妖精様の加護
「ということで、緊急招集でーす!」
「・・・・・・・・・・嫌だ」
「嫌だじゃないんだよ」
夕飯の時間、みんなで食卓を囲みながら今日のギルド長ジルの話をかみ砕いて説明するライと渋るユエ。
「ユエ。頑張ってお仕事いかないとダメよ」
「せっかくシャオマオと居られるのに・・・」
「じゃあ、シャオマオもついて――」
「ダメだよ」
「ダメだ」
シャオマオの言葉にはユエもライも反対した。
「北の大ダンジョンに大神が潜んでいるとは限らないけど、シャオマオちゃんになにかする可能性が高いところには近づけられないよ」
「そうですね。シャオマオ様は今は魔素が安定しておりますし、ダンジョンに潜る必要はありませんね」
「シャオマオには必要なくても、シャオマオが居たら魔素が抑えられるよ?」
「それでも危険は避けるほうが無難でしょう」
アツアツのジャガイモにチーズがたっぷりとかけられているものをぐりんぐりんと混ぜて一口。とろんとろんのチーズじゃがはおいしいのにシャオマオはしょんぼりした。
料理はおいしい。自分は役に立つことが出来ない。しょんぼりだ。
「シャオマオちゃんには魔道具に『お願い』してほしいんだ」
「うにゅ、するよ。お願い」
それは頼まれなくてもするつもりでいた。
最近分かったことだがシャオマオが魔道具に使われている魔石に「お願い」をすると、魔道具の性能が上がる。魔石の出力が変わるという方が正しいのかもしれない。力の出力が安定し、魔石が最後まできれいに燃えることが拠点で発覚したのだ。
「今回はサリーも参加しませんので、課題をして待っていましょうね」
「うぃ」
サリフェルシェリにも微笑まれる。
シャオマオは8歳になって上級生と授業をすることが多くなったため、自宅学習の課題が増えた。
サリーにも授業を自宅でしてもらっているのだ。
「シャオマオと離れるのは俺も辛いよ・・・」
シャオマオの頬をするりとなでる。
「シャオマオったら、みんなが心配よ」
高濃度魔素が漂っている北の大ダンジョンのことは、地下世界に行ったシャオマオはよくわかっている。
下手をすれは地上の生き物は簡単に死んでしまうような濃度だった。
それがもしユエやライを襲ったらと思うとひどく恐ろしい。
「シャオマオなんだが怖い」
「大丈夫だよ。準備はしっかりとしていくし。今回は原因解決じゃなくて偵察だけが依頼だから」
解決に至るまでの偵察だけだから、逃げるのも自分たちの判断で、ということになるのらしい。
上級冒険者はきちんと引き際を心得ているので危ない橋は渡らない。
「安心して。シャオマオを悲しませるようなことはしないよ」
「うん、ユエ。ライにーに。元気に帰ってきてね」
「シャオマオちゃんは本当にいい子だなぁ」
ライがほっこりした顔をする。
「二人ともいつ出発するの?」
「7日後だね。準備が必要なのと、いまヴォイスが仲間を集めてる」
「う?3人で行くんじゃないの?」
「うん、上級冒険者をたくさん集めてるんだ。こんな異常事態は今までになかったことだからね。みんなでしっかり準備して、用心していくから大丈夫だよ」
ユエがシャオマオの頭をさらさらと撫でてから、頭頂部に口づけする。
「ユエがみんなと協力することを覚えただけでもすごいことです」
「ほんとうだよ。ちょっと前まで俺とサリフェルシェリしかコミュニケーションとれてなかったんだからな」
「俺はシャオマオとさえ意思疎通出来れば満足だ」
「それは困るでしょ?」
シャオマオは苦笑いだ。
「シャオマオは虎の俺とも言葉が通じる。俺がずっと虎だったとしてもシャオマオと一緒にいられる。俺はそれが嬉しいんだ」
ユエはたまに夢を見る。
あの雪山に一人でずっといて、大人になっても虎のまま過ごす夢だ。
しかし傍らにはシャオマオが居る。美しい番。二人っきりで雪山に暮らす夢だ。
音が吸い込まれるくらい静かな雪山で二人。
ユエは真っ白の中にたたずむタオの実色の美しいシャオマオの大人になった姿を思い浮かべる。
ユエの宝物。
「ユエ。絶対二人っきりになんかしないから安心しろよ」
ライがいい笑顔でユエの手を掴む。
「お前が嫌がるくらい付きまとってやる」
「もう十分嫌だ・・・・離れろ・・・!」
ギリギリと手をつなぎあう二人。仲良しである。
「これ。食事が終わった途端に遊ぶなんて子供ですか」
「シャオマオはみんなと一緒に居られて幸せよ!ユエもみんなと仲良くしましょうね」
「ああ」
食事を終えて皆でお茶をするためにリビングに移動する。
シャオマオの幸せは毎日成されている。嬉しい限りだ。
「シャオマオ。じゃあ・・・・行ってくるね」
「ユエ頑張って」
7日後。あれから4人の上級冒険者の仲間を得られることが出来たため、無事に出発が決まった。
今日はギルドから出発ということで、シャオマオもサリフェルシェリも見送りにやってきた。
「シャオマオ。さみしければすぐに呼ぶんだよ。どこにいても駆けつける」
「ユエの方が大変なんだから、私のこと気にしちゃだめよ」
「俺がシャオマオのこと考えないなんてありえないんだから・・・」
「ちゃんと集中しないとダメよ!」
「シャオマオのことを考えない時間がないんだよ。シャオマオは?俺のこと考えてくれる?」
「勿論よ!ユエのこと考えてるよ、毎日毎日。会ってないときも・・・」
そこまで話してぽぽぽっとシャオマオの顔が赤くなる。
「シャオマオ!かわいい!うれしいよ!」
「きゃあ!」
ユエがシャオマオを抱きしめてくるくる回る。
「何を見せられてるんだろうな」
「いつものことですよ」
ヴォイスの言葉にサリフェルシェリが返事してあげる。
ライはもう二人のことはいつものことなので気にもしていない。
「ユエはしつこいのであと半時は駄々をこねますが、シャオマオ様がきちんと機嫌を取ってくれますのでのんびりお待ちください」
「様式美みたいになってんだな。わかった」
真面目な顔で返事するヴォイス。まだユエ初心者なのだった。
「では、妖精様。我々の無事をお祈りください」
たっぷり時間をかけてユエの機嫌を取ったので、やっと出発できるようになった。
ヴォイスが代表でシャオマオに無事を祈ってほしいとお願いしたのだ。
「はい!『みんな無事に帰ってきますように』『危ない時にはこのお守りが身代わりになります』これどうぞ。シャオマオが気持ちを込めて作ったのよ」
シャオマオが自分の前に並ぶ冒険者一人一人にお守りとして作ったネックレスを渡した。首紐の先には小さな布袋がついており、なかに魔石が入っている。
「よ、妖精様からのお守り・・・」
冒険者の犬獣人がごくりとつばを飲み込んだ。
どれだけ金を積もうが得られない、妖精様の手作りのお守りが手ずから配られた。
もう報酬はどうでもいいくらいにかすむ。これだけで参加してよかったと思えた。
「おお。これは強烈だなぁ」
首に下げたヴォイスが口笛を吹いた。
小さな粒のような魔石なのに、強い守りの加護が付いているのが分かる。
「これがあればどんな困難があっても無事に戻ってくることが出来るだろうな」
「ほんと!?よかった!みんな怪我しないで帰ってきてね」
にかっと笑ったシャオマオに、その場の全員が釘付けになる。
(守りたい!この笑顔!!!)
全員がまたこの笑顔を見るために、無傷で帰ろうと自分に誓ったのだった。
「魔道具にも妖精様からの祝福がかけられている。妖精様は皆の無事を心から祈ってくださっている。無理することなく依頼をやり遂げて全員で帰還することを祈っている」
ギルド長ジルの言葉に全員が気合の入った返事をする。
「みんな!頑張ってねー!」
「応!」
シャオマオが大きく手を振って見送ると、みんな機嫌よく返事してくれた。
これから北の大ダンジョンに向かって進み、1週間ダンジョンの探索をして戻ってくるのらしい。
戻るのは10日後くらいだろうか。
みんなの背中が見えなくなってから、シャオマオはごしごし目をこすった。
「サリー」
「寂しいですか?シャオマオ様」
「うん。でも我慢できるよ。みんな頑張ってるんだから」
「そうですね。毎日みんなの無事を祈りましょうね」
「にゃあ」
「スピカ。一緒にお祈りしてくれるの?」
「にゃあ!」
「ありがとうね」
8日後。そろそろ探索チームが地上に向かう頃だ。
「妖精様~」
「あ、ジェッズ。サラサ。いらっしゃい!」
「こんばんは、妖精様」
「サリフェルシェリに手紙ですよ。ジルからです」
「やった!ユエったらもうすぐ戻ってくるのよ!いつ帰るか決まったのかしら?」
はふはふと興奮して顔を赤くするシャオマオ。
探索チームとギルドは密に連絡を取り合っている。人数が多かったのは逐一入り口に戻ってギルドとやり取りする連絡係がいたからだ。
そこで、みんなのことを心配するシャオマオにもジルが気を使って手紙で状況を知らせてくれていたのだ。
しかし今日はサリフェルシェリ宛だ。どういうことだろうか。
「サリー、サリー、なんて書いてある?もう帰ってくるかしら?みんな元気かしら?」
「・・・・・・・シャオマオ様。北の大ダンジョンに異変があったそうです」
「う?」
「北の大ダンジョンの入り口が消えたそうです」
「・・・・・・・?」
きょとんとしたシャオマオは首を傾げた。
「ギルドはユエたち探索チームとの連絡が取れなくなりました」
シャオマオは何も言わず、窓から飛び出して夜空に消えていく。
「シャオマオ様!!」
シャオマオはサリフェルシェリの声にも振り向かなかった。




