ジルは苦労人
シャオマオが部屋でスピカのブラッシングをしているときだった。
「たのもーう!!妖精様にお目通り願いたい!!!」
びりびりと空を震わせる雷鳴のような大声が突然響いた。
あまりの大声にシャオマオがビクンと震えた。
「おっきい声・・・」
「追い返してくる」
ひくりと口をひきつらせたユエが立ち上がって玄関に向かって行った。
「たのもーう!!」
「五月蠅い。シャオマオを驚かせるな」
近づいたユエが静かに怒ると、ヴォイスがガハハと笑った。
「妖精様に会いたいといったんだが、このちっこいメイドさんが通してくれなくてな」
「当たり前だ」
レーナが少し困った顔でユエを見る。
最初は大人しく交渉していたようだが、約束がないから会わせられないと書かれたプレート(妖精様に一目会いたいとやってくるものもたまにいるため作ってある)を見せられて、「じゃあ出てきてもらおう」と単純に考えて叫んだのらしい。
迷惑である。
「ギルドからの要請もあるし、ここ開けてくれよ」
「ギルドの要請はシャオマオに関係ない。俺とライに対して出せばいい」
「いや、妖精様にも意見を聞きたいんだよ」
「簡単に会わせるか」
「いや、こないだの拠点ではフラフラいろんなやつともしゃべってたし、人見知りしない子供だったろ?俺とも挨拶してるから怖がらねえよ」
「怖がるから会わせないんじゃない」
「じゃあなんでだよ?」
ヴォイスはきょとんとした顔を見せた。
「ユエ。お客さん?」
スピカとトコトコやってきたシャオマオは、ユエの後ろからこっそりと門の向こうを覗き込む。
「やあ、妖精様。元気か?」
「ヴォイスだ!元気だよ」
「元気じゃないよ、シャオマオ。熱がこもってるとサリフェルシェリに言われていただろう?」
ひたりと頬に手を添えられる。
「普通の熱じゃないから大丈夫だよ」
「なんだ?病気なのか?」
「ううん、びよきじゃないよ。ヴォイス『いらっしゃい』」
キイ
ああ、シャオマオの招きで門が開いてしまった。
ユエは不服そうに目を細めた。
「妖精様に会うにはおやつが必要だと黒ヒョウの双子に聞いてたんだ。気に入ってくれるといいが」
「わあい!レーナちゃんこれみんなで食べようね」
大きな大きなケーキのボックスを渡されたシャオマオが文字通り飛んで屋敷に戻っていった。
「鳥族以外が飛ぶところ見ると驚いちまうな」
ヴォイスは素直な感想を口にした。
「ワハハ。家に入れてもらえてよかったよ」
リビングの敷物の上にゆったりと座ったヴォイスは自分が持ってきたケーキではなくて、みんなの昼食の残りをガツガツ食べていた。
お昼を過ぎたら売り切れる人気ケーキ屋さんの列に並んだために、昼食を食べ損ねたのらしい。
お腹がゴーゴー唸っていたので先にご飯を食べさせることにしたのだ。
「うーん。おにぎりって腹にたまっていいな。しかもうまい。甘くないのがいい」
7個目のおにぎりを口に押し込んで、にこにこするヴォイス。
シャオマオはどんどん吸い込まれていくおにぎりを見て目を真ん丸にしている。
この星ではお米は炊くというより煮込むことが多く、甘いおかゆにされるのが一般的だ。ヴォイスは塩気のあるおにぎりが気に入ったらしい。
ウインナーと玉子焼き、おにぎりを吸い込むように食べるヴォイスはまったく遠慮がない。気持ちいいほどの食べっぷりだ。
ズズズッと豚汁も飲んで、具をかきこむ。
「ぷはー!これは癖のある匂いだがたまらんうまさだ。具沢山で食べ応えがあっていいな!」
味噌は慣れない人には匂いがきついのだと、この星に来てから初めて知ったシャオマオ。
お味噌汁の癖なんて気にしたことがなかったが、ライはお味噌汁がちょっと苦手なのでバターを入れて食べるようにしている。ちょっと味が変わって食べやすくなるらしい。
ユエはシャオマオが食べるもの全部が好きだという。
いつか納豆を食べさせてどんな反応をするのか見てみたいものだ。
「食べ応えがあれば何でもいいんだろ?ヴォイスは」
ライがケラケラと笑う。
最近はお家精霊レーナのお陰で以前の星の食事を再現するのにハマっているシャオマオ。
食材も違う星で作ったこともない料理を説明してライに再現してもらうにはハードルが高かったのだが、レーナにはイメージと味を思い出して念話のように伝えることが出来るため、思い出の味をたくさん作ってもらえることになったのだ。
「うーん。俺もここに住みたいなぁ。ギルドにいるよりいい飯が食える!」
「い・・・「ダメだ!」」
シャオマオの声にユエの声がかぶさった。
絶対に「いいよ」と安請け合いするところだっただろう。油断も隙もない。
「シャオマオちゃん。こんな大きなおっさんは飼えないぞ?」
「そっか・・・」
「おいおい、俺はペットじゃねーぞ」
ガハハと豪快に笑うヴォイスにみんなの笑い声が重なった。
「――というわけで、変なことが起きてるんだよダンジョンで」
一通り説明がされたが、みんなが首を傾げた。
「なんでシャオマオに会いに来たんだ?」
「ん?妖精様だろ?理由が分かるんじゃないかって」
「乱暴すぎる!!」
「なんか星と交信したりとかしてんじゃねーか?」
「んー?わかんにゃい。星はあんまりおしゃべりじゃないの」
首を傾げたシャオマオがケーキをぱくりと口に入れた。
タオの実がふんだんに使われた「妖精様のお気に入り☆タオの実いっぱいタルト」だ。
「それで、上級冒険者にも要請があってな。北の大ダンジョンに潜れるレベルのやつは原因を調べろってことだ」
「嫌だ」
「俺も嫌だなぁ」
ユエとライが断る。
「嫌だじゃねーんだよ。断れねえぞー」
ヴォイスものんびりという。
「せっかくシャオマオと再会してこうして二人っきりで過ごしているのに何故邪魔をする?」
「二人っきりじゃねーだろ」
ライのツッコミは聞こえないようだ。
「そんなこと言ってもなぁ、お前ら上級冒険者だしな。妖精様は妖精様だし。サリフェルシェリもいるんだから最強なんだよなぁ・・・」
「サリーは学校が再開したので先生してるの」
「なんでだよ!エルフ族の賢者がこども学校の先生してんだ!?」
「サリフェルシェリは子どもが好きだからなぁ」
「そういう問題なのか・・・?」
シャオマオはすっかりサリフェルシェリが有名人であることを忘れているが、子供相手の先生と聞いたらたいていの人はこういう反応だ。
「まあ、とにかく正式に依頼が来ると思うから、素直に受けてくれ。冒険者でも下級のやつらは魔素酔いで使い物にならねえ」
「魔素酔い?」
「ああ。魔素が急に濃度を増したからな。突然のことに準備が出来てないやつらの中には倒れた者もいる」
「その人たちどこにいるの?」
「ギルドの寮で療養してるよ」
「ユエ~。かわいそう。シャオマオなら治してあげられるかも」
「シャオマオはいま体の調子が――」
「大丈夫だもん!ユエ。治しに行ってあげようよ」
「シャオマオは熱が――」
「ユエ!治しに!行くの!!」
「は、はい・・・」
いつになく前のめりで主張するシャオマオに、珍しくユエが負けた瞬間であった。
「妖精様・・・」
「早く治りますように」
シャオマオが手を握って祈れば、瞬時に冒険者の顔色がよくなる。
そして、シャオマオの美しさに真っ赤になった後、ユエの殺気に真っ青になるというのを何度も繰り返している。
「ありがとうございます。ありがとうございます。妖精様。一生の忠誠を・・・」
「いいのよ。ゆっくり寝て元気になってね」
ニコッと笑うシャオマオの笑顔に冒険者は震える。
こんなにも美しい少女を見たことがない。心に迫ってくるような美しさだ。
そして、見つめられると感情が溢れそうになる。
自分が愛されている存在だと感じさせてくれるのだ。星に愛されている。自分達も同じくいとし子なのだと感じることが出来る。
「シャオマオ。さあ、こっちに」
「ユエ。一回ずつ手を拭かなくてもいいのよ?」
「ダメだよ。知らない人に触ったら本当は手を洗ってほしいんだ」
シャオマオの肌が荒れないように、柔らかく手巾でぬぐうユエ。他人の男の匂いが番に付くのが許せないのだ。
「ユエも寛容になりましたね」
「そうだなぁ」
「どこがだ!」
サリフェルシェリとライがのんびりいうところに、ジルのツッコミが入った。
「サリフェルシェリ。魔素酔いなら薬でも治るんじゃないのか?」
「時間をかければ治りますよ。その間、患者は苦しみます」
ニコッと笑うサリフェルシェリに、シャオマオは震えあがった。
「ユエ!シャオマオが治すから大丈夫よ!任せて!」
シャオマオは次の患者のベッドに飛んでいった。
「ライ。どうだ?依頼を受けてくれるか?」
「探索までなら引き受ける。シャオマオちゃんは参加させないからサリフェルシェリも無理だ」
「それでもかまわない。一人でも多くの冒険者に参加してほしいんだ。ヴォイスと組んでくれ」
「わかった。ユエを何とか説得してみる」
「・・・・頼んだ。ライが最後の綱だ」
二人の視線の先には、シャオマオの治療を受ける冒険者を射殺しそうな目で睨むユエがいた。
「あれ、いうこと聞いてくれるかなぁ・・・」
「先にシャオマオ様を味方にするべきですね」
「はぁ・・・」
「お前らも、ジルが禿げたらリリアナの所でかつら買ってやれよな」
ヴォイスが笑いながらやって来て、聞いていたライとサリフェルシェリは噴き出した。
「お前らのせいで禿げそうなんだよ!!」
ジルは涙目で叫んだ。
可愛そうな男である。




