ダァーディーがんばる!
「どうして・・・シャオマオ・・・」
顔を絶望の色に染めたユエが手を伸ばしたが、それは握られることがなかった。
「ごめんね、ユエ」
女神のように美しく成長したシャオマオの顔は申し訳なさに曇る。
「何故だ!俺ともう離れないと約束してくれただろう?」
「でも、だめなの。シャオマオもう一緒にいられないの・・・」
「そんな・・・・!」
真っ青な顔をしたユエの頭がぐいっと虎の腕に押さえつけられる。
「いい加減にしないかユエ。お前のシャオマオは前から風呂は別だろ?」
「もう離れないと約束したんだ!!」
「ユエ様、我々がいますので安心です。何かあれば声を上げますから」
魔道具を使って簡易ふろを作ったゲルの前でもめる大人たち。
スイとランランが慰めるが、しおしおと入り口の近くに座り込んだユエ。
シャオマオは傍らに自分も座って、きゅうと抱きしめる。
「ユエ。ユエとシャオマオは一度離れたことでユエを悲しませたかもしれない。でも、ちゃんと戻ってくるってわかったでしょ?」
「・・・・うん」
「だから安心して、また離れたとしてもちゃんと戻ってくるんだから。シャオマオのいる場所はユエのところよ」
「うん」
自分を抱きしめるシャオマオの手に自分の手を乗せて、少し微笑むユエ。
ようやく機嫌が直ったようだ。
「シャオマオ。ユエをコントロールするの上手くなったね」
「ああも聞き訳がないとは・・・」
「いままで離れたことなかったのに、シャオマオが消えちゃったからユエが不安になちゃってるの。かわいそうなのよ」
体を洗ってから浴槽に浸かってため息とともに吐き出されたランランとスイの言葉に、ユエをなんとかフォローしようとするシャオマオ。
「シャオマオ、ユエを甘やかすのはよくないね!」
むきっと力こぶを作ったランランが殴るジェスチャーをしながら言う。
「あんまりわがままを言うなら鉄拳制裁よ!」
ランランに殴られたら頭がへこんでしまうんじゃないだろうかと心配になる。
「ねーねはにーにと離れることある?さみしくない?」
「あるけど二度と会えなくなるかもなんて思わないね。双子のきずながあるね。絶対にまた会えるよ。レンレンもそう信じてるよ」
「そっかー」
「スイちゃんはぱあぱと離れて戦ったんでしょ?離れてて不安?心配しなかった?」
「ええ。今回は離れて戦いましたね。里長としてはすべてを任せています。心配しなくともダァーディー様は強い。私がいなくとも安心です」
「そっかー」
「でも、私がいればもっと楽に戦うことは出来たかもしれません。休息ももっととれたでしょう。あんなに顔色を悪くして・・・」
「顔色・・・?」
「目の下にもクマが・・・」
「虎さんのクマ?」
「やつれておられましたし・・・」
「ふくふくなのに?」
どうやらスイはシャオマオには見分けられないレベルのダァーディーの変化を見分けているようだ。
「スイちゃん!まぁまになってよ!」
「ま!まぁま!?」
「ダァーディーぱぁぱ!スイちゃんまぁま!」
「!?」
「シャオマオったらスイちゃんにまぁまになってほしい!ダァーディーぱぁぱもスイちゃんがいいと思ってるの~!」
「ええ!?」
「嫌なの?スイちゃんぱぁぱ嫌い?結婚いや?」
「嫌いじゃありません!もちろん尊敬しております!」
「よかった!じゃあまぁまになってくれる?」
「そそそそれは・・・」
湯で赤くなる以上に真っ赤になって立ち上がったスイの手を、シャオマオも握った。
シャオマオの桃色の尾が水面から出てパタパタする。
「シャオマオしっぽ!周りに水が飛び散ってるね」
「あう。ごめんなしゃい」
ランランに怒られてしまう。
しっぽは一番獣人の感情が露になるところなので、あまり簡単に動かしてはいけない。簡単に考えていることがばれてしまうからだ。シャオマオはまだしっぽに慣れていないので自然と動いてしまう。
「シャオマオ。オンナゴコロは複雑ね。心は決まっていても男が堂々と告白するの待ってるね」
「告白・・・」
「その点はユエを見習うのもいいね。ユエはシャオマオのことしか口にしないね」
「そうですね、ユエ様は素直でシャオマオ様への愛に溢れて・・・・」
「スイ!!」
大声に全員のしっぽがピンと伸びた。
「スイ!愛してる!俺の嫁はスイだけだ!結婚してくれ!!!」
外からダァーディー大声が響いた。
「スイ!強く美しいお前を俺だけのものにしたい!スイ!聞こえるか!愛してる!!」
外から叫んでいるダァーディーの声は、きっと外で休憩している犬族や猫族たちにまで届いているだろう。
3人全員が真っ赤になったまま、「スイ~~~」と熱心に叫ぶダァーディー声を聞きながら服を着て、「愛してる~~」という声を聞きながら入り口に向かって走った。
「ぱぁぱ!デリカシー!!」
「女の会話盗み聞きするな!」
「これがプロポーズなんて嫌です!!」
女三人にビンタをされたダァーディーは、その日ずっと耳がイカのように平行になっていたのだった。
「あんなに楽しそうに話してたから、プロポーズしてほしいのかと思って急いだんだが・・・」
見張りの役を買って出た二人は火を絶やさないように焚き木を見つめる。
琥珀色の酒をカパリと口に放り込んでぶつぶついうダァーディーに、くすくす笑うサリフェルシェリ。
「獣人の耳がいいのは考え物ですね」
「むう・・・」
獣人は基本、好きなものは好き。愛しいものは愛しいと気持ちははっきりしているものが多い。
ダァーディーもスイには日々表現していたつもりになっていたが、はっきりと言葉にしてほしいと思っていたなんてと慌ててプロポーズをしてしまったのだ。
「スイさんは非常に美しい女性ですからね。人気があります。それがダァーディーのプロポーズ待ちだったとは」
「スイの理想は『自分より強い男』だからな!俺以外におらん!」
自信満々のダァーディー。
美しいスイ。強さも、心のやさしさも、勇敢さも理想的な番である。
「しかし、それに甘えて今までプロポーズしていなかったとは・・・」
「・・・・・言わなくてもわかってるもんだと・・・。スイも俺のことが好きだし」
どうやらダァーディーの中ではもう結婚してるも同然くらいの気持ちだったのらしい。
「でも、言葉にしていなかったんでしょう?猫族の里長ともあろうものが」
「そうさな。・・・・・俺が・・・昔を引きずっていたのが悪いのかもしれないな」
旅に出て修行してきたと思ったら、双子の弟と幼馴染を失っていた。
ずっと三人で暮らせると勝手に思っていた。
それを失ってから、ダァーディーは大切な人を積極的に作る気になれなかった。
しんっとした夜空の下。
しおしおとうなだれるダァーディー。
「ダァーディー様」
「グフッ」
ダァーディーは酒をまた口に放り込んだところで思わぬ人から声をかけられ、大いにむせた。
「そんなに集中力を欠いて、見張りが務まるのですか?」
くすくすと笑う声。
「スイ・・・」
殺気を感じさせない気配だっただけに、味方だと思って油断していた。
「サ、サリフェルシェリ、は?」
「見張りの場所を変わっていただきました」
あの野郎・・・
「ダァーディー様のプロポーズ、驚きました・・・」
「そ、そうか。すまなかった」
「いいえ。謝らないでください」
「お、おう」
「ダァーディー様の懐は深く、たくさんのものを引き受けられておられます。妖精様のお父様にもなりました」
「・・・」
「私へのプロポーズは、妖精様に母親を与えたいからですか?」
「!!なにを!」
「では、私がダァーディーを愛しているのを知って、同情で・・・・・」
「スイ!!」
ダァーディーはスイを抱きしめた。
「スイ。俺の愛がスイに伝わっていなかったんだな。悪かった。スイが俺を愛してくれていたのは知っている。長く片腕を務めてくれていた。スイ。お前を信頼している」
「はい」
「それ以上に愛してる。お前を愛おしいと思っている。俺の生涯の番はお前だけだ。俺の番。これからの人生を共に歩んでくれ」
「はい・・・」
スイはダァーティーの腕の中で喜びの涙を流した。
「きゃあ!ぱぁぱったらダイタンよ!」
「そうだな」
「スイちゃんまぁま!スイちゃんがまぁまよ!」
ユエと二人のゲルの窓を開けてこっそり外を見張っていたシャオマオはしっぽがぶんぶんと喜びで揺れてしまう。
少し遠く離れているため声ははっきりと聞こえないが、夜目が利くようになったシャオマオには二人が抱き合ってるのがはっきり見える。
「シャオマオ。しっぽのブラッシングができないよ」
「やん!しっぽのブラッシング自分でするの!くすぐったいんだもん!」
しっぽが生えたてのためか、シャオマオは人に触られるのがくすぐったくてたまらない。
急に神経集まっている部分が生えたのだ。
慣れない感覚に四苦八苦している。
「しっぽは家族や番しか触れない場所だよ?当然おれにはグルーミングする権利がある」
「うぐっ」
「それとも全身舐めてきれいにしたっていいんだよ?」
「ダメよ!」
わあわあ走って逃げるシャオマオを後ろから覆いかぶさって羽交い絞めにするユエ。
「よかったね、シャオマオ。また大切なものがシャオマオにできたよ」
「・・・うん。ありがとう、ユエ」
シャオマオは明日から自分に母ができるのだと考えるだけで嬉しくなった。
父がいて、母がいて、ライにーに、レンレンにーに、ランランねーね。ミーシャにーに。番にはユエ。先生のサリフェルシェリ。友達がいっぱい。
シャオマオの瞳にも、感動の涙がこんもり盛り上がっていた。




