一難去ってまた一難
ユエは寝床に埋もれるお姫様のようなシャオマオの姿を見て、ほうっとため息をついた。
本当に美しい。
タオの実色の髪とふわふわの尾っぽは獣人から見ても羨ましいくらいに艶がいい。
獣人からしても、毛ヅヤは重要なアピールポイントだ。
それが自分のブラッシングによってなされているのだと思うと、喜びが心の底から湧いてくる。
自分の匂いがたっぷりついたシャオマオの姿はユエの独占欲を満足させてくれる。
真っ白で陶器のような肌。
ぷるりと潤った唇。
くるりとカールしたまつ毛。
きれいなシャオマオ。ユエのシャオマオ。
ユエはこうやって毎朝シャオマオが目覚める前の時間をシャオマオを観察して過ごしている。
「うむん」
反対を向いていたシャオマオが、くるんと寝返りをうってユエの方を向いた。
すぽっと自分の胸元に収まったので布団をかけ直して軽く抱きしめる。
シャオマオの甘い香りがますます強くなる。
幸せはこんな形をしていたのだなと、ユエは少し微笑んだ。
ユエの幸せはシャオマオの形をして現れた。
ユエの一番大切な、命よりも大切なシャオマオ。
例えシャオマオがどんな姿だったとしても、シャオマオという存在を愛することが出来ると思う。
可愛いシャオマオを見ているだけで1時間は過ぎてしまったようだ。
いつもの時間になって、シャオマオが「くわ」っと可愛いあくびをした。
「起きた?シャオマオおはよう」
「うにゅ・・・おぱよ、ゆえ」
「少し早いからまだ眠っていてもいいよ」
「うむん・・・」
ホットタオルを作って軽く冷まし、シャオマオの顔に当ててあげる。
「ほあ・・・」
「熱くない?」
「あっちゃかい・・・」
「よかった」
ピカピカになったシャオマオの顔を見て満足そうに微笑むユエは、シャオマオが可愛くなることに全力を尽くす男である。
「今日も可愛いね。俺のシャオマオ」
「ありがとうユエ」
シャオマオの目がはっきりと開く。
タオの実色の瞳がユエを見つめると、ユエは毎回ため息をつきたくなる。初めて視線を交わしたあの日を思い出してしまうのだ。
「ユエの顔も拭いてあげるー」
「ありがとう」
美男子が磨かれてさらに美しさを増す。
「きゃ!ユエったらますますきれい」
満足そうに微笑むシャオマオの顔が少し赤くなる。
「にゃあ」
「スピカおはよう!」
さっきまで寝ながらピスピス鼻を鳴らしていたスピカが起きてきた。
「スピカおトイレ行こうねー」
シャオマオが二階の窓から飛んでスピカを連れて庭に出るとライがいた。
「おはよう、シャオマオちゃん」
「ライにーにおはよう」
ライは木剣で素振りをしていたようで、顔に汗が滴っている。
朝ご飯をお家精霊のレーナが作ってくれるようになったので、ライは自分の時間が増えたのでよく訓練をするようになった。
ギルドの仕事を受けるようになったのもあり、自分の腕が少々訛っているのを感じたのらしい。
「ユエは起きてるんだろ?早く起きて俺の訓練に付き合えって言ってるんだけどな」
「ユエったらお寝坊さんなのかな?」
「そんなわけない」
ライからツッコミが入った。
ライは知っている。ユエがじっとりシャオマオの寝顔を眺めて過ごしていることを。
ぶるぶると体を震わせてから、ゆったりと庭にやってきたユエを恐ろしげに見る。
「にゃあ」
「スピカおかえりー」
足場でスピカの足を洗ってあげて、ユエに拭いてもらう。スピカは賢いのできちんと拭いてもらわないとお家に入れてもらえないのをわかっているので大人しい。
「シャオマオ様、みんな。おはようございます」
「サリー。おはようございます」
今日もきちんと髪を整えたサリフェルシェリがやって来て、暖かい薬湯を飲みながらみんなに挨拶した。
レーナがサリフェルシェリがお茶を飲んで目を覚ますのを知ってから、きちんと用意してくれるようになったのだ。
「シャオマオ様、体調はいかがですか?」
「元気よ」
レーナが準備してくれた朝食を全員で平らげて、リビングでまったりとしながらサリフェルシェリの診察を受けるシャオマオ。
「うん。きちんと魔素は安定していますし、体力も充実しているようですね。ただ少し熱がこもっているようですので薬湯の種類を変えて様子を見ましょう」
「はい。ありがとうサリー」
「いいえ。どういたしまして」
サリフェルシェリに握られていた手を奪い、ユエがシャオマオを抱きしめる。
「熱があるなんて、辛くないかい?」
「大丈夫よ。シャオマオったら元気なの」
「心配だよ」
「ユエったら心配しすぎ―」
シャオマオはユエの鼻をちょんと押して、ケラケラ笑った。
しばらく、悲しかったり怒ったりと忙しかった。シャオマオは今のこの日常が嬉しくてたまらない。
タオの実色のしっぽがパタパタする。
「こりゃあ・・・、参ったな」
冒険者は額に手をやって、くらくらする頭を押さえた。
「大丈夫か?」
「いや、無理はしない。一旦戻ろう」
「そうだな。早く戻ってギルド長に相談するしかないだろうな」
「ああ・・・」
冒険者たちはダンジョンで見た光景を一度振り返ってから、出口に向かって走り出した。
初心者ダンジョンに潜って地下へと進んでいたが、急速に魔素が強くなったのを感じた。
魔道具で測っても魔素は強く、魔素に弱い者であれば一時行動不能になる程の濃度であった。
そんな強烈な魔素が溢れるような上級ダンジョンではなかったはずなのにおかしい。
「おい・・・。道が違う」
「どういうことだ?中腹までは一本道だっただろ?どうやって間違うんだ?」
「一度通った道じゃないな。よく似てるがどこかで間違ったようだ」
「本当だ。匂いが違う」
獣人の冒険者は道をまちがわないように小さな匂い玉を等間隔に撒くようにしているものがほとんどだ。
ここは一度通った道にそっくりだが、匂い玉がない。
一本道の端から、影がちらちらと動いているのが見える。
「・・・・・・・誰かいる」
「冒険者か?」
二人が身を潜めて岩陰に隠れていたら、チラチラと動く影はどんどん大きくなってきた。
相手はずいぶんと大きな体をしているようだ。
「・・・・・誰かいるのか?」
「!!」
「ヴォイス!」
遠くから話しかけてきたのは白熊の獣人ヴォイスだった。
「ヴォイス!どうしてこんな初心者ダンジョンに?」
「初心者ダンジョン?」
「俺たちは妖精様にもらった武器を試すために初心者ダンジョンで魔物狩りをしていたんだ。そうしたら急に魔素濃度が上がったんだ」
ヴォイスは手を顎にやって少し考える。
「俺が潜ったのは北の大ダンジョンだ」
「!?」
「大ダンジョンに!?」
「入ってすぐにお前たちが潜んでいるのを感じて声をかけた。怪我でもしてるのかと思ったんだ」
北の大ダンジョンとはいえ、入り口のすぐそばに蹲っている気配があったので不審に思ったのらしい。
「ど、どうして?」
「俺たちはそんな・・・」
「二人がそんな軽装で北の大ダンジョンに挑むような阿呆だと思ってねえから安心しな」
ヴォイスは少し軽口をたたいて二人の緊張をとるように笑って見せた。
「兎に角、ギルド長に報告だな」
「はい・・・」
二人を小脇に抱えるように抱き上げて、ヴォイスは入り口に向かって走り出した。
顔色が悪いのだ。軽症の魔素酔いで済めばいいのだが。
「以上が俺が体験したことと、回収した冒険者二人の証言だ」
ギルド長のジルは無精ひげをじょりじょり撫でながら、眉間にしわを寄せている。
「聞いたことねぇ・・・」
「俺だってねえよ」
苦々しく吐き出されたジルの言葉に、ヴォイスがハッと笑った。
確かに二人の冒険者は今日、初心者ダンジョンに潜ると報告があった。何度も行っているところだから間違うはずがない。そもそもそんな間違いをするようなレベルの冒険者ではないのだ。
初心者ダンジョンが北の大ダンジョンに繋がった、ということだろうか?
そんなことがもしそのダンジョンだけでなくすべてのダンジョンで起こったら?
北の大ダンジョンであふれた魔物がすべてのダンジョンから出てくることになったら?
いろんな可能性を考えて、ジルは背筋が凍るような恐ろしさを感じた。
金の大神の仕業だろうか。
しかし、地下で何が起こっているのか知るすべがない。
「はぁ・・・。次から次へと問題が・・・。俺は禿げそうだよ」
「ははは。その時はリリアナにかつらを発注してやるよ」
「笑い事か!!」
ジルがぶん投げた菓子をキャッチしたヴォイスは遠慮なく食べた。
キャラメルナッツバーはヴォイスの好物だ。
「しばらくはダンジョンにも入場規制をかけたほうがいい」
「すべての冒険者に通達するよ。今回は二人を助けてくれてありがとうな」
「いや、礼には及ばねえが、最低でも上級レベルのダンジョンを単独で制覇できるくらいのやつじゃねえと」
「そんなことしたらほとんどの冒険者がくいっぱぐれちまう」
「魔素酔い程度で済んだらいいが、障害が残ったら冒険者なんかやってられねえじゃねえか」
「はぁ・・・。頭が痛い」
「ギルド長ってのは大変だな。ははは。俺には無理だ」
「何言ってるんだ!俺の次はお前だからな!俺はお前が現役引退するのを今か今かと待ってるんだよ!!」
「まだしばらく先だ。頑張んな」
立ち上がったヴォイスは扉に向かう。
「どこ行くんだよ」
「星の愛に謁見だ」
ヴォイスは嬉しそうに笑った。




