シャオマオとユエの休暇
「ユエユエ~!今日は森まで走って~!あのきれいな泉に泳ぎに行こうよ」
「ぐあう」
シャオマオの笑顔溢れる要求に、完全獣体で応えるユエ。
口に今日のランチが入ったバスケットを咥えてシャオマオを背中に乗せて泉まで走る。
二人は一週間という約束でユエのゲルを訪れて休暇を満喫していた。
何をするにも一緒で、なにをするにも相談して、何をするにも笑い声が伴った。
夜更かししては夜空を見て、下手な料理を二人で作ってはケラケラ笑って、二度寝を楽しんだり、おしゃべりしては笑い、近所の景色のきれいな場所へ急に遊びに行って、静かになったと思ったらじっと見つめあい、何もしゃべらずお茶をゆったり楽しんで、お腹が減ったら森に行って果物を採って食べた。
一日一日が輝いていて、一分一秒が大切で、初めての二人きりを思いっきり楽しむ一方で、永遠の時間をこんな風に過ごしていたんじゃないかと錯覚する。
そんな輝く時間を過ごしていた二人。
「ぐあ!」
泉が近づいてきたと思ったら、ユエはランチの入ったバッグを置いてシャオマオを乗せたまま泉に飛び込んだ。
「きゃあ!!」
ざぶん!!
「あははは!ユエったら!」
「ぐあう」
シャオマオを背中に乗せたまま、ユエは虎なのに犬かきをしてざぶざぶ泉の中を泳ぐ。
「速い!ユエったら泳ぐのじょーず!」
「ぐる!」
シャオマオはユエの首にしがみついて振り落とされないようにしっかり捕まる。
キラキラと光る水がきれいで、シャオマオはうっとりとユエの首元に顔を寄せた。
「水が気持ちいいね」
「ぐあう」
今日はポカポカ陽気ですこし冷たい水が気持ちいい。
ばちゃばちゃと二人で泳いで遊び疲れたら休憩だ。着替えたらシャオマオをタオルに包んでユエは火を起こしてランチバッグを広げてくれた。
今日はシャオマオが作ったパンケーキとはちみつ持参だ。
二人なのでいつものライのご飯のようにバランスが考えられている訳でも、味が優れている訳でもないが、二人にとってはごちそうだ。
ユエは茶葉と薬缶を持ってきたので、焚火でお茶の準備をする。
「番の作った料理が食べられるなんて、本当に俺は幸せ者だ」
「うふふ。シャオマオも食べてくれる人がいるのとっても幸せよ」
少し焦げたパンケーキも、ユエはうっとりとした顔で食べてくれる。
「シャオマオが作ったものは全部俺のものだから。一生一人占めさせてくれ」なんていいつ焦げたところを食べ、美味しそうなところをシャオマオに食べさせる。
「ユエの入れてくれたお茶、おいしい」
はふう、と一口飲めばため息が出る。心がほっとする味だ。ユエがシャオマオのために丁寧に入れてくれた味がちゃんとする。
「シャオマオのパンケーキも美味しい。幸せの味だ」
「幸せの味?どんな味?」
「柔らかくて、ふかふかしてて、甘くて、かわいくて、いい匂いがして・・・」
「うんうん」
シャオマオが相槌を打つと、ユエの指がシャオマオのほっぺをふにふにとつつく。
「俺の幸せを形にするとシャオマオになる」
チュッとおでこに口づけられた。
「きゃあ!ユエったら」
「ふふ。シャオマオ、ほら『わおの実』だよ」
ユエが二つに割ったタオの実をシャオマオに差し出してくれる。
「それ、シャオマオがまだうまくしゃべれなかったときの!」
「そうだよ。タオの実のこと『わおの実』って言ってて可愛かったな」
「はずかしい・・・」
「どうして?シャオマオは初めて聞いた言葉もすぐに話せるようになってとっても賢い子だった」
「そんなの忘れて~」
「忘れないよ。初めてシャオマオをこの腕に抱いた時から、今この瞬間までシャオマオのことは全部全部覚えてる」
ゆったりと微笑むユエ。
「絶対に忘れないよ。俺の人生はあそこから始まったんだから。俺の人生。俺の命。桃花が俺の生きる意味なんだよ」
「ユエ」
「シャオマオがどこかへ行くならついていく。絶対に離れない。俺を置いて行けると思わないでね」
ユエがにっこりと笑う。
ユエをはじめ、シャオマオの周りの人は不安を抱えていた。
シャオマオが自分たちの前から消えてしまうような気がしてならなかったのだ。
何度も何度も「帰ってきてほしい」と願ってくれていた。
それでもシャオマオは、みんながただ帰ってきてほしいと言って送り出してくれたことを感謝している。
深く聞かずにいてくれたのは、シャオマオに対する信頼だと思っている。
だからシャオマオは、必ず「ただいま」と言って帰らなければならない。
みんなの下に。
ユエの隣に。
「シャオマオ。誰が何を言おうと君の気持が変わらないのを知っている。だからみんな妖精様の邪魔をしなかった。でも、俺は片割れで番の、君のそばに最期まで居たい」
シャオマオを片手で抱きしめて、片手でシャオマオの手を握った。
「俺の命。桃花。お願いだ。どこかへ行くなら必ず俺を連れて行ってくれ」
「ユエ・・・」
「俺を・・・捨てないで」
ユエは、震えていた。
こんなにたくましくて、きれいで、一人でも十分生きていける強さを持っているのに、シャオマオという子供一人に捨てられることを悲しんで泣いている。
「ユエ・・・シャオマオは・・・・」
「約束してほしい。最期まで、必ず一緒にいるって言って?」
泣いて懇願されて、シャオマオはにっこりと笑った。
「ユエ。シャオマオはユエが大事」
「俺も桃花が大事だ。愛してる」
「・・・・・あ、愛してる。ユエ。愛してる」
真っ赤になったシャオマオが、つっかえつっかえ告白する。
シャオマオは、自分のことを愛してくれている虎を愛している。
もしかしたら出会えていなかったかもしれない。それくらい二人の出会いは難しいものだった。
ユエは全身の痛みに耐えて、シャオマオが現れた時に片割れがいないという事態にならないよう必死に生きていてくれていた。
ユエの人生は、最初からずっと「シャオマオのため」だった。
シャオマオは、そんなユエを、自分の好きにすることが出来ないでいた。
もっというと、自分という呪縛から解放してあげたいと思っている。
星から、大神から「片割れ」という役割を押し付けられたユエ。
生涯がそれで始まって、それで終わってしまうというのは、本当にかわいそうだ。
「桃花。愛してる」
「ユエ。愛してる」
二人は抱き合い、額を合わせた。
相手の長いまつげが触れて瞬きするたびにくすぐったい。
さあ・・・
「シャオマオ。雨だ。濡れてしまうから雨宿りしよう」
「うん!」
大きな木の根元にある穴に入って、二人でぎゅうぎゅうになって抱き合った。
半分以上ユエの体に乗り上げて、シャオマオはユエの胸の上に頬を乗せてユエの匂いを嗅いだ。
「いい匂い。シャオマオの大事な虎さんの匂い」
「シャオマオも。『わおの実』の香りだ」
「んも~!」
二人はくすくす笑って抱き合って目をつぶる。
お互いの心臓の音を聞く。
生きてる。
暖かい。
呼吸してる。
それだけで幸せの気配が濃厚で、涙が溢れそうになる。
「シャオマオね、ユエが大事なの。愛してる。大好き」
「俺もシャオマオを愛してる。大事にしたい」
「もう十分大事にしてもらってるの。ユエ。ありがとう」
シャオマオがユエの手を掴んだ。
普段にはない力強さに、ユエが不思議そうな顔をした途端に手が熱くなる。
「シャオマオ?」
「ユエ。シャオマオの大事な虎さん。ユエは一人で完全な虎さん」
「シャオマオ!?」
ユエはシャオマオを止めようとしたが、体に力が入らない。シャオマオの手を外すこともできない。
体を駆け巡る強烈な魔素の塊。
清浄な魔素がユエの体の隅から隅までを満たしていく。
「シャオマオ・・・!」
動けない。口も回らないため大きな声が出ない。シャオマオの名前を呼ぶので精いっぱいだ。
「ユエ。片割れに囚われないで生きれるよ」
「・・・・・桃・・・花・・・・・・・・・・・・」
強烈な眠気がユエを襲う。
体内を駆け巡っている魔素のせいだろうか。シャオマオが眠ってしまっていたように体内の魔素バランスを整えようと体がスリープモードになっている。
「ユエ。眠って」
半分閉じた目で必死にシャオマオを捕えようとしたユエであったが、その言葉で視線の先がぼんやりとしてほとんど見えなくなってきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ユエは口を動かしたが、声は出なかった。
ユエが最後に伝えたかった言葉は何だろう。
でも、聞かなくてもわかってる。
ユエの目が伝えてた。
ユエはシャオマオが裏切ったのに、怒ることなく伝えてくれていた。
「・・・・・・ユエ」
シャオマオは木の穴から這い出して、雨の止んだ空に飛びあがった。
「シャオマオよ。いいのか?」
「うん。いいの。ユエが大事なの。誰よりも、自分よりも大事なの」
シャオマオは自分に語り掛けてくる声にニコリと答えた。
「その虎も同じことを言うぞ?」
「うん。ユエの気持はシャオマオと同じなの。シャオマオのためなら死ぬの。でも、死んじゃやーの!ユエだけじゃない。誰も死んじゃやーの。だから、シャオマオだけでやるの」
誰かが死ぬことを考えただけで涙があふれた。
「すまない。お前には苦労をかける」
「ぐすっ」
シャオマオは謝る声に対して、服の袖で涙をぬぐってから元気に答えた。
「ううん。シャオマオったら愛のあるお話が好き。この星の神様の愛を見せて」
「わかった。シャオマオ。我々の結末を見届けてくれ」
こうしてシャオマオが姿を消したのは、ユエと過ごすための一週間の休暇をあと1日残した日だった。




