんでこんなことになっちまったんだか」
干し肉をかじりながらのんびりというヴォイス。焦ってもしょうがないとはいえ、のほほんとしたものである。
「グオオオオーン」
「とにかく食料を探しに行くぞ。お前泣いてるだけだと飯なんか当たらないからな!」
食料の残りはまだあるが、ここからいつ出られるのかわからない以上は狩りをしなければならない。
ダンジョンの中では北ダンジョンはなかなか生き物が見つからない。
マップに沿って初心者用ダンジョンにたどり着ければいいのだが。
「シャオマオ!」
「ミーシャ!」
上空から声をかけてきたのは鳥族のミーシャ。白の髪に白の羽が美しい美青年だ。
「ユエ先生たちがダンジョンから出られないかもって聞いて・・・・。シャオマオ。かわいそうに。顔色が良くない」
「ミーシャ。どうやってみんなを見つけてあげればいいんだろう・・・」
ほろりと涙を流して泣くシャオマオを抱きしめて慰める。
「とりあえず、今わかっていることを教えてくれる?」
「うん」
シャオマオはミーシャとサリフェルシェリ、ラーラを連れてギルドの談話室に向かった。
「そうですか。出口が塞がって・・・」
「そうにゃの。うまくみんなが地上に出るところに繋がる道を見つけられるといいんだけど」
「妖精様の『お願い』はやってみましたか?」
「うん。出口のところで開けてって言ってみたんだけど開かなかった」
シャオマオのお願いも思ったように作用しないことがある。どういう基準で星がシャオマオの願いをかなえているのかはよくわからない。
「シャオマオ。私がリューとダンジョンに潜ります」
「ダメよ!ミーシャが行くならシャオマオも――」
「それこそだめです」
お茶を入れて戻ってきたサリフェルシェリに止められた。
「シャオマオ様は狙われているかもしれない身ですからね。これが罠でシャオマオ様をおびき寄せる手だとしたら相手の思うつぼです」
全員にお茶が配られる。
確かにシャオマオをおびき寄せるなら家族だ。シャオマオは何をしてでも家族を取り戻す。
しかし、あの山で手を出さなかった金狼がまた何かするとは思えない。
「わかりました。できるかどうかわかりませんがリューを遠隔で操作して、ダンジョンの中を調べてみましょう」
「危なくない?ミーシャもリューも大丈夫かしら?」
「やってみないとわかりませんが、がんばってみましょう」
にこっと輝くような笑顔で応じてくれるミーシャ。
「にーに。ミーシャにーにありがとう」
「シャオマオのためならにーにはがんばりますよ。どうでしょうか?サリフェルシェリ先生」
「シャオマオ様が大精霊を顕現するよりミーシャのリューの方が穏便に探索ができるかもしれませんね。お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
サリフェルシェリからジルにミーシャのリューのことが伝えられ、許可をもらって早速ギルドの裏庭にリューを顕現させ、近くの初心者ダンジョンに潜っていくのを確認した。
「リューが私に内部のことを伝えてくれます。兎に角飛んでダンジョンの中がどうなっているのかを確認してもらいましょう」
「ミーシャにーにありがとう。大好き」
「いつでも妹のために何でもしてあげるからにーにを頼ってくださいね」
「うん!」
ずびっと鼻をすするシャオマオの涙を拭いて、鼻をかんであげるミーシャ。本当にお兄ちゃんである。
「グルルルルル・・・・・」
「なんだよユエ」
完全獣体のため話はよく分からなかったが、何かに嫉妬しているようである。
「こんな時に暢気だねぇ。とりあえずあの泉に飛び込んで生き物いないか見て来いよ」
「グフ」
「嫌だじゃねーんだよ」
なぜか完全獣体の別種族の言葉が分かるライに、冒険者たちは驚いた。
「流石、ギルドの古参ペアだな。異種族間でも言葉が通じるなんてすごいよ」
「そんないいもんじゃない。あんたたちも一緒に居たらどうせわかるようになるよ」
ライはちょっとだけうんざりした顔を見せた。
ユエは言われた通り、しぶしぶと泉を覗き込もうとした。
「ギャウ!」
ユエの声に全員が反応する。
「うわ!なんだこれ!?」
「ロビン!」
ロビンと呼ばれた狐獣人が巨大な人間の同人間の胴よりも太い触手にからめとられて宙に持ち上げられた。
触手はそれ以外にも何本もある。まるでタコだ。
そのまま巨大な触手はロビンを掴んでスルスルと猛スピードで泉の中に戻っていくところを駆けてきたユエに嚙みつかれた。
触手はビタンとユエを水面にたたきつけようとして、するりとロビンを泉に落としてしまった。
「ロビンの回収!」
「応!」
ライは鞭でロビンを巻き付けて回収した。
「ユエ!!」
ユエは出てきた他の触手に締め上げられて泉に引きずり込まれる。
「ユエ!!抜けろ!」
触手はぬるぬるとしていてこちらから掴もうとするとうまくつかめない。しかし、相手は吸盤を使って上手くつかんでくる。ユエは何とか抜けようとしたが抜けられない。瞬間的に人型に変わってもあまり効果はなさそうだ。
「ユエ!」
ライは一か八か雷の力を使うことも考えたが、水に触れているユエにも致命傷を与えてしまうことがあるのを思い出した。使えない!!
タコのような怪物は、そのままユエを掴んで泉の中に消えていった。
「くそ!」
「ライ!やめろ!水中で戦えるか!」
「それでも助けに行く!俺の命の恩人だ!!」
ライが重い鎧を脱ぎ捨てながら走って泉に飛び込んだ。
「ライ!!!」
ヴォイスが大声で止めたがライは止まらなかった。そのまま湖に飛び込んで沈んでしまった。
「ヴォイス!ロビンは無事だ!」
「・・・そうか。よかった。しばらく離れたところでライとユエを待とう」
ヴォイスがみんなを振り返って泉を背にした途端、ドパッ!!と水柱が上がった。
「!?」
タコの触手にはユエとライが掴まれていて、気を失っているのが見える。
身構えたが、タコの化け物も目を回しているようだ。ぶらんとして動かない。
じゃあそれはなにに捕まれているのだと言われたら、水でできたような巨大なたてがみのある蛇のような大精霊、としかわからなかった。
「ど、どういうこった・・・?」
大精霊は丁寧にタコを陸にあげて、全員の顔をジロジロとみると口からぺっと何かを吐いた。
「・・・?紙?」
「ヴォイス。これ、ギルドからの手紙だ」
紙を拾った男が声を上げる。
「サリフェルシェリ様からだな。俺たちのために大精霊を探索に使ってくれたらしい」
「おお~!」
その大精霊リューはおろおろとライとユエを見て、手をふにゃらふにゃらとおまじないのように動かした。
「ごほ!」
「グフッ」
「わあ!二人とも目を覚ました!」
二人を介抱しようとしていた冒険者が嬉しそうに飛び上がった。
「ごぼ!ごほ!な、なんだ・・・?たすかった?」
まだぼうっとしているライが周りを見ながら状況確認しようとしてリューと目が合う。
「リューか?そうか、リューが助けてくれたのか。ありがとう」
「大丈夫か?ライ」
「ヴォイス・・・」
「お前が飛び込んで行くから驚いたぜ」
「・・・すまない」
「まあ、結果的に助かったんだからいい。運も実力のうちだ。それで、これは?大精霊様のように見えるが知ってるか?」
「ああ。仲間の大精霊だ。偶然このタイミングで助けに来てくれたんだな」
「偶然・・・にしてはすごいタイミングだなぁ」
「まあ、運も実力のうちってな」
火を起こしてくれた仲間が走ってきたのでライは着ていた服を脱いで乾かした。
ユエも「いい加減に人型に戻れ」と言われて渋々戻っていた。戻れたんかい!っとヴォイスには突っ込まれていた。
「リューはここからの帰り道、自力で帰れるんだろ?」
リューがぱちぱちと瞬きする。
「シャオマオちゃんが心配してくれたんだな」
また瞬きが二回。これがイエスの合図なのだろう。
「俺たちをつれて地上に戻れるか?」
ぱちぱち。
全員がほっと溜息をついた瞬間だった。




