長い戦いの始まり
陽が落ちた。
これからは戦いが激しくなるだろうことが予測される。
ダンジョン以外では魔物は日没後に凶暴性を増す。
中型の魔物を星に帰したラーラは空を見上げた。
空ではドラゴンが炎の息を吐いたり、氷の息を吐いたりしているため、地上は時々昼間のように明るく照らされる。
「妖精様。必ず無事にお帰りください・・・」
ラーラはサリフェルシェリが説明してくれたのでシャオマオが今どんな状況にあるのかを知っている。
いざとなれば、こちらの戦力を多少犠牲にしてでもシャオマオの所へ駆けつけるためだ。
しかし、そんなことをすればシャオマオは喜ばないだろう。悲しむだろう。
(なんとしてもこちらを守り抜き、妖精様の憂いを一つでも払わなければ・・・。ユエ殿がいる場所へ向かう魔物の隊列も崩したいが、こちらへ向かってくる魔物の数が増えればそれもままならない)
ラーラは手にした剣を強く握った。
「ねえ、銀」
「うむ。なんだ?」
相変わらず星へ向かって宇宙を飛ぶシャオマオと銀の大神。
「金に会えたら、最初はどうする?」
「そうさなぁ。まずは抱き合い互いが存在していることを実感したい」
「ぎゅう!ね」
「うむ。そしてお互いが溶けあうような――」
「きゃあ!だめだめ!シャオマオに聞かせちゃダメ―!」
「何故だ?シャオマオも口――」
「きゃあ!!」
真っ赤になって耳を抑えてプルプルと震えるシャオマオをみて、銀はからりと笑った。
「シャオマオはまだ子供だったな」
シャオマオの桃色の髪を撫でる。
「そ!そうなの!こどもなの!だから、だから、おちょなの話はまだ早いの!」
はふはふと息を整えながら慌てるシャオマオのかわいいこと。
いつもユエに抱きしめられたりいろんなところへ口づけされたりしているが、シャオマオはそれをあまり意識したことがなかった。きれいなユエが自分に口づけしたり愛をささやいてくれるのが嬉しいやら恥ずかしいやら。
自分からはなかなかあの愛を返すことが出来ないでいた。
(じ、自分からユエにキス―――!!!できないできないできない!!!!)
あんなに美しいユエなのだ。シャオマオはあまりユエが美しいことを普段は意識しないようにしている。
きれいなユエ。シャオマオのユエ。自分の一部とはいえ、視界に入ってくる美しい姿は意識してしまえば緊張のあまり触る手が震える。
「シャオマオはユエに会えたらどうするのか?」
「えっと、えっと、まず勝手に出かけてごめんねって謝って、それから・・・大好き。愛してるっていう」
さらに赤さを増したシャオマオの顔はタオの実色になってしまっている。
「それはいい!ユエはきっとお前を抱きしめて、お前以上に愛を返すだろう」
「むう!負けないで、いっぱい愛してるって言うもん!」
不思議だ。
銀狼はますます進むスピードが速くなっているシャオマオを見つめてから、自分の進んでいる先を見据える。
一つの星が小さく小さく瞬いている。あそこへ向かっているのだろう。
狼の目で視認できるほどに近づいているのに、心が凪いでいる。
早く金に会いたいと思う気持ちは本物なのに・・・。
それよりも何か悪い予感がする。
何かが自分をからめとるような視線を向けている気がする。
じわじわと己の身を侵食されるような嫌な気持ちだ。
「なんだかね、ユエがシャオマオを呼んでくれてる気がする!今までよりも進むスピードが速いんだもん!」
シャオマオにはそんな変化は見られない。自分にだけ起こっていることなのだろう。
鼻息荒く喜ぶシャオマオの頭を撫で、銀狼は微笑む。
「では予定より早く帰れるやもしれん」
「予定では何日かかるはずだったの?」
「そうさな、なん年だったかな?銀だけだったら数千年は――」
「きゃあ!急がないと!!」
シャオマオは可愛い目を閉じて、必死にユエのことを思い出す。
のんびりしていてはユエがおじいさんになっているかもしれない。
「えっと、えっと、ユエは本当にきれいでかっこよくて強いんだけど、声もいいのよ」
(桃花)
シャオマオの鼓膜を震わせるユエの声が思い出される。
あんなに心からシャオマオを愛おしいと思ってくれる音はない。
ユエの声が一番好きだ。
ユエに呼んでもらう真名は、本当に力を持っている。
「ユエの声が聞きたい!ユエに呼んでもらうの。桃花って。あんなに愛のこもった言葉ないもの」
シャオマオは銀の手を強く握り、ますます進むスピードが速くなるのに身を任せた。
「ユエ、水も飲まないよ」
「スープも手つかずよ」
双子が心配そうに見ている先には穴の前から動かないユエの姿がある。
そばに置いた水とスープは動かされた形跡がない。
「まあ。何も摂らずに体はもつのかしら・・・。ドラゴン以外の生き物について疎くなってしまったわ」
「修行僧のようだけど、考えてることが煩悩まみれね」
「自分の体のことなんて二の次ね」
ダリア姫は大鍋を抱えてスープを飲みながら心配している。
この星に宗教らしき宗教はないものの、稀に「星に感謝を伝えるため」と祈りを捧げ続ける者はいる。
姿こそ修行僧に近いが、なんだか漂っているオーラが禍々しいような気がしてくる。
「まあ、思う存分シャオマオのこと考えられるんだから、あいつにとってはご褒美みたいなものだ。もうしばらくは大丈夫だろうな」
ダリア姫を安心させようと声をかけたダァーディー。
日中にやってきた魔物はすべて星に帰したが、これから夜にかけてどれほどの数がやってくるのかが問題だ。
遠くには魔物の行進が見える。数は昼間よりも多い。倍はいるかもしれない。
有難いことに人族が力を尽くして武器や魔道具、医薬品を補充してくれる。
安全地帯を作ってユエを守り、自分達も怪我もなく戦えているのは人族のお陰だ。
ダァーディーはライが作ったハンバーガーをむしゃむしゃ食べながら人族へと感謝を向けた。
「そろそろミーシャは夜で目が利かなくなってくるな」
「・・・すみません」
「謝ることじゃないさ。この物資の運搬も助かってる」
運んできた魔道具をポンポンと叩きながらライがにこにこと笑う。
ミーシャも物資の不足を補うためにこの山に残っているが、魔道具の残りを気にせず使えることがこんなにも心強いことはない。ミーシャがリューを顕現できることは有利だ。
今回の仕事はユエを守り、シャオマオを早くこの星に戻すこと。それだけに注力するならこのメンバーであれば魔物の数が倍になろうが余裕が生まれる。
「シャオマオが迎えに行った銀の大神がいるのなら、ラーラたちが見たのは何だったんだ・・・」
ラーラ達がいた北の大ダンジョンの状況も、サリフェルシェリによって伝えられている。
そこには大穴から現れた金の大神とそっくりの銀の大神がいたというのだ。
「銀の大神、この星にも他の星にもいるね?」
「やめてよレンレン。そんなの、そんなのは、ありえないね」
金の大神と銀の大神は二柱でこの星を運営している。この星が生まれた時から変わらないことだ。
そして、裁定者によって罰を受けた大神達は離れ離れとなったが、それぞれを想う気持ちは衰えないはずだ。
すべてはそうなっているはずなのだ。
闇に紛れて北の大ダンジョンの大穴からは魔物がとめどなくあふれている。
昼間に比べると大型の魔物が多くなったように感じられる。
見張りとして残った犬族の男は身を隠す大岩の裏で頭を抱えた。
何故二柱が揃ったにもかかわらずこんなにも魔素が安定しないで噴き出しているのか。
銀の大神様の力が弱っているのか。それともなにがしかの理由で、金の大神が魔素を吐き出し続けているのか。
考えたくはないが考えてしまう。
大神はこの星を、生き物を一掃する気か・・・!!!
「ジョーン。交代の時間だ」
「ありがたい」
交代の青年がやってきた。
見張りを務めるのは足の速い、魔素に強い犬族の男たちだが、それでも長時間この魔素にさらされるのは辛さを感じる。そのため定期的に交代しながら見張りを続けているのだ。
「魔素の様子は?」
「濃度は安定しないな。しかし北西に向かう魔物が増えたように感じる」
「わかった。サリフェルシェリ様へ報告頼む」
頷いたジョーンは魔素濃度を測る魔道具を預け、人族エリアへ向かって駆け出した。
「ユエ?」
ライが不思議な気配に気づいて振り向くと、ユエが光を放っているのが見えた。
「ユエ・・・本当に灯台みたいだな」
ほのかに光るユエを見て、少し唖然とした声でつぶやいた。
ユエは光の粒を纏っている。その粒が精霊のようにきらきらと舞い、穴に吸い込まれて行っているのだ。
ひとつひとつがシャオマオを想う気持ちの粒なのかもしれない。
無数の光の粒を見ながら、ライはそれらがシャオマオたちを安全に導くように軽く目を閉じて祈った。
「グオオオオオオオオオン!」
遠くに魔物の動きを感じたダリア姫がドラゴンの姿に変わって空へと舞った。
「ライ!やっとお前の出番がきたぜ!!」
「もう体が訛って訛ってしょうがねえ!」
ざわっと全身に黒の毛を膨らませて完全獣体となったライが崖下へと駆け出す。
「レンレン!ランラン!お前たちは焦って突っ込むなよ!」
「はい!」
「わかってるよ!」
両手に持った炸裂弾を見せながら、持ち場へと走っていく双子。
「ミーシャ!リューをうまく使え!安全なところからユエを守るんだ!」
「わかりました!」
魔道具の弓矢を装備して、ミーシャは空へを舞いあがった。
「じゃあ行くぞ!」
完全獣体となって大きな牙を見せ、ダァーディーは大きな咆哮を上げた。




