戦闘者の戦い
シャオマオのお家精霊「レーナ」。
シャオマオの家を守る守護精霊のようなものであるが、妖精様に頼まれたことがあるのでそれを実行しなければならない。
レーナはシャオマオの部屋に入り、チェストの一番下の引き出しを開けた。
じゃら
恐ろしいほどの量の魔石がキラキラと光を反射している。
それを見つめたレーナは、持ってきた頑丈な麻袋にそれらの小さな粒を詰めていく。
宝飾品としても価値を持ちそうなほど、シャオマオが持っている魔石の質はいい。
望んで捧げられるものというのは退治されて傷ついたものとここまで違うものなのだ。精霊のレーナにはよくわかる。
レーナはチェストの隅から隅まできちんと確認して、一粒も見逃さないように袋に詰めると、それを抱えて人族エリアのペーターの工房へ向かった。
「ペーター。お前本当に避難しなくていいのか?」
「父さん。何度も確認しなくて大丈夫だよ。僕より母さんの心配してあげてよ」
真っ青な青空のような美しい瞳を母に向けて、ペーターはため息をつく。
「母さん、職人さんが残るなら自分が世話をするって言ってたけど・・・」
「お前が逃げないならそう言うしかあるめえ」
「そうだよね。うん」
ペーターは人族エリアの職人が武器を作ることを知っていて、自分も窯を動かせるのに逃げると言う選択肢はなかった。
子供として王宮の地下シェルターに逃げることもできたが、職人としての矜持が許さなかった。
ただでさえ今は精霊様の加護を貰っているのだ。
その精霊たちが「窯を動かせ」とペーターを突くのだから従うしかない。
「ペーター、お前にお客さんだよ」
職人の食事の支度をしていた母が小走りにやってきた。
「お客さん?」
こんな街中で避難が始まってるときにお客?と母親の背中に立っている人を見た。
大きな袋を抱えた美しいメイド服の女性がペコリとお辞儀してくれる。
「あの・・・、どなたでしょうか?」
ペーターが尋ねると、メイド服の女性は持っていた紙をペーターに渡す。
「・・・シャオマオの字だ!」
『ペーターへ
うちのレーナちゃんは人とお話しできないので、代わりに手紙を書きます
レーナちゃんが持っている魔石をペーターにあげるので使ってね
できたらレーナちゃんが人族エリアの職人さんに配ってくれますから
身を守れるような魔道具がいいとおもいます
残りはいま外で戦ってるエリアにも運びますので、
できればたくさん作ってくれるとうれしいです
怪我しないようにがんばってね シャオマオ』
「魔石、あげますって・・・・」
嫌な予感がしたペーターはチラリとレーナの抱えた袋に目線を移動する。
レーナはにっこりと微笑んで、そっと地面に袋を置いた。
じゃりん
「ペーター・・・開けてみろよ」
「え・・・?この大きな袋だよ?怖いよ僕」
父親に言われても、いつも出る「好奇心」が引っ込んでる。
こんな大きな袋に詰まってる魔石。しかも妖精様が持ってた魔石・・・
もだもだしてる時間が勿体無いと思ったのが、袋の口を開けたのはレーナだった。
上部の魔石を一掴みして、さっとペーターの目前に突きつけた。
「・・・・・・なんて上質なんだ・・・」
思わず受け取って一粒光に透かしてみたが、虹の光が走る一等の値段がつく魔石だ。
ペーターの周りに纏わりつく精霊たちがわらわら集まってきて、一緒に覗いたり袋の中の魔石を興味深そうに眺めている。
彼らにとっては上質な魔素の塊は高級なお菓子と同じだ。みんな屑石のおこぼれにあずかりたいと期待した目をペーターに向ける。
「粒は小ぶりだが、上質の魔素の塊だ。いい魔道具が作れるぞ」
上質の素材を見て、ペーターの父はやる気を漲らせて職人たちのいる方向へ走っていった。
「この袋にいっぱい入ってる魔石全部が、このクオリティなの、かな?」
レーナはこくんと頷く。
小ぶりなせいで宝飾品としての値段はそうそう高くならないかも知れないが、それでも曇りの一片もないような一等級の魔石が10キロはありそうな袋に無造作に詰められている。信じられない。
「シャオマオ。いや、妖精様からの恵みだと思って受け取るしかないか・・・。レーナさん。急いでみんなで魔道具を作りますから、配るのはお願いしますね」
レーナはニコリと笑ってから、深く頭を下げた。
「猫族の戦士たちよ、よく来てくださった」
やってきた冒険者たちを見て歓迎するラーラ。
「貴方が犬族の代表者か?」
「ええ。ラーラと申します」
「ヤマネコのレイラ。冒険者だ」
二人は軽く挨拶を交わすと、現在の状況を簡潔に確認しあう。
「ドラゴンたちが大物をしとめてくれるお陰で、中型、小型の魔物に注力出来ています」
「そりゃあ有難いね」
ヤマネコのレイラは上空でドラゴンが象のような大型の魔物をかぎ爪で引き裂いて握る潰すところをちらりと見ながらふっと笑った。
遠くに魔石の雨が降っている。
「我々は今のところ対応できる人数ギリギリだったので、レイラ殿が援軍に来てくださって助かりました」
「負傷者は?」
「ありません。犬族はこのまま敵の数が増えない限りは苦戦することはないでしょう」
「わかった。猫族はこのままサポートに入らせてもらう。疲れたら待機の猫族に声を。交代する」
こつんと拳を合わせた二人はゲルから飛び出して苦戦していそうな場所をざっと探し、そこへ向かってそれぞれ走っていった。
そうして日が暮れる頃まではほとんど犬族が戦って、日暮れからは猫族が主に戦闘を引き受けた。
戦術の違いと犬族と猫族の狩りの違いのせいだったが、作戦はうまくいっている。
爛々と目を輝かせながら獰猛な殺気を極力引っ込めて、身の丈ほどもある大剣を振るうレイラ。
口元にはかすかな笑み。
「ランラン殿も戦闘者であったが、レイラ殿もなかなか」
顎に手を置いて、ふむ、と感想を漏らすラーラ。
「ええ。猫族であんな大剣を振るう冒険者は見たことがありませんね」
ラーラの部下も、隣でうんうんと感動している。
二人は同じく戦闘マニアである。
レイラの瞳、大剣、魔石が月の明りに照らされてキラキラと輝くのを二人はほうっとため息をつきながら眺める。
獣人は体力が普通の人族とは違っているため、二日くらいなら全く睡眠をとらないまま活動することが出来る。しかも冒険者や戦闘者となれば三日は戦闘を続けることも可能であるが、食事だけはとらずに過ごすことはできない。パフォーマンスの低下につながりやすいため、休憩を取りながらなんとかエネルギーの塊の行動食のようなものを食べて戦闘するのだ。
今回は猫族と犬族が交代しながら戦闘できるため、食料や医薬品、武器が人族エリアから補給される限りは戦闘が長期化しても対応できるはずである。
ドラゴンも味方して、犬族と猫族の連携もうまくいっている。
これ以上ないくらい順調だったのである。
ざわっ
そろそろ日の出かとレイラが空をちらりと見た頃。
戦っている猫族も、日の出以降の戦闘を請け負うために準備していた犬族も。
なんならその場にいなかった、離れたの拠点で全体の戦況を確認していたスイやサリフェルシェリも感じた。
背筋を指先で撫でられたような悪寒。
ひたりと背後をとられてしまったような驚き。
息が詰まるような巨大な圧迫感。
目の前の熊のような魔物を大剣で首を落として消滅させた後、レイラは動けなくなった。
(・・・・なんだこれは・・・)
レイラはダンジョンに潜ることを専門にしている冒険者であるため、この雰囲気に近いものを体験したことがある。
(これは確実に『自分の身の丈に合わないフロア』だな・・・)
少しだけ片方の口角を上げる。
たまらない雰囲気の中、誰もしゃべらない。誰も動かない。静かだ。
気が付けば、北の大ダンジョンから溢れていた魔物の姿も見えない。
上空を飛んでいるドラゴンの比翼が風を動かす音だけが聞こえてくる。
どろりとした風。
空気が重い。
物理的に体が重くなったように感じられる。
目線は北の大ダンジョンの近くに空いた大穴に向かってしまう。
「・・・・来る」
ドバ!!!
水がふきだすように溢れた何かは光を纏っていた。
きらきらと輝きながら金色の巨大な何かが穴から飛び出し、空中を駆けると地面へと降り立った。
地面に降り立った影は巨大な姿から、小さな姿へと変わっている。
小さいと言っても、獣姿より小さいだけで、人型としては背が高い。
金の髪を足元まで垂らした姿は相変わらずの美しさだ。
ぞっとする。
ラーラは相対するのは2度目だが、1度目との違いに驚いた。
雰囲気が違う。
あの生き物には致死量ともいうべき纏っている魔素がないのだ。
それだけで雰囲気が確実に変わっているのだ。
そして、もうひとつ驚くべき違いがあった。
「・・・・・・・・・もう一人、いますね」
金の大神の背後には、髪と瞳の色が銀の同じ顔をした女性が立っていた。
「銀の、大神か」
心の声だったか、実際に言葉を発したのかは自分でも分からないが、金の大神の影に隠れていた銀の大神はラーラを見て、かすかに口角を上げた。
「サリフェルシェリ様」
「ええ。多分この空気は大神が地上に現れたと思って間違いないと思います」
拠点のゲルにやって来て、ミーシャからの手紙を確認していたスイとサリフェルシェリ。
ダリア姫の向かった先には妖精様だけが行き来できる道があるのらしい。
子どもなのに簡潔にまとめられ、状況がきちんと説明されているためわかりやすい。
とにかくその場では身を守りつつシャオマオが銀の大神と戻ってくるのを待つしかないのだという。
「シャオマオ様・・・」




