旅の準備を
「ユエ!」
「・・・・・・・・・来るのが、遅い・・・!」
ユエはあの木の穴から這い出して、一日かけて眠気と戦いながらゲルに戻るところだった。
まだ体内の魔素は安定していない。
眠気を無理に抑えて行動していたために、魔素が定着できず安定するまでの時間がかかっているのだ。
あと少しで森を抜けるところで様子を見に来たライたちに見つけてもらえたが、ユエは文句がたくさんありそうだ。
「帰ってくる約束の日だってのに何の音沙汰もないから探しに来たんだ!」
ライは完全獣体の黒ヒョウから人の姿に変わってユエに声をかけた。
一旦ゲルに行ったが姿が見えないため、匂いを追いかけてきてくれたのらしい。
「・・・・札、は?」
「精霊たちはなにも知らせては来ませんでした」
ユエは万が一の場合に備えてシャオマオには内緒で精霊札を持ってきていた。
のろしの精霊札で、破れば即時にサリフェルシェリに知らせが行く。
精霊札は確実にちぎった。
ユエはシャオマオに眠らされることや、動けなくされることをあらかじめ予想していた。
嫌な予感ではあったが、シャオマオがたくさんのお願い事やわがままを言うなんて、普通ではない。何かを秘密でやろうとしているんだと予想していたからこそ、腕輪に擬態させて隠し持っていた精霊札を完全に意識を失う直前にちぎることが出来た。
精霊が異変を知らせてくれるはずだと思っていたが、時間が経って目覚めてみてもサリフェルシェリたちは一向にこちらへ来ない。
何か想定外のことが起こっているのだと、ユエが完全獣体になってじりじりと這って森を抜けようとしていたところ、連絡がないことを心配してライたちが迎えに来てくれたのだ。
「ユエ、傷だらけではありませんか!治療します」
「いい、自分で、やった」
「ダメです。この傷は重症です。腕が動かなくなりますよ!」
サリフェルシェリはユエの腕にある噛み傷を見て声を荒げた。
眠気を振り払うために、肉を裂くほどの強さで噛みついていた。何度も何度も。
「ユエ。シャオマオちゃんは自分で消えたんだな?俺たちが探すから安心しろ。まずは治療だ」
「・・・桃花!!」
ユエの目は焦点があっていないし誰の声も耳に入っていないようだ。朦朧としていながらもシャオマオを呼ぶ時だけ燃えるような熱がある。吠えるように、泣き叫ぶようにシャオマオを呼ぶ。
「落ち着け!シャオマオちゃんは俺たちが探す!まずは落ち着いてお前の体を・・・!」
「桃花!!」
「眠ってください。ユエ」
暴れるユエを静かにさせないと腕のケガがさらにひどくなる。
サリフェルシェリが薬品をしみ込ませた布でユエの口元を覆った。
「・・・桃・・・」
ユエの瞼が閉じたところで、ライとサリフェルシェリが顔を見合わせた。
「ユエをまずゲルに連れていきましょう。治療しないと」
「鳥族が見つけてくれるといいんだが・・・」
ライがしゃがんでユエを背中に担いで、サリフェルシェリはユエの腕が動かないよう固定するように布で巻いた。
シャオマオを探すのに精霊が使えない。まず、普段そこかしこにあふれているはずの精霊が集まらないのだ。
シャオマオがなにか精霊にお願いしたのか、普段は簡単に精霊を使って出来ることが全くできないでいる。ユエが使った精霊札が機能しなかったのもシャオマオの「お願い」のせいかもしれない。
サリフェルシェリは精霊が使えないとわかった時点でミーシャに頼んで鳥族を動員した。
精霊の手助けがない以上、シャオマオの探索には人数が必要だ。
しかし、精霊がいなくて困るのはサリフェルシェリたちだけではなく普段の飛行や探索を風の精霊に頼っている鳥族も例外ではない。風の精霊が補助しないのでは飛行にも探索にも支障がある。
「徹底的に俺たちが追っかけられないようにしてるんだな」
「流石ですね」
困り顔でシャオマオを褒める過保護者二人。
「どうして私たちを頼ってくれなかったのでしょう。そんなに頼りない家族だったでしょうか」
ハラハラと涙をこぼしながら、サリフェルシェリがシャオマオを想う。
「ユエがこうなることは分かっていたでしょうに、それでも離れる選択をしたのですね」
ユエの腕を縛って固定している布には血がにじんでいる。
「シャオマオちゃん・・・」
上を向けば空はからりと晴れていて、今日もいい天気であると教えてくれている。
「シャオマオはやはり・・・」
「そんな・・・ひとり・・・・・・・」
「・・・・でドラゴンが・・・・・」
ざわざわとした人の気配にユエが目を覚ましたのは二日後の正午だった。
目を開けた瞬間に上半身を素早くおこし、立ち上がろうとしたが両腕がギプスで固められているためうまく立ち上がれなかった。
「兄さん!ユエが起きたよ!」
「ユエ!やっと目が覚めた!」
双子の涙声が耳に届く。
(やっと?)
ずきりと痛む腕を見て、腕が治療がされているのを確認した。
「・・・・・・・!」
話をしようとしたが、声がかすれて出ない。咳き込むユエにランランが白湯の入ったコップを差し出した。
「あれから何日だ?」
一気に水を飲んでから、ランランを見る。
「ユエが眠ってからちょうど2日だ」
「・・・・・・!」
ライがやって来て、ユエに粥を渡したがユエは受け取らない。
痛む腕を地面について、よろよろと起き上がろうとする。
「焦るな。まずは食え。食って力をつけろ。そんな様子じゃシャオマオちゃんの助けになれない」
その言葉に、ユエは金の瞳をギラギラとさせながらライを睨んだ。
「シャオマオちゃんがどこにいるのかわかった。いまはどうやって合流するのか考えているところだ」
ユエは不自由な手で粥の椀を受け取り、ガツガツと食べ始めた。
「ユエ!そんなに急いで食べたらお腹びっくりするね」
「大丈夫だよ、ランラン。食いたいだけ食わせてやれ」
ライの言葉にレンレンがどんどん食べ物を運んでくる。
粥を椀に山盛り平らげてから、肉団子、肉まん、串肉、ちまき、食べやすくした血になりそうなものをガツガツ食べるユエ。
3人前は用意していたと思ったが、ユエはきれいに平らげた。
そして、平らげたと思ったら持っていた椀を手から落として、そのままぱたりと倒れて寝始めた。
「兄さん・・・」
「いや、いい。あれだけの量食べたんだから眠くもなるさ。寝かしてやれ」
転がった椀を拾って心配そうなレンレンの頭を撫でながら、ライは少し笑って見せた。
精霊が上手く手助けしてくれないため、サリフェルシェリの治療術はほとんど使えない。
本来であればもっと簡単に治せていただろうに、薬と食べて休むしか方法がない。
「ユエは、また眠ったようですね」
部屋に入って食べ散らかされた皿を見たサリフェルシェリは、すこしほっとしたようにユエの寝顔を見た。
食べたおかげか顔色が少し良くなっている。
少し顔に触れたが、怪我のせいで出ていた熱も引いているようだ。
「シャオマオちゃんを追いかけないといけないからな。早く治してもらわないと」
「シャオマオ様・・・」
サリフェルシェリはユエの顔に触れた手から、ユエの体内魔素の動きを探る。
完璧だ。
片割れを必要としない、どこも欠けていない完璧な形の魂。
シャオマオはユエを完全体にしてしまった。
シャオマオに頼らなくとも、魔素を浄化してくれる片割れがいなくとも生きていける生き物に作り変えてしまった。
奇跡だ。
こんなことが出来るのは、やはりシャオマオが妖精であるがゆえだ。しかし、他人のサリフェルシェリでもこんなに心が締め付けられる。ユエがしっかりと目覚めて自分の体のことを知ったらどんな気持ちになるだろうと考えただけで涙が止まらない。
「可愛そうなユエ・・・」
深く寝入ったユエに布団をかけて、双子に引き続き看病を任せて部屋から出る。
集まった鳥族と犬族、猫族たちと情報を共有しなければならない。
「ユエは?」
「食事をして眠りました」
「そうか・・・」
ダァーディーは顎をさすりながら、色々なことを考えているようだ。
「まったく。うちの娘はなんで親に何も相談しないんだ」
「シャオマオちゃんって、そういうところあったんだよな。前から」
ライがぽつりと言う。
「痛いとか疲れたとか、隠したがるんだ。口にしないで一人になりたがる」
「・・・・言ってもしょうがないと思っているんでしょうか」
「そうやって、前の星では一人で我慢してたのかもしれない」
「・・・シャオマオ様」
ラーラがぎゅっと手を握る。
可愛そうだ。
小さなシャオマオが体を丸めて痛みに耐えているところを想像するだけで泣けてくる。
「さあ、勝手に出かけた娘を叱りに行かなけりゃいけねえな!」
ダァーディーはニカっと牙を見せながら笑った。
「全く。『ぱあぱ、助けて』って一言いいやあいいのによ!」
「そうだ。こんなに頼りになる家族がいっぱいいるのに一人で解決しようなんて、悪い妹だ」
ライもふふっと笑って見せた。
全員が、シャオマオの考えをちゃんとわかっている。
誰も巻き込みたくない。誰も傷つけたくなかったのだろう。
シャオマオは何人もの人が怪我をするところや命が危ぶまれる場面を見てきたのだ。
でもそれは、シャオマオが一人向き合う問題ではない。
「ユエが起きたらすぐ出発できるように、準備を始めましょう」
「応!」
それぞれが今できることをするしかないのだ。
みんなは自分たちが集めた情報を共有しながら、旅の準備を始めた。




