灯台
「俺たちがついていけないなら、なぜここへ?」
ダァーディーがダリア姫に確認する。
「ここが出発点ですが、妖精様の戻ってくるゴールでもあります。『道』の到着点」
ダリア姫の説明で、自然と穴へ視線が集まる。
以前の金狼来襲の際には、金の大神はシャオマオを道と呼んでいた。
「妖精様は自分の中にある魂を頼りに銀狼様の星へ向かわれています。そして、妖精の魂を頼りにこの星へ戻ってこられます」
「この穴、別の星へつながってるね?!」
「別の星から神様連れて戻ってくるね?」
「ええ。この星へ帰ってくるときには、魂が持っている記憶を使って戻ってくるのだそうです。魂の記憶でこの星に引き寄せてもらえるんだそうです」
ダリア姫がユエを見る。
「あとは、魂の片割れであるユエ様。ユエ様を目印に戻ってこられます。ユエ様との思い出を特別作ろうとなさったのは、共通の思い出があればその分だけ強く引きあって、早く帰ってこられるからだそうです。引き合うようですよ、元一つの魂なので。ユエ様がいればここは灯台のように輝いて妖精様を導いてくれるでしょう」
ダリア姫がユエを見る。
完全獣体のままほとほと涙を流すユエ。
「自分の魂が輝いてシャオマオの帰り道を照らす」
「二人の思い出を作って早く帰ろうとした」
「強くひきつけあう魂」
置いていかれたと思っていたが、きちんとユエにはユエにしかできない役目があった。それも重要な役目が。
「ユエユエ、よかったね。ただ置いてかれた訳でないよ」
「そうね。大変な仕事だけど、ユエがいるから出発できたよ」
双子に励まされたユエはもう暴れる気配がなかったので、ライが縄を解いた。
「じゃあ、シャオマオたちはここから帰ってくるのか」
「当初の予定ではそうです。シャオマオ様も銀の大神様に教えていただいたようですので詳しくはやってみないとわからないと仰っていました」
「あの娘は・・・・・・。なんで家族がこんなにいるのに相談しないかね」
ダァーディーがため息をつく。
「相談したら止められると思ったよ」
「そうね、過保護者ばっかりよ。ダァーディーだって相談されたら止めなかったか?」
「そりゃー、あー、あぶねえことはしてほしくねえ、なぁ・・・」
「ほらほらー」
「これよ」
呆れたように双子に言われて、虎の顔で目を細めて鼻をぺろりと舐めるダァーティ。
シャオマオに相談されたら、シャオマオだけが危ないことをするのを何とか止めただろう。
しかし、シャオマオは妖精である。妖精様としての役目がある。
星の愛だ。星の愛が金の大神と銀の大神の二人に注がれているというならば、それを届けるのも妖精の役目なんだろう。
人知を超えた存在だと頭の隅では理解しているが、どうにもあの庇護欲をそそる見た目や中身がシャオマオに対して過保護になってしまう原因なのだ。
ピュアで可愛い。見た目も中身も。子供らしくないところもあれば急に赤ちゃんのようになる。
変なところで達観してるかと思えば、どうにもならないことですねたり怒ったり。
人に愛を振りまくのに、自分への愛は受け取ってもいいものか迷ったりする。
自分を全く特別だと思ってないから、こちらもすっかり「妖精様」だということを忘れてしまう。
「ま、かわいいんだな。シャオマオが」
シャオマオが「ぱあぱ」と呼んでくれる声が大好きだ。シャオマオの父になれたことを本当にうれしく思う。
「みんなシャオマオにはべろべろに甘いよ」
「しょうがないね。シャオマオって本当に甘やかしたくなるよ。最初は甘え方を知らなかったよ。でも、ちょっとずつみんなに甘えられるようになってきたね。そこがかわいいよ」
「そうなんだよねー。その加減が可愛いんだけどね。もっと全力でぶつかってきても全然こっちはオッケーなんだけどなぁ」
ライは普段のシャオマオの様子を思い浮かべながらにこにこ話す。
結局はここにいる家族は全員、シャオマオを甘やかしたいのだ。
「で?ユエが灯台なんだということは分かったんだが、俺たちは何をすればいいんだ?」
「ここが戦いの場になるかもしれません。金の大神が出現する可能性が高いのはここでしょうから」
「・・・また、シャオマオに、なにかすると?」
ダァーディーが低い声で尋ねる。
「ええ。可能性は高いです。戻ってきたところが一番狙われやすいと我々は考えています」
ドラゴンの一族が協力してくれたのはこのためかと思った。
「ドラゴンたちがこの場所の周辺を警戒しています。大神のような魔素の塊が現れればすぐ気が付きます。今回ばかりは皆さまだけに戦わせるわけに参りません。妖精様が皆様を守るようにとドラゴン族にと願いました。我々はその願いを叶えます」
「じゃあ、一緒にいる間、ユエをここで守るのが俺たちの仕事だな」
「そうです。この場所は意外と魔素が高くて魔物が多いのですが、ドラゴンは小さい獲物を狙うのが苦手でして」
眉を八の字に下げたダリア姫。ドラゴンは基本他の生き物を気にしない。
人が歩いているときにアリを気にしないのと同じで、目に入らない。
それくらいの生き物としての差があるので、自分たちの脅威になりそうなものは自分達で退治する必要があるようだ。
「よし。じゃあ。ここに拠点を置いてユエを守りながらシャオマオが戻ってくるのを待つか」
ダァーディーの決定にみんなが頷いたところで、ダリア姫が声をかける。
「ユエ様。なるべく妖精様のことを考えてください。思い出を反芻して、妖精様をひきつけてあげてください」
「言われなくとも、俺は一分一秒シャオマオのことを考えている」
清々しい言い分である。
「あんなにさわやかに変なこと言うやついるね?」
「灯台言われるくらいだから、変でも光ってたらいいね」
双子がひそひそと話しあう。
「じゃあ、まずはゲルを建てて拠点を作りましょうか」
「そうだな。ミーシャは基本的には戦闘以外のことを頼みたい」
「わかりました」
ミーシャがいくら腕の立つ少年だと言っても、この戦闘民族の中では一歩劣る。しかしミーシャには水の大精霊がいる。身を守ることは出来るのだ。
みんなでリューに乗せて運んできたゲルを双子と組み立てて、寝床を整え、小さい火の使える場所を作ったあとにミーシャはリューで安全な飲み水を作って、みなにお茶を入れて配った。
「とにかく長期戦となることを考えて、力抜けるところは抜いて行こう」
ライは受け取ったお茶を飲みながらため息をついた。
「スイ様!北の大ダンジョンで魔物が溢れました!」
「わかった。援軍を出しましょう」
鳥族の連絡を受けた猫族の男性の声を聞いて、スイは猫族の一部を北の大ダンジョンへ向かわせることに決めた。
「ダァーディー様がいない間、私が司令塔になるのは仕方がないですが、戦闘に出られないのはつまらないですね」
ふんすっと鼻息荒く言うスイ。
スイは腕の立つダァーディーの右腕だ。もちろん猫族の中でもトップクラスの戦闘力をふるうことを遠慮しない。戦いの間は非常にうれしそうな顔をするので仲間にも恐れられているという。
「スイ様!ドラゴンが北の大ダンジョンへ援軍を送ったようです。巨大な魔物と戦っているという連絡がありました」
「なに?ドラゴンが?」
「はい!ドラゴンが巨大な魔物を率先して狩っているそうです」
「なんと。妖精様の御力か?ドラゴン族をも動かすなんて・・・・・・」
排他的なドラゴンに掛け合ったのだろうあの小さな妖精様のことを考えて、スイはぐっと胸が詰まったような気がする。
「その他の魔素濃度が高いところはドラゴンたちが見回りをしてくれているらしく、上空で旋回する様子が見られるそうです」
「そうか。鳥族にはドラゴンたちの動きを見張ってもらい、無理して魔素だまりに落ちることがないよう気を付けてもらおう」
遠くから上空を旋回するドラゴンの様子を見張ってもらうなら、魔素に弱い鳥族にも無理せず伝令を続けてもらえるだろう。
「予定通り、一班は北の大ダンジョンへ向かってください。犬族の手助けを。二班は中央エリアの近くへ待機」
「はい!」
ゲルから飛び出していった部下を見送って、スイは椅子へまた座った。
「さて。偉大なる大神と戦う準備をしなければ」
スイは大胆不敵に笑って見せた。
「民の避難は済んだか?」
「ええ。名簿との照らし合わせも終わりました。女子供、戦えないものは避難を済ませています」
「そうか。では物資の配給は?」
「一人ずつ毛布と水、保存食を配り終えています」
「ありがとう、クレム」
「もったいないお言葉です」
今回はジョージ王子だけではなく、侍従のクレムが付いてくれているため心強い。避難の際の混乱もなく、住民も安全に地下シェルターに避難できたようだ。
ギルドの要請で食料、水、薬、武器を製造し、地上の魔素濃度が上がるギリギリまで支援することになっている。
今頃エリアの職人は必死に日持ちするパンを焼き、武器を製造しているだろう。
人族は魔素に弱いとはいえ、戦う気がない、守ってもらって当然と思っているわけではない。
自分達ができることがあれば、きちんと協力したいと思っている。
それが自分たちを守ってくれる獣人に報いる方法だときちんと理解しているのだ。
「にゃ!」
「スピカ。しばらく大人しくしてくれよ」
「にゃ!」
スピカはジョージ王子を守る気満々のようだ。
興奮して鼻がいつもよりもピンクだ。
「王子。スピカはきちんと王子を守る戦力になりますので、素直に頼りましょう」
「にゃー」
「シャオマオからの預かりものなんだがなぁ・・・・・・」
ジョージとしては、スピカに頼るようなことにならによう祈るばかりだ。




