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ここはどこ?わたしはだれ?

 

『くあ。よく寝た』

 思わず口から自然とこぼれるくらいによく眠ってたみたい。


 体は動かさずに、自分の周りを目だけ動かして確認する。

 何か柔らかい毛皮を背中に、ゆったりと寝転んでいたみたい。ぬくぬくしてて気持ちいい。

 それにしても足の先が近いなぁ。すぐそばにつま先がある。よっぽど背が小さいのかなぁ?腕もやせっぽっちだ。

 自分を包むケットが気持ちよすぎる。ふんわり柔らか。多分重ねたガーゼケットだ。二度寝したいくらいだけど、知らない部屋だから気になる。ここどこだろう。


 シンプルな私が入れそうな大きさの行李が二つ。部屋の形はまんまる。真ん中には柱が立ってる布の部屋。部屋じゃなくてテント?ゲルってやつかな?テレビで見たことがある。テレビ?遠くの世界の映像だ。たぶん、知識として知ってる感じ?


 床は厚手の敷物が何重にもが敷き詰められてて、部屋の中はどこででも寝転んでくつろげるようになってるみたい。


 窓に当たる部分は布がめくられていて、明るい日差しとさわやかな風が吹き込んでくる。

 いまは陽が高いから昼くらいかなぁ?


 吹き込んでいた風で私の髪がふわふわ踊って視界に入ってきた。

 ・・・髪色がえらくピンクじゃない?ピンクというか桃色というか、派手な色合いだ。そもそもは黒髪じゃなかったっけ?そんな髪の色変えるような元気がなかったんだもん。


 そうだ、私元気がなかったんだ。


 でも、いまはすっきりしてる。

 深呼吸しても安定してるし、熱っぽさもない。つま先をきゅっと丸めてみたり、手をにぎにぎ動かしてみたけど不安なところがなにもない。寝る前に感じていた爆発しそうな胸の熱さももうないし。なんなら甘いって言えるくらいきれいな空気で歌でも歌いたいくらい元気なんだもん。元気っていいもんだな。


 おもわず一人で寝そべりながらにっこりしてしまった。


「ぐるう」

 背後から、獣の声が聞こえた。私、なにか獣をクッション代わりにしてたり・・・する?

 恐る恐る後ろを向くと、大きな大きなマズルが視界いっぱいにひろがった。

『ぶっぶー』

 鼻の先を人差し指できゅっと押してみたら、しっとり湿って弾力があって、独特な触り心地がした。うん。作りものじゃないんだね!

 私と一緒に寝ていたのは巨大な虎だ。私が触った鼻先をぺろりと舐めたが舌が大きい・・・


 そりゃこのマズルの中に入ってる舌だもん。大きいに決まってる。

 私なんか一口で・・・・ぺろり・・・

『きゃー!!』


 タオルケットを押しのけて寝床から飛び出そうとしたけれど、手に掴んだタオルケットを自分で踏んずけて躓いてしまった。

『あう』

 手はまだタオルケットを掴んでいるから地面に手を付けることができない!

 あわや顔面から地面にダイブ!というところで、背後からおなかのあたりに回された腕によって、私の顔は守られた。


「シャオマオ。危ない」

 頭の上から降ってくる声。低くて鼓膜が響くような男性のいい声だ。はっきり言うとセクシーな声。

 声だけでドキドキする。


『あ、ありがとうございます』

「イヤ、リ、ゲトー?」

 振り返ると、にっこり笑った男性が私をゆったり床に下した。こちらの話す言葉も難しいんだな。


 男性は寝ていたシーツを腰に巻き付けているけれど、どうみてもその下は裸だ。

 そして、金の髪の間から見える頭頂部の獣の耳。シーツの裾から見えるしっぽがゆらゆら揺れてる。

 どちらも虎柄だ。そして、私が背後にしていた虎はいない。


 そ、そういう世界か。

 私の混乱してる頭は答えを導き出して勝手に納得した。

 そういうこともあるのだろう、と。


「目が覚めたシャオマオは本当に美しいな。寝ているときも美しかったが、起きて俺を見ている」

 なにか話しながら虎耳さんは私に顔を近づけた。きれいな顔立ちのひとだな。今はシーツ一枚だから均整がとれた肉体美も相まって彫像のようだ。がっしりした筋肉の塊といってもいい。腕も太いし腹筋もしっかりいくつかに割れてる。

 あえて数えはしない。恥ずかしいからだ。


 背も高い。片膝をついてこんなに見上げるくらいだから、2メートルくらいありそう。そして、本当に顔が整ってる。

 きりっとした美形が、美しい顔をとろけさせて私に話しかけてる。

 どういうことだ。


 瞳孔が動物っぽい。

 きゅうとこちらを見つめる瞳は金色で、虹彩の周りに金の星がきらきら散ってるように見える。

 こんな瞳初めて見た。こんな生き物いたんだ。本当にきれいな人だ。


「やっとシャオマオの瞳が見れたよ。瞳も桃色だ。」

 さらにぐっと顔を近づけてきた。


「銀色の星が散って輝いてる。そしてその美しい瞳に俺が映っている。俺を見ているシャオマオはさらに愛おしいな」

 ふう。とため息交じりにどんどん話しかけてくる。


「さあ名前を教えてくれ。名前がわからないからシャオマオとしか呼べない」

 私の手をとり、すりすりと大きな親指で撫でながらじっと瞳を覗き込んでくるけれど、しゃべってる言葉がわからない。


『ごめんなさい。言葉がわからない』

 聞いたことない言語ではっきりと聞き取れない。聞き取れても多分単語ひとつわからない。


「知らない言葉を話すんだな」

 虎耳さんは特に気にせずにっこりと笑ったところで、入り口のドアが勢いよく開いた。


「ユエ!悲鳴が聞こえたぞ!」

 また別の男性が飛び込んできた。こちらは黒髪に黒の耳、黒のしっぽの男だ。

 そして、私と虎耳さんいるのを見て、

「また裸じゃねえか!!!」

 と叫んだ。

 何を叫んだのかはわからないが、シーツ姿を指さして叫んだので、なんとなく何を言ったのかは分かった。


「だいたい、シャオマオちゃんが起きたなら呼べよ。こっちだって一か月も起きるの待ってたんだし、というか、幼女の前で裸になるのヤバイからな!お前!!」

 びしっと虎耳さんを指さした後、ずかずかと行李まで行くと中から服を取り出して放り投げた。

 虎耳さんはうまくキャッチすると、衝立の向こうに消えていく。

 多分服を着ろと言われたんだな。


「シャオマオちゃん。こっちにおいで。ちょっと何かお腹に入れたほうがいいよ」

 言葉がわからないのでにこにこしている黒耳さんを見ていたら、衝立の向こうから声が届く。


「シャオマオは言葉がわからないみたいだ。知らない言葉を話す」

「ありゃ。ユエがわかんない言葉ならサリフェルシェリくらいしか頼れないなぁ。そろそろいつもの連中が様子を見に来る時間だろ。ちょうどよかったな」


 部屋の端に低いテーブルを準備した男性は、荷物から取り出した水筒の中身を器に移してスプーンを置いた。


「シャオマオちゃんこっちへ。これ飲んで。温めたミルク粥だよ」

 座りながら黒耳さんはジェスチャーを交えながらにこにこ私を招いてくれる。


 置かれた器の中から甘い香りが届いた。

 そうだ、ずいぶんと何も食べてなかったような気がする。

 でも、器が私の顔より大きいしスプーンも長い。うまく使える気がしない。


「まて、シャオマオ。俺が」

 戸惑っていたら服を着た虎耳さんが慌ててやってきた。

 私を自分の膝の上にのせて、まずは一口自分が飲んで見せた。


 たぶん私が戸惑っているから自分も食べて大丈夫だと教えてくれたんだと思う。


 片手で器用に私を抱えながら器を持ち、スプーンで一口すくって少しふうふうと冷ましてから差し出した。

 自然すぎてこの形になるまで全く抵抗できなかったんだけど、なんで私は美形の膝の上に?

 これ介護?看護越えて介護じゃない?

 確かにスプーンが大きすぎてうまく使える気がしないけど、それにしても恥ずかしい。


「さあ、シャオマオ。その桃色の口を開けて。あーん」

 私の唇につんつんとスプーンを当ててきたので、恥ずかしいけど思い切って口を開けたら口の中にゆっくりと流し込まれた。

 ちょっととろみがあって、重湯とかそんな感じかなぁ。はちみつみたいな甘みがあっておいしい。


『おいしい』

 思わずにこっとしたら、私を抱きしめる男の顔が真っ赤に染まった。

「・・・かわいい」

 絞り出すように何かつぶやいて、うつむいてしまった。


「ひゃー。寝ててもかわいかったけど、起きてたらこんな顔するんだね。子供ってこんなにかわいいものだっけ?」

「見るな。穢れる」

「え?ひどくない?」


 真っ赤な顔を向けて、虎耳さんが私をじっと見つめてきた。

「もっと食べて見せて?ほらあーん」

 すこーしずつすくって器用に食べさせてくれる虎耳さんは始終私が咀嚼したり飲み込んだりするだけで喜んでくれる。

 食べただけでここまで喜んでくれる人いるだろうか。いや、いない。


 でも、ちょっと口に入れただけで私はお腹がいっぱいになってしまった。

 ふるふると頭を振ってスプーンを避けたら、すぐに諦めてくれた。


「食べる量が少ないな」

「ずっと寝てたから胃が小さくなってるんだよ。結構痩せてるし。いくつかわからないけど小さいほうだと思うよ」

「そうだな。もっとふくふくしていてもシャオマオはかわいいだろう」


 器を置いた虎耳さんは、私をくるりと自分のほうに向けた。

「ユエ」

 とんとん、と自分の胸を指す。

 そして私を指さして、首を傾げた。

 名前を聞かれたことがわかる。いぅえ?発音難しいな。


『私は、わ、わたしは?』

「ワタシ?」

 私。

 私、自分の名前・・・。名前・・・。

 体が自然に震えだした。


 わたしって、だれ?

 わかんない。体にも見覚えがないし、この子供の体でこの意識なのはどう考えてもおかしい。違和感しかない。

 でも、「本当の私はこれなんです!」ってはっきりしたものもない。

 知識はある。でもこの世界の知識じゃないようだし・・・。

 これってどういうことなんだろう。怖い。言葉も通じないところで知ってる人もいない。

 この人たちにそもそも頼ってていいんだろうか。


「シャオマオ」

 だんだんと震えが大きくなってきて、背中に冷たい汗が伝った。息が、苦しく、なってきた・・・。


「シャオマオ」

 小さく震える私をゆっくり抱きしめて、虎耳さんは背中を撫でてくれた。


「大丈夫だよ。なにも心配いらないし、誰もシャオマオを傷つけない。俺が守るよ」

 何を言っているのかはわからないけれど、ゆっくり話してくれる。


「ゆっくりと、息をして。落ち着いて。大丈夫」

 すーはーすーはー。

 撫でられる手の動きに合わせて深呼吸。

 うん。落ち着いてきた。


 この人、本当にいい香りがする。

 この香りが私を包んでいるときには安心感が増す気がする。


「いぅえ」

「ユエ」

「ゆーうえ」

「ユエ」


 本当に、何度も言い直した。

 何度も言い直したのにずっとずっとにこにこしてる虎耳さん。

 なんだか微妙に違うようで、いい線行ってると思うんだけど、何度も繰り返した。


「ユエ」

「ああ。この口から俺の名前が・・・」

 私の唇を、ユエの親指がスルスルと撫でるのが恥ずかしくて、顔が熱い。


「その辺にしとけよ、しつこいと嫌われるぞ?」

「きら・・・われ・・・?」

 虎耳さん、いや、ユエのしっぽがぶわっと膨らんだ。


「だめだ!嫌われるのはだめだ!」

 うつむいてプルプル震える耳がへにょっと垂れているのがかわいくて、思わず手を伸ばして触れてみた。


 ふかっとした手触り。

 本当に生えてるんだ。ふかふかで温かい手触りは、寝ていた時のあの虎さんの手触りと一緒だ。

 やっぱりそういうことなんだろうな。意外とすんなり受け入れられるものだ。


 ピクリと耳が動いてうつむいてた顔を上げたユエは顔が真っ赤になっていた。

 なんで?あまりにも赤い顔をしているから、思わず手を離した。


「ユエ。暴走するなよ」

「・・・・シャオマオが俺の耳に・・・」

「シャオマオちゃん。耳は獣人の弱点、というか親しい人にしか触らせないから。ユエが勘違いするよ」


「もっと触って、シャオマオ・・・」

 色気が駄々洩れとはこういうことか・・・。

 うっとりと囁くように近づくユエを、とうとう黒耳さんが首根っこを掴んで抑えた。


「ちょっと落ち着いて離れろ。そしてシャオマオちゃんご飯食べたばっかりだからね。ちょっと寝かせてあげようよ」

「せっかく起きたのに?まだ話していたい」

「健康的な子供の成長には睡眠、食事、あそびが必要だ。こんな痩せたままじゃかわいそうだろ?」

「そうか。それは一番大事なことだな」


 すっと、私の脇に手を入れて抱き上げたユエは、先ほどまで私が寝ていた寝床へ連れてくると一緒に寝そべった。

『一緒に寝るの?』

「シャオマオが眠る姿を見守らないと」

 いや、色っぽいを飛びこえてるよ。何この人!?

 さわさわと私の顔をしっぽで撫でてくるのがくすぐったい。


『私のことしゃーまーって呼ぶのはなんで?どういう意味?』

「シャオマオ」

「やぉまうぉ」

「シャオマオ」

「しゃお、まお」

「そうだよ。よく言えたね」

 虎耳さんが頭の上で話しながら髪をゆっくりと撫でる。


 気持ちいい。

 お腹もいっぱいだし、本当に横になっているだけなのに眠くなってきた。

「眠ってしまって大丈夫だよ。ちゃんと一緒にいるからね。離れないから」

 何か頭の上に押しあてられたのを感じたくらいで、私は意識を手放した。




「お前ねぇ。溺愛が過ぎるぞ」

 規則的なシャオマオの呼吸音が聞こえ始めてから、あきれたようにライがお茶をすすりながら話しかけてくる。

「俺にまで威嚇するなよ。お前の片割れを奪うわけないだろ」

 時々、魔力圧力で威嚇していたのにちゃんと気づいていたんだな。


「シャオマオちゃんが起きるまで完全獣体で一緒にいた意味もよくわからんが」

 シャオマオが寒いおもいをしてはかわいそうだ。俺の毛皮で温めてあげなければ。


「あと、俺とも会話してくれよ。シャオマオちゃんとだとあんなに饒舌なのに。あんなに饒舌に話すところ見たことないんだけど?」

「いままで話せなかったからな」

「そりゃそうだ」

 ライはケラケラ笑った。

 そして、少し静かになった。


「本当に、シャオマオちゃんのおかげなんだな。お前の魔力が和らいでいるのも。完全獣体から戻れたのも・・・。本当に、お前の体が・・・自由に・・・」


 涙声になったライに顔を向けると、湯飲みを握ったまま顔を伏せて震えていた。


「いままで苦労かけたな。ライ」

「おう」


 俺はシャオマオと初めて出会った時と同じことをもう一度ライに告げた。

 ライの返事も同じだ。


 本当に何度言っても足りないくらい苦労を掛けてる自覚はあるんだ。


「今までありがとうな」

 礼をいうと、勢いよく顔を上げたライがさらに涙をこぼした。


「ユエが礼をいうなんて・・・・・・・。報われた・・・俺の今までの人生はここでやっと報われたんだ・・・うううううう」


 本格的に泣き始めてたライを呆れてみていたら、扉がまた勢いよく開かれた。


「妖精様が目覚めたと精霊たちが噂してますよ!!」

「サリフェルシェリ!来るの遅いな」

「妖精様は?どちらに?」

 ライの返事は聞いていないのか、サリフェルシェリはパタパタと近寄ってきた。


「ま、また寝てしまっているうううううう」

 がっくりとうなだれるサリフェルシェリまで泣き始めた。


 うるさすぎる。

 このゲルの中だけでも、俺とシャオマオだけの世界にならないのか。



読んでいただきありがとうございます('ω')ノ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 親切な彼に保護されて良かった! 虎耳さんが皆に慕われてる雰囲気が好きです。 ユエが過保護になってお世話してる様子がとても可愛らしい。 [気になる点] ライの面倒見の良さと苦労性はいつ身に付…
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