別れた魂
食事は具沢山のスープで簡単に済ませて、チェキータに体を拭いてもらってから寝る準備だ。
テントは二張あったため、ニーカとチェキータ夫妻。ユエとサリフェルシェリがシャオマオと寝ることにした。まだ夜間は鳥族よりもサリフェルシェリの方がシャオマオを守ることができる。
特にサリフェルシェリが弱いわけではない。ユエ達の戦闘力が高すぎるせいだ。多少の障害なら一人でなんとか出来る程度には力がある。
寝る前の時間を焚火の前でお茶を飲みながらゆったり過ごす。
ユエはサリフェルシェリにシャオマオを任せて、周囲の見回りに行った。
虎の姿で少し魔力をまき散らしておいて、弱い魔物や獣を近づけないようにするために匂い付けに行ったのだ。
「空にね、ぴかぴか、まるいの、にーこあるね」
「丸いのが二個。ああ、月は二つありますね」
シャオマオが指をささっと指す方向を見ると、今日もつやつやと輝く金の月と、静かな輝きの銀の月がある。
「つき」
「そう。月です。金月と銀月の二つです」
「きんげつ、と、ぎんげつ・・・」
「金狼と銀狼の夫婦月なのです」
「キンローとギンロー?めおと?めおとなに?」
「ニーカとチェキータのような夫婦のことですね」
「めおと、ニーカとチェキータ。・・・・・・あ!めおと!『夫婦か』」
「そうです。ニーカとチェキータの二人は結婚しています」
「け・・・けっきょん・・・」
うつむいてしまったシャオマオ。
「どうしました?」
「シャオマオね、ユエとけっきょんするんだって」
サリフェルシェリのぴょんととがった耳に顔を寄せてひそひそ話す。
「それは、ユエに言われたんですか?」
一応、サリフェルシェリもひそひそ声でシャオマオの耳に囁く。
「そうなの。ユエがね。シャオマオはユエのだから、けっきょんするって」
「うーん。妖精様は結婚したいのですか?」
「・・・はずかちい」
「恥ずかしいだけですか?」
「ユエはね。いっぱいきれい。きらきら。ふわふわ。一緒にいるとドキドキ。いいによい。安心する」
「すきなんですね」
「しゅ・・・き・・・?」
ぼんっと音がしそうなくらい一瞬で真っ赤になってしまうシャオマオをみて、サリフェルシェリはくすくす笑った。
「急いで決める必要はありませんよ。あと10年以上悩めます」
「じゅーうねん!いっぱいね!」
「そうです。時間はたくさんあります。その間に片割れのユエ以外の人とも出会うかもしれません」
「片割れ?ユエ以外?」
「そうです。未来は決定ではありません。ほかにもっときれいなふわふわのいい匂いがする人と出会うかもしれませんよ?」
にっこり笑いながら言うと、背後から近づいてきた人物に魔力圧力を浴びせられた。
「サリフェルシェリ。余計なことを言うな」
「ユエ、おかえりー」
服を着て人型で戻ってきたユエにシャオマオが駆け寄ると、ユエは軽々と抱き上げて丸いおでこにキスをする。
途端に魔力圧力が霧散する。
「見回りはいかがでしたが?」
「罠が多いな。多分、ルートを絞るように仕掛けてるんだろう。誘導される」
「誘導、ですか。面倒なのでうまく避けて頂上に向かいましょう」
「そうだな」
簡単に明日のルート確認をして、お茶を一杯飲んだら早めに休むことにした。
「ねえ、ユエ」
「ん?」
シャオマオを挟んでユエとサリフェルシェリが横になる。
猫族の誰かに急襲される心配はないだろうが、見張りに立ってシャオマオとサリフェルシェリだけテントに入れるわけにはいかないので見張りは捨てた。見張りを特に置かなくても、ユエがいるなら寝ていても悪意は必ず察知する。
「片割れ、なに?」
「俺とシャオマオのことだよ。ほんとはね、一つの魂だったんだ」
シャオマオに見えるように、左右の手で一つの輪を作る。
「それがね、なにか偶然で二つに分かれちゃったんだ」
右手で一つ、左手で一つ、輪を作る。
「こっちがシャオマオ。こっちが俺。本当は同じ塊だった」
「いーち?」
「そうだよ」
左右の輪を一つに再度くっつけて見せた。
「おなじ・・」
「そうだよ。シャオマオ。俺のシャオマオ」
「シャオマオの・・・ユエ?」
「そうだよ。俺の桃花」
ユエに呼ばれる名前は暖かい。
どこまでも優しい。
どこまでも愛おしい。
ユエと自分が同じである事は心はちゃんと感じている。
ユエを愛する事は、自分を愛する事と同じだ。
ユエを信じるのは自分を信じる事と同じだ。
ユエに向ける感情が、自分にも向く。与えられたものは自分の気持ちを少しプラスして返したくなる。すると返したものが同じ以上に返ってくる。相手も同じ様に感じてくれていると実感できる。
相手を大事にしているのに、自分を大切にしている様な感覚がある。自己肯定感が高まり、二人でいることが当然だと理解している。これが本当は一つだったと言う事なんだろう。
だが、それが番だから、好きだから結婚といわれるとよくわからなくて戸惑ってしまう。
前の世界ではいくつまで生きたかもう忘れてしまったが、恋愛なんて経験がない。ここでもまだ心が育ちきっていない。
つまり、恋愛感情をこんなに美しい男性から全力でぶつけられるのが初めてなのだ。どうしたらいいのか本人もよくわからないのである。
自分の気持ちが、片割れだからなのか、番だからなのか、ユエの様にはっきりとまだ断言できない。
「だから、結婚してずっと一緒にいよう」
「けっきょん・・・」
「いやかな?」
「いや、ない。でも、まだ、わかんない」
「うん、いやじゃないならいいよ。時間はある。もっとシャオマオに好きになってもらえるように頑張るよ。ほかの誰も目に入らないくらい、シャオマオをドロドロに溶けるまで甘やかして、俺がいないと生きていけないようにしてみせるよ。時間はあるんだから」
相変わらず美しい笑顔だが、ユエの金の瞳がギラギラと怪しく光っているのは気のせいか。
ちょっと意味が分からない言葉もあったが、嫌じゃないならいいと言ってくれたし、今はこのくらいでもいいんだろう。まだ子供だしな。などとシャオマオは呑気に考えている。
「これ以上の溺愛がまだ・・・」
「まだ遠慮してる」
「遠慮していたんですか・・・」
二人の会話に口を挟まないようにしていたサリフェルシェリが思わずつぶやいてしまった。
「小さなシャオマオと一番に出会えたのは運命だ。そして運命によりシャオマオがこの星に帰ってきて、俺が助けた。助け出すことができた。刷り込みだろうがなんだろうが、長い時間一緒にいるのは俺だ。そのほかの有象無象には負けない。誰かがシャオマオを妖精として望もうが、番として望もうが、シャオマオが選ぶのは俺だ」
うつらうつらするシャオマオに毛布をかけ直して、髪をなでつけながら頭のてっぺんにキスをする。すると、目を閉じててもころりと転がってユエの胸の辺りに抱きついてくる。
無意識だろうがユエの香りをクンクン嗅いで、少し安心した顔をする。
こういうところを見ると、妖精も獣人の様につがいの匂いを嗅ぎ分けているんじゃないかと思ってしまう。
ユエはシャオマオにも番として自分を感じとってほしいと思っているので、こう言う仕草を見ると愛おしさが込み上げてくる。ユエがいなければ眠れないと言ってくれないだろうか。
ユエはもうシャオマオが隣にいないとよく眠れない。この小さな温かい愛おしさの塊を抱きしめていないと不安なのだ。
「お、やす・・・ユエ。サリー」
「おやすみなさい妖精様」
「おやすみ俺のシャオマオ」
今日も読んでいただきありがとうございます( ´◡͐`)




